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昨夜から天気が悪く、今日もその状況を引きずっていた奈良地方です。 さて、お正月中にいただいた年賀はがきの整理をしていましたが、ちょうど先日お年玉付き年賀はがきの当選番号が発表されていましたので、それと照らし合わしながら整理していました。 みなさんはこのお年玉付き年賀はがきで当たった事ってありますか? 魅力的な景品があがっていますが、私は切手シート以外あたったことがありません。そういえば、昔の郵政省の時はもっと景品の種類がたくさんあったように記憶しているのですが、今は種類が少ないですね。 そんな状況で約120枚くらいの年賀はがきの番号をみてみると、当たっていたのは切手シートが1枚だけ。おいおい、これだけあってたった一枚かよってね。当たらないだけマシだけど、ここまで当たりませんかって感じです。 ところで、私は宝くじもあたったことはないし、職場の宴会での大抽選会でも私だけ当たりがなかったり、このような当てものや抽選はホントくじ運がよくありません。欲がありすぎるのかなって思ったりするけど、「当たるわけないやん・・・」って思ってやっても当たりませんからね。 でも、世の中にはどんどん当たる人もいる。それで世の中のバランスが取れているっていわれたらそうかもしれないけど、何も私ばかりはずれなくていいじゃん、って感じです。 話しを戻して、1枚しか当たっていないから引き換えに行くのも忘れてしまいそうだな、って感じですわ~
2009年01月31日
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朝夕の通勤時間帯に列車の遅れってイライラするし、精神衛生上よくありませんよね。特に朝の場合はね。もちろん、帰りの時間帯でも、せっかく時間どおり列車が動いていたら問題ないのに、『先行列車遅れの影響により、ただいま5分から10分程度の遅れをもって運転しております』なんていうアナウンスを聞けば、うんざりしてしまいます。 私が通勤で使うのはJR大和路線(関西本線)なのですが、この路線の何かが影響して列車が遅れる(例えば、霧などの自然条件により)のなら仕方ありません。でも、JR大和路線は悪くないのに大阪環状線を走る関空特急「はるか」のせいで遅れることは多々あります。今日もそうでした。 この関空特急「はるか」は関西空港と新大阪、京都を結ぶJRの特急であり、飛行機を使って国内外からやってきた観光客が乗り換え無しに大阪や京都へ行くことができるという便利な列車であります。観光客にはとても便利であっても、その影響を被っているのが「はるか」の経由路線でない私が利用するJR大和路線なのです。 すなわち、「はるか」と通勤列車が同じ路線を走るために一つの列車の遅れが他にどんどん波及していくということです。なぜそのようになるのか。原因は2つあります。 大阪の都市交通の要である大阪環状線に「はるか」を走らせていること 大阪環状線は、大阪~西九条~天王寺~鶴橋~京橋~大阪と環状運転していまして、私鉄や地下鉄の路線と接続している大阪を代表する通勤路線です。私鉄や地下鉄の路線と接続しているということは、それだけ利用客も多いわけですが、そんな通勤路線を「はるか」が悠々と走っているわけです。 ただでさえ、通勤列車における乗客の乗り降りで時間がかかって列車の運行が遅れることもあるのに、それに加えて大阪環状線をほぼ通過するだけにすぎない「はるか」が走っていて、しかもそれが遅れることもあるなんて、いったいなんなんだ? その「はるか」を走る路線の一部が単線であること もうなんだかわからないでしょ。 すなわち、関西空港からJR阪和線を経由してきた「はるか」が新大阪や京都へ行くには、前出の通り大阪環状線も経由するのですが、そこからどうやって新大阪や京都へ行くのかというと、西九条から貨物線を経由して新大阪へ行くのです。その貨物線が単線なのですね。 単線というと地方の路線のように感じますが、大阪のど真ん中にも単線がありまして、しかもここを「はるか」が走るわけです。単線って、当たり前ですが1本の列車しか走ることができません。2本同時に走ったらぶつかりますからね。ということは、片方の列車に遅れが生じるといろんなところへ波及するのは当然のことです。 元々は貨物線ですから単線であっても事足りていたはずなのですが、当初の目的と違う状況になっているのが現状です。 以上2点の状況を改善しない限り、大阪環状線とそれに関連する路線の列車の遅れ解消にはならないわけです。それでは改善の見込みはあるのか? 私が考えるに、大阪府知事のハシモトが偉そうに航空会社に咬み付いても関西空港を発着する航空機の便が減らされているのが現状ですから、JR西日本も「はるか」の本数を減便するか、発着を京都ではなく天王寺にするだけで大阪環状線の遅れはマシになると思います。 ちなみに、来る3月14日にダイヤ改正がありますが、「はるか」関連では見直しはないようです。っていうことは、ダイヤ改正以降もこのままですから、またしても今日のような送れは解消されないんですね。 もはや年中行事のように列車が遅れることが多いのですから、出張等どうしても遅れることができないような場合には、かなり時間に余裕をもって家をでるか、または乗り換えの手間と料金は割高になりますが地下鉄を利用しています。 でも、ホントなんとかしてほしいですわ~
2009年01月30日
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私は今年8月で42歳の後厄でございます。この年齢になってくると、体の中で調子の悪いところの一つや二つ出てくるのでしょうかねぇ。すでに足は肉離れを何度もやっているのでボロボロですけど、昨日あたりから左手の人差し指と中指が痺れているというか、なんだかいつもと違うように感じます。 ネットで調べてみると、何かいろいろ書かれていますがどれも私には馴染みのない言葉ばかりでよくわかりません。首に原因があるのではないかというものもありましたが、首を痛めるようなことはしていないし・・・。体が冷えているのかなって思ったんですけど、そんなこともないし。あるとすれば肩こりくらいでしょうけど、私は肩こりしない人なのでそれも違うかな。 そういえば、学校に行っている時もこんなことがあったのを思いだしましたが、しばらくそのままにしておいたら勝手に治ったので、今回もそうなればいいなぁと思います。 こういうのって、気にしだしたら気になるものなので気にしないようにするのがいいかなって思ったりするのですが、思わぬ大病の元だったらいやだなぁ・・・。
2009年01月29日
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今日、出勤のために電車に乗っていたら、前にいた部署の同僚のS君とN君から写メが届きました。 アジ キンメダイ 去年は私も行った那智勝浦へ今回も出張しているそうですが、おそらく去年と同じホテルに宿泊し、その近くの鮮魚店で新鮮な魚を食べているようです。仕事はしんどいけど、こういう楽しみがあるのはいいですよね。 写真からも新鮮さが伝わるような感じですが、ホントおいしいんですよ。私は去年、アジを食べましたのでその感動がよみがえります。 それにしても、朝の電車の中で写メを開いてこの写真でしょ。周りで覗き見していた人はびっくりしたかもしれませんね・・・。 この写メを送ってくれた同僚のS君とN君ははまだ数日間出張で滞在するはずですので、このような朝食を食べられるんでしょうね。まぁ値段的にはちょっとお高いんですけど、大阪ではとてもこんな新鮮なものは手に入らないでしょうから。 S君、N君、いいアジを持って帰ってきて。(って、ムリやわな) それでは、ご安全に。
2009年01月28日
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政府は27日、飲酒運転など悪質運転への行政処分を厳格化することを柱とした道路交通法施行令の改正案を閣議決定した。今年6月1日から施行される。 酒気帯び運転のうち、呼気1リットル中のアルコール濃度が0・25ミリ・グラム以上の場合、違反点数が13点から25点に引き上げられ、過去に違反歴がなくても一発で免許取り消しになる。同0・15ミリ・グラム以上0・25ミリ・グラム未満の場合は6点から13点に引き上げ、免許停止期間が現行の30日から90日に。飲酒によって正常な運転ができない「酒酔い運転」も25点から35点に引き上げられる。 悪質な事故などで免許取り消しになった後、運転免許証の再取得が禁じられる欠格期間の上限も5年から10年に延長され、危険運転致死罪は8年、同致傷罪は被害者の負傷程度に応じて最長で7年になる。酒酔い運転による事故も、2~5年から3~7年に引き上げる。いずれもひき逃げが加われば最長の10年になる。【読売新聞 ネット版から引用】 悪質な飲酒運転のドライバーを取り締まるためにはこのような方法がいいのでしょうけど、気になるのは「捕まったら一巻の終わり。だから逃げてしまおう」っていうことにならないかということ。特に、車の運転をしないと生活できないとか、仕事にならない人にとってはとりあえず逃げ切って、「事故当時は飲んでいなかった」とか言い逃れをするんじゃないかって思うんですけどね。