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先ほどまで自閉症を扱ったドキュメンタリーを見ていたつきのわ&とらじま。つきのわが小学校勤務だったことが接点となって、番組があれば必ず見ています。○つきのわ:ええっ???うそぉ!! 「自閉症って説明しても、周囲にわかってもらえたことが 一度としてなかった」って背景の新聞に出てたよ。 今どき、こんなに本も出てるし ドラマはあったし(昨年の連ドラ「光とともに」のこと) 大体、「レインマン」なんて私が中学生の時の映画だよ!! もう、知られててもおかしくないハズなのに。 自閉症が、いかに理解されていないかと説明がされている背景に新聞記事がレイアウトしてあり、つい、字幕を読むように、記事を読んでしまうつきのわ。◎とらじま:いやあ、そんなもんだと思うぜ。俺だって「自閉症」に関心もったのって つきのわが小学校で勤めて、自閉症の子どもたちと過すことが多かったからだし。 それ以前は、関心なんかなかったよ。○つきのわ:そうだねえ。私も「レインマン」しか知らなかっただろうなあ。 勤務することになって、あわてて自閉症やADHDや LDのサポートサイトをあさったんだよね。◎とらじま:例えば、電車の中でパニックを起こしている子どもを見たことがあるんだけど○つきのわ:うんうん。◎とらじま:今なら「あ、パニック起こしたんだ。落ち着くまで時間が必要なんだろうな」って思うけど 知らないころは「なんだよ~(-_-;)・・・。ったく うるせ~ガキだな。」ってしか思わないもん。○つきのわ:・・・う~ん、そうかもねえ。 知ってからは、パニックを起こしているのと 「あれ買って~~」とかダダこねてるのと、違うっぽいなあって感じるんだけど。◎とらじま:知らないと同じに見えちゃう。しかも、自分に関係ないって思ってたし。○つきのわ:私は電車の中で、窓をあけるか閉めるかでもめているのを 見たことがあるのね。もう12月の寒風が入るころで あけると寒いんだけど、絶対に閉めないって譲らない人と 寒いから閉めろって人が言い争いになっちゃって・・・。◎とらじま:・・・・。むむむ。 ○つきのわ:閉めないって主張している人は、 何かのこだわりがあるんだろうなって、思ったのね。 ただ・・・それを「こだわりかも?」と思わないと 「無茶を通そうとするわがまま」にしか見えないのも、わかるし・・・。 ケンカになりそうだったら、相手の人に話しかけようと思ったの。 きっと「こだわり」だと思うから、気分が落ち着かれるまで、待ってほしいって。◎とらじま:・・・・。○つきのわ:結局は相手の人が折れて、ケンカにはならなかったから 私は、何もしなかったんだけどね・・・・。 「こだわり」だろうから、気分がおさまるまで待つってことは おそらくその人の求めるとおりにするってことになるよね。 それが窓を開けていた人にとって「よい」ことなのか・・・。 本当は全然わからないの。 だけど、気分が落ち着かないと、聞ける話も聞けないだろうし・・・。◎とらじま:そういえば職場でもあったなあ、そんな感じの出来事。 小学校で子どもがパニック起こした時って、どうしてた?○つきのわ:う~ん・・・みんながパニックを起こしやすいわけじゃないんだけど。 例えば、音が苦手な子なら、状況が変わるまで待とうねって言ってたかな。 「耳をふさいだら、少しはマシか?」って聞いて 「マシだ」って言ったら、耳をふさいでいてもらったり・・・。 そこから席を立てる状況なら、席を立ってもいいよって伝えたり。 ◎とらじま:電車の中で、子どもがそうなっていたら 親御さんに声をかけると、少しは気が楽になってもらえるかもな。 無言の非難の中にいるって状況より 「環境が変わって、びっくりしちゃったんですね。」ぐらいの軽いタッチの言葉が、周囲からあると。 ○つきのわ:そうだね。なんか、「よく知りもしないのに 余計なことを言ったら失礼かな?」なんて思いがちなんだけど 「誰も理解してくれなかった」って状況よりは 「余計なお世話じゃ、ボケ!」って思われる状況の方が 256倍ぐらいマシだと思う。◎とらじま:・・・そのビミョーな倍数は何なんだよ。できることは、本当にちいさいのだけれど・・・。
January 31, 2005
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盛りだくさんの一日。朝:ヨガレッスンへ行く。週1回のレッスン+週2-3回の自宅レッスンをすると、体調がすこぶるいいです。調子を落とさない、というわけではなくて調子がイマイチになると、体からのサインにサクっと気づくようになりました。そういう時は、未練がましくPC前に陣取ることをやめて、眠るようにしています。トータルの「イマイチ期間」が短縮されましたし、調子のよい時間の密度も高まってきたように思います。密度といえば・・・仕事の密度に、関心が強まってきています。なんで、こんなことが可能なのか?と思う人に出会ったもので・・・。この間東京都北区にある「渋沢資料館」へ行って来ました。埼玉の「郷土の偉人」ですし、教科書では名前ぐらいしか出てこないのでいっちょ、会ってこようかなと思ったのが動機です。色々の展示がありましたが、びっくりしたのが晩年の彼が経営・顧問をしていた会社の数!数えるのがしんどくなって、数えませんでしたが30社ぐらいかな?それも、後の日経新聞だの日本郵船だのジャンルの関連なさそうなところばっかり!おまけに、(これは若い頃から)病院などの福祉施設のバックアップにも熱心だったようで理事などもたくさん務めていました。