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とにかく疲れた~(-_-メ) 気合いで潜り倒しました 2日で9本 ダイビングやる人間ならわかりますよね。この馬鹿さ加減。 ナイトダイビングやって、早朝ダイビングやって 体くたくた 彼はいいとこで止めて6本 最後の方器材の重みに負けて、岩場に倒れ 足は青あざだらけ うにには刺されるし 合宿って感じ、久々に味わいました これで明日は仕事があるんですよ 馬鹿だな、私 でも本数かなり稼いだし、2日で9本はダイビングショップ始まって以来、女性では快挙らしい そうだわよこれは男性の体力じゃないとできないでしょう つうことで今はかなり疲れてます(*_*)
2005年03月27日
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昨日、夜勤入りの貴重な時間を使って、セミナーに出かけました。セミナーといっても、ACの集団療法みたいなやつです。すごく、気持ちが洗われたので、話したいと思います。最近、私は感情を取り戻したが、そのうちの不快な感情の処理に困っていた。そこで、怒りのセミナーに参加してみた。そこでは怒りだけでなく、AC根本に目を向けたワークがされていて、思っていた以上の恵みをもらった。そもそも、私は、不快な感情は外に出すべきでない。そんな考え方の元で育ってきた。なので、不快な感情は自分で処理できずに、感じないという方法を今まで無意識に選んできた。怒りの表現別にグループが作られ、そのグループでいろいろ話し合ったりした。そこで、内容を少し説明すると、子供が育つには3つのものが必要なんだそうです。1、ミルク2、無条件の愛情3、家庭の安心感ACはこの2と3が欠けていることが多いそうです。そして、そのことがトラウマとなり、7つの感情をもたらすそうです。1、自己否定感2、見捨てられ不安3、無力感4、むなしさ5、悲しみ6、空虚感7、怒りそのうち、一番パワーそあるものは怒りなんですって。それで、怒りで生きてきてしまう人が多いそうです。そして、その痛みを麻痺させるために何かにのめりこむ共依存行動をしながら大人になるそうです。大人になったACは初めてそこでさまざまな異常行動を起こすのですって。依存(酒、買い物、食、薬、仕事、ギャンブルなど)もえつき自傷行動うつ感情のとらわれひきこもりそれらの木の実は熟して落とさない限り消えないそうです。これはほんの一部ですが怒り、1つ取ってもそこまで奥深いんですって。納得してしまいました。確かに私は勉強できたら、部活で賞状もらってきたら、これあげる。みたいな条件付の愛が多かった気がします。何も言わず、ただ抱きしめて欲しいほど、学校でひどいいじめに遭っても、放置されました。そして、家庭が落ち着かなかった。家にいるのが嫌でしょうがなくて、受験の時期は遅くまで図書室や喫茶店にいました。家でなんて安心して自分のことができなかった。その結果、私には自分は生きていてもしょうがない。そんな感情が小さい頃からありました。自己否定感ですね。そして、誰かと付き合ってもいつかは捨てられる。そいった見捨てられ不安も大きくありました。なんだかいつも悲しくて、寂しくて、自分の居場所がなくて。そんな私はいろんなことにのめりこみました。勉強、部活、油絵、特に部活はかれこれ12年はやっていました。それができなくなったとき、私はうつ病になり、自傷行動に走りました。まさに、ACそのものなんです。でも、ここまで生き抜いたんです。それをなぜ認めてあげられないのでしょうか。苦しいながらも私は生き抜いたんです。目を閉じて子供の自分に会いに行く、グリーフワークというものもやりました。カウンセラーがいろんな問いかけをするんです。そして、子供の自分に会って、何か声をかけてください。って。私は「頑張ってるね。でも、無理してない?」そう声をかけたんです。その瞬間、涙が止まらなくて。最後にその子供を家族のいるところに返すか、今の自分のところに引き取るか、その子に聞いてから決めてください。と言われて、悩みました。子供の自分も迷っていたんでしょう。でも、その子に「私、今1人じゃないんだよ。私を大切にしてくれる人といるんだよ。」って言ったら、何も言わず、その子は今の私のところに来ました。彼女も今の私みたいに大切にして欲しかったんでしょう。家族と別れる悲しみより、私の中の子供は今の安心感へ行くことを選んだんです。