どうなんだろう・・・。 いつもこのブログで書くことですが、AT車の普及がこのような飲酒運転を誘発しているっていうのは飛躍しすぎかもしれませんけど、そう思いたくなります。すなわち、AT車はイージードライブ(死後)を目指して作られたものですが、実際に運転してみるとMT車と違って左足は動かすことがないし、最近の車は右ハンドル車なら左肘を置くことができる肘掛まである。酒に酔っていなくてもそんな状態で運転していたら、「運転なんてかったるいなー。ちょっとケータイでもするか」ってなるんじゃないかってね。酔っ払っていたら、自然と居眠りしてしまうんじゃないかと。しかも、最近の車は乗り心地はいいし、遮音性能もいいから車が走っていることもあまり感じないのかもしれません。 ちなみに、私のデリカSWはMT車なのでクラッチを踏んでギアチェンジは当たり前だけど必要だし、ついでによく揺れるし、車体の死角が多いから散漫な気持ちで運転するなんてできません。もう1台のサンバーに至ってはパワステすらありませんのでハンドルの重いこと・・・。まぁ、軽四だからしれていますけどね。 話しを戻して、メーカーも飲酒運転ができないような車作りをしてほしいところだけど、そう簡単にはできないでしょうね。アルコール検知器を通さないとエンジンがかからないなどアイディア的にはいろいろあるでしょうけど、最終的には運転する本人のモラルの問題であって、罰則を強化しても一定の効果はあげると思いますが飲酒運転撲滅にはならないように思います。
2009年01月27日
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私の子どもたちは剣道をがんばっている話しはこのブログでも何度か取り上げていますが、今日の稽古(剣道では練習とは言わないそうです)では、木刀で新聞紙を斬ることをしたそうです。 上の子どもの話しによると、他のお友だちで成功したのは数えるくらいで上の子どももうまく出来たそうです。そして、その斬った新聞紙を更に斬ることをすると、やはりきれいに斬れないお友だちがいる中で上の子どもはそれも斬れて、さらにその斬った新聞紙もきれいに斬ることができたとのこと。結局、上の子どもだけが最後まできれいに斬ることができて喜んだそうです。 私は剣道の経験が学校の授業程度なのでよくわかりませんが、剣道経験者の私の妻の話しによると、きちんと竹刀を真っ直ぐに振り下ろしているからできるそうで、斬れないのはきれいに振り下ろせていないからのようです。 このような稽古で自信を持って行けば大きいんでしょうね。学校の体育でもいろんな動きがいいと言われていると話していたので、何事にでも自信を持ってくれればいいなぁと思います。もっとも、その自信を運動だけでなく勉強にも活かしてくれたらいうことないんだけどね・・・。
2009年01月26日
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今日は朝に雪が降ってうっすらと雪化粧した奈良地方です。雪は昼前には溶けてしまいましたが、子どもたちにとっては久しぶりの雪ということでとても喜んでいました。 さて、今日の夕方に下の子どもは同じクラスの女の子とニンテンドーDSで遊ぶために、小学校のグラウンドまで行って遊んでいました。女の子と二人きりではなく、やはり同じクラスの男の子と一緒でしたが。その女の子と下の子どもは同じ保育所に行っていて、しかも0歳児からずっと一緒で今年小学校に入っても同じクラスということで、都合7年間一緒なんですね。加えてどちらも背が高く、ともに130cmを超えていますので親近感も余計に沸くのかもしれません。 そういえば、下の子どもの担任の先生と懇談があったときに、その女の子との仲がとてもいいことを不思議がっていたのですが、前出のような事情なんです。 同性同士なら単なる遊び友だちということでわかるのですが、まだ小学1年生なのですが傍目でみていると「なんだかラブラブでうらやましい」って思ってしまいます。しかも、下の子どもはその女の子が気に行っているみたいだから余計にそう思ってしまいます。相手の女の子もそうだったらいいんですけどね・・・。
2009年01月25日
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私は子どもたちに「がんばって本を読まないといけないよ」って言うんだけど、私自身があまり読んでいないんですよね・・・。学校に行っている時も、ホント大して読んでいなかったかな・・・。せいぜい読むとしても、推理小説かな。しかも西村京太郎サスペンスですけどね・・・。 そんな私が珍しく先日単行本を買いました。単行本なんて何年ぶりに買うんだろうっていうことなんですが、その本の名前が表題の「天ぷらにソースをかけますか?-ニッポン食文化の境界線-」です。この本はあのお堅い日本経済新聞社のネット版、「NIKKEI NET」の「生活・グルメ」の項目にある『新日本奇行』で紹介されたものを集約したものです。 狭い日本には地域によって方言があるように食べ物にも方言があるということをとりあげているのですが、例えば本の名前にもなっている『「天ぷらにソースをかけて食べる」というのはどの地方か』というような素朴な疑問を探るというものなのです。ちなみに、私は最近はあまりやりませんが、関西では天ぷらにソースをかけて食べることが多いです。また、紅しょうがの天ぷらというのも普通にスーパーの天ぷらコーナー等で売っていますが、他の地方では全然見かけないそうですね。 このように、「自分の住む地域では当たり前のことなのに、実はそれはその地域だけ」っていうことが意外と多かったりするものなんですね。 内容的には、 第一章 ソースで天ぷら 第二章 キノコについて 第三章 「ばら」か「ちらし」か 第四章 ぜんざい VS. お汁粉 第五章 「殺意」を秘めた辛いもの 第六章 中華まんを考える 第七章 たこ焼き・お好み鉄板系 第八章 メロンパンとサンライズ 第九章 牛対豚の「肉」談戦 第十章 お豆について 第十一章 冷やし中華にマヨネーズ 第十二章 日本の甘味処 第十三章 味噌と味噌汁 第十四章 漬物をどうぞ 第十五章 カレーライスと生卵 第十六章 東海道における食文化の境界となっています。 また、本の元になっているネット版の「新日本奇行」では、読者からのメールによって様々な情報も仕入れており、その内容を紹介する事もあって私が投稿した内容も採用されることがあります。このため、今回の単行本でも投稿された内容が掲載されており、私のものも採用されています。 私たちの生活の中で身近にある食べ物の話しをおもしろい切り口で探っているために、興味が持ちやすいと思いますし、思わぬ発見があって楽しいものです。この単行本のみならず、NIKKEI NETの方でもご覧いただければリアルタイムで、あるいは単行本で紹介されていない食べ物の話しもありますのでおすすめします。
2009年01月24日
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先日、私がいつも行っている散髪屋さんのマスター、Iさんから正月に故郷へ帰った際のおみやげをいただきました。それはお菓子でおいしかったのですが、それをいただいたときの紙袋が表紙の写真です。 関西にお住まいの方なら「あぁ、高島屋ね」って思うでしょうね。「バラの包み」といえば高島屋、私にとっては母親が勤めていたせいもあるのですが、「百貨店=高島屋」なのです。そういえば、最近の高島屋の紙袋に描かれているバラの絵は大きさがちょっと変化しているのですが、お気づきになりましたか? さて、表紙の紙袋、バラの絵が描かれていますが、なんだかバラの絵がちょっと大きめだし、色合いも少し濃い気がしませんか?それもそのはず、実はこの紙袋、高島屋じゃないんです。紙袋のサイド部分には「玉屋」と書かれていますし、バラの絵の真ん中にも「Tamaya」と書かれています。玉屋? 何だろうって思ってIさんに聞いてみると、「九州の佐世保にある百貨店」とのこと。調べてみると確かにありました。玉屋は西九州にある百貨店で、佐世保と佐賀に出店しているようで、Iさんは佐世保市ご出身なのでこの紙袋は佐世保玉屋のものなのですね。でも、なぜ高島屋じゃないのにバラの絵が描かれているんだろうって思ってさらに調べてみると、玉屋は高島屋ハイランドグループに属しているために図柄はやや異なるものの、バラの絵が描かれているんですね。 私は関西エリアに住んでいますので、他の地域の百貨店の事情はわかりませんが、地域に密着した堅い商売をされている百貨店も数多くあって消費不況やイオングループなど新興勢力に負けずにがんばっているところもあるんでしょうね。地域の百貨店はその百貨店一店で成り立っているのではなく、その周りに商店街があってお互いに切磋琢磨して共存共栄している様子がみられたのですが、最近はどこも厳しいみたいです。 子どもの頃に「高島屋へ行く」なんて親が言うと、わくわくしておめかしして行ったものです。特に、堺市民だった私にとっては改装前の高島屋堺店は今の高島屋大阪店のような重厚感ある建物だったので、余計そう思ったのかもしれません。 前出のとおり、百貨店を取り巻く環境は厳しいのですけど、いつまでもあこがれの存在であってほしいなぁって思います。
