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今日は、朝から集落の大掃除がありましたので、練習試合が参加できるかどうかわかりませんでしたが、なんとか参加することができました。今日は、Y30さんの勤務先のチームの「トライガース」さん。私は、途中からキャッチャーで出場しました。 試合は、H12さんが先発、初回に2点を失う展開でしたが、その裏にすぐさま反撃。I26さんのタイムリーとM13さんのランニングホームランで4点を入れて逆転、3回にもI26さんのタイムリーで2点を入れて6-2となりました。その後、S22さんがリリーフして私とバッテリーを組みました。S22さんは最近ガゼルスに入った左腕で、投げないときはファーストや外野もできる人です。スピードはないものの、ナックルを投げることができるのですが、これがなかなか捕りにくい。バッターも打ちにくいだろうけど、キャッチャーも捕りにくいのです・・・。 さて、リリーフ後は、ヒットや四死球などで3点を失いまして6-5と1点差に迫られてしまいました。しかし、S22さんのタイムリーなどで2点を加え、最終回に1点失ったものの8-6で勝ちました。 私の成績は、ヒットは出ず。打席で結構粘ったんですけど、結果がでませんでした・・・【今日の成績】 1打席目 投飛 2打席目 三振 27打数9安打10打点4三振3四死球 打率.333
2015年05月31日
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今日は、蒸し暑い一日でした。夜から天気が悪くなるという予報だったため、朝から玉ねぎの収穫をしました。 すでに倒れているものもあって、タイミング的にはよかったみたいです。 収穫後はこのように干しておきました。 中にはこんな巨大なものも。となりの玉ねぎが小さく見えますね。 もって帰ってきた玉ねぎは、こうして吊るす準備をしました。小さいものが目立ちますが、結構たくさんとれてよかったです。今回は畑の状況の関係で去年よりも若干少ない個数しか植えることができませんでしたが、次回は新農園も借りたことだし、もっと数を増やしてみたいと思います。 それから、新農園には新2号畝及び新3号畝に枝豆を植えています。種から育てたもので、ようやく少しだけ成長しています。うまくいけばいいのですが・・・。 新6号畝及び新7号畝に植えたサツマイモも少しずつ蔓が伸びてきていて、いい感じです。 最後に、新4号畝のトマトときゅうりについても、暑さに負けずにどんどん成長していまして、きゅうりはたくさんのつぼみをつけていました。これからの収穫が楽しみです。
2015年05月30日
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私は出張先などでタイミングがあえば献血していますが、先日行った滋賀県で献血してきました。滋賀県での献血は初めてでして、これで近畿圏の府県は全て制覇しました。 さて、その滋賀県の献血ルームは、JR琵琶湖線(東海道本線)の草津駅にある「びわこ草津献血ルーム」。滋賀県内ではここと、JR瀬田駅もしくは南草津駅からバスで行ったところにある滋賀県赤十字血液センターの二箇所だけだそうです。だから、湖北や湖西、湖東にお住まいの方にとってはやや不便ですね・・・。献血バスはあるようですけど、成分献血は基本的にはできないからね・・・。 このびわこ草津献血ルームは、2年前にオープンした新しい献血ルームだそうです。今回も成分献血でした。前回の東京では、成分献血は右手からでしたが、今回はやはり左手でということに。やはり、周波数の違いなのかな(爆)。 その結果は先日送られてきましたが、コレステ君がやや増加していたものの、その他の数値は安定していました。前後しますが、問診の時の先生のコメントも、年齢の割には血圧はいい状況だし、血液の状況も申し分ないとのことでした。これを引き続き維持していきたいですね。 ところで、献血の際には爆睡することが多い私ですが、今回は担当してくれた看護師さんと話をしていたので爆睡しませんでした。その看護師さんも結婚されて苗字が変わったわけですが、その苗字が私の苗字と同じくらい珍しく、和歌山の苗字だとか。私の苗字もそうなんですが、和歌山には意外と珍しい苗字があったりするので、そんな話をしていました。 冒頭にも書きましたが、今回の滋賀県での献血で、近畿圏の2府4県は全て制覇しまして、19都府県目となりました。全国制覇(笑)まではまだまだですけど、なんとか続けていきたいですね。特に、九州が一つもできていないから、ここをなんとかしたいなってね。
2015年05月29日
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昨日は仕事の関係で、新横浜へ行きました。 新横浜は、何度か乗り換えのために利用したことがありまして、新幹線から横浜線、さらに横浜線で次の駅の菊名から東急東横線で渋谷方面へ、などへ行ったことがありまがが、降りるのは初めてでした。 さて、今日は朝早く起きて、ホテルから徒歩10分くらいのところにあるというJリーグの横浜・F・マリノスのホームグラウンドの日産スタジアムまで散歩しました。 ちなみに、道案内を兼ねているのか、マンホールにはこのようなものがありまして、この矢印のとおりに歩いていくと日産スタジアムに行くことができました。 これが日産スタジアムです。大きすぎて、ガラケーのカメラでは全体が写りませんでした・・・。 これは東ゲートの様子です。日産自動車の広告入りですね。私は子どもの頃は、亡き父親の影響で自動車は日産党だったので、その当時にJリーグがあったら、その流れでサッカーはマリノスを応援していたかもってね・・・。今は、サッカーで特に応援しているチームはありませんが・・・。 そこへ行くまでの場所には、ワールドカップの試合会場として使われたためか、このようなものもありました。 また、選手のサインが記された幕もありましたが、サッカーは詳しくないので全然わかりません・・・。 ところで、この日産スタジアムの周りには、サブグラウンドとか陸上の投てき練習場、野球場などもあって屋外スポーツの集積地のようでした。草野球をやっている私にとっては、野球場の存在は気になるのですが、少々遠いようだったので投てき練習場を見てみました。 手前の助走距離の長いのがやり投げ用、その向こうの二箇所は円盤投げ用と思われます。 私は高校時代、陸上部でやり投げをしていました。中学の時は短距離だったのですが、受験の際にかなり太ってしまったのと、高校の陸上の短距離って、みんな速いのでこりゃ無理ということで誰もやっていなかったやり投げをすることになりました。 でも、肩を痛めるし、腰も痛めるし、と怪我だらけ。おまけに顧問とうまくいかず、陸上部内でもいろんなゴタゴタがあって、高校二年の夏休みに辞めてしまいましたが・・・。 辞めるまでは、たったひとりで練習をしていた(メインのグラウンドでは危なくてできないので、近くの空き地で練習した)し、試合にも出たことがあるので、ちょっと懐かしかったです。 ちなみに、高校に入ってからは野球をしたかったのですが、私の学校には野球部はなかったし、三年生に同じ中学校の時の先輩に誘われて『流れ』で入部したのが陸上部だったんですよ・・・。加えて、就職してしばらくしてからその先輩とバッタリ会ったのですが、その時の話で「なぜ、高校の時に陸上部に入れへんかったんや?」って聞かれたときは、流石に閉口しました・・・。その先輩の頭の中では、私は当時の陸上部にいなかったことになっていたんですね。だから、私も「いやぁ、野球したかったし、もう陸上はええかなって思いました」って答えましたよ(苦笑)。 話を戻して、そんな話を思い出しながら日産スタジアムを後にして、新横浜にあるもうひとつの有名な場所の横浜アリーナへ。 すみません、ビルの間にあって、さすがに全体は写せませんから入口だけですが・・・。 ここは一流アーティストがコンサートなどを行う場所で、私は行ったことはありませんが、告知などで必ず名前が出てくる場所ですよね。新横浜の駅からも近いし、日産スタジアム同様便利なところにあるんですね。 さて、今回宿泊したのは、「スーパーホテル」で焼きたてパンのバイキングが特徴ということで、朝からパンとご飯もあったのでしっかりといただきました。 最後に、新横浜の駅の写真を写すのを忘れていたので、駅前のバス乗り場の写真です。 関西では見かけることがないわけですから、列車を待つ間、しばしみておりました(笑)。
2015年05月28日
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上の子どもは、小学生の頃から剣道をやっていまして、高校に入るまでに二段を持っておりました。でも、高校生になって、就職のことも考えると多少の特技というか二段よりも三段の方がいいわけで、去年から昇段試験を受けておりました。 しかし、去年は昇段試験の直前に熱中症にかかるし、その後に受けたけど昇段ならずということで、先日最後のチャンスということで受けてきました。 結果は、「昇段した!」というメールがやってきました。ホント、熱中症は仕方ないとしても、一発で合格してくれよって思ったけど、なんとか昇段してくれてよかったです。ちなみに、昇段試験は試合などで対戦したことがある他の学校の同い年の女の子がパートナーだったそうで、気心が知れているせいか二人とも昇段したそうです。 まぁ、なんとか三段になったし、去年は英検三級もギリギリで合格したし、特技が増えてよかったです。就職するときの履歴書に書くことができるのはいいかなってね。ちなみに、私の場合は、就職するときに何も特技がなかったのですけどね・・・。今なら、「第四級アマチュア無線技師」と「中型限定解除」くらいかな(爆)。 この調子で、就職試験もがんばってほしいんだけどなぁ。 一発で合格してもらわないと困るんだけど、昇段試験でも英検も何かモタモタしていたからなぁ~ ホント、頼むよ・・・。 まっ、とりあえずは昇段してくれてよかった~