おそらく「名前だけ」貸しているなんてところも、あったかもしれない。それにしても同じ一日24時間で、こんだけのことをやったんか、このお人は!!密度が違うんだろうな。仕事の量や質のシフトがめぐってきたら、密度のシフトも必要なんだろうな。渋沢栄一、要チェック!!!◎とらじま:若い頃の渋沢を描いた『雄気堂々』を読むといいよ~。 養蚕相場の話とかが出てきたと思う。○つきのわ:うん、わかった。早速図書館チェックしとくね。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*昼:「赤毛のアンに隠されたシェイクスピア」という講演会に行く。アンの世界にちりばめられた引用元を明らかにした画期的な翻訳をなさった、作家の松本侑子さんが講師です。『赤毛のアン』はちいさい頃から読んでいるため、わりと細かいエピソードまで、ほぼ暗記しているつきのわ。思春期前から読んでいるから、ネイティブだな。ネイティブ・アンファン・・・。おとなになられてから、アンブックスを手に取られてそして原典はもとより、膨大な引用元や当時のカナダの社会状況にあたられた松本氏の解説は、非常に興味深かったです!そして、なにより「う~む!」とうなったのは、インターネットのない時代に彼女が進められた調査方法!!原典を読む→引用っぽいところをピックアップする→最良の引用辞典を知るため、研究書を読む→引用辞典を購入する→引用辞典で調べる(全体の数%しか判明しない。)→デジタルデータ(当時はこれがタイヘン!!)を見つける。→ピックアップした引用とおぼしき箇所を、データ内で検索する。並大抵のことでは、できません。その結晶がこの本です。アンのみならずシェイクスピア、アーサー王伝説、スコットランドの詩人に関心のある方には、重層的な楽しみ方ができる本です!そして・・・ネイティブと、ノンネイティブでしっかり調査した人がタッグを組むとなんか、おもしろいことができそうかも、なんて思いました。イメージしているのは、英語・日本語なんですけどね。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*夕方:ビジネスパートナーと打ち合わせ全体像が見える時期が到来。出来る出来ないを考えるのは、ちょっと脇において、する私か、そうでないかを、まず吟味する。そして「する」ところに立ち、次に何をするかを明確にする。チャンクダウンする。とりあえず、ひと口サイズにチャンクダウンしたもの(500字ぐらいのコラムを書くこと)からおしゃべりしつつ、創り上げていくぞっ!〆切も自分で設定しちゃったし(^^ゞ~~一日が終わったときには、お腹が空ききっていました。ヨガの前には、食事をしないので朝は抜き。昼は時間がとれず、抜いてしまい。夕方は、しゃべりまくるので水分のみ・・・。あら、意外と食べなくても持つもんだな。ヨガの先生は、朝昼抜くのが日常っておっしゃっていたけどさほどしんどいもんでも、ないかも。・・・と思いつつ、夕食は猛然と食べるつきのわでした。
January 29, 2005
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歯痛に耐え切れず、歯医者さんに行ってきました。(耐えるな!)今回は歯を折ったわけではありません(^^ゞ私の歯は、ほとんど人工のもので覆われています。なもんで、虫歯になるとひじょ~にややこしいことになります。もしかして、知覚過敏じゃないかな。もしかして、肩こりからきているんじゃないかな?・・・という希望的観測がついえるほど、痛くなってきたのであきらめて行ってまいりました。さあ、人工物を外すなり、がしっと削るなりやっちゃってくださいやし・・・と覚悟を決めていたのですが単に磨り減っていただけとのこと!(それでこんなに痛いんか?)思い切り拍子抜けでした。そのぶん、と言ってはナンですが研磨をしていただいた時の、なんともしれない底重い不快感はツラかったです。他の痛そうなことには、ぼ~っとしていた私がこのときだけ声を抑えて悶絶していたためか(声を出したら、衛生士さんの指を噛んでしまいます。凶暴なねこということで、保健所送りにされちゃマズイ。)衛生士さんがやけに謝ってくれます。い、いや、謝ゆひふようはないのれす。わたひが、苦手ならけれすから・・・と、もごもご言いながら思いました。どうせガマンするなら、苦手じゃない痛みを我慢したい。修行するなら、得意な痛み(?)なところがいい!歯でいうなら、親知らずを抜くのをガマンしたい。研磨は・・・・いやだああああああ~~。生きることが修行ならば、やっぱ得意なしんどさのところがイイ。絶対イイ。目下、牙がぴかぴかのつきのわでした。
January 28, 2005