「もういっぱい甘えていいよ。苦しかったんでしょ。」そういって抱きしめてあげました。彼女は感情がなく、何も言わずにいました。でも、泣いていました。一緒に泣きました。今の私があの頃の感情を殺して、無表情な子供を育てる決心がつきました。それは、過去の傷を受け入れ、自分で癒す、その決心だったんです。今まで誰かに癒してもらおうとしていました。カウンセラーや彼や恩師など。でも、私はその子供を引き取ったんです。子供も今の私にならついていこうと思ったんです。ならば私はその子を癒してあげようと思ったんです。インナーチャイルドとの出会いでした。不完全な子供の自分を私がこれからは癒すんです。その中にはいろんな感情が生まれるでしょう。でも、なんか、自分に子供ができた感じで、その感情、無条件に受け入れられる気がするんです。表現のコツもそこで学びました。感じて、表現して。それができたら私はやっと人間らしくなれるんです。しばらくはこのインナーチャイルドと一緒に過ごす予定です。ある程度成長したところで、また家族の元に戻す予定です。もしかすると、その予定は未定になり、一生かけて私はインナーチャイルドを育てるかもしれません。でも、そうなってもいいと思っています。自分への償い。それはインナーチャイルドへの癒し。そして、今の自分を大切にすること。怒りのセミナーでインナーチャイルドに出会うとは思ってもいませんでした。でも、大きな恵みです。大好きだよ、自分。
2005年03月23日
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昨日はとことん言い合いしました。で、端的に結果を言うと、和解しました。今は、仲良しです。なんで、私は納得いかなかったかというと、もし、彼が、1日分おいていくのを忘れたら、とか、常備薬必要な時に彼がいなかったら。とか、ちょっとした不安の先取りなんです。でも、その不安を解消しないと、これからやっていけないと思ったので、昨日はとことんやりました。かなり、きつい口調で、でかい声で(互いに。)初めてこんなに言い合いました。で、予備を1つ置くこと。常備薬の最低数(私が管理していい)を決め、置いておくこと。これで、決着がつきました。これを決めるまで1時間ぐらい。言い合い。でも、だがいに誤解していたこともあったし、知識も共有できたし、よかったんです。あの1時間はきつかったですが、結果的には私も安心して彼に管理を任せることができたんです。納得がいくまで話してよかったです。互いの亀裂もなくなりました。なぜ、彼は管理したいのか、また、なぜ私は薬にこだわるのか、互いに言えたんです。分かち合いができたんです。なので、いい喧嘩だったと思っています。感情のぶつかり合い。たまにはあってもいいと思います。私たち夫婦は似たもの同士なので、互いに言わなくても分かってくれるだろう。なんて考えたりするんです。でも、言わなきゃ分からないこともいっぱいあるんです。今は、彼の管理は愛のある行動だと確信できます。それが、昨日はなかったんです。だからパニックしてたんです。愛って大切ですね。どんなことでも愛が裏にあれば私、許せてしまう気がします。(彼に関してだけね)愛が感じられたんです、昨日は。互いに苦しんでいる。でも、愛しているから、私に生きていて欲しいから、管理するんです。薬の管理なんて互いにしたくないんです。でも、生きるために私たちには必要なんです。(私にはか。)私も、彼を愛しているから、信頼しているから管理されてもいいと思ったんです。でも、不安だけは互いの歩み寄りで少なくしたいと思って。彼は、がむしゃらになった私に言いました。「じゃあ、薬を全部持たせて、全部飲んで死んでいくあやのを俺は黙ってみていろ!っていうのかよ。」って。私、その言葉で涙が止まらなくなったんです。ふと正気に戻ったんです。私のことそこまで思ってくれている。私、ひどいこと言い続けていたんだ。って。そう思えた時点で喧嘩は終わり。ごめんなさい。涙ながらに謝って、すべての薬を昨日彼が買ってきた金庫に入れました。でも、これで、私は楽になりました。互いの誤解が解けたこと。愛を確認できたこと。そして、薬をODするかもしれない。という不安からの開放。これでよかったんです。今は彼に感謝しています。馬鹿な私でごめんねって。たまに喧嘩(感情のぶつかり合い)も必要だね。(^-^)
2005年03月21日
