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どういうわけか、今つらいと感じている。まあ、直接の原因は採用試験に落ちたショック。その上に40日という短期の仕事を請けたことで、3月までの身の振り方が難しくなったこと。しかし、現状に目を向ければ、むしろ恵まれすぎぐらいであることに気づく。私を辛くさせているのは、目先の損得勘定であったり、将来への安定志向であるのだろう。そう頭ではわかっていても辛いものは辛い。その辛い気持ちをなんとかしようと、とりあえずwebで探ってみてヒットしたのがこの本だ。筆者は難病にかかり、余命宣告をされる。そのどん底の状況から立ち直るまでの思考の過程を本にしてくれている。amazonのレビューで少し本文を見て感じるものがあったので早速注文した。今の私というか、今後の私にとても必要な考え方が書かれていると感じたのだ。おそらく今が私の生き方の転換期なのだ。届くのが楽しみである。
2013.10.23
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午後、お休みをもらい、師匠とともに稲刈り。無事終了した。減反用飼料米の田、わずか4反弱だが、小さく変形の田ばかり5枚ある。2時に帰宅し、ノンストップでコンバインに乗りっぱなし。全て終了し帰宅したのが6時。もう真っ暗だ。5時前くらいから真っ黒い雲が出現し、もうだめかと観念したが、最後まで雨は降らなかった。これで一安心。妻が買ってきてくれた冷酒の小瓶を飲み、すこぶる良い気分である。
2013.10.22
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ひろしまMIKANマラソン。ハーフ。タイム2時間20分。過去最低(苦笑)マラソンを始めて10年。ハーフだと私は1km5分を基準にしてきた。4分台が続くとすこし飛ばしすぎだとペースを落とし、5分を超えると少しペースを上げる。それで大体いつも1時間40分台のゴールとなる。コンスタントに練習できていた時期は、常に5分をきるように走った。ハーフ100分が目の前に見えていた。それが、昨日は常に6分中盤、これはいかんと、かなりがんばったつもりでも6分を切れない。2年近く満足に練習できず、ついにこれまでの貯金も使い果たしたということなのだろう。風呂に入って身体を洗うとき、随分脚が細くなったとも感じていた。むしろよく完走できたというべきなのかもしれない。ここからまたスタートだ。幸い超長距離通勤からも開放された。生活の建て直しから始めたいと思う。
2013.10.21
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大体こういうぎりぎりの状況には昔から弱い。玉際に弱いというやつだ。予報で夕方から雨となっていたら昼過ぎから降るとか、コンバインのトラブルとか、そんなことで予定は終わらず、またこの次は雨。。というのが通常の私のパターンだ(苦笑)だから今日も多分半分くらいしか終わらないだろうなと内心思っていた。それが田に入って数mも行かないうちにコンバインのトラブル。やっぱりというか、これは3分の1も無理かもと思った。地域の人の協力もあって作業再開できたのがお昼。その間、雲行きはかなり怪しくなっており、少し迷ったが、とにかく刈れる所まで刈る事にした。5時までもってくれれば予定は終了する。3時ころ、一瞬雨が落ち、これで観念したが、なんと持ち直してとうとう最後まで刈れた。終了はちょうど5時。倉庫にコンバインを入れる直前、5時過ぎに雨が降り出した。思っても見ない幸運で、信じられない心持だが、これで少しは上向きになるかもしれない。今、webで「玉際に強い、弱い」を検索してみた。ぎりぎりの球をとれるかどうかと書いてある。そして、球際に強くなるための練習法も書いてあった。運、不運ではなく、やはり実力なのだ。私も練習不足ということなのだろう。では、練習すればよい。なんだか心が少し晴れた。
2013.10.19
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休みのときは雨。で、稲刈りが思うように進まない。1日半あれば全て終わるのに、昨晩遅くから雨の音が聞こえ意気消沈。ところが今晴れ間が少し見え、夕方くらいまでは持ちそうだ。実は昨晩帰宅時に突然鹿が飛び出して避けきれずに接触。幸いスピードも出してなかったので、鹿も無事、私の車も少しへこんだ程度ですんだ。猪、狸、鹿。これまで何度もニアミスをしてきたが、接触したのは初めてだ。まともにぶつかり車も廃車もこのあたりでは全然珍しい話ではないが、やはり気分は沈む。でも、ここはこの程度で済んだことに感謝する。天気も今日少しでも稲刈りができそうなことに感謝する。新しい赴任先で慣れないことだらけで疲労困憊。稲刈り、車と、へこたれそうな気分であるが、ここはしっかり踏ん張りたいと思う。地に足をつけ。目の前のことに一つずつベストをつくす。今はそういう時期なのだ。そのうち、プラスに転換する時期が必ず来る。では、行ってきます。
2013.10.19