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『陽明学十講』に、中江藤樹(1608-1648)という人のみじかい手紙が載っていました。(中江藤樹に関する、映画が出来たらしいです!。)他の手紙には、安岡師の意訳が付されていたのですが、これは短いせいか、訳がありません。わからない言葉や背景がちらちらしますが、読んでいて「はっとする」ところが多かったので引用してみますね。「色々の障り御座候て、御退屈成され候旨、自反慎独の工夫、手に入らざる故にて候。 御心にすくみ御座候に付いて、外物さはり、気の毒に御思召故、いつとなく志をうばはれ候。 心にすくみなく候へば、世間の万事、一もさはり申さず候。 殊に交はるる所の善悪是非は、少しもかまひになり申さざるものにて候。 自反慎独の工夫は、心のすくみをとろかしすて、いかにもひろびろとして、 天地万物入りてつかへぬ本体を失はざる様に仕り候。専一にて候。 大学に心広く体ゆたかといへるにて、能く御合点なさるべく候。 吾人の心、本来広大にしてさはる所なきものにて候ものを、 いつの程よりか、習にそまり、是非の素定、好悪の執滞、名利の欲、形気の便利などにて、 ねぢかためすくめ候故、親の吾を愛することさへ、たち障りさかだち候へば、 自余の事は申すに及ばず候。 このすくみをとく心得なく候へば、学問にて却ってすくみをかさむものにて候。 能々(よくよく)御体認して、すくみを御とき候はば、何事もつかへ申まじく候。 万事のつかへ候は、他人の非にはこれなく候。 皆我が心のすくみたる非ある故にて候。」(青字はつきのわ)私はこの手紙を、このように読み、このように受け取りました。「色々な障害があって、気が鬱屈されているとことですね。自らにかえり、独を慎むためのシステムを得ていらっしゃらないからだと思います。心にすくみがある、というのは、他人の言動や状況など、自分の外のものが障害となって、気をしゃんと持てないように感じてしまいそれが原因で、いつの間にか志を奪われてしまった、ということを指します。心にすくみがなければ、世間のことというのは、まったく何も障害にならないのです。ことに人間関係の良し悪しなどは、自分の志にはまったく関わりとならない。「自らにかえり、独を慎むシステム」というのは、心のすくみを融解させて捨て去りまったく広々とした本質・・・天地万物が入っても、つっかえたりしないような広々した本質を失わないようにする方法のことです。これこそ「専一」です。『大学』に、心は広々として、体はゆたかな状態と言っていますが、よく理解なさってください。人の心というものは、本来広大で障害となるものなぞ、ないのです。それがいつの間にか、慣習に染まってしまい、価値判断をすること、好き嫌いにこだわりすぎること、名誉や利益を欲すること、(形気の便利・・・なんだろう?)などに、ねじ固められ、すくまされてしまっています。そのため、親が子を愛することさえも障害となり、つっかえる原因となるぐらいでその他のことは、もはや言うに及ばないほどです。この心のすくみを解くことを知らないと、勉強をしても(ここでは漢学のことでしょうね)却って心のすくみを増してしまいます。このことをじっくりと体感で理解して、心のすくみを解き放てば、どんなことも、あなたの志の障害となることはないでしょう。すべての障害と感じるものに、他人が源泉となるものはない。みんな自分の心のすくみに、その源泉があるのです。」(正しい訳では、残念ながらありません。わからないところも多いので、ご指摘歓迎です。自分はこう受け取った、というコメントも大歓迎。)・・・・いやあ、参ったって感じですね(^^ゞ藤樹さんは、誰にこの手紙書いたんでしょうね?後輩かな?どうも年少者に、噛んで含めるような口調に感じます。つきのわ、噛んで含めるように諭されている気分です。「志をうばはれ」たよ~、もうヤダよ~みたいな気持ちを吐露してしまった時に、数日おいてこの手紙が来たら・・・。しかも、「心のすくみ」自体についてはまったく言及がない。う~ん。まずは自分で観察して、よく味わってみろってことなんだろうか?-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*追記これをアップしたあと、学校の先生もう一人にえじそんくらぶのフォーラムのお誘いをしてみました。(しかも)電話で・・・。うまくいくか否かではなくて、先生方の前進に立場をとるか否か。自分が望むことからすると、前進に立場をとることになります。(っつーか、とらざるをえないっつーか(^^ゞ。)結果的には、日程が合わず残念でしたが少なくとも「心のすくみ」を溶かし捨てる過程には、できたみたい。さて・・・次は?
January 26, 2005
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20歳のころ、ある男性にイカれてしまって追っかけをしていたことがあります。新潟は長岡まで、18キップで行ったっけな~。造り酒屋の方と(なぜか)、生酒を飲みながらこの男性について話し込んだっけ・・・。その男性とは河井継之助。幕末、越後長岡藩の家老を務めた人物です。学生の頃、自分の立脚点がまったくつかめずイライラし通しだったころ(司馬遼太郎氏書くところの)河井継之助が、矛盾が前後左右からやってくる中に生きていかに身を処するか、その原則を追いかける姿にすっかりほれ込んでしまったと言うわけです。(^^ゞ「私心も私情も捨てているどころか、命まで捨ててかかっている男に、文句のつけようがない。」「からだは、どこにもない。からだには風がふきとおっている。一個の気だけが歩いている。」すげえ、カッコイイ。アタシもこうありたいもんだ。この本で知ったのが「陽明学」。なんとなくは聞き知っているけれど、中身まではわからなかったものです。ハタチのころの私は、とりあえず本に折り目やら、印やらをつけて、そこで止まっていました。それが・・・出会いました。『陽明学十講』。少しは先へ進める準備ができたかも・・・というところです。で、近所の某大学の図書館を、使用できることを知りました。しかも、そこのHPには図書検索システムがありました。ちょっと探してみたら・・・全10何巻の、陽明学の本を発見!!読めるかな?読んでみるか!いっそ読書会とか、できないもんかな?