2015年05月26日
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先月、東京へ行った際に品川駅構内にあるポストなんですが、ちょっと変わっておりました。 ポストって、赤いものが相場なのですが、このポストは緑色とオレンジ色のツートンカラー。いわゆる「湘南色」カラーになっております。しかも、ご丁寧にヘッドライトとテールランプや、「郵便」の文字も入れられ、足回りには車輪も。ついでに、屋根にはベンチレーター(通風器)のようなものまで取り付ける念の入れよう・・・。よっぽど、鉄分の多い郵便関係者が作ったんでしょうね(笑)。 ちなみに、国鉄が分割民営化される少し前まで、鉄道でも郵便を輸送していました。国鉄の荷物列車(客車)の中に郵便車があって、そこで仕分けをすることもあったようで、一般の客車が冷房がない時代に郵便者だけ冷房装置がついていたんです。まぁ、これには「窓を開けていたら、郵便物が飛んでいってしまうから」という配慮があったようですけどね・・・。(客車内で仕分けを行わない線区には、冷房付き郵便車はなかったようですが・・・) この写真のような電車タイプの郵便車も実在したわけで、例えばクモユ141が正しくそれにあたります。もしかしたら、このポストはクモユ141がモデルだったりして。 ところで、この郵便ポストの横には0kmポスト、すなわちここが線区の起点になりますよ、という目印のモニュメントが置かれていました。一つは山手線、山手線はこの品川駅が起点で、終点は田端駅なんです。山手線の東半分は東北本線だったり、東海道本線だったりするんですね。 もう一つは、品鶴線。あまり聞いたことがない名前ですが、その名のとおり品川駅と鶴見駅を結ぶ路線で、湘南新宿ラインの列車が走っている路線になります。 さりげなく、このようなものまで置かれているんですね。 品川駅は、東海道新幹線が停車するようになって、ただでさえ広い構内でどこに何があるかなかなか把握しにくいわけですが、たまたまこのようなものを見つけたので、思わずガラケーで撮影しました。
2015年05月25日
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今日は、雨の予報が外れて朝からいい天気で、JR大阪環状線弁天町駅近くの磯路中央運動場で練習試合がありました。試合相手は、N11さんの知り合いのチームでチーム守谷さん。去年の11月30日に対戦したことがあって、その時は12-0で勝っています。今日は、キャッチャーで出場、I26さんとバッテリーを組みました。 試合は、初回に2点を失う展開でしたが、3回表にフルスイングさんとN11さんのタイムリーなどで3-2と逆転、さらに4回表には満塁のチャンスに回ってきた私がレフト前にタイムリーを放って4-2と突き放しました。 I26さんは、小さな変化球が決まって初回以降は要所を抑えていき、5回からはN11さんがリリーフ。しかし、四球やヒットなどで同点にされて、最終回を迎えました。 最終回は、私の内野安打とN1さんの二塁打で1死二、三塁のチャンスをつくり、フルスイングさんの2点タイムリーでさらに突き放し、その裏をH12さんが抑えて6-4で勝ちました。効果的なタイムリーがでるのが、ここ数試合の特徴ですね。 私の成績は、本文にもありましたように今日も2本のヒットと1打点をあげることができました。I26さんのアドバイスがようやく形になってきたみたいで、これを維持できたらと思っています。【今日の成績】 1打席目 遊直 2打席目 左安打タイムリー 3打席目 遊内野安打 25打数9安打10打点3三振3四死球 打率.360
2015年05月24日
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今日は、妻と一緒に新農園へ行きまして、大根などを収穫しました。 長らくネットをかけて虫を防止していましたが、葉っぱが伸びて窮屈になっていたので、外してみました。そして、3本ほど収穫してみました。 こんな感じでした。私にとっては、葉っぱが重要なのですけどね・・・。十分な大きさだと思います。 ほかに水菜を収穫しました。これも花が咲く直前になっていて、収穫としてはギリギリだったようです。 それから、従来の畑に植えている玉ねぎは倒伏しているものがあったので、収穫することにしました。 こんな感じで干しておきました。大きさ的には、去年よりも小さい感じがするのですが、妻の話では十分の大きさだとのこと。数的にはたくさん植えていないのですが、これから続々と収穫できると思います。 収穫した大根と水菜は、昼ごはんの時に料理してもらいました。 水菜もこんな感じで食べられるんですね。 大根はやや苦かったようです・・・。水で晒してみたら、そうでもなかったです。 しばらくは、いろいろ収穫できますが、その跡地に何を植えようかなってね。
2015年05月23日
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今日は金曜日、金曜日はカレーの日ということですが、今日も残業で遅く帰ってきたし、カレーではありませんでした。そこで、以前食べたインド料理のカレーを紹介したいと思います。 これは、隣の町の上牧町にある「アシヤナ 王寺店」のサービスランチです。好きなカレーとナンまたはごはんが選べて、食後の飲み物もついているというもので、料金もリーズナブル。しかも、インドの方がつくるナンは、大きさも十分だし、もちもちしていておいしいのです。 もちろん、カレーの味もおいしくて、辛さも調整可能。私は3倍の辛さにしていますが、辛いもの好きな私の妻は7倍とかわけのわからないことをしています。ちなみに、3倍でも充分辛いと思いますけどね・・・。 さて、このお店はそんなに大きなお店ではないのですが、お昼時に行くと混雑しています。駐車場はあるのですが、ほかのお店との共用なので、いっぱいのこともあります。それでも、時々無性に食べたくなるんですよねぇ~ この写真をみていたら、また食べに行きたくなりました。
2015年05月22日
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今日と昨日は、仕事で福井県おおい町へ行っていました。おおい町は、福井県の嶺南地方にあって、関西電力の原子力発電所である大飯発電所が立地しているところです。このおおい町へ仕事で行くのは、4年ぶりでした。 さて、朝食前に散歩として海の方へ行ってみました。海沿いに歩いていくと、立派な照明灯が目に入りました。 フェンス越しに撮影してみましたが、両翼97.5mセンター122mの本格的な球場です。芝は天然芝ではなく、人工芝のようです。冬場の雪のことも考えてのことでしょうね。右中間や左中間の膨らみもあって、どっかの球団のホームグラウンドとは全然違いますね(爆)。 「総合運動公園野球場」という名称だそうです。早朝ですから閉まっていますし、誰もおりませんでした。こんな立派な球場があるなんていいなぁ~ 借りるのは高そうだけど・・・。 「電源立地地域対策交付金施設」という看板が掲げられてありました。そうです、前出のとおりおおい町は、関西電力の大飯発電所の立地地域ですから、経済産業省の電源立地地域対策交付金が交付されており、この施設もその交付金を使って建てられたものだったんですね。 ところで、この公園のベンチに誰かいると思ってよく見てみると、おおい町のキャラクターの「うみりん」がいました。遠くから見ると、ベンチのところに人が立っているように見えたんですけどね・・・。 話を戻して、今の仕事を担当するようになって、再び嶺南地方への出張が増えそうです。嶺南地方へは、高速道路が伸びて便利にはなったのですが、それでも公共交通機関の便はなかなか便利になりませんね・・・。
2015年05月21日
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今年2月に、東急田園都市線宮崎台駅に直結の「電車とバスの博物館」へ行ってきた話はこのブログでも取り上げましたが、ここに展示されている特徴的な車両があります。 この車両は、東急のデハ200形で、愛称は「ペコちゃん」。その風貌から不二家のキャラクターのペコちゃんに似ていることからよばれていたそうです。この写真の位置からでは、ペコちゃんかどうかわかりにくいですけどね・・・。ただ、建物の中に保存されているのはいいのですが、写真を撮るにはあまり向かないような感じで置かれていました。 さて、この車両は、「渋谷⇔二子玉川園」の表示のとおり、東急玉川線の渋谷と二子玉川園(現:二子玉川)の軌道線の車両として使われていました。航空機の技術を応用したモノコックボディーで、普通鋼ながら軽量化が図られているわけですが、この車両が登場したのが1955年ですから、日本の技術って戦後10年でこのようなところまで進んでいたんですね。 この車両は、二両編成で連接車両(車両との連結部分は二両の共用台車となっている)となっているため、連結部分はこんな感じです。製造メーカーの銘板からもわかるように、東急車輛で昭和30年(1955年)に製造されています。 また、車体には東急の正式名称、「東京急行電鉄」を示す「T.K.K」の切り文字が貼られています。 この車両は204号で、同型の車両は201~206まで登場したわけですが、その後の路線廃止に伴い、1969年に廃車され、この車両以外は全て解体されてしまいました。まだ車齢が若く、他の路線への転用もできそうなのですが、システム的なトラブルなどもあってやむなく解体されてしまったようです。ただ、沿線の利用者には、そのスタイルゆえ解体を惜しむ声があったそうで、解体は沿線から遠く離れた場所で行われたという話は聞いたことがあります。 そんな特徴的な車両が、こうして屋根付きの建物の中で保存されているのはいいことだと思います。走ることは不可能ですけど、いつまでも大切に保存しておいて欲しいなと思いました。 ちなみに、このデハ200形のお手本となったのが、同じ東急のデハ5000形という別名「青ガエル」という車両で、東急引退後も他の地方私鉄でも活躍していましたが、今では熊本の熊本電鉄に残るのみとのこと。この車両も引退後は、ここで保存されたらいいんですけどね・・・。
