魂の還る場所

魂の還る場所

かみさまのおくりもの



 拾ったものは、何だった---?

 蒸し暑い夏の庭に、小さな虹が広がった。潰したホースの先から霧状の水が辺りを舞い、その上を太陽の光が駆けたから。
 七色が眩しくて、笑ったような顔になる。
「優人ー?水撒き終わったのー?」
 家の中から、お母さんの声。
「うん!終わったよー!」
「じゃあ、おじいちゃん家に行ってきてー。お中元のお裾分け、くれるって」
「…はーい…」
 夏休み真ん中の小学生は、何かと忙しいのだ。
 プールにキャンプに昆虫採集。…お祭り…花火大会…海に行って、スイカ割り。
 …宿題に、お手伝い…。
 「何でオレばっかり!」って言ったらきっと、「言うこと聞かない子は、おやつ抜き」って返されるのが分かってる。九才の優人には、まだまだ勝てない。
「いってきまーす!」
 少し涼しくなるのを待って、家を出た。
 大好きな野球チームの帽子を被って、ナップサックを背負って、お気に入りの自転車に乗って、おじいちゃんの家まで十五分。毎日通ったプールのせいで真っ黒になった身体が、ぐんぐん風を追い越していく。まわりで蝉の声がずっと聞こえていた。
「あっつい!」
 遠慮なく照りつける太陽に顔を上げると、青空に鳥が見えた。
「いいなぁ…」
 優人には、飛ぶ姿が羨ましかった。どこまでも行けそうだし、なんだか涼しそうだし。
「オレも飛びたいなぁ…」
 不可能だけどね。
 って、そんなこと、呟いた優人が一番分かってる。
「…」
 ふと、学校で習った歌を思い出したりした。
 空を飛んだ男の背の、作り物の翼。太陽に近付き過ぎて、固めた臘(ろう)が溶け出して、翼は翼じゃなくなってしまった。
「…」
 それなら飛べなくても良い、と、自転車をスピードアップさせた。