January 24, 2005
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ADHD支援団体「えじそんくらぶ」主催の「子育て支援フォーラム 今、私たちにできること」というフォーラムが、2/5(土)に埼玉県入間市産業文化センター(西武池袋線入間市駅下車徒歩15分)で開催されます。つきのわ、参加するつもりでおります。詳しい場所・プログラムはえじそんくらぶのサイトでどうぞ!昨年度、小学校で勤務していたため、AD/HD、自閉症の子ども達との関わりがありました。仕事は終了したものの、ずっと関心がある・・・というか視界の片隅に常に存在し続けています。「私にできることは、何?」それがどの程度の大きさか、誰か比べてどうとか、そういうのを脇に置いたところで問うとしたら?「私にできることは、何?」このフォーラムを知ったとき、真っ先に小学校の先生方の顔が浮かびました。知らせよう、とメールの下書きもしました。なのに、送信ボタンが押せない。「嫌がられるんじゃないか?」「余計なお世話だと思われるんじゃないか?」ずーっとこれにとらわれていました。学校の先生をセミナーに誘うことが、ちょっと恐怖だったんです。(え~、オープンマインドを持つ先生方、ごめんなさい。)こういうのを‘ストーリー’と呼んでいます。まだ事実になっていない、頭の中モードの世界の話です。(もちろん、現実がストーリーのようになる可能性は、大なり小なりありますが。)自分の頭の中で再生されている、‘ストーリー’の言うとおりにするか。そうすると「私にできることをする」ところには、立てない。それとも、「私にできること=知らせること」をするところに立つか。結局、送信ボタンを押しました。ポチッと♪何か起きるかもしれない、何も起きないかもしれない。でも、知らせる私、参加する私には変わりがないもんね~。昨日の夜中に、やっと旅立ったメールは、たった今、お返事となって帰ってきました。「参加してみようと思います。」とのこと。やった~~!次に私にできることは、何?
January 23, 2005
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日本語学習コーチングが、本日で完了!いたしました。もう少し回数を重ねる予定だったので、「え”?」と思ったのですがクライアントの滞在日程の関係で、急遽本日がラスト・ディ。!!!一瞬「え~~~、こんなに資料つくったのにぃ。エクセル4シート分を、1回でカバーできない~。」モードに入りこんでいました。ビデオみるのにも相当時間かかるよ~。文法説明と、録画した番組中の言葉を平行して扱おうと思っていたのに・・・。ともかく、あと1回じゃ何もできないよ。と、頭が働かないというか、目の前のものに対処できない「すっとこどっこいモード」(苦笑)に陥っていました。ちょうどその時・・・「結果は創作物」・・・という言葉を思い出しました。コーチング講座で誰かが言っていたもので、まるで頭の中で音声再生されたような感じでした。結果は、創作物、か。自分がそのことに、どんな結果を見出すか。どんな結果を創る前提で向かうか。どんな自分で立つか・・・ってなことだよな。ともかく、セッションが出来るのはあと1回。確かにこの1回で、予定していた説明や、ブレインストーミング、ロールプレイを全部やるのは無理だし、無茶だ。じゃ、どうする。どんな状況を創るつもりで、何をしよう?その状況で私が創り出せる、ベストの状況ってなんだろう?・・・この辺までくると、すっとこどっこい頭も結構正常モードで動き始めます(笑)。えーと、1時間中文法の説明だけしても、疲れるし飽きるし覚えられないよな。じゃあ、いっそジュエリー番組のビデオに、特化してしまおう。文法事項は、表にまとめたものでさらっと話して、すぐにアンティークジュエリー番組を見よう。まずは、そのまま見てもらって、2回目は注意を払う点を決めてその後は、自由に止めたり、巻き戻したりしながら見てもらおう。私からの解説としては、「言葉だけから情報を汲み取る必要はない」ってことかな。人なら表情や声のトーンから、相当情報が得られるしテレビから情報を得るなら、なんと言っても「映像」が強力なナビゲーターになる。何もストイックに、言葉からだけ、耳から入るものからだけに限らなくてもいいってことを「本日のメインディッシュ」にしよう!メインが決まると、あとはイモズル式にはっきりしてくるのは、晩御飯の献立だけじゃない(笑)。目的/メッセージ、ツールがクリアになり、自分の足元もしっかりした気持ちで最後のセッションを持つことができました。そしておまけが・・・。「アンティークジュエリーが題材だと、こんなにも勉強する気になるのね。関心に合ってる教材って大切ね~。」というコメントをもらいました。そう、そうなの。私に半導体やら集積回路やらのことを、語学教材として与えても、すぐ意識が飛んで、もれなくヨダレあとがつくことになるはず。(機械モノ、得意じゃありません。)でも、コミュニケーションや言葉そのもの宝石や天体がテーマなら、ヨダレはつかない!しかも、基本的な知識が頭に入っているから背景がすぐつかめて類推が早いし、なじみやすい。単語も覚えやすい。これを知ってもらえたら、1回のセッションのモトは取れてると思うし私も伝えたいことを汲み取ってもらえて、とてもうれしいわ!