2015年05月19日
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大阪市を廃止し、5つの特別区を新設する「大阪都構想」への賛否を問う住民投票が17日投開票され、否決された。大阪維新の会代表の橋下徹市長は否決となった場合は政界を引退することを明言しており、12月までの市長任期を全うした上で政界を引退するとみられる。会見場に登場した橋下氏は「受け入れてもらえなかった。間違っていたのでしょうね」と敗戦の弁を述べた。引退については「任期まではやるが、以降は政治家はやりません」と引退を明言した。【デイリースポーツネット版から引用】 今日は本文にあった住民投票の投票日でしたね。普通の選挙なら、選挙日当日は投票を呼びかける街宣はできないのですが、この住民投票はできるんですね。実際、今日練習試合のあった下福島運動場周辺には、投票場所があるようで、朝からマスコミのみならず、橋下自らが街宣車に乗って投票を呼びかけていて、それも何度も何度も連呼するものだから、「うるさい、だまれ!」って言っていました(笑)。 さて、その投票結果については、賛否の票数が拮抗しているとのことでしたが、結局否決されたとのこと。どこの馬の骨かわからんヤツの好き勝手にならなかったみたいで、40年以上前まで大阪市民だった私にとってはホッとしました。 ただ、ネット上のコメントでは、私のような意見は少ないようで、老人の反対票によってせっかくの改革の機会を奪われたというようなものが多かったように思います。まぁ、年配の人は保守的な考えの人が多いわけで、今よりややこしくなるのは勘弁、っていうことなんでしょうけど、本来ならその人たちが懸念するようなことを一つ一つ丁寧に説明し、理解してもらうことが大切だったはず。それをすっ飛ばして、何を焦ってこんなことをしたんですかねぇ~ そりゃ、時間が経てばそれだけ事態が悪化するということがあるのかもしれないけど、あまりにも焦りすぎるなぁ。 実際、新聞やネットでも賛成派・反対派のコメントが載っていたけど、どっちもどっちのような書き方で、この内容で判断せよっていうのは無理だろうなってね。あとは、自分たちの生活がどうなるかっていうところの感覚的な判断になったのではないかな。 否決されたわけだから、橋下は宣言通り政治の世界から引退すると思いますが、知事になる時も2万%ありえないって大見得切っておいて知事選に出たことがあるから、多分おとなしくすることはないと思います。 ほとぼりが冷めた時に、今度は国政に打って出ると思いますよ。
2015年05月17日
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今日は、下福島運動場で練習試合がありました。昨日のうっとうしい天気が嘘のような快晴で、とても暑かったです。試合相手は港スピリッツさん、今日はキャッチャーで出場、H12さんとバッテリーを組みました。 試合は、初回から相手打線が際どい球もうまくミートして、タイムリーやホームランなどで大量得点ではないものの、1点ずつ失って4回までに3-0となりました。また、リリーフしたI26さんも2点を失い、打線も相手投手からいい当たりはするものの、正面だったり好守に阻まれたりして、最終回を迎えました。 先頭打者のM13さんがヒットで出て、やっとチーム3本目のヒットで出塁し、私に打順が回ってきました。相手投手はサイドハンドの速球派で、内角にキレの良い変化球と外角に伸びのある速球を投げ込んでおりました。しかし、私は1打席目にアウトになったものの、いい当たりのショートライナーを打っていましたので、もしかしたら打てるかもって思っていました。 その予感は的中、内角への速球を振り抜いた打球は、セカンドの頭上をライナーで抜けてそのまま右中間をゴロで抜けていきました。飛んだコースをちゃんと確認していなかった私は、多分二塁打だろうと思って走っていたのですが、チームメイトがまだ回れるようなことを叫んでいたので、三塁まで走りました。 ところが、三塁まで行くこともほぼない私にとってはもう十分だったのですが、「何止まっているんですか~」「まだ余裕でいけますよ」というチームメイトの指示で、ホームへ。グダグダになりながらのホームインで、みんなとのハイタッチもヘロヘロになりながらでした。 本当なら、もっと格好よくしたかったんですけどね・・・。 ガゼルスの場合、例えばY30さんやI26さんのように一発長打のある人ならいいんですけど、私のように普段から長打のない打者には難しいことです(笑) 試合は、5-2で負けましたが、なんとか一死を報い形になってよかったです。 【今日の成績】 1打席目 遊直 2打席目 死球 3打席目 ランニング本塁打 22打数7安打9打点3三振3四死球 打率.318
2015年05月17日
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今春に初めてチャレンジしたうすいえんどう、意外とたくさんできて食卓にもあがりましたし、実家の母親にもあげるくらいまでに育ちました。そんなうすいえんどうですが、もう花も咲かなくなり、実もほぼ取り尽くしたので、本日終了しました。 こんな感じで大きさも申し分無かったわけですが、葉っぱの色も薄い緑になってきましたからね。 職場の同僚のMさん(広島出身)からも、初めてチャレンジした割にはうまくできていて、加えてヨトウなどの害虫による被害も見受けられないのですごい、とのコメントをいただきました。また、隣の畑のYさんからも上手にできている、との話がありました。 このうすいえんどうは、最初の頃に農薬のオルトランを撒いたくらいで、以降は使用しておらず、ほぼ放置状態でしたが、義母さんが亡くなってから4~5年経過しているので、えんどうを植えるタイミングとしてはよかったのかもしれません。亡き義母さんは、うすいえんどうをつくるのがうまかったそうなので、この畑ではうまくできるのかもしれません。 それから、次の作物として、枝豆を作ろうとしています。枝豆の苗を買おうとしたのですが、まだ出ていないみたいなので、種を買ってきてこのようにポットに植えたところ、やっと芽がでてきました。うまくできたらいいんですけどね・・・。
2015年05月17日
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先月の東京出張で宿泊した大井町駅には、東急バスと京急バスがやってきていました。このうち、見かけた東急バスの中で、かつての観光バスの塗色を施したものがありました。 私は東急バスの塗色の歴史についてよくわからないのですが、1967年に観光バス向けの塗色として採用されていたのが、このような塗色だったそうです。白いボディーに赤色の帯と金色の大きな帯が入ったものですね。この塗色は、1994年頃まで採用されていたということですから、かなり息の長い塗色だったんですね。 ちなみに、現在の東急バスの塗色はこんな感じ。赤帯はそのまま継続していますが、ボディーの基本は銀色(灰色?)になっていますね。 最近は、ラッピングバスが増えて、元々のバスの塗色がわからないものがあったりしますが、古い時代の塗色って意外と手が込んでいて格好よくみえるものです。私の実家のある堺市の南海バスも長らく採用していた緑色の濃淡カラーのバスを運行していますし、地元の奈良交通でもくすんだ緑色の何とも言えないカラーだった塗色で運行しています。いずれも台数は1台ですけど、たまに見かけるとラッキーな気がします。
2015年05月16日
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大阪市を廃止して五つの特別区に再編する「大阪都」構想で、大阪市民に賛否を問う住民投票が17日に行われる。構想実現を目指す大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長らは、「大阪都」になれば大阪府と市の二重行政が解消され、効率的な行政運営ができると主張。自民、民主、公明、共産各党は、住民サービスはかえって低下し、財政上の効果もないとして反対しており、約211万人の有権者が最終判断を下す。 即日開票され、同日深夜にも結果が判明する。投票率にかかわらず、賛成が1票でも反対を上回れば史上初めて政令市の廃止が決まり、大阪市は2017年4月、五つの特別区に分割される。 構想によると、特別区は、市が担っている事務のうち、住民登録や生活保護の決定など身近な行政事務を継承。都市計画などの広域的行政は府に移管する。【時事通信ネット版から引用】 今日、出張の帰りに乗った御堂筋線の車両、車内の広告すべてがこの本文にあった住民投票を呼びかけるものでした。4歳まで住吉区の我孫子町近くで育った私にとっては、大阪市は私にとっても、また私の両親にとっても生活のスタートの場所でした。また、私の本籍地も、結婚して西宮市に変えるまでは、堺市に引っ越してからもずっと住吉区のまま。それくらい愛着があったものです。今でもその当時住んでいたアパートが残っていることは、このブログでも紹介したことがありましたね。 そんな大阪市がどこの馬の骨ともわからんヤツに好き勝手にされて、なくなってしまうかもしれないという、この構想・・・。二重行政の解消だかなんだか知らないけど、もっとしっかりと議会で議論して問題点を一つ一つ時間をかけて、住民にもわかりやすく説明するのが一流の政治家のはずなのにねぇ・・・。まぁ一流の政治家なんて、国会議員にも地方議員にもいないか。 それだって、公明党が裏切ったんでしょ。それで橋下が一気に住民投票に持ち込んだという図式だったように思うけど、外野の私が見ていても、「何を慌ててやってんだ?」