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人それぞれ、物事に対する考え方や捉え方が違うのは当たり前だけど
それがちょっと並大抵じゃないというか、こだわりや融通の利かなさがすごく目立つ。
だけど本人にとってはそれが「普通」だから、自分のそのこだわりや融通の利かなさによって
周りが戸惑っていることに気づかない。
まぁ俗にいう、『空気読めない』 ってことなんだけど
そんな様子があまりに過ぎると、周りの人は戸惑って距離を置くこともあるだろう。
だけど本人は距離をおかれた事実だけしかわからなくて
「そういうことをする人が悪い、自分は間違ってない、何もしてない」と固執して
どうしてそうなったかがわからない。
でもさ、それじゃあ一緒に「大縄」は跳べないじゃん。
歩み寄らなきゃ。ちょっとでいいから。
自分は「ここで」と思う踏み切り場所を、ちょっとずらしてみると案外うまくみんなと跳べたりする。
それによって感じる連帯感?団結力?って、ちょっと嬉しいと思うよ。
「俺が」「俺が」
「私は」「私は」 って自分を通そうとし過ぎるのは団体では通らないことだよね。
独りで生きてるんじゃないんだからさー
誰だってぜったい、誰かに助けられて生きてるんだよ。
でも別に、自分を変えろとかってことじゃないんだ。
へ~ そういう考え方もあるのかーーー って、そう思う様にするだけ。
あ、そう思うことができないタチなのかもしれないけどさ。
そういう「クセ」が自分にあるってことを知るのは無駄じゃないと思う。
誰が間違ってて 誰が正解か、ってことじゃなく
だけど自分が大正解でもない ってこと。
ウチの息子たちは2人そろってそんなタイプだ。
エン兄は今でも「俺は間違ってない」とよく言うし、自分世界をしっかり持ちすぎているところがある。
それじゃ通用せんよ と思うことも多い。
いろ~~~んな人がいるんだよ。
自分と同じじゃないんだよ。
と言ってもエン兄の場合は、少しづつではあるけど自分と他との違いにも気付き始めてるし
しかも何より、感情を爆発させるタイプじゃないってのが
それが良いとも言えないけど、ヨソ様に迷惑をかけることは少ないであろう。
ただギューの場合はそれに加えて、耳から入ってくる情報を処理するのが苦手。
人が10まで話そうとするところの1・2・3・4・・・くらいのところで
勝手に勘違いして思い込む傾向が強い。
誤解したが最後、そのあとの5以降は脳みその中に入っていかず
勘違いのままで怒ったりしていることが何度となくある。
モヤモヤしてるだけならまだしも、そこでカッとなって喧嘩になることもあるようだし
でも相手はなぜそこでギューが急に怒り出すかが理解できないこともある。
実際、私と話をしている時もそういうことが何度もあった。
よくよく10までゆっくり聞けば理解できないわけじゃないし
話せばちゃんとわかる奴なのに、本当に困ったクセをお持ちだ(T_T)
今はただの喧嘩ですんでるかもしれないけどこのままじゃマズイよな、と親として思う。
だってやっぱり、気持ちの制御って大事じゃない?
カッとなってつい、、、 なんて 紙面に載るのだけは避けたい。
だから、それがその子の特性だ と いつもなんでもかんでも周りが察してあげたり
それにあった対応をしてあげてばかりいては良くないこともあると思う。
うまくいかないことで劣等感を抱いてしまったり
自信が無くなって自己評価が下がったり、弊害もあるかもしれないけど
他との違いに気づきながら己を知って
どうしなければいけないか、自分で考えられる人になってもらわねば困る。
それが特性だからって許されるわけじゃないこともあるし
しんどくてもどうにか世間の荒波に揉まれながら
この先、生きてゆかねばならないのだから。
それを今私はギューに身をもって教えているところです。
まだ14。
されど14。
正直、とっても疲れます・・・パワーがいるのよ、ほんと。
勘弁してほしい、ホントはね。(ちょっと弱気)
「お時さん」ありがとう 2016.07.21 コメント(1)
ゴングを鳴らす父親、止める母親 2015.07.15 コメント(2)