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何かを選択した後、だから、まあいいかと思うことが多くなった。正確に言うと、多分そうだろうということだ。選択しなかった方を選んだらどうなったかは知りようがないわけだから。それを、突き詰めていくとやっぱり「縁」というところに落ち着く。たとえば今日。すぐ近くの高校から仕事のオファー。願ってもない仕事だが、明日からの小学校の仕事と重なっているからアウト。ご縁がなかったということなのだろう。また、今日は稲刈りの予定でもらった休みだったが、雨で中止。その代わり車検には行けて無事通すことができた。これでいいのだと思う。自分のおかれた状況を受け入れ、できることをすればいいのだ。コツコツ地道にがんばっていこうと思う。多分、今はそういう時期なのだ。
2013.10.16
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長女のいるアジア学院は那須高原にある。まず、夜行バスで新宿へ。職場の人にはなぜ飛行機や新幹線を使わないのか不思議がられた。根っからの貧乏性だからと答えたが、私はむしろ、夫婦揃って貧乏学生のような旅行のできる体力と気力を持っていることを誇りに思う。夜8時20分に尾道を出発。途中事故渋滞があり到着が朝8時過ぎ。増発便の4列シートでさすがに窮屈だったが、隣は妻だし、一杯飲んでウトウトしているうちに到着だ。20数年ぶりの新宿でコーヒーを飲んで浅草に。浅草寺で御参りをして川からスカイツリーを眺めた。そこからペンションのある那須高原へ。途中下車した宇都宮で名物餃子の昼食。4時ころ黒磯駅に着き、ペンションに電話して愕然。なんとここからバスで小1時間行き、そこからまたバスを乗り継ぎ、降りたとこからさらに徒歩20分。これには泣きたくなった。同じ那須高原だからと何も考えずに予約したが、こんなに広いとは思わなかった。結局親切なオーナーが乗り継ぎ場所まで迎えに来てくれて、暗くなる前に宿に到着。料理もおいしく、新婚気分にもなれて結果オーライである。翌朝、アジア学院へ。西那須野駅で降りて小1時間ほど歩いた。受付近くで長女を見た気がしたが、別人だった。後でわかったのだが、韓国の人で、長女と大の仲良しさんだった。それにしてもよく似ている。私の顔を見たアジア学院の人たちが長女と同じ顔だと盛んに言っていたから、私と彼女も似ていることになる(笑)そこでのことは別記事に書いた通りだ。英語漬けの一晩だったが、1週間もいれば日常困らないくらい話せるようになる気がする。帰りは彼女が車で駅まで送ってくれた。そこから日光へ。紅葉には早かったけれど、観光気分を満喫できた。夕食は新宿でもんじゃ焼き。私も妻も初体験だ。やり方がわからないといったら、店員さんが快く焼いてくれた。広島のおたふくソースだったので少し驚いた。お土産買って、夜9時初の夜行バス。今度は3列シートでぐっと快適だった。ざっと、こんな感じの旅行だった。ミスだらけだったけど、長女の元気な顔を見れた上に、自分たちまで貴重な体験ができただけでも行った甲斐はあった。その上、観光もできたのだから。車中の二泊を入れて計4泊。こんなに長く家を空けたのは新婚旅行以来だ。今回の旅行中ずっと考えていたのは、「縁」というものだ。いろんなことを自分で選択してきたような気になっていたけど、どうもそうではないなと。。少なくともそう考えたほうが楽に生きられると思った。南無阿弥陀仏も、let it beも、多分、そういうことなんだろうなと。
2013.10.16
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長女がお世話になっているアジア学院の収穫祭に行った。久々のカルチャーショックだった。後片付けを手伝って、夜のパーティー。いろんな人が気さくに声をかけてくれる。勿論英語だ。アジア系、アフリカ系、ヨーロッパ系、校長先生の話だと16カ国の人がいるとのこと。ホールにざっと50人くらいの人が集まっていて、それは16カ国の人が入り混じっている。肌や髪の色、顔立ち、衣装、時々混じるお国の言葉、年齢もさまざま。自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。通訳は娘に頼んで、一言挨拶をと言われたが、私にも意地がある。(笑)思い切って英語で挨拶をした。つい先日末娘のホストファミリーに挨拶文を書いたばかりだったから、何となくどういう言い回しをすればよいか分かった。大歓声と拍手をしてくれたから多分通じたのだと思う。それに、さまざまな国の人たちが、共通語として英語を使っているから、必然性があるというか、要するに照れる必要がないのである。人前では妻や娘と話すときでも英語が自然だなと思ったくらいだ。夜はセミナーハウスに泊まる予定だったが、娘によくしてくれている韓国人夫妻が是非にと職員住宅に招いてくれた。アジア学院の卒業生で、牧師さんとのこと。私たちより少し年上だ。お言葉に甘えて泊めていただいた。わが娘のように長女を気にかけてくださっていることがよく分かった。全員集合のラジオ体操の後、朝の農作業に参加させてもらった。栃木の那須高原で、ネパールとマラウイの人とともに英語で会話しながら菜っ葉や豆の収穫をしている自分が不思議だった。長女はここで毎日こういう暮らしをしているわけだ。朝、夕1時間ずつの農作業と、2時間ずつの授業。ルームメイトは40歳くらいのマラウイの人。日常会話は英語。昨年1年間は農場のボランテイアスタッフとして、今年1年間は学生として。考えてみれば彼女は高校を卒業してからは、殆ど私からの学資も当てにしないで生活してきている。得がたい経験をしていることは間違いない。普通の進学、就職コースからは外れているわけだから、親として心配はしている。自分が自分だから、余計にでも安定した平穏な生活を望む。しかし今、みんなから慕われ、愛されて充実した日々をすごしていることは良く分かった。私にできることは、支えることと祈ることか。
