感動の設計


伝えると、伝わるとの間には大河が流れています。

伝わらないと、存在しないのと同じです。

与えるとにてるかも。。
なにかを与えても受け取らなければ、無いのと同じですしね。

じゃあ、どうしたら伝わりやすくなるのか?
しかも、感動をわかせるくらいに。

■満足ってどんなこと?
満足とは『期待=実感』ということです。
クレームになるのは『期待>実感』となるからです。

逆に『期待<実感』となった瞬間、『感動』となるのです。
さらに『感動』が大きくなると『感激』となり、
『感激』がさらに大きくなると『感謝』となります。

『満足』とは文句を言われないように気をつけてる状態ともいえます。
実感と期待を同じにするため、できるだけトラブルをさけます。
そうすると、みんな同じようなこと、ものばかりになってくるので
同じ物なら安い方がいい!!
ってことで泥沼の低価格スパイラルに。

■物造りしている人はわかるとおもいますが、
なんだかんだいっても、価格と品質は比例します。
同じ性能で、低価格なのではなくて、
文句が出ないくらいの品質までおとして、安い値段なんですね。
だから、ある一定まで品質をさげたらそれ以上、品質を落とせなくなるので
値段もそれ以上さげられなってくるわけです。

スペックを落とさずに設計の方でなんとかするってこともできますが、
それでも、やっぱり無理はでてくる。

この薄利多売のひずみはいろんな所にでてきている気がします。
っと、話がそれてしまいました。

■期待よりもすこしでも実感が上回ることで、
感動となってあいてに伝わりやすくなる。

伝わりやすくする方法について、

■伝わりやすくする方法
それは『脚本』、『演出』、『表現』を工夫すること。

●まずは『脚本』をつくる。
つかみ→メイン→クライマックス
この3つにまとめることで、
「おやっ」と興味をひかれ、
「まあっ」と驚きがおき、
「へ~」と納得する。
起承転結なんてやってると、途中で飽きちゃいます。

●つぎに『演出』を考える。
おもいがけなさを演出することで、エンターテイメント性があがる。

たとえば、なにかやるにしても、現象を先にいわない。
また、同じことをなんどもやらない。
何度も同じことをやって、自分が飽きてくると、当然みてるひともあきてくる。

常にチャレンジし進化させていく。
自分がたのしいと思わない、あきちゃってることは、必ず相手にも同じ物がつたわってます。

●最後に『表現』をきたえる。
その場にあった、その場の表現をこころがける。
事前に決めたことをやるだけだと、その場の雰囲気や場の流れにそぐわないことをしてしまいがち。
自分をオープンに保ち、場の流れをつねによみとる。
セルフキャスティングなどで、セルフイメージをあげると効果的。

子供は今、その場に生きているので表現力はバツグン。
型にはまった表現では、豊かな表現力は生まれない。
今、このときにあった、今、このときの表現を!

■『真(まこと)の花』
『真の花』は一生そのひとの中に咲き続ける、感動の花。
ずっと咲き続けるその花は、人に語りつがれ、その種を広げる。


わたしを見守るひとがいる
(『こころのチキンスープ13 ほんとうに起こったラブストーリー』より)

バスの乗客は、白い杖を持った美しい若い女性が慎重にステップをのぼってくるのをはらはらしながら見守っていた。
彼女は手探りで座席の位置を確かめながら通路を歩いて、運転手に教えられた空席を見つけた。
座席に腰を下ろすと、ブリーフケースを膝に載せ、杖を脚によせて立てた。

34歳のスーザンが視覚障害者になってから1年になる。
誤診のために視力を失って、彼女は闇と怒りと苛立ちと自己憐憫の世界に突き落とされた。

ひと一倍独立心の強い女性だったのに、残酷な運命のいたずらのせいで、ひとの助けを借りなければならないのが辛かった。
「どうして、こんな目にあわなければならないの?」彼女は怒りに胸をつまらせて嘆いた。
だが、いくら泣いてもわめいても祈っても、辛い現実が変わるはずもないことはわかっていた。視力は2度と回復しない。

以前は明るかったスーザンの心は、重い鬱の雲に覆われた。
毎日をやり過ごすだけでも、苛立ちや果てしない疲労の連続だった。
彼女は必死の思いで夫のマークにすがった。

マークは空軍の将校で、心からスーザンを愛していた。
視力を失った彼女が絶望の淵に沈み込んだとき、マークはなんとか妻にもういちど力と自信を取り戻させよう、もういちど独立心を回復させてやろうと決意した。
軍人であるマークは、扱いの困難な状況に対処する訓練を充分に受けていたが、その彼でさえ、これはこの上なく厳しい闘いになることを知っていた。

