みなたんの出産

9月8日、朝歩いてなぎたんを保育園に送って行き
その足で電車に乗って最寄り駅からは徒歩で産婦人科へ。
予約は9時半だったけど、診察室へ入ったのは10時半くらい。
さっそく内診を受けると、先生が「経産婦さんなのによく1週間持ちましたね。
もう入院してください」と。前回2センチ開いていると言われた
子宮口がもう4センチ開いていた。
え~。まだ全然お腹も痛くないのに?と思いつつも素直に従う。

「入院の荷物はどなたかに持ってきてもらえますか?」
と聞かれ、そんなに急ぎではないだろうし
「午後には主人か母に持ってきてもらえます」と
答えた。すると看護婦さんが「午後ですか・・・」
となぜか不安げな様子。
「なんなら一度私が帰って持ってきましょうか」
と言うと、「それはいいです!何かあっても困りますし
病院にも一通りのものはありますから大丈夫です」だって。

2階の陣痛室に通されたのだけど、そこではすでに
うーんうーんとうなっている人とそのだんなさんの気配。
カーテン越しにその声が聞こえるので、妙な緊張感。
私は病院で用意してくれた花柄の薄手の寝巻きに着替える。
それとT字帯にパットをあててトイレに行く。
この状態でいつまで待てばいいのかしら・・・
明日までにほんとに陣痛が来るのかなあ。とまだ半信半疑。

赤ちゃんの心音をとるモニターをつけて点滴もされて
静かにベッドに横になってから、まずダンナの携帯にTEL。
でも全然つながらないから実家の母にTEL。
「なんかね、診察してもらったら入院だって」と伝えると
かなり驚いて、「じゃあ、すぐ行かなきゃいけないんだ」と
急いで来てくれることになった。

ダンナからも折り返しTELがあり、
荷物を病院に届けてもらうようにお願いした。
またすぐ会社に戻るよ、と言われたけど
多分すぐには生まれないからいいよ、と答えた。
それが11時半ごろ。
なんとなくお腹が痛くなってきたような気がした。

12時になって、お昼がいるかどうか聞かれ、
ちょっと痛いけど夜食べられないかもしれないから・・・
といただくことにした。
同室の絶叫妊婦さんはそれどころじゃない感じ。
さすがに全部食べられなくて半分残して
横になったのだけどまだダンナとメールのやりとりできる。
最終的に持ってきてもらいたい物をリクエスト。
この頃は多分張りは15分間隔くらいになっていたと思う。

12時半ごろ、絶叫妊婦さんは無事出産した様子。
「あれに比べれば私は全然痛そうじゃないし、まだまだだなあ。
きっとあの人が分娩台を降りて次が私だね」
と思っていた矢先、急に張りが強くなってきた。
モニターを見ていた看護師さんが来て
「どうしても出したいような気分になったら教えてくださいね」
と言いつつ、さすってくれる。
ダンナも荷物を持って到着。
腰の辺りがめりめりと痛くなってきたので、
押してくれるように頼むと弱い力でさすってくれた。
この頃張りは5分間隔くらいにまでなっていた。

でも、なぎたんの時はそれから7時間くらいかかったし
まだ耐えられる、と思っていた。
助産師さんが内診してくれると、6センチ開大になっていた。
それを聞いて、そうだよな~。まだまだだよね、なんて思ったら
分娩室へ移動しましょうって話になって
「え!?そんなすぐ生まれるの?」私自身がまだ半信半疑。

点滴をしたままゆっくりと歩いて行くと
さっきの絶叫妊婦さんがまだ分娩台を占領していたため
となりの手術台のようなところへ寝かされる。
張りが強い時はもう起き上がれないような状態。
のどが渇いてきて、ダンナがペットボトルのお茶を
口に含ませてくれた。