2013.10.16
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勤務校の子供たちとお別れだ。2年と3ヶ月ほどお世話になった。2学期制なので、明日が前期終業式。15日が懇談。16日はお休みをもらい、17日から次の学校の勤務開始となる。明日、お別れ会後、夜行バスで、妻と関東へ。長女の通う那須高原、アジア学院の収穫祭に行く。往復夜行バス、1泊はペンションだが、1泊はアジア学院のセミナーハウスに泊まる。1日はボランテイアで収穫祭を手伝う。妻の希望で日光と浅草の観光も入れた。考えただけで眩暈がしそうな強行軍だが、新婚旅行以来の旅行である。できるだけ充実したものにしたい。15日の早朝、夜行バスで帰り、午後出勤し懇談と引継ぎ、身辺整理。16日は1日稲刈り。17日から新しい学校だから、かなり厳しい日程である。しかし、どれもこれも楽しいことばかりだ。しっかり楽しみたい。
2013.10.10
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それもOKだと何かに書いてあった。過去を振り返るなと思う必要はない。どんどん振り返り、後悔し、グジグジしてもいいのだと。良い思い出に癒してもらうのも勿論OKだと。言われるまでもなく、僕はしょっちゅう後悔し、~たら~ればを飽きるまで繰り返し思い、そして本当に飽きてしまい、やっと次に向かう。子供たちが小さかったころの写真を見返し、もう十分幸せは頂いたではないかと、ここから先は丸儲けだと再確認する。そして、この日記で過去の挫折の記録を読み返す。なんだ、全然進歩しとらんと苦笑しつつ。それでも、いくつもいくつも結局乗り越えてきたのだと、たぶん今回も大丈夫だと少し光が見える。すんなり行かないのが私なのかなとおもいつつ。
2013.10.06
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気持ちも少し楽になってきて、いろいろなことを考えている。何度も繰り返してきたタイプの挫折なので、そろそろ何か学ばないとまた同じことを繰り返してしまいそうな気がするのだ。今のような挫折感を味わうときは、いつも必死だったなあと思うのである。必死、起死回生、背水の陣。そんな時に失敗。自分が全て否定されたような気になって絶望。しかし、この絶望してしまうというのが、実は相当傲慢な態度なのではないかと気がついた。必死になって努力したら夢はかなうという発想が、そもそも甘えているのだ。結果がどうあれ、トライしたければすればいいのだ。駄目でもともと。良い結果ができたら儲けものぐらいの発想がもてなければトライそのものをやめたほうがいい。まわりが迷惑だ。今回、妻には随分心配をかけてしまった。10月中旬からのんびり家の回収をするプランもガタガタになってしまった。認定試験は4回目で合格した。でも、これは絶対評価だ。試験だから多少の運,不運はあっても努力は報われる。でも採用試験は、相性もある。縁であるとも思う。私の場合、駄目でもともと。良い結果ができたら儲けもの。楽しめる範囲で気楽にトライしてみたいと思う。
2013.10.05
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51歳の誕生日。挫折直後ではあるが、振り返ってみれば、恵まれた人生だと思う。心から感謝している。もうすぐ今の勤務校の契約が終わる。お別れのときにいつも子供たちにしている話がある。逆上がりができなくて、練習してできるようになったら嬉しいよね。でも、本当に幸せなのは、できるようになりたいと思って頑張っている時なんだ。人より遅くても全然かまわないし、できるようにならなくてもかまわない。結果を恐れずに、いろんなことにチャレンジしてください。当面の目標を二重とびにしたっていいし、九九の暗誦にしたっていいわけだ。歌でもいいし作文でもいい、絵でもいい。できれば同時並行で複数チャレンジしていればできないことがあったってそれで人生終わりなんて気分にはならないだろう。これは自分に言い聞かせたいことだと思った。試験なんて所詮水物だ。ひとつの試験に全てをかけると言う発想そのものが、生きることへの冒涜だと気がついた。その試験の準備や結果に気をとられて目の前のことをないがしろにしてしまう。今の私がまさにそうだ。気落ちして、できることもできなくなってしまっている。これを機会に、少し生き方を変えてみたいと思う。
2013.10.03
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やっぱり翌日が一番しんどいんだよな。現実だって理解するから。そのつらい現実に意味を与えるべく、必死で自分の現状に再解釈を試みている。悪い癖で、命がけみたいに取り組んでしまうからショックも人並み以上なんだと思う。でも、挫折はたくさん経験しているから、耐性も多少はある。早くも気持ちは少し上向きかけている。人生万時塞翁が馬だと思えばいい。悲嘆にくれようが、明るく前を向こうが同じように時間は過ぎていくのだ。まだまだへこたれるわけにはいかない。
2013.10.01
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