2009年01月23日
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今年初めての献血に先日行ってきました。ちょうど、今回更新したメガネをつくったお店が梅田だったのでその引き取りにあわせて行ってきました。さすがに休日の夕方となると混雑していて、1時間待ちの状況でした。寒い時期は献血する人が減るって言われていまして、時々行く神戸三ノ宮の献血ルームの近くでは献血を呼びかける声が聞かれますが、この日のようにたくさん協力していただければうれしいものですね。 さて、今回も血小板の成分献血で血圧も124-70といい状況でした。ただ、この日は寒かったこともあるのですが、なかなか血管が浮かず係の方も苦労されていました。事前に暖かいものも飲んでおいたんですけど、あまり効果はなかったようで最終的にはいつも針を刺すラインと違うところに針を刺すことになりました。 ちなみに、普通の方なら肘の内側のど真ん中あたりの血管がいいそうなのですが、私の場合にあっては成分献血の針を刺すには向かないそうです。だから、毎回そこからさらに外側の血管に刺しています。ここは血管が動きやすいし、針も刺しにくいそうです。よって、かなりの確率で担当の方は苦労されていますので、かなり難しいんですね。実際、ある献血ルームでは失敗されてかなり痛い目に遭いました・・・。 今回の結果は、前回高めだったコレステ君が193と下がってくれてのでひとまずホッとしました。他の数値も落ち着いていてこの調子で行かないといけないなぁと思いました。次回は年間数量の関係からか2月入ってからになります。毎月1回ペースで行けば、12月には通算100回を達成できそうです。
2009年01月22日
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「平成の無責任男」、「芸能界一いい加減な男」などと揶揄される高田純次さんが今日62歳の誕生日を迎えられたそうです。私の子どもたちは「TJ」とよんでいますが、バラエティー番組等で出演しているのをみると、とても60歳を超えているとは思えないくらい若々しいです。 60歳を超えてもやっていることは相変わらずハチャメチャで笑わしてくれるのですけど、元々が劇団出身の俳優ですから、時折出演されているドラマではギャグ一切無しの真面目な高田純次さんを見ることができます。 最近では、去年やっていた西村京太郎サスペンス「山陽・東海道連続殺人ルート」では、犯人の手がかりを警察を辞めても追い続けているという元刑事役を熱演していました。雰囲気的には大真面目な場面で何かやってくれそうな期待感を抱かせたのですが、さすがにそんなことはありませんでした。 バラエティー番組にたくさん出演されている人がサスペンスドラマなどでシリアスな役ってちょっと違うって思うことはありませんか? 私はあまりそうは感じないのですけど、以前何かの番組での話しの中で加藤茶さんがいかりや長介さんがサスペンスドラマに出演していたのをみて、「(長さんが)壁際に行って壁を叩けば、上から落ちてきてほしいんですよね、たらいが」というようなことを話していたのを聞くと、真面目に演じていても何かを期待せずにはいられない、っていうところなのでしょうか。 ところで、こんな感じの人って私の周りにはいないんですけど、みなさんのところにおられますか? もし上司だったら、普段はおちゃらけて楽しいんだけど(たまに電池が切れているときがあるそうですが)、仕事は肝心なところは締めているので厳しいでしょうね。でも、メリハリがついていい上司なのかもしれません。 さて、そんな適当なコメントの多い高田純次さんの発言を集めたHPがあるそうです。見てみると、なんと適当なコメントなんだろう、というものばかりで、あまりのばかばかしさにあきれてしまうかもしれません。それでも、何だか憎めないのはいいなぁと思います。 私はとても高田純次さんのようなマネはできませんので、このまま普通にしておきたいです。っていうか、まねできるわけないですから。
2009年01月21日
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自民党は18日、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)に、国会や選挙制度改革の一環として(1)衆参両院の統合による1院制導入(2)議員定数削減(3)議員歳費削減--などを盛り込む方向で検討に入った。麻生太郎首相(党総裁)は景気回復を前提に、11年度の消費増税も選挙戦の争点に据える方針で、国民の負担増に対する批判をかわす狙いもある。 首相は18日の自民党大会で、ねじれ国会の現状に触れ「国会の制度やあり方を見直さなければならない。衆参両院で非常に似通っている選挙制度の見直しも必要になる」と指摘。自民党の細田博之幹事長も党大会後、「不都合なところは改革すべきだ」と記者団に強調した。 1院制をめぐっては、自民党の小泉純一郎元首相が麻生首相に「選挙で攻める材料をつくらないといけない」として公約化を助言している。ただ、導入には憲法改正が必要で、自民党も実施時期は10年後の19年以降などと想定。具体的論議はこれからだ。【毎日新聞 ネット版から引用】 消費税の増税するなら国会や選挙制度の改革をやらないと「政治屋は気楽な商売」という批判はかわせないでしょうね。もっとも、順番的には「こっちが先」でしょうけどね。 さて、「自民党をぶっこわす」といいながら、日本をぶっ壊してくれたヤツが何かわけのわからんことを言っていますが、やるべきことは「議員定数削減」もしくは「議員歳費削減」を行うことが絶対必要です。景気低迷で歳入が確実に減っているんだし、公務員や国会議員の定数や歳費削減などを歳出をしぼっていかないといけないことは明白であります。コイズミがコメントしている1院制なんかよりももっと大切なことが、この変人にはわかっていないんでしょうね。息子に地盤を譲るくらいの親バカだから・・・。 そのような状況で議員の定数や歳費削減にメスを入れようというのは評価できますが、私の感想としては「やっと気がついたか」というか、「気がつくのが遅すぎるっちゅうねん!」というところですね。しかも、憲法改正などの手続も必要と言うことなので、実際の導入は10年後なんて「ちゃっちゃとやらんかい!!」といいたいですね。 10年後なんて、政権がどうなっているかもわからないし、そんなことなんて反故にされる可能性の方が大きいですからね。 そう考えれば、上記毎日新聞の本文にもありましたが、このような話を持ち出したのは「消費税増税に対する国民の負担増という批判をかわすねらい」であることは間違いなさそうですね。すなわち、できもしない大風呂敷を広げて「政治家もこれだけがんばるんですよ」ということを選挙向けのアピールをして票を稼ぎ、その後は議論すらしない。そんなところじゃないですかねぇ。 本気で国会や選挙制度の改革を政治家が行うのであれば評価したいのですが、いつもこのブログで書くことですけど「政治屋は自分の懐さえ痛まなければ、あとはどうでもいい」って思っているヤツらばかりですから、こんな改革なんて絶対出来るわけないって思っています。 かつて自民党にも三木武夫元総理のような政治資金規正法の導入など政治改革に情熱を注ぐ人がいましたけど、最近では現職の大臣がどっかのゼネコンから裏金もらった(本人直接ではなく当該大臣の派閥らしいですけど、法律の抜け道というか狡いヤツばっかりじゃ!)、なんていう話しを聞くと、「まずは政治家の数を減らせ or 議員歳費を減らせ」ってなるのは自然の流れだと思います。
2009年01月20日
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私の職場は大阪の天満橋にありますので、毎朝大阪市営地下鉄の谷町線を利用しています。今でこそ冷暖房完備の車両で乗り心地のいい新しい車両が走っていますが、私が就職した1986年当時はまだまだ古い車両も現役で、特に夏場は冷房がなかったので大変暑かったものです。 当時の谷町線の中で主力として活躍していたのが表紙の50系とよばれる車両でした。もちろん冷房はありませんでしたがシートの座り心地のいい車両でした。もっとも、加速時や制動時はよく揺れる車両で、急制動がかかったときにつり革をつかもうとしたがつかめずに、隣にいたチンピラ風のあんちゃんの顔に私がビンタするような形になってしまったんです。すぐさま謝りましたのでそれ以上は何もなかったのですが、そのあんちゃんは私を睨みつけながら降りて行きました・・・。 そんな怖い思い出は別にして、この車両はかつては御堂筋線や四つ橋線といった混雑路線で使用されたのちに、新しい車両の導入によって谷町線や中央線に移り、最後は千日前線で活躍するという息の長いよくできた車両ですが、1994年までに全て引退し1両だけが大阪市交通局の森ノ宮車両管理所に保存されています。そして、昨年3月の同管理所の公開時に見て来ました。 車内には入ることはできませんでしたが、懐かしい姿を見ることができました。保存されている5085号は谷町線でも活躍していた車両ですので、間違いなく乗ったことがあるはずです。室内は開いていたドアからみることになりましたが、緑色のシートはふかふかで座り心地がよかったですよ。できれば、座ってみたかったなぁ。 ちなみに、この日はこの5085号以外にも保存されている車両をみることができましたが、その辺はまた次回紹介するとして、このような車両を保存してくれているのはうれしいなぁと思いました。大阪の発展の歴史を下支えした車両なんですからね。
