北風が強かったけれど、晴れていたので冬物のジャケットやワンピース、セーターの一部をお洗濯しました
冬物を仕舞うまでに、着なくなった服を処分しないと仕舞う場所が無いので、どうしても処分しないといけません…
夫と死別してから、家にあるすべてのものに対する執着が大きくなってしまって
お洋服もたまる一方だったので、いよいよ限界が来たので仕方なく整理します
計画的に計算しながら行動することもできるのに
お尻に火が付かないと、できない事もあって
この両極端な性格が、自分でも厄介だなと思っています
重い腰を上げて、今日と明日で服を片付けたいと思っています
もう着ない服を処分しようと思っているのに
まだ着れるかも、また着るかも…と
処分基準がぶれて、結局捨てることができなくなってしまうのです
いつかリサイクルへ持って行こうとか、〇〇カリで売ろうとか
もう、そんな猶予が無くて、クローゼットが洪水状態です
夫と暮らしていた時には当たり前のようにできていたことが
まるで、何もかも忘れてしまったようにできなくなって
それは物を処分することもですけれど
朝、起きることも、夜眠るという事も
お料理をして食べるという事も…
当たり前のように繰り返してきた、日常生活の中のリズムが
すべて、いきなりリセットされたようになって
死別してからの3年間は
一から手探りで生活のリズムを作ることになったのです
この感じ…何なのでしょう
三十年近くも繰り返してきた日常生活が
急に遮断された様になって、何をどうして良いのかわからなくなって
何もしないと溺れてしまうから、バタバタと必死でもがいて…
そんな風にして、なんとか三年
生きて来れました
気が付いて、あたりを見回せば
服は溢れているし、お部屋はあまり片付いていないし
なんだか、汚れも目立ってきているし…
この三年間は
お仕事をしていたことを除いては
食べて寝るだけの生活で、精一杯だったのでしょう
ようやく周りの状況に気が付いて
重い腰を上げだした…
三年目の終わりころに、やっとそこまでわかるようになったのです
整理整頓して、心地良い生活空間を作りたい…
そう思えるまでになれました
三年という時間で
やっと、当たり前の生活に辿り着いたのだと思います
(昨年の今日、出会ったお花…ミツマタが綺麗に咲いていました)
来年は、何処まで辿り着いているのでしょうか
もう少し、暮らしやすい環境が出来上がっているのでしょうか
こんな風に
一年先の事が、なんとなく楽しみに思えるようになりました
きっとこれが、三年間の『時薬』
あの死別直後の時に早く効いて欲しい、と思った
『時薬』
この薬は、じんわりと
少しずつ効いてくるのですね
でも、完治はしないお薬です…
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