って思うねぇ。大阪市内にお住まいの方なら余計にそう思うのではないかなってね。 だいたい、「府と市の二重行政の解消」なんていうなら、今でも十分できるやん。あの目つきの悪い知事と橋下は、いつも一緒に行動するくらいなんだから、お互いに話し合いでいくらでも何とでもなるでしょ。そのために橋下は市長になったんじゃなかったの? それがなんで一足飛びもしてこんなことになるのか、よくわからんのだけどね。 それから否決されたら橋下はもう辞めるようなことを言っているけど、否決されなかったらどうするつもりなんだろう? 大阪市はなくなるわけだから、その時点で自動的に市長でなくなるんだけどなぁ。大阪府知事に返り咲き? それはいくらなんでも・・・。 もしかしたら、構想の成立という成果を引っさげて国政に打って出る? 勘弁してくれよ~ それとも、口の悪い人が言っていた「否決されたら、日本から独立して『大阪民国』にでもしたらええねん」っていうことをするとか(爆)。 ところで、もし成立した場合の住居表示ってどうなるんだろう? 大阪府はそのままなわけでしょ。 たとえば、私の実家のある堺市だったら、「大阪府堺市堺区・・・」っていう住居表示は変わらない(大阪府が大阪都になるわけじゃないから)だろうけど、大阪市だったら、「大阪府大阪都中央区・・・」ってなるっていうこと? いやはや、表示としてもなんともけったいな感じになるんだぁ~ っていうか、なんで「都」にせなあかんねん? 東京と同じ特別区なら、「大阪府中央区・・・」でええやん。大阪市がなくなるんだったら、こんな表記で十分だと思うけど。 まぁ私のような外野の人間がやいやい言ってもしょうがないんだけど、有権者のみなさんはよく考えて投票してもらえたらと思います。
2015年05月15日
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先月の仕事では、茨城県の東海村へ行った日がありました。私自身、常磐線の乗車は、鹿島鉄道がまだ稼働していた頃に石岡まで乗って以来になります。その石岡からまだまだ北上、水戸をさらに超えたところになります。 例の3・11以降、常磐線は全通していませんが、なんとか一日でも早い復興になればと思います。 東海駅の駅名標です。「東海」というから、愛知や三重、岐阜を指す東海地方のイメージがありますが、茨城県の東海といえば、日本で最初の原子力の火がともったところであり、今でも原子力関連の企業等が立地しているところであります。 「東海村」という名前ですが、実は人口は3万人を超えておりまして、私の住む王寺町よりも人口が多いのです。にもかかわらず「村」としているのはなぜなんだろう・・・? どうやら、原子力の村として有名になったので、これから先も「村」のままで行こうということになったようです(今回の仕事で一緒だった茨城県出身の方の話)。 このように駅周辺の名所案内には、原子力関連の会社や研究所の名前が並んでいます。っていうか、原子力関連の会社や研究所が名所ではないはずなんですけどね・・・。 それから写真には撮っていませんが、駅前は「村」のイメージとは程遠い、立派な駅前広場になっておりまして、スーパーマーケット(イオン)が立地していました。 駅前には、こんなモニュメントがありました。これは、東海村のマスコットキャラクターの「イモゾー」だそうです。いわゆる「ゆるキャラ」になるのかな。 東京から列車に乗って、初めて東海までいきましたけど、なかなか遠いところでした・・・。
2015年05月14日
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「大阪名物ハリセンチョップ」のギャグで人気を博した、お笑いグループ・チャンバラトリオのリーダー山根伸介(78)が12日、京都市のよしもと祇園花月で会見し、52年間続いた同グループの解散を発表。山根の肝臓がんによる体調不良のほかに、2010年に亡くなった南方英二さん(享年77)の不在も解散を決めた理由の一つという。 「かしら」の愛称で親しまれ、ボケ役の顔や頭を思い切りハリセンで叩くスタイルで笑いを誘った旧友を思い、「南方が亡くなって、はや5年。(チャンバラトリオを)どうすべきか悩んでばかりいました」と胸の内を明かした。【スポニチアネックスから引用】 チャンバラトリオといえば、私が子どもの頃に重厚な殺陣と思いきや、最後にはあの大きなハリセンでしばくというオチがわかっているんだけど、それが面白かったわけですが、ほかの地域の方にはどううつったんでしょうか。 元々は、京都の東映撮影所での斬られ役だったそうですけど、それが転じてこのようなお笑いになっていくわけですが、そのオチに行くまでの殺陣はさすがに見事なものだったと記憶しています。 殺陣以上にチャンバラトリオといえば有名なのがハリセンチョップ(通称 ハリセン)ですね。私も私の周りの子どもたちも、画用紙とか厚紙で大小様々なハリセンをつくりまして、ど突きあいをやったものです。アニメでも、例えば私の子どもたちが大好きなバスケの「スラムダンク」にも、アヤコさんのアイテムとして登場していましたよね。 でも、チャンバラトリオで使われるような「パンッ!!」って音が出ないのがなぜなんだろう、って思っていたら、あれはかなり丈夫な厚紙で作られているそうで、普通の厚紙では数回叩いたらシナっとなってしまうのが、そうはならないとのことだそうです。まぁたしかに、いつみてもハリセンはしっかりしていたもんなぁ~ ちなみに、あのハリセンはチャンバラトリオだけでなく、例えばやすきよ(横山やすし・西川きよし)が進行役を務めていた番組の「モーレツ! しごき教室」(←関西ローカルだったのかな・・・?)でも、よく使われていました。 そんなチャンバラトリオでしたが、「おかしら」こと南方さんがなくなったのが一番大きかったんでしょうね。加えて、メンバーも高齢化してきて・・・。 私が子どもの頃から普通にテレビで見てきた人たちですし、その時から40年も経っているわけですからね・・・。解散というのもやむを得ないのかもしれません、残念ですけどね。 とりあえずは、お疲れ様でした。 「ドラえもん」などの声優で知られる大山のぶ代(78)が認知症を患っていることを、夫の俳優・砂川啓介(78)が13日、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」の中で公表した。大山は08年に心筋梗塞で倒れ、脳梗塞を発症。1年後の09年4月にはテレビ朝日系「徹子の部屋」に砂川とともに出演。言葉が出ないなどの“後遺症”が残っていることを告白した上で、同じ病気で闘う人々に「あきらめないで」と訴えていた。【デイリースポーツから引用】 もう一つ気になったのが、これです。 ドラえもんの声、といえば、私にはやはり大山のぶ代さんしかないんです。あの独特の声は、一度聞いたら忘れられないくらいのインパクトで、ドラえもんの作者の藤子・F・不二雄先生(故人)も「ドラえもんって、こんな声をしていたんですね」と驚いたとか・・・。 ドラえもんの声を現在の水田わさびさんに交代してからは、テレビなどで見かける機会が減ってしまい、どうしたのかなって思っていたらまさかの認知症を患っていたとのこと・・・。 認知症って、いろんなケースがあるみたいで、ガンと並んでなんとか克服できるようになればいいのですが、進行を遅らせることはできても、100%発症しないようにすることはできない、と聞いたことがあります。 大山のぶ代さんのドラえもんも、私が子どもの頃から知っていて、これもまた40年くらいになるわけですからね・・・。なんとか少しでもよくなって欲しいなって思います。
2015年05月13日
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先日、東京へ行った際に、勝どき橋へ行きました。勝鬨橋は、かなり以前にバスで通ったことがあるのですが、間近で見るのは初めてでした。 ちなみに、交差点名などは「勝どき」のようですが、ここでは「勝鬨橋」とさせていただきます。 でも、橋に書かれている表記は、「かちどきばし」って平仮名なんだよな(笑)。 勝鬨橋といえば、大きな船がやってくると橋の真ん中がパカッと開く跳ね橋でしたね。奇しくも写真に船が写っていますが、このように船がやってきたら開いていたんだろうなって、想像してみてください。まぁ、屋形船くらいでは想像もつきませんが・・・。 橋がパカッと跳ね上がる部分を拡大してみました。 さらには、そのパカッと開いていた場所にも行ってみました。門型の架線柱のようなところから二手に分かれていたんですね。 近寄ってみるとこんな感じ。この道路(晴海通り)には、かつて都電も走っていたとか・・・。 ちょうどここから二手に分かれるみたいですね。 橋の欄干側はこんな感じ。パカッと分かれるわけですから、その部分は欄干は当たり前ですがありません。 さて、橋を動かすための詰所のようなものが二箇所ありまして、これがその一つです。 そして、もう一つ。作りも立派なものですね。 窓ガラス越しに、装置らしきものがみえました。整備するには、かなりかかりそうな年代物のように見えました。 この勝鬨橋が完成したのが1940年だそうですが、その後道路の交通量が増えたり、船もそこまで大きなものが入ってくることがなくなったのか、1970年を最後に開かなくなったそうです。そして、1980年には電力供給も止められてしまって、実際には開くことができないそうです。 開けようとすると、巨額の費用がかかるということで、現実的には「開かない跳ね橋」になってしまっています。でも、こんな立派な橋が今でも見られるというのはいいことだと思います。 私は、間近で見るのは初めて、いつか行ってみたいと思いながらなかなか行くことができなかったので、今回行くことができてよかったです。
2015年05月12日