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おととい、ずる休みした次の日にやりました。仕事はなんとかできたんです。でも、すごく疲れてしまって。何もやりたくなくて。これでは主婦失格!そう自分を責めていました。何かで現実逃避したくて。いろんな人にメールしたり、電話したりしていました。でも、満たされない何か。そして、そばに誰もいない寂しさ。何もできない、体が動いてくれない苦しさ。何もかもがぶつかって。自分では消化できなくて。自然と、2週間分もらった薬を眺めていました。これは、薬物調整が終わった証だし、主治医との信頼の証。これをすべて飲んだら死ねるかもしれない。でも、何もかもが崩れる。でも、衝動に駆られて。抑えられなくて。自分ではどうすることもできなくて。彼に電話しても仕事中か、留守電に。もう深夜。誰も電話には出てくれない。衝動的に、10日分の睡眠薬の封を開けていた。それをすべて飲んで、残りの薬を眺めた。確実に死ねる。でも、私はそれでいいのか。何度も自問自答した。だめだ。これ以上はできない。ずっとメールをしていた人にだけ、薬を飲んだことをメールして、とにかく殻袋は隠して寝た。朝、起きて、彼は私の異変に気付いた。呂律が回ってないし、第一立つこともできない。彼に聞かれた「昨日、もしかして飲んだの?」「どれくらい?」「はぁ。」彼は落胆した。彼は私のために仕事を休んで私を病院に連れて行ってくれた。ほとんどまっすぐ歩くことは無理。気持ち悪いもいいところ。頭がぼーっとしながら診察室に入った。彼も着ていることを告げると、入るように言われた。そこで出た決断。薬の自己管理中止。すべて薬を彼に預けること。だった。そして、1日分ずつ朝もらう。まるで、私が仕事で患者さんに対してやっているかのように、彼が管理することだった。なんだか私は屈辱だった。敗北した感じ。自爆。ここまできたか。。。となんか気がおかしくなって、彼となんで管理するのか、それも痛み止めなど、私の常備薬すべてを取り上げたんです。なので、それじゃ常備薬の意味がない!!!とかいって、けんかになりました。こんなことされるんだったら、実家に帰る。離婚だ!とまで私はわめきました。かなりでかい声で。互いにすごいでかい声出してたと思います。でも、そのくらい私は納得いかなくて。今もなんとなく腑に落ちない感じです。彼は私の命のためにやってくれていることはわかります。でも、やりすぎな気がして。でも、それは私がいけないことをしたからしょうがないことだし。でも、納得いかない。そもそも悪いのは私なんだけど。この亀裂って大きいかな。。。彼に「私を見捨てないでね。」と言ったら「もちろん」と即答で返ってきましたが。夫婦になってはじめての危機でした。つうか、私が納得しないと、それは解決しないんだけどね。でも、受け入れられない。だって、仕事では薬を管理してあげたりしているのに、私生活では管理されていて。生きるため。自分のため。私を守るため。私には必要なの?なぜ、そこまで必要なの?私は彼から1つ信頼を失った。それが、すごく寂しくて、悲しくて。でも、私の苦しみ、分かって欲しくて。私はいつまで管理されればいいの?こんなことやっているなら死んだほうがましだよ。屈辱だよ。生きることは大変なことですね。私は今、何もしたくない。苦しいまま仕事をしても楽しくない。今、生きていて楽しくない。生きることを管理されているようで。自由になりたい。苦しいよ。毎日の仕事。波に乗れないしんどさ。たまる家事。こなせないもどかしさ。今、涙が止まらない。私、何のために生きなければいけないの?こんなに管理されてまで生きる価値ないよ。死んでしまいたい。
2005年03月20日
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今日は簡単に言うと「ずる休み」なるものをしました。昨日、私は疲れ、パニックし、自信を失っていました。これから、この仕事をやっていけるのか、とまで考えるほど、不安に襲われました。しかも、本当は今日からリーダー業務。今の精神状態でできるかな、、、。と不安に襲われ、いろいろ考えていたら、もう出勤時間。だめだ。そう判断し、病棟に電話しました。休ませてもらいました。いわいるずる休み。はぁ。だめなやつだ。。。また考えては鬱にはいって。結局1日寝ていましたが気は晴れず。罪悪感の塊。それで、自分に罰を与えたくなって。自傷に走りそうでした。でも、旦那が早く帰ってきてくれて、本当救われました。指を負傷している私を気使い、夕飯を作ってくれたり、家事をやってくれたり。ホント、そのやさしさに涙です。明日からは諦めて仕事行きます。今日のことも責められるでしょう。でも、がんばります。