January 20, 2005
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関東圏の方へのお誘いになってしまいますが・・・私も現在受講中の、岸英光氏のコーチング講座(東京バージョン)がプレセミナーを開きます。プレセミナーって・・・なんじゃ?と思いますが(私もそう思った・・・)連続講座開始前に、第1回にあたる部分を体験していただける、というものです。1回完結型なので、連続講座参加するかどうかに関わらず、実生活に役に立つと思います。(実はプレセミナーの内容が、全課程の中でいちばん大事かも・・・・)平日の夜に19:00-21:40 と「え?」と思うぐらい長丁場で(笑)受講料3000円はかなり安いな~、ほぼ1000円/1時間だよね・・・と、つい単価計算(?)しそうになります(苦笑)いや、値段のことが言いたいのじゃなくて・・・「突破的な結果を創る」ことに、とても機能する場です。・コーチングってどんなんだ、どう役に立つんじゃ?見てみてやろうじゃないか、と思われる方・何かの形で、すでにコーチングとタッチされている方で「パラダイム」とはなんじゃい?体験してやろうじゃないかと思われる方に、個人的におすすめいたします。こちらに詳しい内容&お申込みページがあります。私も参加しま~す。(プレセミナー3回目・・・)-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-川中島の合戦:参加者募集相当に「何だコレ?」ですが。記事をそのまま引用いたします。「山梨県笛吹市は、4月17日に同市石和町の笛吹川河川敷で開く「桃の花まつり」のイベント「川中島合戦戦国絵巻」の参加者を募集している。 武田信玄が上杉謙信と戦った川中島の合戦を再現する恒例の催し。武田信玄率いる「武田軍」と上杉謙信率いる「上杉軍」の両軍の武者が戦いを繰り広げる。 参加資格は「合戦可能な健康な男女」。参加費2000円(記念品代、保険料などを含む)。希望者は専用用紙に記入しファクスで申し込む。締め切りは3月31日。 合併後初めてとなる今年の桃の花まつりは4月1~17日。問い合わせは市観光商工課(電話055・262・4111)へ。」ものすごく参加してみたいっ!と思いました(笑)。とらじまと2人、いざ出陣!と思ったのですがどうやら仕事の日程と合わないらしく、「合戦可能」かどうかは難しそうです。私達は難しくても、ご興味をもたれる方もいらっしゃるかも、と思いここにアップしておきます。ちなみにとらじまに「武田・上杉、どっちがいい?」と聞いてみましたら「謙信役じゃなきゃ、やだやだやだ!」と暴れておりました。普段は圧倒的な兵力で寸断しろ、とか、各個撃破は基本中の基本だとか言うくせに本当は「一騎当千」好きなんだな、とらじまも。私ですか?ううむ、私は補給ライン寸断派ですね。謙信とは、相容れないかも。
January 17, 2005
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今日は新宿某所にこもって、風水教室&lavanellのお茶会と盛りだくさんな一日♪当日記に度々ご登場いただくコーチのlavanellさん主催のお茶会に参加なさったのは北海道から一足飛びに戻られた、エネルギッシュなリアルエステート・ナビゲーターノンたろくんさんインカローズのピンクがなんとも似合う「なりたい自分になる会」主催いずみ♪1964さんアンティークの指輪が美しい指に映える、ファッションコンサルタント&プロフェッショナルコーチのRinka*さんそしてうるわしき唯一の男性、ハンドルネームと、実物のお若さのギャップで女性軍をのけぞらせた眠りのG3(じーさん)さん自己紹介、というお茶会のお題(?)にのっとって名刺交換のあと自己紹介をしていきました。いやあ、アガッたアガッた(^^ゞ私、緊張してましたよ~。緊張して話せる機会なんて、ありがたいわ~~~。Lavanellさん、セッティングありがとう!ま、緊張は3秒後には解けて(笑)なごやかなフリをしながら、中身の濃い情報交換、オーラ交換(ん?)の場となりました。何かをはじめるところに立っている個人があつまって惜しみなく情報を出し合う機会って、本当に貴重です。ねこの直観ですが、これからはそういう集まりにより一層エネルギーが宿るときになるんじゃないかにゃ、と思いました。
January 16, 2005
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日本語セッションは続いています。いや~「くれる」「もらう」「あげる」にこんな違いがあるとはね~。ネイティブは意識しないで使ってるもんだ。(ヒント:主語が違うんですよ!)授受表現という、日本語文法のひとつの柱だそうで、これに敬語表現(尊敬語+謙譲語)が入ると、ふざけとんのか!というぐらいややこしくなります。「日本語を学ぶ目的は何?」このしちめんどくさい用法や活用を覚えて(日本語が特別ということではありません。語学習得には、ジミで根性のいる部分があるということ・・・)何をしたいのか。これを明確にしておくと、しちめんどくささに堪えるエネルギーが湧いてきます。ところが語学習得のため、と「感じている」目標が「目的」ではない場合もあります。習得を続けながら目的を見出していく過程が長く続くし、目的がインスタントなエネルギーを供給してくれないことも多いです。(それでも、目的・目標に目を向けることは、確実にエネルギー源になるのだけど・・・。 詳細はまた今度・・・)今回、クライアントはアンティークジュエリーに興味のある方です。そして、私も。で、私がたまたまビデオに録画していた、アンティークジュエリー番組(NHKのもの、つまり日本語)を見ようせ!というのが最短の目標になりました。クライアントは、ジュエリー関係者ではないですがこれで覚えた表現、裏打ちした文法は核となって範囲を広げるときにも、充分役立ってくれると思います。英語も、同じだぜ。