2009年01月19日
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今日は今年初めての試合が豊中市の豊中ローズ球場でありました。豊中ローズ球場は大阪の高校野球の予選でも使われる立派な球場で、両翼95mセンター119mの軟式野球にはかなり広い球場です。黒土で芝生もきれいでした。こんなところで今年初めての試合ということでしたが、今年の目標は成績以上に「怪我しないこと」に注意して1年間野球を楽しみたいと思います。 さて、今日はGBNの公式戦で、私にとっては昨年11月3日以来の7番サードでの出場でした。試合相手はよくまとまったチームで、そつなく攻めて来る感じのチームでした。現に、バントで揺さぶってこられたので、サードは忙しかったです。 試合の方は先発のH12さんがよく抑えていたのですがエラーがらみなどで失点してしまいました。うち1点は私もエラーしてしまいましたし・・・。こういうそつないチームに対しては、エラーしたらダメですよね。 対するガゼルスは相手投手から散発2安打では勝てません・・・。結局4-0で負け、今年初めての試合を白星で飾る事はできませんでした。 私もヒットはでませんでした。そんなにうちにくい投手だったんですけど、打たされていました。守る方も痛恨のタイムリーエラーがあって散々でしたが、それ以外のボテボテゴロはきちんとさばきました。 とりあえず、怪我せずに終わってよかったのですが、せめてヒットを打つかノーエラーでいきたかったですね。【今日の成績】 1打席目 サードゴロエラーで出塁 2打席目 サードフライ 3打席目 サードゴロ
2009年01月18日
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昨年7月17日に意識不明となってしまった私の父親、今日で半年がたちました。状態は全然好転することなく、むしろだんだん弱ってきているみたいです・・・。 ところで、父親は入院する前にも転倒していたのですが、その時から状態は悪かったみたいです。音叉を響かせて足に当てても全然無反応だったそうで、ちょうど「足の感覚がない状態で歩いていた」ようです。そんな状態で車を運転していたものだ・・・。 それ以外にも階段を上り下りするのに、手すりをしっかりつかまないと上り下りできなかったみたいなので相当悪かったんでしょうね。自覚症状もあったはずなのに、なぜもっと早めに診てもらわなかったのか。 もっといえば、今から4年くらい前にもたまたま私が実家で泊まっていたときに、父親が夜中トイレで倒れた事があったのですが、その時から異常があったんでしょうね。もっと早く気がついてあげればよかったのかな・・・。 この先、どうなるのかわかりませんが、弱りつつある父親をみるのは辛いです・・・。
2009年01月17日
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1995年1月17日、当時神戸三宮に勤務していた私にとっていつもどおりの朝がやってくるはず、でした。でも、あの強烈な揺れはその前の日までの私の生活を一変させるくらいの出来事でした。私の自宅は大阪の堺市にあって、あの強烈な揺れは堺でも同じでした。揺れが収まって外を見てみると、その揺れが何だったのかわからないくらいの状況でした。寝ぼけているのかって思うくらいでしたが、居間のテーブルの下で腰が抜けて震えている母親の姿を見れば、やはり夢なんかじゃないって思いなおしました。 地震の状況を知るためにテレビをつけても、速報では神戸のあたりで被害っていうくらいでよくわからなかったのですが、時間が経つにつれてただ事でないことがだんだんわかってきて、「これからどうなるんだろう」って不安に感じました。 あの朝から早いもので14年も経つんですね。その間に私は結婚して家庭を持ち、子どもも産まれたわけですが、あの震災の記憶だけは一生忘れる事はできないと思います。93年8月から初めて神戸勤務となって、それまであまり縁のなかった神戸の街のいいところをいっぱい感じて、この先も神戸で勤務したい、できれば神戸に住みたいって思っていたのに、その思いをあの震災が一変させてしまったわけですから。もっとも、実際に住んでおられて肉親を失ったり、家を失った方にとってはもっと辛い思いをされておられるんですけどね・・・。 私は前出のとおり、震災当時は神戸勤務だったわけで神戸在住ではありませんが、毎年この日は5時半頃に起きて地震のあった午前5時46分には神戸の方を向いて黙祷を捧げていまして、今日も黙祷を捧げました。 地震は予測ができませんし、いつ何時やってくるかわかりません。そのための備えもしておかなければならないのですが、震災の数日後に神戸へ行き、自分の職場の惨状をみて地震の破壊力を目の当たりにした私にとっては、如何に対策をしても自然のパワーには逆らえないのかって思いましたので、実はあまり対策をしていないのです。何らかの対策はしておかないといけないのでしょうね、気にはなっているんですけど・・・。
2009年01月17日
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高速道路各社は16日、国の第2次補正予算案に盛り込まれた高速道路料金引き下げの具体案を発表した。普通車以下を対象に、休日(土日祝日)に地方で距離にかかわらず料金を1000円とするのをはじめ、首都高速道路、阪神高速道路は休日に700円区間を500円に引き下げる(首都高の土曜は除く)。期間は10年度までで、国民から意見募集したうえ、第2次補正予算成立後に実施する。 当初1500円とすることを検討していた本州四国連絡高速道路の料金も、地元の要望を受け1000円に引き下げる。東京湾アクアラインも1000円。このほか、平日も地方で全車種を対象に割引率を3割以上にする。 料金引き下げの対象はすべて自動料金収受システム(ETC)の搭載車。国土交通省所管の財団法人がETCを普及させるため、購入者に助成を行う。【毎日新聞 ネット版から引用】 私もETCはつけていますから値下げはうれしいけど、今ひとつすっきりしません。 もちろん国民からの意見募集(パブリックコメント)をした上での話なんでしょうけど、政治屋のみなさん、ホントにいいの? なぜなら、高速料金の値下げということは、今まで遠出するのを控えていた人に対して利用を促し、消費を拡大しようということで低迷する経済の活性化に寄与しようということだろうと思います。 ただ、忘れてはならないのは、昨年春頃に暫定税率の問題があったことを覚えていますか? もう昔の事って忘れたかもしれないけど、ガソリンや軽油にかかっている暫定税率が一時廃止されて燃料代が値下がりして、その後再び暫定税率が復活する前にはガソリンスタンドが給油の車の列で大変なことがありましたよね。高速道路のSAでもそんなことがありました。 この時に政治屋が言っていたのは、「北海道洞爺湖サミットで環境の問題を議論しようとしているホスト国の我が国が、燃料代が安いということでどんどん車を使うのはいかがなものか」的な話をしていたんですよ。まさに車を使うのは悪、っていわんばかりの発言でしたよ、あの時は。 ところが、同じ政府とは思えないくらいの変わりぶり。いったいなにがあったんだ? 高速料金を値下げすれば消費の拡大にはなるかもしれないけどサミット前の話と180度違う話になっているわけで、本当に環境のことを考えるなら高速料金の値下げはまずいんじゃないって思います。どうせするなら、あの暫定税率もスパッとやめたらいいんですよ。そうすれば、燃料代もさらに安くなるんだから、みんな遠出しやすくなるし消費の拡大にもなるはず。そういったところは考えない政治屋はダメなヤツらばかりですね~ 私が思うに、これってなんだか例の定額給付金と同じく選挙対策ミエミエという臭いがするんだけどね~
2009年01月16日