2005年03月17日
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一言で言って、「疲れた」これにつきます。午前中までは良かったんですよ。昼から、インフルエンザ蔓延。医療ミス(つうか自爆行為)で指負傷。イレウスで点滴の指示。なんだかじたばたしてました。なぜか、すべてに首を突っ込み、自爆。結局、初日にして残業。患者を傷つけないようにと気をつけながら、患者さんのでかいタコを削いでいたら、私の指まで。。。かなりの流血。リスカとかの流血はいいのに、なぜかこれはだめでしたね。親指のさきっちょ。明日から困るな。つうことで、今日は外食。疲れてるし、指使えないし。明日からは水絆創膏で頑張ります。つうか、縫ってもらったほうがいいんでは?あぁぁ、明日からリーダー業務いっぱいついてるんだけど。。。ため息しか出ないよ。
2005年03月16日
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明日から復帰です。半月って早いですね。なんか、あっというまでした。休職中にあれもしたい、これもしたいなんていろいろ用意してましたが半分くらいしかできませんでした。でも、いいんです。ゆっくり休めて、元気になったから。(^-^)薬物調整も無事に終わり、昨日はうつ病再発以来、初めて2週間分の薬をもらいました。今までは1週間ずつで変えたりしてたし、私自身、落ち着いていなかったのでOD防止に1週間分ずつだったんです。めんどくさい。先日、余っている薬はきれいさっぱり返し、笑顔で昨日は診察室へ。「もうすぐ、仕事始まりますね。落ち着いてるし、薬も取りに来れなくなるだろうし、今日は2週間分出すね。」やっとか。うれしい気分でした。今の薬の量で自分には合っているみたいだし。復帰に間に合ってよかった。と本当安心しました。今日はすごくいい気分です。仕事の準備の1つとして出勤時間に合わせて朝、起きてもすっきりしているし。なんか、明日から頑張れそうです。さっき、部長さんとも電話で話しました。「あら元気そうね。挨拶?来なくていいわよ。時間の無駄よ!」なんていってましたけど、とにかく休職させてもらったお礼を言いに、夕方行ってくる予定です。私は、この休職、いくつかやりたいこと、やるべきことを用意していました。やるべきことは週の初めに終わりました。自分の通っている自助グループの季刊誌の表紙の絵を描くことです。昨日、電話がかかってきて、無事に表紙が決まったそうです。しかも私の描いた絵に。何枚か持って行ったうちのどれになったか聞いたら意外な答えでした。自分ではいまひとつ寂しい絵で気に入らなかった、パラオで岩陰に隠れて咲いていた、名もなき花の絵。その寂しさがよかったのでしょうか。担当者はすごく気に入ってくれていました。もう一つ、やりたいと思っていたこと。それは自分の自助グループのステップを踏むこと。それが難しくて、休職中だけでは無理かな、と諦めていましたが、昨日、やっと踏めました。それが終わり、すごくホッとしたのと、充実感に満たされ、今は悔いなく後の時間を過ごそうと思っています。その、ステップについて少し書きたいのですが、よく自助グループで用いられている12のステップの8なんです。「私たちが傷つけた人の表を作り、そのすべての人たちに埋め合わせをする気持ちになった。」その表を完成させたんです。それを完成させた瞬間、私、涙が止まらなくなったんです。なぜなら、一番人生の中で傷つけたのは他でもない、自分自身だったんです。肉体的にも、精神的にも。命に関わるくらい自分をいじめたり、自分の感情殺したり。この上ないくらい自分を傷つけ、自分に冷たくしていたんです。愛されなかったからって、自分が自分を見捨ててしまったら誰が救えるのでしょう。私は自分に24年分の愛を与えなくてはならないし、今まで以上に大切にしなくてはいけない。そう思えたんです。そして、他人にも愛を持って関わりたいと思ったし、私に愛を与えている人を今まで以上に信じたいと思ったんです。ステップを終えて、私は確実に成長できたでしょう。自分へ、他人への関わりを振り返り、改めるとてもいいきっかけをもらいました。これがあれば、明日からの仕事はもちろん、これからの人生、大切にできる気がします。私に今まで関わってくれた仲間に感謝です。ありがとう。いま、これを見ているあなたもですよ。ありがとう。(*^-^*)