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大阪市を廃止して5特別区を設ける「大阪都構想」の賛否を問う住民投票(17日投開票)を前に、読売新聞社は8~10日、大阪市内の有権者を対象に世論調査を実施した。 都構想の賛否は、4月上旬の前回調査では拮抗(きっこう)していたが、今回は反対が賛成を上回った。しかし、終盤に向けて推進派、反対派の運動は激しさを増しており、情勢は変化する可能性もある。 区割りなど制度案の内容を「知っている」とした人は、「よく」「ある程度」を合わせて66%と、4月(計57%)から9ポイント増。区割り案については、反対50%が賛成34%を引き離した。都構想への反対が広がったのは、区割りの周知が進んだことも背景にあるとみられる。 都構想の賛否を支持政党別にみると、推進派の橋下徹市長が最高顧問を務める維新の党支持層は約9割が賛成。府連が反対姿勢の自民支持層は反対が約5割、賛成が約4割と割れた。【読売新聞ネット版から引用】 私は大阪市民じゃないからこの住民投票には参加できないけど、実際にどうなるんだろうって思っています。現状維持するか、改革するか。読売新聞の調査では現状維持を示す「反対」が多いようだけど、まだ決めかねているという人が大半かと。 っていうか、橋下がいうように反対派の意見がなぜ反対なのか、っていうところがよくわからないし、それ以上に橋下の今の大阪市のままではダメというのが一番よくわからん。ダメなんだったら、それを改革するようなことをやったんかって思うけどね。せいぜいやったことって、WTCを第二の大阪市庁舎にしたくらいか? それにしても、反対派が自民、民主、共産が集まっているって、全国的にもあまり見られない組み合わせになっているというところに違和感を感じるし、前出の調査でも現状維持の意見を示しているのは、「とりあえずやらせてみよう」ということで、民主党政権があまりの体たらくだったから、有権者もあんな思いはしたくないって思っているんじゃないかな。 まだ決めかねている有権者が多いみたいだし、最後にはどうなるかわからないけど、あの橋下のニヤけたツラをみる(=賛成票が多い)のは嫌だなぁ~ もし仮にそうなったとしても、「大阪都」というネーミングはないわ~ 名称変更は国会の議決が必要となるみたいだけど、橋下のことだから、名称を変えるために国会に出る、なんていう調子に乗ったことを言わないかなってね・・・。 それはさておき、大阪市民のみなさんは、せっかくの機会ですからよく考えて投票してくださいね。
2015年05月11日
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先日、私が東京から帰ってきた日に、妻から驚きの話が。 「サンバーのルームミラーが突然落ちた・・・。」ルームミラーって、普通は落ないものだけど、って思いながらみてみると、両面テープで止められていたルームミラーが・・・。とりあえず様子をみてみると、こんな感じでした。 ルームミラーをとめていたネジが見えますね。 落ちてしまったルームミラーです。 さて、どうするか。このままでは運転できないということだし、そもそも車検も通らないだろうしね・・・。ちなみに、私の場合は、ルームミラーがなくても運転できますが。っていうか、デリカのリアガラスには、カーテンをとりつけていてルームミラーから後ろは見えません。見えなくても、サイドミラーで運転できますし。 こんな時に役に立つのが、ネット情報。「サンバー ルームミラー 脱落」で検索してみると、私と全く同じような症状になってしまって、このように修繕したという話が複数掲載されていました。 おぉー、全国のサンバーファンのみなさん、ありがとう! その貴重な意見を参考にして、修繕することにしました。 それによると、まずは車体側に残ったネジを取り去ることから始まります。このネジって、まさかの「プラネジ」なんですよ。プラネジだから、熱などで劣化してきたんでしょうね。っていうか、こんなところにプラネジなんか使うか? このあたりが富士重工の変なこだわりだったりします・・・。 ただ、このプラネジ、なかなかしぶとくて取るのにかなり時間がかかりました。プラスのドライバーを突っ込んで、無理やりひねるまくって取りました・・・。 プラネジの取り去ったあとの状況です。ここに再びネジを差し込んでルームミラーを取り付けます。その新しいネジとは・・・。 これです、普通の「さら小ネジ」。大きさも、このM8×25のピッチが1.25のものです。家の近くのホームセンターにはなかったのですが、大きなホームセンターで見つけました。 こんなネジで取り付けられるのかを、って思いましたが、サンバーファンの方の書き込みにはこれで取り付けられるとのこと。半信半疑でやってみました。 なんと、ぴったりとつきましたよ! これで二度と落ちてくることはないです。っていうか、富士重工も、最初からこのようなネジでつけといてくれよ・・・。ちなみに、今、新車で販売しているサンバーは、ダイハツで作られているハイゼットのOEMなのでこんなことはないだろうけど、富士重工で最後までつくられていたサンバーも、もしかしたらプラネジだったのかな? とりあえず、きちんと復活してよかったです。
2015年05月11日
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今日は、母の日でしたね。いつもは母の日に花とかケーキなどを上の子どもと共同でプレゼントしているのですが、今日は私が野球の試合、上の子どもは模試ということで行動がバラバラだったし、意志の疎通を欠いておりました。それが結果的にはあまりよくなかったようで・・・。 私は、元々野球の試合が終わって家に帰ってから、上の子どもが帰ってきてから一緒に何か考えようかと思っていたのですが、今朝たまたま妻が片付けものを一生懸命やっているのをみて、先日、妻がお気に入りの神戸・西神中央のパン屋さんのパンが食べたいという話をしていたのを思い出して、野球終了後に買いに行くことにしました(ちゃんと予約もしておきました)。 上の子どもは、模試が終わってから花屋さんで、ベタですがカーネーションを買うことにしたようですが、その費用は自分のお小遣いから支出することにしてみたいです・・・。 さて、結果的には、妻を喜ばせるというよりも、困惑しておりました。すなわち、私の場合はパンを買いに行くために西神中央まで移動したこと、上の子どもの場合はその花のお代で参考書とか買ってもっと勉強して欲しかった、ということでした・・・。まぁ言わんとしていることはわかるんだけど、偽らない妻への感謝の気持ちだったんだけどな・・・。 これが上の子どもがプレゼントしたカーネーションです。多分、花屋さんでいろいろ考えて買ったんだろうけど、今はもっとしなければならないこと(=受験勉強+剣道)がある、と小言を言われていまして、シュンとなっておりました。 まぁ気持ちはわかるけど、そこまで言わんでもいいやん、って思いました。 ちなみに、これがその西神中央のパン屋さんのパンです。妻曰く、「ここの食パンが今のところ一番おいしい」とのこと。っていうか、ここのパンはそんなに高くないのに、どのパンもおいしくて、この写真のパンは上の子どもがお気に入りのベーコンエピです。 今日は母の日だったけど、私も上の子どもも、もう一つすっきりしない気分でした・・・。
2015年05月10日
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今日はとてもいい天気で、気温が高かったです。そんないい天気の日、私にとっては3月以来の草野球の参加となりました。仕事が4月から変わったこともあって、なかなか参加できませんでした。今日は、リーグ野球道という公式戦で、11人が参加していまして賑やかでした。 今日の試合相手はghさんで、T16さんが先発し、私は久しぶりのサードで出場でした。サードを守るのはホント久しぶりで、2つもエラーをやってしまいました。幸い失点にはつながらなかったのですが、長いことサードは守っていないからね・・・。 試合の方は、1回表に1点取られてしまいましたが、2回にN4さんのタイムリーと私のボテボテサードゴロの間にもう1点追加して逆転。続く3回にもY30さんのタイムリー内野安打で1点をあげて3-1。その後は私のまずいプレーもありましたが、T16さんが要所をしめて相手に得点を与えませんでした。 6回裏には、相手投手の乱調と打線がつながって、T16さんやN4さんのタイムリーなど一挙4点をあげて、結局は7-1で勝ちました。 ところで、このブログにはアップしていませんでしたが、3月15日にも練習試合を行っておりまして、今日はその試合以来の参加でした。ちなみに、その練習試合は6-0で負けているのですが、その試合では2イニングをピッチャーとして登板しました。キャッチャーはフルスイングさんと組みましたが、まっすぐだけではなく、変化球(適当に曲がるカーブと沈むツーシーム系)を投げて1失点(1自責点)でしたが、無四死球でした。バッティングセンター状態でしたけど、まぁ私ならこんなもんでしょう、ということで(苦笑)。 【今日の成績】 1打席目 三ゴロ 2打席目 中飛 3打席目 三振 20打数6安打7打点3三振2四死球 打率.300
2015年05月10日
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私のデリカSWは、今年で20年目を迎えました。1996年5月にやってきたデリカSW、走行距離は193千kmとなりました。今回の車検では、2回目のタイミングベルトの交換ということで、263,000円もかかってしまいました・・・。でもまぁ、26万円で新車は買えないし、中古車でも欲しいクルマはないし、デリカSWを超える車はないですね。 車検はいつも点検をお願いしている西宮市の三菱のディーラーへ持って行きました。奈良から西宮へ移動するのは遠いのですが、西宮は以前に住んでいたところなので、家に帰るつもりに感じて遠くは感じないのです。 さて、車検期間中の代車は、三菱のekワゴン(B11W型・3代目)を借りました。2013年に登場した現行型で、アイドリングストップ機能とかカーナビもついているし、デリカSWとは全く様子が違います、当たり前ですが・・・。それに、意外とパワーがあって、室内も広いし、一人で乗るには十分の性能でした。 こんな形です。ナンバープレートは消していますが、神戸ナンバーです。神戸ナンバーは、いいですね。私のデリカSWも、西宮に住んでいるときは神戸ナンバーでしたが・・・。 私のセカンドカーのサンバークラシックと並べてみました。サンバーは1994年式ですが、20年の差は大きいですね。
