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昨日、休職の許可が出たが、そのいきさつを今日は書きたい。

自分では、うつが再発した時点で、原因はなんとなく分かっていた。
仕事のストレスと夜勤のやりすぎ。
そのほかにもいろいろあるが、仕事が大きく関係していることは分かっていた。

再発を言い渡されて、まず彼にメールを打った。
彼は最近の私の仕事ぶりを知っていたので、すぐに
「仕事、辞めてもいいよ。」
そう言ってくれた。
でも、私には仕事を辞める勇気はなかった。


仕事がなくなったら、社会から阻害される気がして怖かった。
でも、再発当時は辞めなければうつは治らないと確信していた。
そのくらい、仕事が重荷になっていた。

月の半分は夜勤。
人が足りないのは分かるけど、普通に考えてもありえない量。
しかも、看護研究の主の研究者に抜擢された。
うれしい反面、その責任は重かった。

夜勤の量にしろ、看護研究にしろ、逃げるには仕事を辞めなければ。
それしか考えられなかった。
そのくらい私は病んでいた。
一種の燃え尽きみたいに。



夜勤も婦長さんにお願いしたらあっさりと減らしてくれた。
しかも、私だけでなく、いろんなスタッフが夜勤の多さで、
体調を崩したのを気に、人員を1人、増やしてくれた。
これで、仕事を辞める理由が1つ減った。

でも、看護研究。

でも、投げ出してやめるよりはと思い、共同研究者に正直に話した。
「私1人でやっているような気がする。
もっと協力して欲しい。正直しんどい。」
でも、意外な返事が返ってきた。
「手伝いたい気持ちは前からあるんだけど、何をやっていいか、
分からなくて、全部あやのさんがやってくれるので、
私たちにはやらせてくれないのかと思っていた。」

互いに誤解が生じていたことに気がついた。
それからは、互いに相談し、係り分担がうまく出来た。

私って、結局は苦しいことを言わずに抱え、なんでもこなしていかなければいけないと、自分で決め付けていただけなんだと気がついた。
周りは私のSOSを本当は待っていたのかもしれない。
そうも思った。

これで、仕事を辞める理由はなくなった。
でも、休職はしたかった。

仕事的にはやりやすくなったし、ずいぶん楽になった。
でも、自分の気持ちの整理をしたかった。
ちょうど薬の調整期間中で、薬を変えたりすると慣れるまできつい。
そんな中での仕事はやはりきつい。


婦長に昨日、休職を言い出すときも、
「何で?仕事できてるじゃない。」
なんて言われたけど、それは無理しているだけ。
家に帰ると本当にしんどい。
主任との関わりが今の自分にはきついことも正直に話した。
そしたら、意外な返事で、
「私もあやや(病棟でのあだ名)見ててそれは感じてたの。
あの人(主任)のこと苦手な人多いから。
あややの感覚は間違ってないと思うよ。」
「でも、何で半月も休職が必要なの?」
と聞かれ、解雇覚悟で私は言った。
「これから先も看護の世界でやっていくのに、気持ちの整理がしたいんです。
薬物調整もしたいし、気持ちの余裕を持つための、
リセットの時間を下さい。」
と。普通の職場ならそんなこと言ったら、辞めてからやれ!
って、普通に言われそうだが、婦長は心の広い人だった。
「いいわよ。じゃあ、リセットしてきなさい。」
失礼だが、婦長さん、あなた馬鹿?ってくらい即答だった。
心が広いんだか、ただの馬鹿なのか。
でも、理解はしてもらったみたいだったので安心した。


次の関門は部長。
緊張して、落ち着いて夜勤ができないくらいだった。
朝、婦長がニコニコして私に、「部長出勤したよ。話通しといたよ。」と。
さすが!
と思って、部長室に行って、
「うちの婦長から話が通っていると思いますが。」
と話を切り出した。

しかし部長は、「え?今日は何の話をしにきたの?」
「話?もしかして、この汚いメモかしら?」
と、あきらかにうちの婦長の字のメモがそこにあった。
確かに、婦長、字は汚いんですよ。
「あ、そういうことね。」
とやっと理解してくれた部長はなぜか私のカウンセリングを始めた。

『最近、調子はどう?』
「それが、うつ病が再発して。」
『でも、表情はいいけどね。何が今はつらいの?』
「仕事のストレスと、不眠とか、薬の副作用とか。」
などなど。
完全にカウンセリング状態。
部長といっても、列記とした精神科の看護婦ですからね。

そんなこんな、30分くらい、部長のカウンセリングを受け、休職を決めました。
気持ちの整理の時間は必要でしょう。と部長も賛成してくれました。
そして、部長が私に休職の許可をくれた1番の決め手は私の感覚でした。

長年、精神科看護をやってきて、良くなっていく人ほど、セルフコントロールができていると。
自分でこれ以上はできない、という感覚が合ってくると。
私の回復を認め、その感覚を信頼しての許可だった。

「その感覚、大切にして。そして、今度は看護の中で、
患者さんたちに教えてあげて。私たちにはない感覚だから。」
私はそういった意味でこの病院に必要な存在だと言われ、
自分に自信が持てました。

もともと、自分の仕事に自信がなくて、精神科やっている意味が分からなくなって、
それで燃え尽きたみたいな、うつ病の再発だったので、
部長のその言葉は私に回復の希望をくれた。

本当に理解ある職場でよかったと思った。
安心して半月、休職ができる。

で、周りのスタッフになんと言って休職するかが悩んだ。
私がうつ病だとすべてのスタッフが知っているわけでもないし、
うつ病は治って、仕事していると思っているスタッフもいるし、
これを期にすべてがばれるのは嫌だし。
そんな話をしていたら、さすが部長。
「ストレス性胃潰瘍にしよう。急に休まなきゃいけない病気じゃないし、(私の休職は来月なので)
あの主任きついから、ストレスが起こったのよって、
みんなわかるでしょ。誰でもなる病気だし、一過性だしね。」
なんていって、病名も無事決まりました。
「今から胃の調子が悪そうにしてなさい。」
そういわれて、すごく和みました。

だてに精神科看護うん十年やってないね。
婦長と部長に感謝です。

この休み方なら、復帰もしやすいでしょう。
本当に今の職場には感謝、感激、雨、涙って感じです。
実際に休職が決まり、安心して家で泣きました。

私は今回のことで、あと3年はこの病院にいようと思いました。





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Last updated  2005年02月13日 23時53分07秒
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