2005年03月15日
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今まで、私は感情がなかった。自分の感情に気がついていなかった。というのが正しいかもしれない。ACとして育ち、つらい家庭環境の中、私は感情を捨てた。感じないことでその環境に適応しようとしていた。日々起こる虐待。毎晩の夫婦喧嘩。時に起こる離婚の話。すべてを冷たい目で見てきた。いちいちすべてを感じながら生きていたら私はつらすぎて生きられなかった。あの、サバイバルの中を生き抜くにはやはり、感情は捨てなければならなかった。普通は、親が離婚の話をし、本当に離婚届を持って「どっちにつく?」と話し始めたら悲しいと思うであろう。私は(はぁ、またか。勝手にすれば。)そんな感じであった。親にたたかれようと、ご飯を抜きにされようと、私は動じなかった。人生を諦めていたし、世の中を冷たい目で見ていた。感じないその特徴は小さい頃から。はじめは虐待の事実を思い出せなかったくらい。無意識にはじめていた。中学でもいじめられ、これに耐え、何とも思わない強い心が欲しいと本気で思っていた。いじめの事実を知った先生方は私に「よく耐えたね。もっと早く言ってくれればよかったのに。」そう言った。でも、私はそうつらく感じていなかったし、言ったところで大人は何もしてくれない。そう、冷たい目で見ていた。感情を取り戻したいと思い始めたのは2年前くらいから。私には快、不快。くらいの感情しかなく、苦しい、悲しい、つらい。その区別がない。しかも、うれしい、楽しい、幸せ。そういった快の部分にも鈍感な自分がいた。はじめはせめても、快の部分だけでも欲しい。なんて、贅沢な願いをしていた。でも、それでは当然、感情は戻らなかった。感情を取り戻せば必ず、不快の部分も受け入れなければならない。私はその処理方法を学んで来なかった。しかもそればかりか、快の部分の表現方法まで分からない自分がいた。2年間、神に祈り続けた。心の準備もしていた。もし、苦しいことがあったら、この人に相談しよう。そういった人を何人か作った。というか、いままでの過程を知っている人に頼んだ。そして、素直になること、正直になることを再び、神に祈った。2年間の沈黙の後私には感情が生まれた。年明けくらいから、今が幸せだと正直に感じられる自分がいた。そのかわり、寂しいと感じること、つらいと感じることも出てきた。私はそれらの不快な感情を溜め込んだ。吐き出す勇気がなかった。その結果、再びうつ病になってしまった。でも、病気になって、カウンセリングを受けるように再びなって、不快な感情の表現方法を少しづつ知ることができた。なので、私は再び感情を殺すことなくここまで来れた。正直な話、結婚当初、私には感情がなかったけいか、幸せとか、うれしいとか、そんなこと思っていなかった。当時の私を見ていた人は、「表情には表れていたよ。でも、なんか、違和感は感じた。」そう言っていた。感情は出していたのかも知れないけれど、私はそれに気付こうとしなかった。でも、今は素直に幸せと感じることができる。今、生きていることの喜びを感じ。朝日の暖かさをかんじ。すべてを感じることができる自分が本当にうれしい。2年間祈り続けたかいはあった。苦しいことも、今なら恐れなく苦しいと人に話せる。時にあまりのストレスでパニックすることもまだあるが、それは時間が解決してくれるであろう。不快な感情を恐れなく吐き出すことができた時、私には快の感情が大きく見えた。こんなにたくさんのものを私は見失っていたのかと思うと自分がかわいそうになった。でも、そこに、自分の傷の深さが見え、自分をより愛おしく感じることができた。まだまだ、不快な感情に振り回されることがある。でも、こんなにうれしいこと、幸せなことが身近にあるんだから、頑張っていけそうなきがする。
2005年03月14日