2015年05月09日
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たくさん収穫しているうすいえんどう、今日収穫した分を実家の母親に持っていくことにしました。 こんな感じでたくさんとれました。(この写真は、6日に収穫した時の写真ですが・・・) 実家の母親は、うすいえんどうを見ると「うれしい~!」と喜んでいました。母親はうすいえんどうが好きで、この時期はよく豆ご飯をつくってくれていました。でも、私の弟は豆ご飯が嫌いだったのですが・・・。 母親は大喜びで、仏壇に供えいました・・・。そこに供えなくてもって思ったのですが、亡き父も喜んでいたのかなってね。
2015年05月09日
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両親の死後、生存していると偽り年金を不正受給していたとして、岐阜県警は7日、同県恵那市長島町正家、無職鈴木光枝容疑者(86)を詐欺と有印私文書偽造・同行使容疑で逮捕した。 鈴木容疑者の父親(当時65歳)は1968年7月、母親(当時60歳)は65年4月にそれぞれ死亡しており、不正受給は約50年間で総額約5100万円に上るとみられる。 発表によると、鈴木容疑者は2013年と14年の2月、日本年金機構(旧社会保険庁)から父親宛てに届いた現況確認書類(現況届)に父親が生存しているかのように記載。13年4月~14年12月、計11回にわたり同機構から厚生年金など約262万円をだまし取った疑い。鈴木容疑者は「全く身に覚えがありません」と容疑を否認しているという。【読売新聞ネット版から引用】 50年近くも年金だまし取っていたばーさんが捕まったみたいだけど、よく今までバレなかったんだなってね。どうやって役所を騙してきたんだろう? 本文の内容によると、現況届に生きているように記載していたっていうけど、1968年に亡くなった父親というのが当時65歳。当時65歳というと、1903年生まれというと明治36年生まれ、私の亡き祖父と同じ生まれと年です。今生きてたとすると、112歳ですからね。100歳以上のお年寄りは時々おられますが、110歳を超える年齢になればかなり少なくなるので、地元でも有名なはずなんですけどね・・・。 騙したばーさんに対して、騙された社保庁。まぁ、社保庁がしっかりと確認していなかったのが原因でしょうね。年金の不正受給は、これまでにも多くの例があったと思うのに、それに対する対応をしていなかったということですね。数が多すぎて対応できないということなのかもしれないけど、もっと確認にしようがあるんじゃないのかってね。 それにしても、社保庁を騙していたばーさんのコメント、「全く身に覚えがない」だと? ほんなら、社保庁へ現況届け出しているんだけど、これについてはどう説明するんだ? 身に覚えがあるだろうが! 耄碌してんじゃねーぞ、バカタレ!! 社保庁もこんなばーさんに騙されていたんだから、しっかりと取り戻してくれよ。 ところで、年金じゃないけど生活保護だって、似たりよったりでしょ。身内が不正受給していたにもかかわらず、何食わぬ顔で相変わらずテレビにでている芸人もいるしね。ホント、こんな不正が許されてええんかよ~
2015年05月08日
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上西小百合衆院議員が国会を「病欠」した前後の行動が問題視されて維新の党を除名されたのは記憶に新しい。上西氏は平成27年度予算案の採決を行った3月13日の本会議を「病気」で欠席した。前夜には複数の飲食店を訪れており、国会議員としての責任感の欠如を白日の下にさらした。 維新幹部に限らず、与野党各党は「けしからん」の一色に染まった。そういう国会議員たちは当然本会議に毎回出席しているのだろう。 ところが、驚くべきことに衆院は本会議の議員の出欠を公式に記録していない。憲法56条1項には「両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」とある。「国民の選良である議員が本会議を休むはずがない」との前提で、「3分の1以上の出席」は目視で判明できるということなのだろう。 (中略) 宮沢洋一経済産業相による法案の趣旨説明が始まる。それが何かの合図のように10人以上が一斉に離席し始めた。 最前列に座る民主党の若手女性議員は、真っ先に自民党議員の席へ。ある自民党議員は野党議員の席を訪ね、書類を片手になにやら話し合いを始める。与野党議員間の立ち話が実に多い。連れだって外に出ていくケースも多数。本会議は「原則」議員が全員出席するので、約束なしでもその場で直接話し合いができる好機なのか。それにしても、全く場所をわきまえていない。 (中略) 宮沢氏の趣旨説明が終わる。自民党中堅が足を組んで文庫本らしきものを読み始めた。衆院規則は「議事中は参考のためにするものを除いては新聞紙及び書籍等を閲読してはならない」と定めているが…。 自民党の田中良生氏が質問に立つ。このころになると、外に出ていく者がさらに増える。維新若手議員は雑誌を開いたまま、頭を揺らし始めた。何分たってもページはめくられない。 (中略) 首相が答弁し、続いて宮沢氏が答弁する。携帯やタブレットを操作する者多数。自民党中堅は「歩きスマホ」のまま外へ。 (中略) 以上が、憲法で「国権の最高機関」と位置づけられた国会のごくありふれた日常の一コマだ。記者席からは本会議場を一望できず、移動しながら目視で数えたので欠席数は正確ではない。ただ、最初から最後まで「席を立たない」「議事と関係のない本を読まない」「携帯電話・タブレットをいじらない」といった当たり前の規則を守った人は、どうみても全体の1割(47人)以下だった。無法者の集まりかと見まごうほどだ。 学校でさえ出欠を確認するのは当たり前だ。授業中に勝手に席を立ってしゃべったり、教室を出ていったり、授業と関係ない本を読んだり、携帯電話をいじったりしている生徒を国会議員はよしとするようだ。 ましてや国会議員には、税金で年間3000万円以上の歳費が支給される。本会議への皆勤出席は最低限の責務であり、重篤な病気や国際会議出席などの外遊などを除いて本会議に出ない選択肢はあり得ない。もし形式的な本会議への出席に意味がないというなら、ルールを変えて別のまともな議論の場を設けたらいい。【産経新聞ネット版から引用】 先月末まで地方議員の選挙がありましたが、普段から駅などで国政(または市政)報告会なんかをやっている議員以外は、選挙の時「だけ」地元で名前を連呼するだけ。そして、組織票やら何やらを駆使して、とにかく当選してしまえば、これまでどおりいい生活できるわけですからね。その選挙期間だけが必死なわけです。 そんな思いをして当選した議員が、本来の仕事である国会や議会でどんなことをしているのか。まぁ、本文にあった上西とかいうヤツに負けず劣らずなヤツばかりいるみたいでね・・・。「けしからん」という声があるみたいだけど、そんな文句も言えんやろ、って思うけどね。 実際の本文には、もっと細かく書いてあったのですが、目に余る事例だけ抜粋しましたけど、みなさんが選んだ国会議員は、一票の重みなんてこれっぽっちも感じていないそうです。そして、本来の仕事をせずに、何をしているかというと、学生で言う「授業サボって」いるわけですな。 本文の最後の方にありましたが、こんな状況でも年間3000万円の歳費が払われるわけですよ。ホント、こんなの許されるわけないですよね。 でも、逆にいうと、選挙にさえ落なかったらおいしい仕事だな。選挙期間だけ、コメツキバッタのように頭下げていたらいいわけだし、当選したら別に国会に出なくても歳費はもらえるし、どうしても国会にでなければならなくても、チョロっとでたらいいわけだし、それで誰にも文句は言われないわけだし。そりゃ、どの議員も選挙は必死になるわけだ、落ちたらこんな楽な商売、できなくなるもんね。 それはさておき、産経新聞もここまであげてくれるなら、議員の名前もついでに晒してくれよ。また、NHKの国会中継だって、質問者と答弁者だけを映すのではなく、その他の議員席も映して、居眠りしているやつとかそもそも席にいないヤツの名前を晒してやればいいんですよ。これは、名誉毀損にも何も当たらないでしょ、だって「仕事していない」んだし、そんな状況で歳費を得るなんて、詐欺みたいなもんだしね。 国会議員がこんな感じだから、地方も似たようなものでしょ。だいたい無駄に人数が多いんだよ、公務員の数を減らすよりも、議員定数を減らす方が先なんじゃないかってね。サボっている連中が多いわけだし、その方が国民も納得するでしょう。
2015年05月07日