January 15, 2005
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昨年末からポンポンと、飛び石のように「今年の目標」のヒントがやってきていました。本の形だったり(『パワーかフォースか』『Power of Now』『陽明学十講』)コーチング講座での、みんなのシェアの中に存在する私の姿であったりテレビ番組でのタレントのひとことであったりはてはとらじまとケンカしたことであったり(・・・・・。)元旦から半月、ちょうど小正月というところでやっと文字になったので、この場でコミットメントとしておきたいと思います。1. 「今」と「自分」をすべてのベースにする。 「今」何を感じているのか。「今」をどうありたいのか。 実際はどうあるのか。 未来に逃げていないか。過去を持ち込んでいないか。 ここに意識を置いて、何かあったらここに戻ってくる私である。 ふっと、未来へ「逃げ込む」ことがよくあるのですが(^^ そういう時は、たいてい呼吸が浅くなっています。 呼吸しているのかどうか、わからなくなるという感じですね。 お腹にためた吸気を、左足に通し、右足に通し、ひたいに通すよう(なイメージ)にすると 「今」に戻ってこられます。ツールとしてはこれを使います。また、「2005年」という名の山の、登山コースとしては「Aをしたい。でも相手が◎◎してくれない。だからできない。腹をたてる」コースは辿らず「「Aをしたい。相手は◎◎しない。 では私は△○をする/しないことで、Aにつながる場を創っている。」のコースをとる。2. エネルギーレベル310:「意欲」が常態である。『パワーかフォースか』に出てくるレベルです。数値化されていて、口調がいいのでここの表現をお借りしました。下記小見出しは、少々表現を変えています。 -「プロジェクトの成功」は当たり前の域である。 -人生に対する内面の抵抗から降りて、前進を意図して生きる存在である。 -経験から学び、自己修正のできる優秀な学び手である。3. コーチとして立っている。「上手にしたい」という小我から降りて クライアントの前進に立場をとる私でいる。4. プロジェクトは「あそび」 年明けの番組で見た「シルクロード」のテーマ曲を創るヨーヨ・マ氏のような 「愉しく」「前へ」「むすび」「エネルギー」を持つ。今年は・・・定性的な目標に落ち着いたかも。定量的な目標も、おいおい定めにゃ・・・。
January 14, 2005
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日本語を学ぶナビゲートをするという新しい経験で、新しく覚えることが出来てきました。日本語の文法(の上澄み)です。形容詞にも活用があることが、初学者のため息を誘っていたとは知らなんだ。そんなの・・・Be動詞の活用にくらべりゃ、おとなしいもんじゃんって思ってましたから・・・。「げっかん(月刊)」という語が、それほど発音しにくい言葉とも、知らなかった。つまる音(っ)の後にK音が来るだけでもしんどいのに、更に「ん」が来るとこの言葉の作成者をどつきたくなるらしい(^^ゞこれらがすごく「何か」に役立ちそうな気がするのですが、何に役立つのかは、わかんないです(^^ゞ。でも、このテの直観には従った方がよさそう。名づけて「ここ掘れワンワン直観」。
January 11, 2005
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lavanellさんの日記にコメントしたことがきっかけでむうううと考え込んでしまいました。(ちなみに彼女の日記は、リンリン竹ちゃんさんの日記に触発されて、とのことです。)lavanellさんの日記から少々、抜粋をば。>ボランティアの精神って…本当は何なんだろう。>竹ちゃんも使っていた【偽善】も頭に掠める。>それは、人のため、社会のため…と思っていたのに、怒りや面倒臭さが込み上げて来たり、>自分の満足の為にやっていたりするからだろうとも思う。>だから、ボランティア精神には段階があるのだろう…と思うのだ。ボランティアとはなんだろう。下記に自分のコメントもひっぱってきて、それに足していく形で考えてみようと思う。1:volumteer ボランティアって辞書で引いてみました。「志願兵/義勇兵」って意味が第一義らしい。「私は戦います。その結果、野にかばねをさらすことになっても、そりゃそれでOK」という語感のようで「ギャラなしで働くこと」と同義ではないみたい。ギャラのあるなしではなくて、志願する意志があるかないか、そこが一線のようだ。2:私が留学してたころに、教室や教会のワークショップで、よく聞いた言葉があります。(Does) anyone volumteer?「誰かする意志のある人はいますか?」(たいてい、フリップを持つとかドアを閉めるとかこういう体験について、みんなに話してシェアするというようなこと)すると、さっと手が挙がるんです。なんのためにとか、なんでオレが、とかそういうレベルの話は出なくて、あったり前のように「やります」という感じ。