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麻生太郎首相は15日午前、首相官邸で中川昭一財務相と会い、2011年度から消費税を増税する政府方針について、昨年12月に閣議決定した税制改正の中期プログラムに沿って、09年度税制改正関連法案の付則に明記する方針を確認した。 付則への消費増税明記に対しては、自民党内から批判が噴出しているが、首相は会談で「政府として決まったことを進めてほしい」と指示した。この後、財務相は記者団に「経済情勢が良くなるという前提で付則は成り立っている」と党側に理解を求めた。 河村建夫官房長官は同日午前の記者会見で、自民党内で異論が出ていることについて「(景気が)悪いから、今から(増税を)言うのはいかがなものかという議論とは次元が違う。選挙にプラスかマイナスかという視点で見ている時代じゃない」と述べた。【時事通信ネット版 から引用】 ホントにもう、自民党はどうなっているんですかねぇ。 定額給付金は公明党のごり押しでばらまくし、消費税あげるしねぇ。 まぁ、世の中にはいろんな人がいるから、「定額給付金の2兆円にこだわってばかりいるけど、他の予算の内容には文句言わないのか。木を見て森を見ずだ。」とか「福祉を充実させるためには、消費税アップもやむなし」なんていう意見をみかけることがあります。 でもね、定額給付金以外の他の予算の内容だって問題は山積だろうし、厳しい財政の中で本当に必要なものかどうか怪しいものもあるでしょう。マスコミがなかなかその辺は国民のウケが悪いのか記事にしないから明らかにならない、というのもあるんでしょうけどね。 「福祉を充実」っていっても、消費税が導入されて20年、福祉って充実してきたのかな? 充実してきているけどまだ足らないのか、その辺もよくわかりません。私は少なくとも福祉の充実を目的に導入された(ように記憶している)消費税が、効果的に使われているとは思えません。特別会計でもありませんから、他の予算に食われてしまっているのでは、って思っています。 さて、前にも書いたかもしれませんが、増税するならなぜ増税しなければならないのか、きちんと説明する責任が政府にあるはずなんです。その際には当然ですが、「無駄を省く」ことが大前提ですよね。それをやってもなお、足らないのであれば増税という選択肢が初めてでてくるわけです。 無駄を省くこと、いろいろあるんじゃないですか? 行政改革や公務員制度改革も重要だけど、それ以上に「政治改革」でしょう。政治屋の様々な特権があるでしょう。まずはそこにメスを入れて、自分たちも血を流すからっていうならわかるけど、こういった議論の時には全く出てこないのが政治改革の話です。 国民に負担を求めたいのだったら、まずは自分たちが腹切らんかい!!! そんなことができる政治屋なんていませんけどね。結局は自分の身が大事だから、自分で自分のクビは絞められない。だから行政改革とか公務員制度改革で茶を濁して、ついでに特殊法人の改革も適当にやって、一応「こんなことをやりました」というパフォーマンスを見せといて増税するんでしょうね。 「郵政民営化に賛成か反対か」という単純なコイズミのパフォーマンスにだまされて得た議席数で好き勝手にやっている自民党、かなり調子に乗っていますが、国民もバカじゃないですから次の選挙はかなり厳しいんじゃないですかねぇ。 といっても、他の野党も似たり寄ったりだし、どうしたらいいんでしょうかねぇ~
2009年01月15日
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先日のブログでメガネに傷を入れてしまった話を載せました。今までかけていたメガネは私にとっては初めてのプラスチックレンズだったのですが、さすがに修理はできないとのこと。自分の不注意とはいえ、更新を余儀なくされてしまいました。 私がメガネをかけ始めたのは小学5、6年生の頃ですが、メガネはほぼ一貫して大手メガネチェーン店にて購入していました。そしてメガネを更新するにあたってはまず眼科で検眼をして処方箋を書いてもらって、さらにそれをメガネ店へ持ち込むという方法をとっていました。これも今まで一貫してそのようにしていたのですが、時間がかかるために手間を省きたいと思っていました。 ところで、私は神戸勤務だった平成6年12月頃に大型免許を取りに行っていたのですが、翌年1月の阪神淡路大震災の影響でそれどころではなくなって挫折したことがあるのです。最近になっていつ何時私の職場が無くなってもいいように免許をとっておきたい、という気持ちが湧くようになってきました。 しかしながら、大型免許をとっていた当時から私の目は「深視力」が怪しいということが指摘されていました。深視力とは、大型免許をお持ちの方はよくご存じかと思いますが、「縦の三本線のうち、真ん中の線が前後に動くのでそれを残りの2本とそろった時点でボタンを押す」という遠近感を測るものです。このような深視力は眼科では測ってくれるるのですが、運転免許センターと全く同じ装置で測ってくれるところなんてありません。 どうせ新たに作るのであれば、メガネ屋さんでそのような装置を持っているところで作りたい、と思うようになりました。ホント、最近はネットでいろいろ探すことが出来るから便利ですよね。深視力で検索したところ、大阪梅田に「アイトピア」というお店をみつけました。ここなら、深視力も測ってもらえるとのことでした。 前置きが長くなりましたが、先日の10日に妻や子どもとともに行ってきました。メガネのレンズは今回のことを踏まえて、ガラスに戻しました。ガラスも落として割ったこともあるのですが、傷がつくよりはマシということでね。そして、いつも迷うフレームにつきましては、個人的には昔の人がかけていたような丸メガネにしたかったのですが、「丸い顔に丸メガネはおかしい」「加トちゃんみたい」と妻や子どもたちにブーイング・・・。店の人には好評だったんだけどなぁ・・・。 様々なフレームを試してみて最終的には表紙の写真のような無難な形にしました。本当はもう少し丸めのものにしたかったのですが、既に持っていますのでね。 フレームを決めてから検眼をしました。このお店の検眼の特徴は「両目を開いて検査する」というもの。眼科では片方ずつ検眼しますが、普段の生活の中ではそのような場面はありませんからこのような検査の方法が理にかなっている、とのことでした。眼科の検眼方法と一風変わった測定方法でちょっと不思議な感じがしましたが、きちんと両方の目で見ながら左右のレンズを入れていくというもので時間はかかりました。 検眼の結果、今までかけていたメガネの度数と新しいメガネの度数はほぼ変化がないことがわかりました。ただ、40歳を超えてやや老眼が入りつつあるとのこと。そういえば、遠くをみて手元に視線を落としたときにやや焦点が合わないことがあるなぁとか、遠くもやや見えづらくなってきたなぁと思っていました。遠くが見えないのは元々のレンズがわざとに度数を落としているからで、それでも1.2はかろうじて見えているから問題ないとのことでしたが、近くが見えづらいことをどうするかで迷いました。でも、そこは「近くくらいどうにでもなるだろう」ということで今までの度数にあわせることとしました。 それから気になっていた深視力については、運転免許センターのものとほぼ同じものがあってチャレンジしてみました。以前は怪しいって言われていましたけど、きちんと見えていまして、十分合格ポイントに達するくらいの状況だそうです。まぁこれも、その日の体調にもよるでしょうし、運転免許センターの装置はこのお店のものと異なりますから、その装置できちんと見えるかどうかは別問題なんですけどね・・・。 新しいメガネは12日に完成、引き取りに行ってきました。かけた感じは今までのメガネと大差ありませんが、このお店の方にきちんとフィッティングをしてもらえましたので、「メガネがずれる」ということはほぼなくなりました。お店の方曰く「磁石で引きつけられるがごとく」両方の耳のところにきちんと収まるようになりました。ついでに、現在保有している予備のメガネについてもきちんとフィッティングしてもらいました。 非常に高い買い物になってしまいましたが、目が悪い私にとってはメガネは必需品ですからやむを得ませんね。今度は割らないように気をつけたいと思います。 表紙の写真は私が保有しているメガネです。真ん中のメガネが今回購入したもの、左側が予備1号(ガラスレンズで約10年前に購入)、右側が予備2号(プラスチックレンズ ついこの前までメインで使用していた)です。
2009年01月14日
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昨日のブログで白浜からの帰りに買い物に行ったことを書きましたが、行った場所というのが田辺市にあるJA紀南(紀南農業協同組合)のファーマーズマーケット「紀菜柑」です。みかん王国の和歌山らしく、「館」の文字をあてるのではなく「柑橘」の「柑」の文字をあてていますね。広い店内は柑橘類のみならず、紀南の農作物を中心に所狭しとおかれていて、しかも誰が生産したものかを表す表示がついていました。顔の見える販売方法ですね。 ところで、最近はこのようなお店が増えているみたいですね。JA直営のところもあるでしょうし、JA以外のところもあるでしょう。市価よりもやや安いみたいですし、新鮮なものが手に入りそうでうれしいものです。私たちもブロッコリーやキャベツなどいつも買う価格よりもかなり安い値段だったので、次々に買い求めました。ブロッコリーなんてかなり大きかったですよ。 そんな中で「5kg 500円」と書かれたみかんの袋を見つけました。年末に安いみかんを買いそびれて高くてそんなに甘くないみかんを買うはめになってしまいましたが、このみかんは当初「安かろう」かなって思って試食のみかんを口に入れると、形や大きさはともかく何とも甘い! 妻や子どもからもOKが出たので一気に3袋を購入しました。15kgで1500円、大きさはMサイズくらいで形もそんなに悪くないのに甘い! このような価格では大阪や奈良では買えません。さすが、みかん王国の和歌山というところでしょうか。 みかん以外にも泊まった「湯崎館」のお部屋にお試しで置いてあったポンカンを購入しました。24個が化粧箱に入っていて2100円。これも試食しましたが甘さ十分でした。 このポンカンの箱の中にも生産者のサインの書かれた紙が入っていました。24個もありますので、上の子どものお友だちに少しおすそ分けすることにしました。 それから、みかんつながりで面白いものを見つけました。 みかんのジュースの「密柑 のみよし」。果汁100%のジュースで、「のみよし」とは和歌山弁で意味的には「のんでくださいね」という感じかな? 母親とか私の親戚のおばちゃん(和歌山在住)が使っているのを聞いて雰囲気では分かるんですけどね・・・。 まだ「のみよし」は飲んでいませんので、どんな感じだったか機会があればレポートしたいと思います。 白浜へ行って温泉に入って定番の観光地に行くのも楽しみですが、この紀菜柑に行くのも楽しみになりました。っていうことは、来年のこの時期も白浜へ行っているかな? 行くことができるようにしっかりと仕事しないといけないなぁ~ ちなみに、紀菜柑の所在地は田辺市秋津町752-1で、田辺バイパスからほど近いところにあります。
