海辺のお部屋

海辺のお部屋

2007年12月掲載



 最近、私が脱した状況、それがまさに焦燥感によるうつ状態だった。
1年前の今頃、私は仕事を退職した。発病して5年目となるうつ病が悪化したためだった。
退職前、2ヶ月間入院したが、仕事に復帰できるような状況ではなく、もう少し休みたいと思ったし、
良くなっては早めに復帰して、すぐに悪化。この繰り返しはもうやめたいと思い、しっかり治したい、治療に専念したいと思った。
幸い、結婚していて、旦那の稼ぎでしばらくはなんとかなりそうだと分かり、旦那も退職し、治療に専念するということに賛成してくれた。
自分でも納得の上退職した。(その時はそう思っていた。)

退職し、通院、カウンセリングとこまめに通う生活が始まったが、1ヶ月、2ヶ月と時間だけがすぎていくのに、症状はいっこうに良くならなかった。
家事は思うようにできないし、何もやる気になれない。
毎日寝てばかりいる。
仕事をやめ、家に引きこもるようになって、ますます悪化したような感じがした。
いつになったら良くなるのか、このまま私は何もできない人間になっていくのではないか、不安ばかりがつのる。
周りの友人をみて焦ってした。
自分だけが取り残された感じがした。
仕事もしていない、子育てをしているわけでもない。
私は妻という役割以外に何もない。しかも、その妻の役割さえ全うできていない自分がいる。情けなかった。

仕事がしたくて、病気を隠し、面接に行ったこともあった。
しかし、見学し、仕事の説明を受けただけでやっていけるか不安になって寝込む自分がいた。
仕事は今の状態では無理なのだとようやくわかった。
私の仕事は看護師で、退職したきっかけが自分の症状の悪化により、担当患者が影響を受けてしまい、患者さんをも悪化させてしまったことだった。
今は働くべき時ではない。
私が働くには最低限、自分が健康でなければならない。
ようやくそれに気がついた。また、仕事にこだわっていた自分を深く考えてみると、何かの役割にしがみついていた弱い自分がいた。
看護師という役割によって自分を守っていた。
役割に依存していた。
そのままの自分を認めることができずにいたから、看護婦と言う肩書きにこだわっていたのだと気がついた。
自分の役割がなくなると、自分がなくなってしまうような気がして、取り戻そうと変に焦っていた。
そのままの自分を受け入れない限りこの焦りは続いていく。わかっていても止まらなかった。

 正月、たくさんの年賀状の中の出産報告、子どもの成長報告を見て落ち込む自分がいた。
親戚の集まりでも、「そろそろ子どもかな?」なんて言われる。
結婚して3年。
ずっと言われ続け、どうしてできないのか、自分が悪いのでは。
と、とにかく落ち込み、焦燥感に襲われた。
旦那の「ゆっくりでいいよ。」という言葉さえイラついた。
ずっと子どもが欲しいと思っていたし、そのために薬を減らし、いつ妊娠してもいいように胎児に影響のある薬はいっさいやめていた。
準備はできているし、こんなにも望んでいるのになぜ?
電車の中の子連れの客をみては落ち込み、しばらく子育て中の友人への連絡もできなくなっていた。
なんか追い詰められている自分がいた。
カウンセラーに「なんでそんなに子どもにこだわるの?あなたの年齢で、焦る必要ないと思うけど。なんかその焦りよう、こだわりようは異常だと思う。」
とまで言われた。
そこから自分と向き合う作業が始まった。

 仕事をやめて、治療に専念すると言ったのに、良くなっている感覚がつかめず、再就職することもできず、焦っていた。
仕事をしない子どものいない主婦は地位が低いような気がした。
今まで仕事をしていた自分が馬鹿にしてきた身分に自分がなり、そんな自分が許せなかった。
子どもでもいれば、立派な母という仕事があるのにと思った。
それで急に子どもが欲しくなったのだと思う。
家庭に入る専業主婦を今まで私は認めてこなかった。
小さい頃から共働きの両親を見ていたし、女でも社会で働く時代なのだと教えられてきた。
専業主婦は身分が低いものなのだと私はその時学んだ。
間違った価値観だった。
だから何かの役割、主婦以外のなにかに私はこだわっていた。
そして、それができない自分に落ち込み、なぜできないのかと焦っていた。

 子どもがなぜできないのか?
深く考えてみた。
神は私にどんなメッセージをそこに含ませているのか。
何日も考え、思いつくものすべて書き出してみた。
そこでわかったこと、
それは、自分も含め、私は命を大切な存在だと心から認めていなかったことだった。
簡単に子どもはできると思っていたし、命なんて簡単になくなると思っていた。
神はこんなに願っても、時間がすぎても子どもはできない、命は簡単に誕生するものではないと私に実感させてくれた。
命が誕生することは、本当に奇跡で、自分もそうやって産まれてきたんだと初めて気がついた。
簡単に自殺を考えていた自分が申し訳なくなった。
自分の命をまずは大切にしよう。
どんな生き方をしていたって、大切な命なんだと自分を認めてあげよう。
そして、まわりにいてくれる家族を大切にしよう。すべて大切な命なんだ。
自分がそのままでいいんだと認められたとき、何かに焦る気持ちはなくなっていた。
仕事も子どもも諦めたわけではないけど、楽になっていく自分がいた。
まわりとは比べず、自分のペースで生きていこうと思えた。
それが私がどうしょうもない焦燥感から抜け出すきっかけとなった。

 不思議なもので、心にゆとりができ、自分を認められるようになった時、ずっとできなかった子どもを授かった。
今は妊娠7ヶ月である。自分が母になることには正直不安はある。
でも、この子が本当に大切で、妊娠できたことが嬉しくて、
授けてくれた神、そして今まで私を支えてくれたすべての人に、今は感謝の気持ちでいっぱいです。


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