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今日は一日寝てばかりいました すごくだるくて、何もやりたくなくて とにかく体が重いんです 久々にきたなぁと思いました 休職に入ったと思ったらすぐ動き回って 自暴自棄 ばかですね たぶん疲れたんでしょうね 今日もいろいろやりたいことはありましたがパス 体が動かないんだからしょうからない あきらめて寝てましたよ それでも夜になると眠くなる 人間の体ってすごい また明日も寝るのかなぁ つうか休職つうのはこういうことに使うんでしょう
2005年03月10日
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今日はロングの髪をきれいさっぱり、ショート?ミディアム?にしました。しかも、3年ぶりくらいにパーマもかけて。意外に似合っていて、びっくり。すごーい気に入って、自分でルンルン気分です。かなりのイメチェンだったらしく、自助グループの仲間も、一瞬目を疑ってました。今日の夕食は外食だったんですが、現地集合にしたら彼まで、服見なかったら分かんなかった。なんて言ってました。そこまで言われるとなんか切ったって感じありますね。春に向けてイメチェンですよ。って、休職中に何やってる!!!ってね。。。
2005年03月09日
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今日は、診察とカウンセリングの日でした。カウンセリングはいつもどおり。でも、今日は自分に気合が入っていたのか、カウンセラーの問いかけに真剣に答えていたら、かなり疲れてしまった。すごい労力を使っているんだと思う。で、診察中。先日のリスカ(アムカ)を言ったら、予想通り、見せて。と言われた。その傷跡が貴重なものらしい。は???とか思って聞いたら、「ここ、注射器でいじったでしょ?この内出血は専門家でなきゃできないよ。」ほほう。確かに、アムカ、やった時に、病棟から盗んだ注射器でうまーく内出血作りました。はじめに血管捕らえて、後で思いっきりはずす。そうすると、痛々しい内出血が作れるんです。(良い子はまねしないでくださいね。)アムカ+内出血、このショットは貴重なんだよ。と説得され、医学生のためにという理由で患部の写真を撮られました。この医者も物好きなんです。そうじゃなきゃ精神科医なんてやってられないでしょうね。こんなマニアもいるんですね。この医者のこの変さ具合が私は好きなんですけどね。とらせる私も馬鹿ですけどね。これで2回目です。1回目は3年前くらい。1番リスカがすごかった時、腕全体が傷だらけのとき、目を輝かせて、これ、医学生のために写真撮らせてよ。と言われて、撮られました。医学生のためじゃなくて、自分のコレクションでしょ?と言いたくなりました。でも、もう、写真、撮らせませんよ。なぜなら、もうやらないようにがんばりますから。
2005年03月08日
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今日は旦那がずる休みしてくれたお陰で(?)ずっと一緒にいられた。それで、機嫌が回復した私も単純なんだけど。家族って、そんなものなのかな。と感じた。一緒にいて落ち着く。そんな単純なことが私には今までなかった。一緒にいて落ち着く人。そんな人今までいなかったし、そこまで信じられる人間が今までいなかった。「私、何か、あなたの役に立ってる?迷惑ばかりかけてるじゃん。」と以前に聞いたことがあった。その時の答えは「一緒にいて落ち着く。」それだけでいいの?と何度も私は聞いたが、「いいの。」それだけだった。家族って、それだけでいいのかもしれない。他にもいっぱい意味ってあると思うけど、それが基本かもしれない。私の原家族は一緒にいて落ち着くことがなかった。一緒にいることが苦痛でならなかった。ご飯も洗濯もやってくれるのはうれしいし、ありがたい。でも、それ以上はなく、本当に苦痛。一緒にいて落ち着くことはなかった。心休まる場は当時はどこにもなかった。ひとりでいても、くるしいだけで、楽しくなくて。いま、旦那と一緒にいて楽しいし、心休まる。一緒にいるだけでそれけでいい。それが、私に足りなかったのかもしれない。心の平安。人への信頼。これからの私の課題かもしれない。
2005年03月07日