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先日の東京での研修において、献血にも行ってきました。場所は、秋葉原にあるakiba:F献血ルームです。東京では、有楽町とスカイツリーのあるソラマチ、立川で献血したことがありますが、秋葉原は初めてです。秋葉原は、かなり以前に行ったことがありますが、献血ではありません。っていっても、メイド喫茶とかでもありません。どんなところだろうっていうことで行ってみましたが、私には異次元に映りました(苦笑)。 そんなわけで、秋葉原に降りるのはホント、15年ぶりくらいかな。電気街口から南へ進むと献血ルームはすぐにわかりました。この日は日曜日だったこともあるのですが、結構混雑していました。まぁ、事前に予約していたので、私には問題なかったのですが・・・。 献血ルームに入って驚いたのが、フィギアの類がいっぱい展示されていて、また漫画や雑誌の量が半端ないくらいありました。なるほど、献血に来る人はこのあたりにも楽しみがあって、やってきているのかもしれませんね。それはそれで、いいと思います。 献血ルームの雰囲気も、近未来的な空間になっていました。最近の新しい献血ルームは、ホント雰囲気がいいですね。ちなみに、akiba:F献血ルームの「F」とは、futureの意味だそうです・・・。 さて、献血は成分献血でしたが、その成分献血をするための注射は、いつもの左腕ではなく右腕に。っていうか、関東(特に東京)で献血するときは、なぜか右腕に行うことが多いのです。今回も両腕の血管をみてもらったのですが、「右腕の方がいいです」とのこと。大阪など関西では左腕の方が多いということを話したのですが、「う~ん、右腕だと思いますけどね・・・」とのことでした。周波数が50Hzと60Hzで違うように、私の血管も50Hzエリアだから変換しているのかなってね。 結果の方は、いつもどおりコレステ君が200オーバーながら数値は下がってきたし、ほかの数値も安定していました。そろそろ次回が行けるタイミングになっているので、またがんばって行ってこようと思います。 ところで、ちょうど今日から神田明神のお祭りで有名な「神田祭」が始まっているそうですね。私はこち亀などでしか知らないのですけど、その神田祭のポスターが献血ルームにも掲示されていました。でも、そこはakibaということもあって、このようなキャラになっていましたよ。
2015年05月07日
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私がガラケー愛好家なのはこのブログでも載せたことがありますが、妻と上の子どもは2013年3月からスマホを使っております。しかし、スマホって使い方にもよるのですが、意外と高いんですよね。ネットをやったりすると特にそうなります。私の場合、ガラケーなのにネットを使いますから6000円近く払っているんですよ・・・。 ところで、ガラケーからスマホへの乗り換えはよく聞きますが、その逆はあまりないのではないでしょうか。もちろん、スマホにしてみたけど、あまり魅力を感じなかったりして戻すことがあるかもしれないのですが、それもごくわずかかと思います。 しかし先日、妻から「ケータイのプランを見直したい」という話を受けて、今日近くのauショップへ行きました。現在の使用状況を見てもらった結果、あまりネットを使っていないことからスマホである必要がない、という結論になり、ガラケーへ戻すこととなりました。 ちなみに、スマホがラインナップされるまでは、各社ともガラケーを供給していたのですが、auでは京セラの1社だけになっているとのこと。機種も2種類しかないとのことで、結局は「GRATINA2」という機種になりました。http://www.au.kddi.com/mobile/product/featurephone/kyy10/ スマホはiPhoneだったので、データ移行はうまくできないらしく、電話帳などは再び手入力する必要があるそうで、苦労しながら再び入れていました。でも、LINEがやってくることがなくなったので、不便なところもあるけど割り切ったらいいかなって話していました。 さて、私の方はというと、先日ケータイの電池を更新したところだし、取り立てて不便なところはないので引き続き今のガラケーを使っていくこととしています。でも、今日auショップに行って新しい機種をみていると、ガラケーと同じタイプでスマホ仕様になっているものがあるんですね。すなわち、画面をスライドさせて使うのではなく、ボタン操作をするものですね。話には聞いていたのですが、そんなスマホがあるのかって思いました。 まぁ、今のガラケーは結構丈夫なので、壊れることはないとは思っているのですが、もし使えなくなった場合の選択肢が増えたからいいかなってね。つまり、基本線はガラケーで十分なのですが、ガラケータイプのスマホがあるなら、ちょっと考えてもいいかなってね。 そんな今使っているガラケーも、8年目に突入ですわ~
2015年05月06日
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今日も快晴だった奈良地方です。 今日は、昨日に引き続き畑へ行きまして、うすいえんどうを収穫しました。去年の種植えから地道に育ててきましたが、ようやく食べられるまでになりました。 写真は使い回しですが、こんなに大きくなったうすいえんどう。おとなりさんの畑のYさんの話では、亡き義母さんも上手にうすいえんどうを作っていたとのこと。しばらく豆類を作っていなかったから、こんなによく成長したんでしょうね。豆類は連作障害が出やすいと言われますからね。 収穫したうすいえんどうです。サヤがパッツンパッツンに張っていて、サヤに空気が入っていなくて隙間がないのを選んで収穫しました。妻の話では、もう少し早く収穫してもいいようです。あまりパッツンパッツンになりすぎると、豆が硬いようで・・・。 収穫したうすいえんどうは、昼食に豆ご飯にしていただきました。この時期はやはりこれですよね。自分で育てたものだから、感激ですわ~ それから、じゃがいもも順調に育っていて、今日土寄せをしました。ほかの畑のじゃがいもをみると、結構草丈が大きくなっているんですが、うちのはそこまでではない。やはり、この畑ではじゃがいもはむずかしいのかなってね・・・。
2015年05月05日
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先日来、このブログで紹介している小湊鉄道のキハ200型。国鉄のキハ20系に酷似した車両ですが、小湊鉄道オリジナルの車両として、1962年(昭和37年)から1977年(昭和52年)の間、断続的に製造されております。製造期間が長いので、若干のマイナーチェンジが行われていますが、その様子がわかりやすい編成がこの日運転されていました。 小湊鉄道の終点、上総中野駅に停車中のキハ200型です。 この編成は、上総中野側にキハ214と五井側にはキハ203が連結された2両編成でした。 さて、車内は先日のブログにも載せましたが、ロングシートの座席が並んでいるのは同じなので、そんなに特徴というものはありませんが、窓やテールランプに違いがあります。 まず、1962年(昭和37年)に製造されたキハ203の窓は、窓枠のところにRがついていますね。国鉄の車両でも、103系や113系などの初期製造分はこんな感じの窓でした。 それに対して、1977年(昭和52年)に製造されたキハ214の窓は、窓枠のところが四角くふちどりされたような感じになっていますね。これは、「ユニット窓」とよばれるもので、国鉄の車両でも急行用の車両では使われていましたが、通勤用の車両に使われるようになったのは1972年(昭和47年)以降のモデルからでした。 ところで、この上段の窓は上に引き上げて開くようになっていますが、上のキハ203と下のキハ214では窓の取っ手の数も違っていますね。とても細かいことですが・・・。 それから、テールランプも製造時期によって異なっています。 これは一目瞭然ですよね。左側がキハ214、右側がキハ203なのですが、製造が新しいキハ214はテールランプが出っ張った形(外ハメ式)、それに対してキハ203は内ハメ式となっています。 テールランプの電球の球切れの場合には、外ハメ式ならその名のとおり外から電球を交換することができるのですが、内ハメ式は車体の内側、すなわち運転席の足元で取り替えるというやや面倒な作業となります。このため、国鉄の車両の中には、内ハメ式を外ハメ式に改造したものもありましたが、このキハ214は製造当初からこのスタイルのようです。 ちょっと細かい内容かもしれませんが、鉄道の車両ってみんな同じように見えるけど、意外な発見があって面白いものなんですよ。
2015年05月04日
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GWの私の楽しみの一つ、映画を見に行ってきました。天気ももう一つだったし、ちょうどよかったかなってね。この時期に見に行く映画といえば、私の場合は「劇場版名探偵コナン」と決まっておりまして、今回は「業火の向日葵」です。http://www.conan-movie.jp/index.html 今回の話は、かつて戦火で消失したと言われていたゴッホの名画「ひまわり」をめぐる話なのですが、お馴染みの流れもあったりして楽しめました。私が好きなキャラクターの灰原さんも、いつもどおりグサッときつい一言を見舞っておりました(笑)。 さて、いつも映画をみるのは、家の近くにある西大和の映画館なのですが、今回は橿原市のTOHOシネマへ行きました。ここは、奈良県唯一のTOHOシネマで、座席がゆったりとしてよいという評判を聞いたことがあったため、行ってみることにしました。 橿原市のTOHOシネマって、イオンモールアルルの中にありまして、イオンモールには何度も行ったことがあるんですけど、映画は初めてでした。チケットは、予めネットで座席指定をとっていましたし、映画館では予約時に使用したクレジットカードがなくても、予約番号と電話番号で発券可能ということでかなり楽でした。 座席は、評価通り少し幅が広くて、背もたれもゆったりしていて座り心地がよかったし、座席の前後の間隔も広かったです。 ところで、GWということとショッピングセンターにある映画館ということでかなり混雑していました。昼頃という時間帯の関係もあったのかもしれませんが、大勢の人が押し寄せて昔よく言われた「娯楽の王様」なんて言われた頃の映画館、という感じでした。
2015年05月04日