ついに、スーザンは仕事に復帰する決心をした。
だが、どうやって職場に通ったらいいだろう? 以前はバスを使っていたが、ひとりで街に出るなんてもう怖くてできない。
マークが、毎日車で職場まで送って行こうと申し出た。2人の職場は街の反対側に分かれていたのだが。
はじめ、スーザンは喜んだし、ほんのわずかなことにも大変な思いをしている妻を守ってやりたいというマークの気持ちもこれで満たされた。

ところがしばらくすると、マークはこのままではいけないと気づいた。
そんなことを続けるのはどう考えても無理だったし、負担が大きすぎる。
スーザンはひとりでバスに乗ることを覚えなければいけないんだ、とマークは自分に言い聞かせた。
だが、彼女にそう言うと考えただけで、彼はひるんだ。それでなくても頼りなく、怒りにさいなまれているのに。
そんなことを言われたら、どうなるだろう?

マークの予想どおり、またバスに乗ると考えただけで、スーザンは震え上がった。
「目が見えないのよ!」彼女は苦々しく答えた。
「どうすれば行く先がわかるの? あなた、もうわたしの面倒を見るのがいやになったんだわ」
こう言われてマークの心は傷ついたが、しかしなすべきことはわかっていた。

彼はスーザンに毎日、朝晩いっしょにバスに乗ってやると約束した。
彼女がひとりで大丈夫と思うまで、どんなに時間がかかっても。

そのとおりになった。
まる2週間、軍服を着て支度を整えたマークは、毎日スーザンの送り迎えをした。
残った感覚、とくに聴覚を働かせて、自分の居場所をつかみ、新しい環境に適応する術をスーザンに教えた。
バスの運転手ともなじみになり、彼女に気を配り、座席をとっておいてもらえるようにした。
そのうちに、スーザンも笑い声をあげるようになった。バスを下りるときにつまづいたり、
書類が詰まったブリーフケースを通路に落としてしまうといった運の悪い日にすら、笑顔が出るようになった。

毎朝、2人はいっしょに出かけ、それからマークはタクシーでオフィスに向かった。
車で送迎するよりももっと費用がかかったが、マークは時間の問題だと知っていた。
スーザンはきっとひとりでバスに乗れるようになる。彼はスーザンを信じていた。
視力を失う前の、何があっても恐れずに立ち向かって、決してあきらめなかったスーザンを。

ついに、スーザンはひとりでバスに乗ると言いだした。月曜日になった。
スーザンは出かける前に、夫であり親友でもあるマークの首に両腕をまきつけた。
彼の誠実さと忍耐と愛を思って、スーザンの目に感謝の涙があふれた。「行ってきます」。2人は初めて、べつべつに出勤した。
月曜日、火曜日、水曜日、木曜日……。毎日は無事に過ぎていき、スーザンの気持ちも、かつてなかったほど明るくなった。

やったわ! 自分だけで出勤できるんだ。

金曜日の朝、スーザンはいつものようにバスに乗った。料金を払ってバスを下りようとしたとき

運転手が言った。「あんたはいいねぇ」

スーザンは、まさか自分に言われたのではないだろうと考えた。
いったい誰が目の見えない女性をうらやむというのだろう。この1年をやっとの思いで生きてきたというのに。
不思議に思って、彼女は運転手に聞いた。「どうして、いいねぇなんて言うんですか?」

運転手は答えた。「だって、あんたみたいに大切にされて、守られていたら、さぞかし気分がいいだろうと思ってさ」

スーザンには運転手の言っていることが全然わからなかったので、もう一度尋ねた。

「どういう意味なの?」

答えが返ってきた。
「ほら、今週ずっと、毎朝ハンサムな軍人が通りの向こうに立って、
あんたがバスを下りるのを見守っていたじゃないか。
あんたが無事に通りを渡って、オフィスの建物に入っていくのを確かめているんだよ。
それから、彼はあんたにキスを投げ、小さく敬礼をして去っていく。あんたはほんとうにラッキーな女性だよ」

幸せの涙がスーザンの頬をつたった。
目には見えなくても、マークの存在がありありと感じられた。
わたしはラッキーだ。ほんとうにラッキーだわ。
彼は視力よりももっと力強いプレゼントを、見る必要などない、はっきりと信じられるプレゼントをくれたのだった。

闇の世界を明るく照らしてくれる愛というプレゼントを。

■私たちはすでに不思議な贈り物をもらっています。
それは『命』。
そしてそれを、生きているということを表現することができることを。

この不思議な贈り物は、あげてもあげてもへらない、
自分を表現したものだけにさかせられる『花』

あなたも、もらう側ではなく
つくる側にまわってみませんか?


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