「おじいちゃーん、おばあちゃーん、来たよー!」
 いつもより三分くらい早く着いたら、おばあちゃんがニコニコした顔で迎えてくれた。
 「暑かっただろ?早くお入り」と背中を押されて、縁側へ連れて行かれて。
「おじいさん、おじいさん、ゆう君が来ましたよ」
 庭には、おじいちゃん自慢の盆栽が並んでいる。何でも「優人と同じくらい大事」なんだそうだ。その大事な盆栽をおじいちゃんは相手にしていた。
「おう、優人。待っとったぞ」
 振り向いたおじいちゃんの顔もニコニコだった。
 盆栽とのおしゃべりをやめて、縁側で足をぶらぶらさせていた優人の隣りに座る。
 丁度その時、おばあちゃんが自慢の冷やしあめを持ってきてくれて、扇風機も近付けてくれた。どうしてエアコンじゃないのかといえば、「あんなのは健康に良くない!扇風機が一番じゃ!」と、おじいちゃんが主張したから。
「こんな暑いのに来させて済まなかったのぅ…」
 両手でグラスを持った優人に、おじいちゃんは謝った。でも、何だか嬉しそう。
 こういう顔は、前にも見たことがある。
「ううん。いいよ別に」
 首を振って、冷やしあめを飲みながら考えてみた。
 えーと、あれは何の時だったっけ?…うーんと…。
(…そうだ!お父さん達の写真を見つけた時!)
 面白いものを見つけたから遊びにおいで、と呼ばれて来たら、本当に面白いものだったのだ。
 昔のお父さんは、今の優人と似ていた。そっくりだった。
「実はな、優人。今日来てもらったのは他でもない」
 思い出していた優人に、おじいちゃんは真面目な顔をつくった。
 この二人は、スパイ物と特撮戦隊ヒーロー物が好き、という点で意気投合していたから、時々こういう会話で遊んだりしている。
「面白いものを見つけたんじゃ」
 優人が「やっぱり」と思ったのは、やっぱり、である。
「えー?おすそわけはー?」
 お母さんにはそう言われて来たのに。
「あれはな、口実じゃ」
「…こーじつ…」
 その言葉は、何だか凄いもののような気がした。本当にヒーロー物のテレビみたいで。
 実際、お裾分けがあるのは本当のことなのだが、ノリの良いこの老人も、すっかりその気になっていただけなのだった。
「いま持ってくるからな。少しの間、待ってておくれ」
 おじいちゃんは、いそいそと奥へ消えていった。
 優人は冷やしあめを飲んで待っていた。
 風鈴が、ちりりん…と鳴っている。 多分おばあちゃんが水を撒いたんだろう。庭先から涼しい風が吹いてくる。そろそろ太陽も疲れてきたのか、黄色っぽくなってきた。
「…まだかなー…」
 おじいちゃんが何かを取りに行って、そんなに時間が経っている訳じゃない。でも、子供には長く感じることもあったりして。暇だったから扇風機に近寄って、「あー」と声を出してみたりした。「うちゅうじーん」とか言いながら遊んでいたら、おじいちゃんが戻ってきた。
「見せたいものとはな、これじゃ」
 じゃーん!と目の前に現れたのは、白い箱だった。
 優人の両手には少し大きくて、おじいちゃんには丁度良いくらいの箱。
 突然思い立って物置の掃除をしたら出て来たらしい。
「なにー?なに入ってんの?」
 優人は身を乗り出した。何か凄いものに違いない。
「…なーんも」
 おじいちゃんは、冷やしあめを飲みながら言った。
「…え…?」
 庭からの風と、扇風機の風が、優人を挟み撃ちにしている。おまけの今の言葉に、優人は一瞬暑さを感じなくなってしまった。
「なーんも入っとらん」
 繰り返された言葉に、優人の頬が膨れた。
「なんだよー、オレ、せっかく来たのにー」
 暑さが和(やわ)らぐのを待ったとはいっても、やっぱり夏は夏だし、暑いものは暑いのだ。その中を一生懸命やって来たのに。
「まぁまぁ、話を聞かんか」
 まったく優人はせっかちじゃのう…、と呟いて、おじいちゃんは咳を一つした。
「これはな、魔法の箱なんじゃ」
「…まほう?」
 もう少し驚くかと思ったのに、優人の反応はあっさりしていた。近頃の小学生は結構ドライなのだ。
 けれど、優人はまだ素直さも可愛げもあったので、耳はしっかりダンボ状態である。
「この箱はな、今を去ること数十年前…」
 …今を去ること数十年前、おじいちゃんが坊主頭にランニングシャツ、紺の半ズボンでその辺りを駆け回っていた頃。
「おじいちゃんはな、天使から預かり物をしたんじゃよ」
「てんしぃ?」
 この世界で、そんなことを言い出すとは…。
 おじいちゃん、夢みてるの?
 そんな感じである。
 優人は固まってしまったが、興味がなくなった訳じゃなく、やっぱり耳はダンボだった。
「…あれは、こんな夏の日のことじゃった…」
 暑い暑い夏の夕暮れ。思い切り遊んで、思い切り焼けて、おなかを空かせて家へと急いでいると、ふと、草陰に白い物体が落ちていた。見るからにふわふわしたそれを最初は、近所の鶏が逃げ出したんだ、と思った。だから、捕まえた方が良いかと足音を忍ばせて近付いた。
 ところが…
「それが天使、だった、の?」
 優人が冷やしあめを飲みながら尋ねた。おじいちゃんは自慢げに頷く。
「そうじゃ」
 草の上には、背に白い翼をもった人の形をしたもの(大きさは赤ん坊ほど)が居て、すやすやと寝息を立てていた。
 当然「何だ、これ?」と不審に思い、大胆にも指でつつくと目を覚ましたのだった。
 その天使とやらが、なにゆえ箱なんて残していったのか?
「なんで?」
 おばあちゃんが持ってきてくれたバウムクーヘンを食べながら、優人は話を聞いている。
 話しているおじいちゃんの目は、笑っているけど優人を見ていないようだった。
「それはだな…」
 草の上に並んで座った天使は、白い箱を見つめながら、悲しそうな目をして言った。
『神様はこの箱を人間達への贈り物となさるおつもりだったのですが…この世界は真っ黒です…』
 時は戦争中期。何やら不穏な空気が立ち込める世の中であった。
 話によれば、その箱は「何でも望みの叶う箱」なのだそうだ。
『持つ人によっては、とんでもないことになるかも知れません。世界征服を望んでも、それは叶えられてしまうでしょう。
 神様の御力とは、そういうものです』
 そんな危ないもの作るなよ…と思ったりしていると、天使はにこっと笑った。
『ですから、これを預かって頂けませんでしょうか?』
 どうすれば、そんなことになるんだ…?
 不思議で仕方がなかったのだが、笑顔と一緒に差し出されて素直に受け取ってしまったのは、やはり天使の仕業だったのだろうか?
『この箱は、願う心の強さで効力を発揮します。人格なんかではなく、叶ってほしいと思う強さが問題なんです。例えば、鶏が飛んだら良いな、とか、世界征服出来たら良いな、でも叶ってしまうことがあるんです』
 天使の口調はとても穏やかで可愛いのだが、その内容たるやとんでもない。
 はっきり言って、こんなもの預かりたくなくなってきた。
『本当は、持つに相応しい人を探すようにと命じられたのですが…今はまだ居ないようです。
 ですから、暫くの間、預かって頂きたいのです。貴方のような人になら、誰にとっても無害でしょう。
 どうぞ宜しくお願い致します』
 天使は一方的に話を続けてしまった。
『いずれ引き取りに来ますけど、それまでにどなたかにお渡ししても構いません。
 神の御意志でしょうから。
 …あ。貴方にご迷惑になることはありませんので安心して下さいね』
 迷惑にならないって…じゃあ今のこの困ってる状況は?
 と思っている間に、とうとう…
『それでは、失礼致します』
 にっこり笑うと、天使は夕暮れのオレンジに翼を染めて消えてしまったのだった。
「…というのが、この箱じゃ」
 おじいちゃんが締めくくった時、優人は二杯目の冷やしあめを手にしていた。
 どこまでが本当なのか、疑う余地は山ほど有り、という感じだった。
 「なにー?おじいちゃんの作った話ー?」と言おうと思っていた優人の肩を、おじいちゃんはがしっ!と掴み…。
「…ということで、優人、この箱をやろう」
 突然そんなことを言うから、優人は冷やしあめを零しそうになってしまった。
 この老人は、自分が「危ねぇ…」と思ったものを、大事な孫に渡そうというのである。
「お、おじいちゃんっ!?」
 けれど優人がそこまで考えるはずもなく、ただ「くれる」ということに驚いてしまったのである。
 「天使」のくれた、「何でも叶えてくれる箱」なんて凄いものを。
 おじいちゃんは「くれる」って言ったのだ。
 が。
 …でもやっぱり、あまり素直に喜べない…。