2009年01月13日
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昨日は昼から白浜温泉へ行ってきました。先日来、妻が「寒いし温泉に行きたい」って話していましたし、妻が昨日、出張で和歌山市へ行っていましたのでそれにあわせて行くことにしました。妻の仕事が終わる17時に和歌山市内へ向かえに行って一路、白浜温泉へ。 宿泊したのは2年前にも宿泊してこのブログでも書きました「湯崎館」です。ここは前回もそうなのですが、楽天トラベルを利用して泊まりました。 さて、和歌山市内を17時すぎに出発、白浜温泉には19時前に到着しました。なるべく早く着いて食事したいし、温泉にも入りたいのでかなり急ぎました。幸い、そんなに道が混んでいなかったので助かりました。(といいても、前を走るフラフラと走るヴィッツに切れそうになりましたが) 2年ぶりの訪問となりましたが、部屋は前回と同じ広い部屋でした。ここは部屋食ができるし、布団を敷いてもらう部屋ももう一つの部屋にしてもらえるのはうれしいものです。早速食事をお願いしました。 これは大人用の食事です。鯛しゃぶや焼肉、刺身や茶碗蒸しなどもついていました。 これは子供用です。三段重ねの入れ物に、焼き飯、チーズハンバーグ、エビフライ、ミニグラタン、ミニ舟盛り、デザートにプリンとアイスがついていました。 見て頂くとお分かりいただけるかと思いますが、かなりボリュームがあるんです。子どもたちは焼き飯とエビフライで十二分に満足していました。だから少し残る恐れがあったので、私と妻で分担していただきました。その中でもすごかったのがエビフライはかなり大きくて、かなり食べ応えがありました。 温泉の方もゆったりと入ることができて、今朝も早起きして1時間くらい入っていました。露天風呂もありますし、気温が低かったのであったまりました。 これは朝食ですが、これも結構量が多くて満足でした。 さて、お支払いについてはこれだけの食事の量で、しかも広い部屋と温泉がついて当初の私の予算に収まるリーズナブルなお値段でした。前回もそうでしたが、ホントありがたいです。 今回の旅行は「温泉に入ろう」ということでしたので、前回行ったアドベンチャーワールドとか円月島など白浜を代表する観光地へは行かずに戻りました。それでも、湯崎館のすぐ近くにある白良浜へは行ってみました。風が強くて波が高かったので、早々と引き返しました。 白良浜はきれいな砂浜でした。夏場は足の踏み場もないくらいの人気スポットですが、さすがに今の時期は泳ぐ人は皆無ですね。 白良浜を後にして、途中で買い物をしながら昼過ぎには奈良に戻りました。3連休の最終日には高速道路の湯浅御坊道路(2車線の高速道路)が大混雑するし、子どもたちは剣道の練習があるのでなるべく早く帰ってきました。 あわただしい旅行になりましたが、子どもたちは行き帰りの車の中でDVDを見ることができたし、妻はゆったりと温泉に入れておいしいものが食べられて大満足だったようです。 明日からまた普通の生活がはじまります・・・。
2009年01月12日
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今日の奈良地方は朝から風が強くて寒かったです。 さて、私の住む集落では今朝から「とんど」がありました。全国的には「左義長(さぎちょう)」とよばれているそうで、他にもいろんな呼び方があるそうですが、私は子どもの頃から「とんど」ってよんでいます。このとんどは、『1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を三四本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。』(Wikipidiaから引用)とのことで、私も子どもの頃には習字や勉強が上達するように習字で書いたものやテストの結果を焼いた事があります。 最近では都市化が進んだところでは、ダイオキシンの発生や火災の恐れがある事から中止されてしまったところが多いそうですね。また、開催日も1月14日や15日ではないところもあるようです。かつては1月15日は成人の日だったので開催しやすかったのですが、祝日法の改正によって15日が休日でなくなったために私のところのように15日以外にされているところも多いかもしれません。 そんな中で今日、とんどに行ってきました。お寺でされているわけではなく集落の空き地でされていまして、前出のような感じでされていました。集落には竹林もありますので竹は簡単に手に入ります。火が放たれて燃え上がりますが、竹の「ボン!!」って爆発音にビビリながら子どもたちの書いた習字を燃やしました。本来なら前出のとおり炎に高く上がって欲しかったのですが、今日は風が強くて危ないので飛んで行かないように注意して燃やしました。高く飛んではいかなかったけど、字が上達してくれたらいいなぁと思いました。
2009年01月11日
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昨日の夜から雨が降ったりやんだりで、今朝までぐずついた奈良地方です。 今日は大阪・梅田へ買い物へ行きました。先日のブログでもふれましたが、私のメガネを傷つけてしまったのでその更新をするのが目的の一つで、もう一つは妻や私の母親がバーゲンに行くことでした。私のメガネの話しについては後日にするとして、妻や母親は大丸梅田店で買い物に行きましたので、その間は同じビルの27階の展望フロアで待っていました。 梅田周辺は現在、2011年春完成を目指して大阪駅とその周辺が再開発の真っ最中なのです。大阪駅の北側に新たなビルを建設し、その建物と大丸梅田店のあるアクティ大阪のビルが結ばれるようになるとのこと。 加えて、コンテナの貨物駅である梅田貨物駅が縮小されてその跡地にも新たなビルが建つ予定です。 表紙の写真を見ていただくと、クレーンが立ち並んでいるところに新たなビル(新北ビル)が建設される予定で、その向こう側にある広い空間にもビルが建つ予定です。ここには以前、広大な梅田貨物駅が広がっていて都心の一等地に貨物駅が隣接していたわけですね。その辺の様子は下の写真で確認することができます。 写真の左上のところに、縦長の屋根が伸びています。その辺りが梅田貨物駅で、この写真には写っていませんが写真の左側に貨物駅が広がっていました。 ちなみに、写真の真ん中やや右上のところに黒っぽい横長のビルが写っていますが、これが大阪鉄道管理局(大鉄局)の建物でここには現在、ヨドバシカメラが建っています。 この周辺は都心に残された最後の一等地と言われていますが、景気低迷を受けてどのようになるのか気になるところです。
2009年01月10日
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テレビの草創期から俳優として活躍した牟田悌三(むた・ていぞう)さんが8日午後11時33分、死去した。80歳。葬儀などの日取りは未定。 東京都出身。北海道大学農学部在学中にNHK札幌放送劇団に入り、ラジオドラマに出演した。大学を卒業後、東京へ戻って、劇団テアトル・エコーの創設メンバーの一人となった。 1954年からテレビに出演した。70年代の「ケンちゃんシリーズ」では温厚な父親を演じた。一方、「3年B組金八先生」では生徒の厳しい父親を演じるなど、幅広い演技力を発揮してきた。 また、TBSラジオの番組「牟田悌三のあなたのための税金相談」のパーソナリティーを務めたり、ボランティア活動も行った。 所属事務所によると、8日に自宅で倒れたという。昨年8月放送のNHKのテレビドラマ「帽子」が最後の出演作となった。【毎日新聞 ネット版から引用】 「ケンちゃんシリーズ」のお父さん役がはまり役だった牟田悌三さんがお亡くなりになったとのこと。子どものころにはケンちゃんシリーズは見ていましたよ。温厚なおとうさんであんなお父さんがいいなぁって思ったくらいです。 ケンちゃんシリーズ以降では刑事ドラマなどで名脇役を演じられ、ケンちゃんシリーズでみせた温厚な役ではなく、ピリリと辛い役をされておられました。 ところで、牟田さんは剣道の有段者であったと聞いた事があるのですが本当なのかな? そういえば、CMか広告で剣道着姿の牟田さんを見たことがあるのですが、とても様になっていたので記憶に残っています。 さて、上の本文にあるボランティア活動を精力的に行われていたことは知りませんでしたが、俳優業のみならず広く社会に貢献されていたのですね。 ご冥福をお祈りします。
