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数日続いたギューと私の“こう着状態”でしたが
ちょっとしたきっかけで話をしなければならぬこととなり、
もちろん相手は思春期&反抗期真っ只中のめんどくさいお年頃なので
時に私も沸騰し、こりゃもうダメだ!と何度も放り投げそうになりましたが
こう着状態を維持するのも ひっじょ~~~~~に疲れるのでね。
まぁそれはたぶん向こう (ギュー) も同じかとは思いますが
どうにかこうにか、和解?するに至りました。
と言って、たぶんきっと (いや、絶対) 似たようなことは繰り返されるのでしょうな・・・
私はそのたび、こうやってパワーを吸い取られるのでしょうね、、、
そしてあと何度目か後には、 「もうどうにでもなれ」と
ある意味、不具合を抱えた丸裸の息子を何歩か下がったところで
見られるようになってるのかもしれません (エン兄のようにね)
だけど私は、まだ14だからしょうがない と言う気持ちと
14のいまだからこそ と言う気持ちがあって、どうしても放っておけない。
潔く?放っておけちゃうコアサがある意味うらやましいなと思うことが最近多い。
「言ったってしょうがないだろ。考えるのは本人なんだから」と
コアサはエンの時もそんな感じだったし今もそう。
ほんとはそれが「丸ごと受け入れる」ってことかもしれないなぁ~とも思うけど
どうしたらいいかもわからずに止まってしまうこと (人) もある (いる) んじゃないか?と私は思う。
特に息子たちのようなクセをもってる子はねーーー、、、
それに私自身、親にあれこれ指図された覚えがない代わりにアドバイスされたこともなく
子供的には自由にさせてもらえたことに感謝してるし放任だったとも思ってないけど
大人になってからいろんな世界があることを知って正直驚いた。
そういうことを、もっと早く知りたかったし誰かに教えてほしかったなぁ~と思ったの。
だけどきっとその時私はものすごく自己中だったし、
自分がやりたいことをすることしか考えてなかったから
そんな私に誰かが何かを言ったところで聞く耳をもってたかどうかは疑問だけど
だけど「知る」って大事だと思ったし 「知らない」ってもったいないなと思った。
まだまだ自分世界がとても狭い彼らだから
わからなくて当たり前だし、迷って当たり前だし、方向転換して当たり前だし
知ったり気づいたりするのも彼らがこの先得てゆくものだけど
私はきっとこの先もこんな感じで鬱陶しく彼らに接してゆくのだろうなぁーー
どーーーんと見守り体制OKな?コアサ
ちょろちょろあれこれ鬱陶しいオッカサン(=私)
そんな構図ができあがっているのを感じる「はつ子家」なのでした。
「お時さん」ありがとう 2016.07.21 コメント(1)
ゴングを鳴らす父親、止める母親 2015.07.15 コメント(2)