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リスカ(つうかアムカ)に火がついたのか、連日やってしまった。気持ちは不安定で、鬱まっさかりです。で、もしやと思ったら、やはり、生理でした。。。生理中は不安定になるんですよね。鬱がひどくなるし、嫌な、ブルーな時間です。今月も妊娠してないか、、、と落胆もしています。ま、今子供ができても、薬飲んでるんで奇形が生まれたりして、大変なんですけどね。でも、子供ほしいなぁ。昨日は電話を片手にかみそり持って、いのちの電話に助けを求めましたが、つながらず。で、昨日と同じ場所をざくりと。なぜか、血まみれな腕を携帯でパチリと撮ってしまいました。これがあれば、しばらくはやらなくて済みそうなかんじです。この感覚、わかるあなた、同類ですね。。。そこで、やめればいいのに、まだまだやってしまいました。家にある薬全部飲みました。でも、睡眠薬系統はすべて先日、主治医に回収されたので、残っているのは、頓服の精神薬と風邪薬。だから、それらを全部飲みました。いつもなら眠くなるのに、気持ち悪くなりました。そりゃそうだ。睡眠薬はほとんどはいってないんだもん。苦しかった。本当、死にたいと思いました。で、いのちの電話にかけ続けて、2時間。やっとつながりましたが、私はでろでろ。そのうちすごーく気持ち悪くなって、電話口で、相談員に「吐きなさい!」って、言われて切りました。でも、吐かずに遺書を書いて、寝ました。そしたら3時間後おきてしまいました。。。でも、薬は体を回っているみたいで、ふらふら。1日寝ることになりました。どうせ、今日は1日ねるつもりだったので、よかったんですけどね。でも、気持ち悪さと戦いながら寝るなんて。。。ゆっくり寝たかった。うでは痛いし。だめだね。でも、生理が来て、原因がわかったので、今日はやらずに寝ます。そして、来週から睡眠薬増やしてもらいます。途中でおきて、切ったりなんだりしないように。ためたりはしませんよ。こんなことやめたいから。今日は早く寝ます。昨日よりは精神状態はいいみたいです。彼が2日ぶりに早く帰ってきてくれたし。もうしばらくは夜間作業ないらしいから。私、彼に、完全に依存してるは。。。
2005年03月06日
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痛かった。腕をざくざく切ってしまいました。私が休職に入った瞬間、彼は忙しくなり、すれ違いの生活。私は休職ということで、家にいる時間が長いだけあり、寂しさが増すんです。しかも、精神状態が良くないから休職してるのに、その瞬間1人置き去りにされた感じ。すごく、すごく寂しくて。苦しい時に何で私1人なの?何のために休職したの?1人になるために休職したんじゃない!寂しい。昨日はただ、ただ泣いた。彼も忙しいのはしょうがない。って黙って私を抱きしめてくれた。なのに、何で。満たされなくて、衝動に負けて。彼がお風呂に入っている隙にざきりと。いっぱい血が出た。痛かった。2年近くやっていなかったから、この感覚も忘れていた。足には何回かやったけど、腕は仕事上できないと決めて我慢していた。休職中。復帰までは何とか回復すると思って、そんな考えもあって、腕に。でも、腕の関節近く。もしも、復帰時に治っていなかったら、腕関節用のサポーターで隠せるところ。何とか言い訳できるし。というのは、やった後に考えたこと。やっていた当時は無心だった。彼にばれないように、とにかく早く切って、包帯巻いて、隠して寝たふり。早く、早く。それしか考えてなかった。彼は傷を見ていない。でも、切ったことは言った。落胆していた。すごい悪いことしてしまったとは思っている。だからひたすら謝った。許してくれたけど、表情は硬かった。今日も彼は朝から仕事。帰らずに泊り込みで仕事をするらしい。疲れているんだろうな。おいしいご飯作るから、帰ってきなよ。って仕事じゃしょうがないね。今日は友人が昼から来ることになっていた。でも、残業で昼上がりだったはずが、まだあがれないらしい。昼ごはん作って待っていたのに、すごく残念。今日は彼も帰ってこないみたいだし、この食事、私1人では食べきれないし。どうしようかな。なんか今日もこの満たされない気持ちが倍増して、衝動に負けそう。リスカ(昨日のはアムカ)って、始まるとしばらく止まらないんだよね。毎日、衝動と戦う日々になりそうです。つうか、捨てたかみそりまた買ってきたからいけないんだよ。はぁ。ばか、ばか、ばか、ばか。
2005年03月05日
