2011/04/24
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毎朝、娘を特別支援級の教室まで送る生活が始まってから
私は、同じ支援級の子どもに突然背中を連打されたり、
手を引っ張られてどこかに連れて行かれそうになっているのだが、
遅ればせながら、「なにか」がわかった。

それは娘が赤ちゃんだったころ、
人見知りも後追いもしなかったことに結びつく。

いわゆる健常と言われる人たちには、赤ちゃんの頃から
「自分の世界」と「その他(他人)の世界」があることを知っている。

だから、親がいなくなることに不安を覚え、


娘は今でも、まったくの他人にも顔馴染のように笑顔で話し掛ける。

娘のような人たちは、すべてが「自分の世界」だから
他人に顔馴染同様の態度で接することが当然なのだろう。

そして私には、「自分の世界」と「その他(他人)の世界」があるから
支援級の子ども達が突然関わってくることに驚く。





『発達障害の子どもたち』という本に、
自閉症の社会性の障害として
「自分の体験と人の体験とが重なり合うという前提がない」
とあった。

私の娘はバイバイと手を振るとき、掌を自分に向ける。
私は「人にバイバイをされたときの状態を真似ている」と、

「人が自分以外の人に対してバイバイしている」
という理解ができていなかったようなのだ。

また、「ごはん食べる?」という質問を日頃私がしているので、
お腹がすいたときには、
自分の主張も「ごはん食べる?」と疑問文になってしまうようなのだ。






「自分の世界」と「その他(他人)の世界」の認識だろう。




ドナ・ウィリアムズ著『自閉症だったわたしへ』という本を読んで
娘も自分以外の世界を認識しきるまでには、
これからも苦痛を伴い続けるだろうし、
他人に出来て自分ができないことに、
引き続き失望感を感じ、苛立たしく過ごしていくのか、
なんて思った。




少し私の話になるが、
私は自己失望感から自己評価が低くなり、
自己目標が異様に高くなってしまっている。

おかげで努力しても努力しても、努力不足という評価で
生きていくには不都合だったりする。
(しかし、このため向上しているという認識はある)

娘が自己失望感を感じたときの私の態度こそが、
娘の自尊心を高めていけるかにかかっているのだろう。












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最終更新日  2011/04/24 06:09:06 AM


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