2009年01月09日
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昨日のブログでは昭和最後の日となった昭和64年1月7日を取り上げました。今日は平成最初の日となった平成元年1月8日を取り上げたいのですが、昭和64年1月7日以上の記憶って無いんですよね、これが意外と。日曜日だったということもあるんでしょうけど、「今日から平成の世か~」っていう感慨はなく、むしろ「昭和って終わったんだ・・・」っていう方が大きかったですね。そりゃそうでしょう、産まれてずっと「昭和」だったんですからね。だから、「この先、年数を計算するのが大変だなぁ」という現実的なことの方が心配でした。 ところで、元号が「平成」となったわけですが、この時に「元号を新たにつけるのは反対」という意見があったのを覚えています。私は日本古来の元号というのはあってもいいと思うので、本来ならこのブログでも「平成○○年」などと書きたいのですが、何年前の話だったかを素早く計算するために、一部を除いてあえて西暦表示をしています。 話を戻して、仕事の関係では元号が変わったことによって雑多な作業が増えてしまいました。このような煩雑さ(この間『頻繁』を「はんざつ」と読んだKYアソウ、この字が「はんざつ」だよ)が前出の元号を新たにつけるのは反対という意見につながっているのかもしれません。 私の職場では、書類関係に元号を使用していたので「昭和」と書いているものを全て「平成」に修正しなければなりませんでした。それは未使用の書類であっても同様で、「心機一転で新品で全部取り替えてほしい」という要求は聞いてもらえませんでした・・・。無駄遣いするなっていうことですね。 それから、「元年」という響きもなんだかいいなぁって思いました。「平成1年」じゃないんですね。そういえば、昭和元年って昭和64年同様、期間が短く12月25日から12月31日までの7日間だったようです。硬貨で「平成元年」って書かれているものを手にした時はなんだか妙にうれしかったものです。 平成の世になって20年が経過したわけですが、この20年間は私にとってもいろんなことがありました。結婚(平成8年)や子どもが産まれたり(平成10年、13年)、神戸勤務の時には震災にあったり(平成7年)、父親が入院し依然として意識不明状態(平成20年)等々ちょっと思い出してみただけでもホント、いろんなことがありました。 この先も平成の世は続いていくと思いますが、現状の景気低迷や政治空白なんかをみているととても前途が明るいとは思えません。少しでも明るい話題がたくさんでてきたらいいなぁって思います。PS.まもなく、150,000HITとなります。いつもごらんいただきましてありがとうございます。
2009年01月08日
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今から20年前の今日、1月7日は60年以上続いた昭和最後の日でした。すなわち、昭和天皇が亡くなられた日でした。今回は昭和最後の日となった昭和64年1月7日のことを思いだしてみます。 昭和64年といえば、私は職場に入って3年目の21歳、この日は確か土曜日でした。土曜日でも朝は仕事に行く時間に起きてテレビをみていたのですが、この日も同じでした。ただ、何かいつもより様子がおかしい。そして、アナウンサーが昭和天皇崩御という聞きなれない言葉とともに、画面が切り替わって黒字に白抜きの文字で『昭和天皇崩御』って出たのを覚えています。崩御っていう聞きなれない言葉の意味はわからなかったけど、昭和天皇が亡くなられたというのは理解できました。 その後、テレビはCM抜きで「激動の昭和を振り返る」的な報道特別番組がどの放送局でも行なわれるようになりました。確か、「地球の終わりが1時間後に迫っていても、ゴルフ番組を放送するだろう」って言われていたテレビ大阪(テレビ東京系列)でも同じだったように記憶しています。ちなみに、テレビがそんな状況だったので、この日はレンタルビデオ店がとても繁盛したそうですね。今ならCSもありますから選択肢の幅は拡がりましたけどね。 さて、私はこの日の仕事は休みだったのですが、母親は当時百貨店に勤めていましたので、「これは準備が大変だ」と言ったのを覚えています。確か、弔意を表す飾りをしなければならないとか話していたと思います。 私の母親同様に、この日お勤めだった方はそれぞれの職場でいつもとは違う動きをされたのではないでしょうか。 ところでこの日、私はどうしても銀行でお金をおろさなければならなかったので銀行へ行きましたが、後日通帳を記帳すると、「64-1-7」という印字がなされていました。別に狙ったわけではないけど、昭和最後の日に記帳されるようなことしておいて記念になったなぁと思います。 それにしても、前出の昭和最後の日の記帳のある通帳くらいしか記録としてはないんですけど、元号が変わるその時に立ち会うというのは滅多にないことなので、この通帳は貴重かなって思います。 それから、翌8日から元号が変わるというニュースも新鮮でした。産まれて「昭和」という元号しか知らないのに、明日からは昭和ではなくて「平成」だと。つまり、翌8日は昭和64年1月8日ではなく、平成元年1月8日なんだと思うと、すごい歴史に立ち会っているんだなって思ったものです。 ところで、昭和64年というのは7日間しかなかったわけですから、この7日間に産まれた人ってある意味貴重ですね。 みなさんの昭和64年1月7日はいかがでしたか? もう20年も前ですからね、遠い昔です・・・。
2009年01月07日
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麻生首相は6日夜、2008年度第2次補正予算案に盛り込まれた定額給付金について、「個人に来るものを政府や党がもらえとかもらうなとかいう種類のものか」と述べ、給付金の受け取りは個人の判断に委ねるべきだとの考えを示した。 政府は給付金の受け取り辞退に関し、「年間所得1800万円が下限」という目安を示したが、受給辞退を呼びかけるかどうかは市区町村の判断に委ねている。首相の発言は、高額所得者への受給辞退の呼びかけは適切ではないとの考えを示したもので、従来の政府方針を修正するものだ。 首相自身もこれまでは受給辞退の考えを示していたが、6日は「その時になって考えたい」と述べ、受け取る可能性を示唆した。首相は、給付金の狙いについて「消費刺激という点に意義がある。ぜひ皆さん方には使ってほしいなと思っている」と述べた。 これに先立ち、自民党の細田幹事長は同日の政府・与党連絡会議で、「景気対策なので国会議員も辞退するのでなく、もらって使うべきだ」と主張。鳩山総務相も総務省内で記者団に「全閣僚、全国会議員、国民全体がみんなニコニコ受け取ったらいい」と語った。 一方、民主党の鳩山幹事長は「首相は高額所得者がもらうことは『さもしいことだ』としていたが、一転した。論理も矜持(きょうじ)もない」と批判した。【読売新聞 ネット版から引用】 アソウが「消費刺激」と言う点を強調しているけど、ホントに消費刺激になるのかを検証したのか。かつて、公明党の後押しで実施された天下の愚策「地域振興券」がどの程度の消費刺激になったのか総括したのか。したのだったらそれを披露して欲しいところだし、今回も公明党に唆されて実施しようとしている『天下の愚策09』ともいうべき「定額給付金」によってどれくらいの経済効果が見込めるのかも明らかにしていない。 口の悪い連中に言わせれば、「定額給付金なんて某宗教団体へのお布施が目的じゃないか」なんて言われるくらいで、普通の人だったら現金でもらったら来るべき厳しい状況に備えて貯金するでしょうね。 そりゃ、私だってただで国からお年玉がもらえるならもらいたいものだし、明日の暮らしもままならないという人なら例え1万円でもいいから手にしたい、と思うかもしれませんが、定額給付金なんていう「毒〇〇」(〇にはお好きな食べ物の名前を入れてね)を食べたら最後、確実に増税で後々もっと苦しむことになるのは目に見えています。 日本の財政が非常に厳しい中にあってこんな無駄遣いなんてしている場合じゃないはずで、昨今の派遣切りや失業対策などもっと有効的な使い方があるはずだし、それを考えて政策に活かすのが政治家の役割のはず。 まあ、このブログでいつも書く事だけど、この国には政治家はいませんから何を言ってもムダなんだけどね。 本当に政治家が定額給付金で消費刺激しようとするんだったら、国会議員の手当ても大幅に削減してそれと合わせて給付額をあげるとともに、失業対策等もあわせて実施していかなければならないのではないでしょうか。金だけもらっても当座は安心出来ても、底をつけば元に戻ってしまうんだからね。 「金バラ撒けば、消費刺激になる」って考えている時点で、政治屋としては終わっていると思いますけどね。