やらない時は、これまたあったり前のように「しません」という感じです。「悪いけど」とかなんとかは、ない。するかしないか、自分の基準が明確にあるんだなと感じました。言葉のもとの意味と、実際に使われてる感触が、ホントに近い気がしました!3:受講中の「コーチング講座」で、そこでのボランティア志願(原義からすると、ヘンな言葉だな)の定義みたいなものを聞きました。「自分が払ったもの以上の結果を得るという約束の下に、貢献することへの参加が許される。」・・・・。書きながら、自分のボランティア参加態度が、恥ずかしくなってきました・・・。「タダでしてやってる」って気持ちがベースに脈々と流れています(うううう。)それが「悪い」のではなくて「違うなあ」と感じましたねえ。「タダでしてやってる」が、ぴったりの表現でなければ「時間とエネルギーを提供しているのに、なんでこんなことまで抱えなきゃいけないのよ!」という気持ちに、容易につながりやすいというか・・・。違う方向へ行ってしまうような気がします。「払った以上の結果を得る」なんて、考えてなかった。(ぐぐぐぐ)志願して何かをする時の、対象(相手)と常に対等なところに自分を置くためにも必要な心の置き場だなあと思います。当然、あったり前のように「やります」という感じではないし。>ボランティアの精神には段階があるのかもしれない。私もそう思います。で、どのステップに自分がいることも、まったくOKだと思います。そこからどこへ行くか、どの段階へ行こうとするかも、自分で選べることですし。ボランティア活動に手を挙げる、行動することがえいっと飛び込んでやってみること、そして自分がどこに立っているかを観察することこのふたつを同時にするところまで習慣化する、トレーニングになりますね!私は今自分が立っているところから、受容レベルへ行こうと思います。(参考:『パワーかフォースか』)今年の目標2です。
January 10, 2005
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・じょうろで植物に水をやっているとき・電動歯ブラシで、歯を磨いているとき・眠っているときこれ、なんだと思います?(笑)答えは、「思いのほか肩にリキが入っているとき」です。と言っても、私のケースだけなんですけど(^^ゞPCに向かっているときや、手仕事をしているときにはふと肩に力が入ってるな、このままじゃ疲れるなって気づくことがありますよね。ところが、歯を磨くだの、水やりするだの、あまり「疲れそうにもない」ときに意外に強く肩(に限らず、どこか)に無駄な力が入っていることに気づきました。これが体の巡りを滞らせるんだな~、きっと。特に「あ~さっさとこれ終わらせて、あれとそれを済まさなきゃ」なんて思ってるときには首筋を固めてますね。「首がまわらない」状態も、自分が創ってるな、こりゃ・・・(^^ゞ私がムダに力をこめているときは、「今」以外に気を取られきっているときみたいです。もっと言えば「今」を横においてしまって、「あれもこれも出来てない。私はまだ足りない。」と感じている時ですね~。掃除しているときも、データ入力しているときも、電話で話しているときも「今」に視点を置く。・・・しょっちゅうどっちかの世界(過去とか未来)にお出かけしがちですが(^^ゞ「今」に戻ってきた瞬間、気づくものごとが増えてきました。体調、体感は手近に感じ取りやすいものですし「今」レッスンの初歩にはぴったりかも。
January 9, 2005
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お正月インプット作戦の一貫で、薄い英語の本を読んでました。ヴァージニア・ウルフとか、トインビーとか・・・訳書もロクに読んでないようなのに挑戦してみました(^_^;)薄い抜粋本だから、大丈夫だろうと思ったのですが。・・・・・。わからん。危うく、本を閉じるところでした。「わからん」と思うと、それで思考を終わらせてしまう行動パターンを私は取りがちだってことですね。何がわからなかったのかな。もう一度その部分を音読なぞしてみると特定の3語の意味が取れないから「わからない」と思ったことがわかりました。・・・なんだ、たった3つじゃん。早速辞書を引いてみると、ひとつの語には、学生時代に引いたマークが残ってます。覚えてないな~(^^ゞ大量虐殺と間奏曲とひと仕事の意味でした。(すごい取り合わせ・・・)ああ、レトリックのかませ方に混乱してたみたいね。まったく~、美文は慣れるまでは消耗戦だよ~。(慣れるとおもしろいんだが。)「わからない」と思考停止してしまうのには、「早く先へ進まないと」「あれもしなくちゃ、これもまだ終わってない」ってな焦りがたっぷり絡んでいました。ここ読んでいるのは「今」。「今」は焦る時間ではなくて、読む時間。読み終わったら、すきなだけ焦る時間を取っていいから「今」は読もう。こうすると、不思議と「わからん」が消えていきました。よし、次へいくぞ~。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-頂き物の「ごはん土鍋」を使ってみました。土鍋でたくごはん・・・なんだか響きからしておいしそうです。マニュアル通り、一回はおかゆをたいてその次にごはんを炊きます。もしかしたら、失敗してるかも。そしたら今日の晩御飯は主食がパンになってしまいます。大根と厚揚げの煮物、鱈の粕漬、かぼちゃの煮物、味噌汁・・・とパン。食べたくね~な~、そんな取り合わせ。恐ろしい想像を振り払い、えいっとふたを取ってみると・・ぴっかぴかのごはんが立ってるぞ~~。ほくほくでした♪よく芋がほっくり焼けて栗味になってることがありますよね。あれのごはん版。すごくおいしかったです。まあ、手間はかかりますが日常の習慣にしてしまえばいいわけで・・・。当分土鍋ごはんだ~。すごいぜいたくしたぞ~~。