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毎日、寝込んでいるわけでもなく、自由気ままに生活している。周りもうらやむような生活。あたりまえなんだけど、みんなそれができないからうらやんでいるのかなぁ。前回の休職は本当にぎりぎりにきての限界サインの休職だったので、とにかく寝ていた。出歩くのはコンビニに食料調達に行くだけで。それに比べて今回。周りからみれば明らかに遊んでるとしか思えない行動。通院がてらに喫茶店でまったりしたり、親とレストランに行ったり。今日なんか、買い物までしていた。自分で何のための休職???と言いたくなる。でも、明らかに変わったことは本を読む時間が増えたこと。自分を立て直したいから、自分を見つめたいからと休職に入って。確かにそれ関係の本は読んでいる。でも、それでいいのかな。。。と不安もある。2週間なんて早いんだろうな。もう3日終わってしまった。でも、休職中に絶対にやっておきたいことが1つある。自分の行っている自助グループの中に12のステップというものがある。そのステップでずっとできなかった所があるので、そこはやっておきたい。気持ちの整理には絶対になると思うから。今回の休職、私は自分と向き合うために、現実逃避したり、本を読んだり、ステップを実行したりしてすごしたい。それでいいんですよね???
2005年03月03日
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昨日から休職に入った。しかし、同時に彼は昨日から夜間作業に入った。なので、互いに離ればなれ。休みで、1日中家にいる私にとっては、夜、彼が帰ってくるそのことが励みであり、喜びなのに、いきなり課題を食らった気分だった。1日1回はテレビ電話で話すように約束したけど、私は昨日、すごく早く寝てしまったので、彼の電話に出れなかった。一緒にいないけど、家族。どこかで繋がっているのかな。そう信じたい。今日はたまりかねて、つうか御呼ばれして実家に泊まりに行く。ますます会えなくなる。でも、家族。家族って不思議。つうか、実家も家族ですけどね。でも、実家は私は変な意味、他人に感じるんです。先日のカウンセリングでも言いましたが、ACとして育ち、家族が憎くて仕方なかったのが、今は何も感じない。その過程を過ぎれば愛とか感謝が出るのかな。なんて今は思っています。そう祈っているんですけどね。先日、私、この世の中で誰も信じていないのかもと思うことがありました。先日の人事異動の件です。管理職の移動に動揺し、いろんな人にメールしたり、電話したり、看護部長にまで直訴しにいったり。結局は誰も信用していないから1人の意見では信じられないし、いろんな人に頼ろうとするんです。彼にももちろん電話しました。いろんなアドバイスもらいました。でも、私はそれを信じていなかったのかもしれません。結局、部長にも「私が信用できないなら辞めてもいいよ。」と言われました。しかも、「あなた、誰か信じられる人、この職場にいないの?」とも言われました。精神科うん十年やっている部長には何でも見破られてしまうんですよ。悔しいけど、おっしゃるとおり。部長を信じ、この先のついていこうと、後で冷静に考えてみて思いました。なので、部長には「移動させてくれなきゃ辞める!」なんていいたい放題言って来ましたけど、後日その言葉を撤回しにいきました。ふたを開けてみてやってみて、それから考えてもいいじゃないかと思いました。なので、移動は保留。ゆっくり休んでまずは病気を治すこと。そんなことがあって、彼に聞いてみました。「私のことどのくらい信じてる?」彼は100%だと即答しました。私は実は80%。あとの20%はいつか捨てられる。そんな不安。この人なら信じてもいいのに。。。信じてあげられない自分がみじめでした。ちなみに、一般人(友人など)は50%くらいです。それに比べれば高いんですけどね。100%と断言できる彼はすごい勇気の持ち主だななんて思いました。夫婦ってそんなもんなんでしょうか?あなたは身近な人をどのくらい信じられていますか?
2005年03月02日
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有意義な時間でした ゆっくりとして気ままに こういう時間は生きていく中で絶対必要だと思いました 明日からもとにかくゆっくりと過ごす予定です
2005年03月01日
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