そこへ先生がやってきて、再び内診すると
「もうちょっとかかるね、がんばって」とのこと。
「ここはベッドが硬いから、さっきの陣痛室へ戻りましょうか」
と助産師さん。だからまだだってば~。と思いつつ
痛くてうまく歩けない。波がおさまった時にようやく移動。

その時、液体が流れ出るような感覚があった。
「あれ?おしっこかな・・・」と言うと、
「破水してますよ。さっきはおしるしもありました」と助産師さん。
そこでようやく生む時が近いことを自覚した私。
覚悟を決めたからか、そこからが早かった・・・
時計を見てないけど、おそらくこれが13時頃。

何かいきみたいような感じがしてきて、
(じっとしてるとお尻から出そうな感じ)
再び分娩室へ。なぎたんの時は分娩室でもしばらく
陣痛に耐えた気がしたけど、もう生む体勢になるらしい。
やはり分娩台は使えずさっきの手術台へ。
ほんとはリクライニングとかする分娩台が良かったよ~
なんて思ったけど、それどころじゃない。

「旦那さん、立会い迷っているようだけど、どうする?」
と聞かれた。そうだった、血を見たりするのが怖いから
立会いは希望していなかったダンナ。
荷物を届けたら会社に戻る予定だったのに、
予想外に私の出産が近いってことで、今までなし崩し的に
そばについていてくれたのだった。
「どっちでもいいです~」正直考えられなかった。
結局最後まで一緒にいてくれることになった。
もうこの状況じゃ逃げられないと悟ったのかな?

ものすごい痛みが襲ってきた。
「次の痛みの時にいきんでみましょう」
・・・ってことはもう赤ちゃんの頭が見えてるの?
力をお尻のほうへ入れて、バーみたいなのを握りしめて
「ん~~!」って頑張ると息があがる。
手足がしびれていると伝えると、過呼吸になっているとのこと。
ゆっくり息を吸って、吐いて~
さあ、痛みの波に合わせてまた力を入れて!
「上手上手!」といきみ方をほめられる。
私ってほめられると伸びるタイプだったのよね。
波がおさまって・・・を3回くらい繰り返す。

「旦那さん、首の後ろを支えてあげてください」
って言われてたけど、そーっと手を添えているだけ。
彼もとまどっていたんだろうなあ。
こんなつもりじゃなかったんだもんね。

最後のいきみの時に、汚い話だけど
うんちが出たのかと思った。
さんざん助産師さんが「うんちを出すような感じで!」
と言ってたんだけど、ほんとにお尻の方から
何かが出たような気がしたの。
でも、それが赤ちゃんだった。

最大級の痛みの後だっただけに、
かなりの脱力感。ほっとした・・・
大きい紙のようなものを手の上に置かれて
まだ血がついている赤ちゃんを抱かせてくれた。
紫色でぬるっとしているけど、かわいい~。
赤ちゃんは、力強く泣いている。
ダンナも「よかったねえ~」とほっとした様子。

平成17年9月8日(木)13時34分
2740グラムの女の子でした。
予定日の1週間前、妊娠39週0日での出産。
分娩所要時間は3時間7分とのことだけど
実際にお腹が痛いと感じてからは1時間半くらいだったかも。

まさか、朝なぎたんを送ってその日のうちに生んじゃうなんて
想像もしていなかった。
後から冷静になって思い返すと、内診の時に
先生が「卵膜剥離しましたので」と言った気がする。
赤ちゃんを包んでいた薄い膜を破ったということか。
そしたら陣痛はすぐに来る人がほとんどらしい。
でも、その時の私は「はい」って答えたけど
あんまり真剣に聞いていなかったんだろうなあ・・・

午後3時過ぎになぎたんの保育園に
「今日出産したので、お迎えはパパが行きます」
と電話するとすごく驚かれた。
友人たちにも携帯でメールすると
驚きとお祝いのメッセージをたくさんもらった。
怒涛の1日。その日の夜は興奮と後陣痛の痛みで
全然眠れなかった。


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