January 7, 2005
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日本語を習いたい英語圏人に、ネイティブとして日本語に慣れる手順をサポートする。・・・・いつもの逆をすることになりました(笑)。で、実は恐怖!なコトが・・・。ネイティブにとっては文法って、実は謎なんですよね。意識していないし、でも確実に区別しています。(そうしないと意味が通じないですもん。)例えば「寝ている」と「寝る」の違い、語尾の活用の法則なんて説明しろと言われても、案外できないもんです。「なぜ違う」のかを説明できないけれど「違う」ことだけはすぐにわかる。これが英会話教室のインストラクタの気持ちか!(^^ゞ日本人が英語を学ぶことの、逆のパターンにタッチできるからきっと応用できるものを提供しあえるだろうな。そういえば・・・以前、カナダ人の友人と動詞の活用について話したことがあります。◎友人 :「日本語の勉強を始めたけれど、さっぱりわからないんだ。 自分には語学の才能がないのかも知れないと思うよ。 特に動詞。haveやdoにあたる言葉が、日本語にはないらしいし。」○つきのわ:「私達はね、中学校の時に have-had-hadとか do-did-doneって唱えて覚えたんだよ。あなたもそうしたの?」◎友人 :「そんなこと、考えたこともない。自然に覚えてた。」○つきのわ:「母国語ってそうだよね~。でも日本語を覚えたいなら こういうことをする必要があるよね。 覚えて、反復して、意識しないレベルまで使い込むことが。」◎友人 :「うん、甘くないなあ・・・。」甘くないけど、でも覚えることが出来るように整理された文法があるってのは、すごくラクなんだぜ。すべて未整理だとしたら・・・ぎょえ~~~っ。*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今朝目覚めたときに、風邪の症状がでてました。フラフラとして・・・熱が35度ちょい。やばやばです。発熱していれば、もうこっちのものなんですが(^^ゞ下がっているときが、実はマズイ。ここで無理すると痛いツケがきちゃいます。さっさと足湯して、寝ちゃいました(笑)。悩んで体冷やしても、なんにもならんしね。熟睡3時間。風邪気は、するっと抜けていました。そこで風邪にもう一撃加えるには・・・と思い立ったのが三平汁。塩鮭のあらと大根やにんじん、里芋などの根菜類を煮て酒粕で香りづけして、味噌で風味をつける、鍋物というか、汁物というか・・・というおそうざいです。酒粕がちょっと苦手なので、恐る恐るつくってみたのですがこれがイケました!!美味しいし、ものすごく体が温まります。煮込んでアルコールは抜けているはずなのに、なんだか愉快な気分にまでなってしまいます。すごく安上がりな風邪薬です。(調合方法を、もとい、レシピを知りたい方は私書箱にご連絡ください。)酒粕を溶いた味噌汁のレシピも見つけたのでちょっと常用してみようかな・・・。
January 6, 2005
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新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。さてと(笑)。3が日中は、憧れの「インプットのみに集中」に費やしてみました。アウトプット禁止(笑)。よって日記も更新なし(笑)。読みたいだけ本を借り、買い、テレビは観たい番組のみ、ピックアップして観る。(「シルクロード」はとっても懐かしかったです・・・。)たまにこういう「設定日」を創ると、おもしろいですね~。お正月は、環境ごと別設定にしやすいし。「インプット集中」に設定してみたのですが、自分で選んだもの以外にいろんな本が手元にやってきました。それらを、えいっと目におさめ、耳に流し込んで、ひと眠りして体に慣らして今年の目標を出してみました。これです↓「今」に視点をおく。「今」ここにいないで、「3ヵ月後」とか「明日」とか「19歳の頃」とか・・・に旅立っていることが結構多いなあと気づいたのが、理由です。「今」、いまに存在する。・・・なんか、ぶった言い方ですね。えーと、過去のことを思い出すことや未来への恐れや期待に、「今」をまぎれさせないってゆーか。つまり、掃除しているときは掃除している自分をよく感じる。掃除しながらカセットを聞くなら、掃除しながらカセットを聞く自分に、ぴたりと意識を置く、と。それだけ、です。「あれが出来てない、これもまだ、あ、こんなことをしてないから、きっとダメなんだ」・・・なんていうたぐいの「雑念」は私の場合、意識が明日や昨日に旅立ってしまってる時に多く発生してきます。あ、明日の予定を立てるとか、1年後に到達したいイメージをまとめる、とは別種です。それは「予定を立てる今」にいるので・・・。今年は「今」と、よ~く向き合ってみよう。明日や昨日に旅立った自分に気づいたら、「あ、昨日に行ってたわ」「明日を考えることで、今から去ってたわ」と独り言を言って「今」に戻ってこよう。瞑想とか座禅って、これの訓練とちゃうかなあ。
January 4, 2005
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