 夕暮れの空の下、優人は自転車を漕いでいた。
 ナップサックにはお裾分けを、自転車の籠には白い箱を入れて。
「…オレだってヤだ…」
 のろのろと自転車を漕ぎながら、白い箱に視線は動く。
 太陽と空の色とおそろいの、オレンジ色に染まって見える白い箱。
「…はあぁ…」
 おっきな溜め息をついて、あーあ…と呟いた時。
 ガサガサッ…
と草むらが揺れた。
「な、なにっ!?」
 思わず自転車を止めて、キョロキョロ辺りを見回すと、白い物体が目に留まった。
「…まさか…」
 おじいちゃんの話を思い出して、ちょっと警戒する。
 それでも気になって、勇気を出して近付いてみる。
「…あれ?」
 じぃー…と動かないそれ。
「なーんだ」
 確かめて、ほっとした。
 そこに居たのは、真っ白な小鳥だった。
 どうやら怪我をしているらしい。おいでー、怖くないよー、と声を掛けながら近付いても逃げようとはせず、あっさり優人の手の中に収まった。
「…うーん…」
 さて、どうしよう?どうやって連れて帰ろう?
 自転車だってあるし、ずっと片手でなんて帰れない。
「どうしよう…」
 呟いた優人の目に飛び込んできたもの。
 オレンジ色の白い箱。
「あ。いいもの見ーっけ」
 開けるのはどきどきしたけど、小鳥のためだ、仕方ない。
 勇気を出して、ふたを開けてみる。
「…なんだー、やっぱり普通のだ」
 開けても何も起こらない。やっぱりおじいちゃんの作り話だったんだ。
 思いながら小鳥を入れて、優人は大急ぎで帰ったのだけれど…。


「…拾ったのって…小鳥だったよね…?」
 家へ帰って、ふたを開けての第一声はこれだった。
 そう、確かに優人が拾ったのは、一羽の真っ白な小鳥。
 でも。
 箱は、天使の預けた魔法の箱。
 いつか、引き取りに来るって、言ってたもんね。




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