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小湊鉄道を訪問した際に食べたものは、次のとおりでした。なかなか素朴で美味しくいただきました。 まず、昼食としてこのお弁当です。これは、JR五井駅から小湊鉄道へ乗り換える連絡通路のところにあります。前回に訪問したときは、いすみ鉄道から小湊鉄道への片道移動だったので、このお弁当を食べることはできなかったし、その前に訪問したときは存在を気にしつつも買っていませんでした。 今回、先月23日にアイボールした府中在住のKさん(Kさんは複数おられるので、こちらでよばせていただきます)から情報いただいたこともあって、買い込んで養老渓谷駅のベンチで食べました。 見た目からもわかるかもしれませんが、ボリュームがあってこれで500円でした。朝ごはんを食べずに動いていたので、やっとありつけた、って感じでした(笑)。 それから、里見駅から五井駅方面へ歩いている時に見つけたのが、このお店。「功徳庵」です。ちょっと気にしつつも、その時は通過しましたが、夕食をどこで食べようかと考えた際に、このお店のことを思い出して行ってみました。 お店の中は、外側に小湊鉄道の線路が見えるし、小湊鉄道の車窓ビデオも見ることができて、なかなか鉄分の多いお店でした。 そばをがっつり、とも思ったのですが、天ぷらを食べたいということで、天ぷらの定食にしてみました。歩き疲れたし、お腹もすいていたので美味しくいただきました。 小湊鉄道には、これで多分4回目の乗車になるかと思いますが、沿線でこのように食べたことはなかったので、今回はいい旅になったと思います。
2015年05月03日
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昨日はかなり気温があがった奈良地方ですが、今日はそこまでの状況ではなかったものの、やはり天気がよかったです。夕方からは曇り空になりましたが。 今日も朝から畑へ行って作業をしました。ちょうど昨日の昼間に、いつも植物の種苗を購入するお店へ行ったら、サツマイモの蔓を売っていたので、購入しました。そして今日、新農園(町から借りている貸し農園)に植えてきました。 作業途中の様子は省略しますが、新6号畝と新7号畝に植えました。サツマイモは、あまり肥料は必要ではなく、またやや酸性の土を好むということだったので、畝の整備だけやって放置していたこの二つの畝に定植しました。元々は肥料をガッツリ入れた新2号畝と新3号畝に定植するつもりで作業していたのですが、それを思い出したので、作業時間が無駄になってしまいました(苦笑)。 去年とは違う畑だし、植え方も少し変えてみましたのでうまくできるかどうか・・・。しばらくは、水やりの毎日になりそうです(苦笑)・・・。 それから、新1号畝では、大根を植えていたのですが、ようやくいい感じに育ってきました。種から植えて、間引きしてここまでになりました。時期的にはギリギリの時期に植えたのですが、なんとかなりました。この畑は、比較的土がやわらかいので、いい感じに育ってくれたらいいなって思っています。 さて、従来の畑の4号畝に植えているうすいえんどうは順調で、先日試しに一部を収穫してみましたら、ちょっとまだ早かったみたいで、妻からダメ出しを喰らいました・・・。今日分を一部収穫してみると、サヤの状況がパンパンに張っていてちょうどよかったみたいです。実は、たくさんついているので、あとしばらく放置するとともに、状態の良い実から収穫していこうと思います。 また、3号畝に植えているキャベツも、大きくなってきました。少しだけ巻き巻きモードになってきました。白菜のような感じではないですけど、これも売っているようなキャベツみたいになるのかなってね。 それから、玉ねぎは大きいものもあるのですが、やや小さいものが多いような感じです。おとなりさんの玉ねぎはほとんど全て大きいんだけどなぁ。肥料が少なかったかな・・・。 最後に、じゃがいもは一部につぼみがあるものがでてきました。今年は、芽かきをしっかりとやったので、茎もしっかりしているので、たくさん採れたらいいんだけどなぁ・・・。
2015年05月03日
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さて、小湊鉄道の旅は、里見駅から五井駅方面へ歩いていくことにしました。列車の時刻表をみると、列車の間隔が少し空くのと、沿線を歩きながら写真を撮るのもいいかなっていうことで。 まずやってきたのが、里見駅から一駅、五井方面にもどったところにある高滝駅です。 駅はこんな感じの木造の無人駅です。ここでしばらく待つと、上総中野方面への列車が来るので待つことにしました。 昼間の太陽をいっぱいに浴びてやってきたキハ200型、車掌さんが乗務員室から体を少し乗り出していますね。 数人のお客さんを下ろすと出発していきました。このような光景は、かつては日本のローカル線では当たり前のように見られた光景だったと思うし、私も学生時代にいろんなところで見かけたものです。今では、すっかり貴重なものとなっていますね。 さて、ここからさらに一駅分五井方面へ戻ることにしましたが、これがまだ遠い! しかも、歩道がないところもあって、車やダンプに気をつけながら歩いて行きました。先ほどの高滝駅の一駅分五井方面の駅は上総久保駅なのですが、ここにはいい被写体になるものがあったので、それを後回しにしてさらにもう一駅分進んだところにあるのが、上総鶴舞駅です。 この駅は、関東の駅百選に選ばれたことのある駅で、駅舎は大正時代のものだそうです。 また、いろんなドラマやCMでも登場する駅だそうで、昨日紹介した旭化成のサランラップのCMでもこの駅が登場しています。 上総鶴舞駅構内を五井方面から撮ってみました。小湊鉄道は非電化路線なので、架線がありませんから空が広く見えますね。 上総鶴舞駅のホームと駅舎です。 どうです、本当に映画のカットにでてきそうな感じでしょ。これが現役の駅として存在しているわけですから、小湊鉄道ってすばらしいなぁって思います。 しばらくすると、五井方面から列車がやってきました。こういう光景も、ドラマなどの回想シーンなんかでありそうですよね。この列車に乗って、後回しにした上総久保駅へ行きました。 上総久保駅には、大きなイチョウの木がありました。一本だけなのですが、かなり大きいですね。秋には、見事な色彩になっているんでしょうね。 ところで、モデルさんとカメラマンの撮影は、上総鶴舞駅でも行われていました。 二枚上の写真にも写っていますが、このようにいろんなカット割りで撮影されていました。チラッとモデルさんを見たけど、ごめん・・・わかりませんでした。 それはさておき、列車の運行間隔の関係で、結局は里見~高滝~(上総久保)~上総鶴舞~上総久保と歩きました。鉄道の営業距離は5.7kmだそうですが、並行して走る道路は若干距離は異なっていると思うので、それでも6km近くは歩いたのではないかと思います。 なかなか大変だったけど、面白かったですよ。
2015年05月02日
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千葉県の小湊鉄道は、千葉県市原市の五井駅から房総半島のほぼ中央部、夷隅郡大多喜町を結ぶ路線で、ディーゼルカーがのんびりと走る光景は、テレビCMやドラマでも使われているのでご覧になった方も多いかと思います。 昨今のローカル鉄道は、JR・私鉄とも新しい車両を導入したり、他社の中古車両を導入したりしているわけですが、この小湊鉄道では、国鉄のキハ20系に類似のキハ200型を長年愛用していて、今日も活躍しています。その車両と沿線の風景が見事にマッチしているところが、この鉄道の人気のあるところかと思います。 JR内房線五井駅の4番のりばから小湊鉄道が発着しています。 「五井⇔上総中野」と書かれたサボもいい味をだしています。「K.T.K」は「KOMINATO TETSUDOH KABUSIKIGAISYA」の略なのかな? 車内は、国鉄のキハ20系とは異なり、長いロングシートとなっています。 ところで、旭化成のサランラップのCMで、黄緑色のクマが列車に乗り込んで女の子とふれあうというものがありますが、その車両はまさしくこのキハ200型なんです。そして乗り込んでくる駅も、別の機会で紹介するこの沿線の駅なのです。 それからCMだけでなく、この日はモデルさんが小湊鉄道の沿線や駅、車内で撮影を行っておりました。 運転席後ろに向かって右側にセーラー服姿のモデルさん、その前の席にカメラマンが写っていますが、上総大久保駅近くや上総鶴舞駅で撮影をされていました。モデルさんの名前はわかりませんが、かなりたくさんのカットを撮っていましたよ。 さて、話を戻して、この列車に乗ってほぼ中間に位置する里見駅へ。 小湊鉄道の駅は、木造の駅が多くて、これがまたいい味を出しています。 このような駅名標も懐かしいですね。国鉄の駅では、よくみかけたものですが、今では見かけることはないですね。もっとも、国鉄の場合は、その駅が位置している市町村名が入っていて、わかりやすかったんですけどね。 里見駅の構内です。構内踏切があって、なんともいい感じの駅ですよね。駅員さんが手に持っているのは、「タブレット」というもので、端的に言うと一種の通行手形のようなもの。これがないと、列車は走れないのです。小湊鉄道は単線なので、信号とか鍵の代わりということも言えるかな。 五井方面へ行く列車の運転士にタブレットを手渡します。 小湊鉄道では、この里見駅を境として、里見~上総牛久の区間と里見~上総中野の区間で、このタブレットを使って運行されています。 別の角度から、駅員さんが運転士にタブレットを手渡すところです。 タブレットを拡大するとこんな感じ。古いローカル私鉄とか、国鉄でもローカル線で使われていましたし、JRになっても比較的最近まで使われていました。でも、見かけることが難しくなってきましたが、ここではこうして今でも使われています。 こんなのんびりした光景を、満喫することができました。(つづきはまた・・・)
2015年05月01日
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