2009年01月06日
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三度、"密室"の車内での凶行が繰り返された。仕事始めの5日早朝、大阪府松原市でタクシー運転手、野澤俊樹さん(61)が首を切られ、売上金を奪われた強盗殺人未遂事件。「これでは安心して運転できない」。昨年末に兵庫、大阪両府県でタクシー運転手を狙った強盗殺人事件が相次いだ中での犯行に、運転手からは不安の声が上がった。【産経新聞ネット版 から引用】 今日から新しい年の仕事初めというところが多いでしょうね。私のところもそうでしたが、また一年間がんばらないといけませんね。 さて、仕事で時々使うタクシー。大阪では普通に流しのタクシーがつかまりやすいので便利ですが、地方へ出張へ行くと流しで走っているタクシーは皆無だし、呼び出さないと来てくれないからちょっと不便な事もありますけど、便利な乗り物ではあります。 そんなタクシーを襲う強盗が昨年来急増しているとのこと。確かにタクシーは密室になるし、適当なお金はあるし、強盗をしようという愚かな輩にとっては「手っ取り早く稼げる」って思っているんでしょうけど、運転手にとってはたまったものじゃないですよね。怪しいからといって乗車拒否できないだろうし。 ところで、タクシー強盗を防ぐ方法ってないんでしょうか。例えば、運転手が八名信夫さんとか阿藤海さんのような強面の人だったら、さすがの強盗も襲わないのではないかな。逆襲かけられそうだし。 そんな冗談はさておき、運転席と後席の間に金網等の仕切りを設けて後ろの席から運転手に手出しできないようにする方法が考えられますが有効なんでしょうか。 もしくは、強盗の目的は「現金」なんだから、現金を車内で扱わない方法、例えばタクシーチケットのように予めチケットを購入して乗るようにするとか、プリペイドカードで乗るようにするとか。とにかく、車内で現金のやり取りをやめてしまえばある程度は防げるのではないかと思うんですけどどうなんでしょうね。 ちなみに、午前3時頃まで呑んでいてタクシーで帰った事がありまして、私としては目的地も言ったし眠りたかったのですが、運転手が話しかけてきてなかなか眠れない。もう諦めて運転手と話していたのですが、特に深夜の場合には、そのように話しを途切れないようにするのはタクシー強盗を防ぐためでもある、って話してくれました。本当に眠りたい人には逆効果かもしれないのですけど、話していたら変な気を起こさない、ということなのでしょうか。 規制緩和でタクシーの台数が増えたのに、景気の悪化でタクシーの利用が減って少ないパイの奪い合いのところにこんな事件ですからね。新しい年になっても不況の影は大きいですね。 政治屋は有効な手立ては打てないだけでなく、政治空白を作り続けているし、こんな状況では国民の生活も治安も守れないのではないかって思います。
2009年01月05日
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みなさんのところでは年賀状は届いていますか? 電子メールや携帯メールが発達した現在では、年賀状の発行枚数も減少してきているようですけど、アナログ的な年賀状って何だかあたたかいなぁって思います。でも、最近では個人情報保護の観点から職場内や学校内の名簿が発行されなくなったため、年末にきちんと住所を聞いておかない年賀状を書くのが難しくなってきました。 さて、子どもたちのお友だちからの年賀状をみていると、なんだかほほえましいなぁって思います。特に、上の子どもは小学五年生の女の子ですから、『六年生は同じクラスになったらいいなぁ』というコメントが多かったです。でも、そんな中でも『仲良くしてくれてありがとう』っていうコメントは、何だかうれしいなぁって思います。普段の学校生活を見ることができないわけですけど、お友だちと仲良くやってくれているんだと思うとうれしいですね。この調子でみんなと仲良くしていってほしいと思います。
2009年01月04日
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今日は年始恒例のQSOパーティに参加しました。このQSOパーティーというのは昨年のブログでも触れましたが、アマチュア無線のお祭りみたいなもので任意のアマチュア無線局20局と交信してその結果を主催者に提出すれば、ステッカーがもらえるというものです。そのステッカーを12枚集めると干支が一巡するというものです。私にとってはすでに干支は一巡しているのですが、このQSOパーティーだけしかでてこない方などもおられますし、またこういう時にあわせて久しぶりにお出ましになる方もおられますので、そういった方と交信するのが楽しみなのです。だから、私は毎年参加しているというわけです。 さて、前置きが長くなりましたが、今日も昨年同様に信貴生駒スカイラインの十三峠付近で私の職場の同僚のYT君とともに参加しました。十三峠付近の駐車場で写真のようにアンテナをたてて交信を開始、9時半頃から昼ご飯をはさんで16時頃まで交信していました。 前出の通り、久しぶりに交信出来た方もいまして、私がアマチュア無線を始めた(「開局」といいます)91年当時からのおなじみさんとか、私の自宅のすぐ近くにお住まいの方など全部で60局の方と交信することができました。少し専門的になりますが、交信した周波数帯は50MHzと144MHzのSSB、430MHzのFMと複数のバンドに渡っており、遠くは徳島市の方と交信することができました。 ところで、16時過ぎに撤収しましたがその際にメガネにキズを入れてしまい、帰りにメガネ屋さんでみてもらいましたが、プラスチックレンズなので修復は不可能との事。またお金がかかってしまうけど、最近少し見えづらくなっていたから、また眼科へ行って処方箋を書いてもらって新しいメガネをつくることになりそうです・・・。
2009年01月03日
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あけましておめでとうございます。 今年も「あけやんの徒然日記」をよろしくおねがいします。 みなさんはどんなお正月をお過ごしでしょうか? 私は年末から私の実家に帰っておりました。初詣は年が明けてから桜井市にある大神神社(三輪明神)へ行ってきました。ここは雰囲気が好きで毎年のように行っていたのですが、昨年はあまりにも寒すぎて行くことができませんでした。今年は気温は低かったけど、風がなくてよかったです。 ここには大きな絵馬が飾られているのが特徴です。ちょっと見づらいですけどね・・・。 その後はこれも恒例の安倍文殊院に行きました。大神神社から終夜バスがでていまして便利なんですよ。安倍文殊院は学問の神様で、子どもたちが今年も一年間がんばって勉強ができるようにお祈りしてきました。 そういえば、安倍文殊院ではお雑煮の無料振る舞いがあったのですが、参詣客が多くて危険なために中止されていました。 なお、この安倍文殊院の最寄の臨時バス停には、前にこのブログで紹介したマツダ三輪トラックが置かれていました。 それから、今日2日は住吉大社に行ってきました。住吉大社もよく行っていたのですが、今回久しぶりに行ってみました。住吉大社は太鼓橋で有名ですよね、私も子どもたちと一緒に渡りましたが、人が多くて結構怖かったです。 写真の太鼓橋、ちょうど堀にも鏡のように写りこんでいて、風のない穏やかな状況がお分かりいただけるかと思います。 住吉大社へは浜寺公園駅にほど近い浜寺駅前電停から路面電車の阪堺電気軌道に乗りました。阪堺電気軌道は臨時ダイヤで結構頻繁に運転されていて、利用客も多くて大混雑でした。普段なら住吉大社に近い電停は住吉鳥居前電停なんですが、お正月は臨時の電停が設けられていて大勢の利用客をさばいていました。 なお、写真の左側の車両(170号)は、昭和ひと桁に製造された車両なんです。色合いが昔の南海電車のようでなかなか渋いでしょ。 帰りは南海電車で帰りました。住吉大社の最寄駅は南海電車にも駅がありまして、その名も住吉大社駅。今日は普段停まらない区間急行も臨時停車していました。列車は浜寺公園駅は下車しました。浜寺公園駅は特徴的な駅舎が今でも現役で使われていまして、日本銀行大阪支店や大阪中央公会堂などを設計した辰野金吾氏設計のものです。古めかしい駅舎ですが、とても立派な駅舎ですね。 ところで、なぜ浜寺公園から路面電車に乗ったり再び浜寺公園まで戻ってきたかというと、お正月は普段有料の浜寺公園の駐車場が無料だし浜寺公園でも遊ぶことができるので、ここに車を置いて住吉大社へ行って戻ってきたのでした。 浜寺公園もこのブログでも何度か紹介していますが、ここにはいろんな遊具があります。その中でもこの滑り台が一番スリルがあって楽しいと思います。 今年のお正月は初めて父親のいないお正月となりました。雑煮もいつもは父親が作っていたのにね・・・。そんな寂しいお正月でしたが、子どもたちにはお年玉をもらったりたくさん遊べたので楽しいお正月だったと思います。
2009年01月02日
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