ウリチプ

ウリチプ

出産


パパはかなりうろたえていたらしい。
母に聞くところによると「もし何か危険な状態になって
母か赤ちゃんかと問われたら、私は迷わずに○○ちゃん(私)を
とります」と息巻いていたらしい。
今となっちゃ、おいおい、本当かよーと言いたくなるほど
うーくんを可愛がっているが、今でもすごく胸に残っている言葉だ。
そして、やっぱり本当かな…とも思っている。

卵膜がなかなか破れてくれず、いきんでもいきんでも
うーくんは出てきてくれず、2時間苦闘した。
夜中だったので、助産師さん2人の付き添いだけでほぼ過ごし
最後の最後になって、眠そうな(というか、今起きましたという寝ぼけ顔)
の先生が来てくれた。
ちなみに、この先生は切迫の入院中から大変お世話になっていたが、
奥さんが韓国旅行に行くからと
パパにオススメのお店を聞いてきたりする
特にちょっと変わった面白い人だった。

産声はとにかく大きかった。
あー、健康な子だ!と誰もがわかるぐらいの泣き声。
分娩室の外にもはっきりと聞こえたらしい。
子どもを3人産んだ母も、こんな泣き声聞いたことないと笑っていたほど。
件の先生も、聞いたことないなー、ここまで大きい声、と言っていた。

生まれた瞬間は、大仕事を終えた達成感に満ち満ちて震えていた。
とにかく、終わったー!という感じだった。
なんか、喉の奥に涙の素のようなものがつかえているんだけど
別にテレビで見るような号泣をするでもなく…。
感動と感激と興奮が入り混じり、なんだかフワフワした気分だった。

初めてのご対面は、まだバターのような胎脂がべっとりとついた状態で
看護婦さんが私の枕元に抱いて連れてきてくれた。
第一印象は、指が細長くてパパにそっくり。
「はじめまして。これからいろいろあるだろうけど、一緒に
がんばっていこうね」と心の中で言った。

出産直後、分娩室に両親とパパが入ってきた。
さっき部屋の前で別れたときは、オッパだったのに
急に私たちは今、パパとママなんだと思うとなんだか
照れ臭かったのを覚えている。
パパは「無事に産んでくれてありがとう」と手をとってくれた。

それから、一時間ぐらい氷枕みたいなのをお腹に抱いて
点滴しながら分娩台に寝ていた。
枕元で「入院の手引き」みたいな小冊子を渡され、読みながら
時間を潰した。
とにかくベッドで休みたい。休ませてくれーと願いながら。

そして、ようやく移動となったが、
朝が明けるまで病室には行かずに隣の待機室で仮眠をとることに。
そこで笑ったのが、体の大きい私をどうやって看護婦二人で
運ぶかということ。
なんせ私は170センチを超える身長。
看護婦さんがもめてるところへパパを呼び込んだら
すかさずパパが「私がひとりで運べます」
でも、小柄なパパが大きい私を??と看護婦さん達が
止めに入ったんだけど、やっぱり軍隊を終えた韓国男児、
大丈夫と言い張って、私をお嫁さん抱っこで無事に運んだ。
うふふ、嬉しかった。

移動先は分娩室に入るまでの待機室。
つい数時間前までここで死に物狂いだったんだわーと思うと
感激もひとしお。
お隣からは「痛いー」とか「ギョエー」とか
すごい声でこらえてる生々しい声が聞こえてくる。
今だったら怖くていられない部屋だけど、当時は数時間前に
偉業を成し遂げた先輩のような誇らしい気分でいたので
不思議と不快感はなく、よかったー私は終わって…という
安堵感と、頑張れよーという励ましが混ざっていた。

ひどく疲れていた私は、帰宅するパパに別れを告げた後
3時間ぐらい正体もなく眠りこけた。
あんな状態で寝られる私って…
でも、起きた時は全身が筋肉痛だったけど
気持ちがさっぱりしていて、活力が湧いていた。
そう、私は「母」に生まれ変わったのだった。



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