かつてフランス経済団体コルベール委員会が日本百貨店協会に加盟する全国の百貨店経営者をパリに招いたときのこと。シャネルはちょうどパリコレ開催中だったのでファッションショーに、エルメスは自社バッグ工場の視察で参加者を歓迎、そして別のブランド企業はベルサイユ宮殿の一室で晩餐会をセットしました。

ありし日の古屋さん(左)
このときホスト役 C E O
の隣席は私のボス、松屋の古屋勝彦社長(=当時)でした。松屋は銀座本店と小型の浅草店の2店舗だけの「東京にある地方百貨店」、ほかの参加者は全国にたくさん店舗を有する大手百貨店、しかもこのブランドショップを5店舗以上手掛ける百貨店が数社ありました。が、主賓席は銀座店のみショップ展開する松屋社長、帰国するとボスは「主賓席だったのでびっくりしたよ」と笑っていました。
おそらく出店交渉時に C E O と古屋社長は直接やり合ったからでしょう。概して欧米企業のトップは会社の規模や展開店舗数でものごとを判断しません。喧嘩したあとの握手は強いとよく言いますが、 C E O との信頼関係ができていたからの席順だったのでしょう。

長年ニューヨークファッション業界のユダヤ人社会(バイヤー、メディア、デザイナー、アパレル経営者の大半がユダヤ系)で揉まれた私、喧嘩したあとの握手は強いということをたっぷり経験しました。彼らは名刺にある会社名や肩書きで人を判断しません、あくまでも個人そのものを見ます。提携先、出店先の選択も単純に企業が大きい小さいではありませんから。
大学卒業してニューヨークに渡った私、最初にできた友人はニューヨーク市郊外のガーデンアパートに住む隣人ユダヤ人夫妻スティーブとタリーでした。米国生まれのスティーブの父親はミリオネラー(百万長者)、母方祖父はビリオネラー(億万長者)、つまり大金持ちユダヤ人家庭、イスラエル生まれのタリーは結婚寸前までイスラエル軍の女性兵士でした。
彼らのアパートにディナー招待された日のこと。その日はたまたまユダヤ人にとって重要な宗教記念日「パスオーバー」でした。エジプトで奴隷だったイスラエルの民たちがモーゼに導かれてパレスチナに脱出した(チャールトン・ヘストン主演映画「十戒」で海が突然割れて逃げ道ができたシーンは有名)という聖書「出エジプト記」の故事を再確認する日でした。

出エジプト記の映画「十戒」
数千年前のエジプトからの集団脱出を決して忘れない、私たちと同世代のユダヤ人がパスオーバーの儀式を現代も継承しているのです。私のためにヘブライ語ではなく英語でやってくれた特別な祈りの言葉、「あのとき流した涙を忘れるな」、「あのとき流した汗を忘れるな」、「あのとき流した血を忘れるな」、この文言には正直びっくりでした。
そして、ディナーのあと彼らの書棚を見て再びびっくり。そこには日本の童話「一寸法師」、「花咲か爺さん」、「猿かに合戦」などの本が数冊並んでいたのです。どうして日本の童話がここにあるのかスティーブに尋ねました。
長い間ユダヤ人には国がなく、住んでいる場所をいつ追われるかわからない生活を強いられてきた。いつ追われても次の居住地で子供達が現地の子供の輪に入っていけるよう、いろんな国の童話や民話をユダヤの子は学ぶ、スティーブはそう説明してくれました。これがユダヤの伝統なんですね。
日本人ビジネスマンは名刺の肩書きや会社名で人を判断しがち、だから初対面には必ず丁寧に名刺交換しますし、もらった名刺は大切に保管します。しかしながら転職することもあるでしょうし会社が合併または倒産することだってあります。さらに肩書きや部署はコロコロ変わりますから、名刺情報はその人の単なる名札みたいなもの、人物評価できるものではありません。
名刺ではなく人物そのものを見る。ビジネスの交渉は下手に妥協しない。とことんやり合って握手もあれば決裂もある。ニューヨーク時代ユダヤ人ビジネスマンに教わったことです。
だから各国有力ブランドと交渉する際、私はボスに進言しました。ジャパン社を通さずに本社経営者とトップ同士サシで交渉してください。仮に決裂しても良いじゃないですか、しっかり条件闘争しないと相手に尊敬されませんから、と。また社内研修では「企業の価値は規模ではない」、「弱気なビジネス交渉はしないように」と多くの社員に伝えてきました。
最近交流が始まった中国ビジネスマン(言い換えれば華僑)もユダヤ人によく似ていると感じます。名刺情報よりも相手との会話から人柄をはかり、人物評価します。ほとんどの中国経営者は名刺を持っていませんが、話が弾んで相手が気になれば WeChat ( LINE のようなもの)交換。だから最近私も名刺を持たずに中国出張します。
会社名や肩書きで人を判断しない、日本人にはなかなか馴染めない仕事の流儀。
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