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えー、やはりもう少し「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」に対する研究はした方が良さそうです。観ていない「バリー・リンドン」も観た方がよいでしょう。なんでもプラナーを使ったのは冒頭のみらしいんですが。さて、「カール・ツァイス大口径伝説」の最終章です。実は大口径レンズファン、ツァイスファンの中には、「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」の他にもう1本伝説の大口径レンズが存在するのです。その名を、「Super-Q-Gigantar 40mm F0.33」と言います。F0.33ですよ。F0.33!ちなみにF1.0以下の1絞りとは、F0.7、F0.5、F0.35となるはずなので、F0.33となればF1.0から3絞りも明るいレンズであるということになっちゃいます。つまり、夕暮れ時にCanon EOS 5Dに魔王を取り付けて、当然F1.0絞りで撮影をしていて、ISO400の設定でノイズとブレを気にしながら1/15秒だとすると、F0.33というレンズを取り付けたならノイズレスのISO100でブレも軽減できるだろう1/30秒にすることができます。すげーよそれって。このレンズの存在を知ったとき、名前と明るさのみという情報でした。次に入った情報は、どうやらフォトキナで発表しただけのレンズらしい、というところ。しかしそのお姿はまるで闇の中でした。今回調べてみたら、なんとその焦点距離は40ミリであることがわかり、かつ、1枚のみでしたがお姿も知ることができました。どうぞごらんください。どうよ?これを最初に見つけたときに思い出したのは、ニコンの大口径超魚眼レンズですね。正直なところ、自分が考えていたレンズ形状とまるで違うお姿なので、再検索しました。でも同じこのお姿のレンズが「Super-Q-Gigantar 40mm F0.33」ということのようなのです。これまたいろいろな言語の文章からこのレンズについての記述をまとめます。その1 プラナーF0.7と同じく1966年フォトキナにて発表その2 取り付けてあるボディはコンタレックスその3 1枚目レンズの直径は125ミリその4 先端の銀のリングが絞りで手前がピントその5 「Q」とはドイツ語で「quatsch」という意味その6 このレンズはツァイスの技術パフォーマンスだったその7 フォトキナでも以降もこのレンズによる写真は登場せずなんつーか、七不思議みたいなもんですな。ちなみに「quatsch」を調べてみたら、「ナンセンス」なんだそうです。なんか胡散臭い雰囲気が出てきましたねぇ。状況を推測するに、「カール・ツァイスとしてはF0.7よりも明るいレンズであるF0.33を設計し製作することができた。生産することも可能だが、こんなナンセンスなレンズは必要ないでしょ」という、ツァイスの技術宣伝アイテムであり、ドイツ人流のジョークなのかもしれません(笑)ちなみにコンタレックスのフランジバックは46ミリですから、40ミリレンズとなればレトロフォーカスにしなければならないはずです。レトロフォーカスの基本とは、レンズの前群を凹レンズ系とすることにより焦点を後ろへ移動させる設計方法です。となると、光をばっちり集めるというような意味合いに取れる「Super-Q-Gigantar 40mm F0.33」の巨大な凸レンズでは、レトロフォーカスになり得ないんじゃないか、と素人は思う訳です。でもインパクトは大きいよね。100歩譲って昔の超広角レンズや魚眼レンズのように、ミラーアップ必須なレンズだとします。でもそれじゃぁF0.33なんて言う超極薄薄ピントを合わせることなんて不可能に近いでしょうし。ライカ判のイメージサークルをクリアできるかどうかできちんと撮影できる「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」があのサイズなのに、「Super-Q-Gigantar 40mm F0.33」のサイズで2絞りも明るいレンズに仕上がっているということ事態が妙とも言えます。ま、「Super-Q-Gigantar 40mm F0.33」というレンズは、「66年当時のツァイスとしての技術広報」という見方で間違いないのかもしれません。ということで、F0.33ってやっぱり夢なんでしょうね。それにしても、40年以上経った時点で人をワクワクさせてしまうツァイスって、やっぱりすごい光学メーカーなんだと思いました。はい。大口径レンズは永遠なのです。以上で「カール・ツァイス大口径伝説」を一旦終了したいと思います。追伸:ある意味「つづく」なのかもしれませんよー(謎)「夕刻のフェンス」Canon EOS 5DCONTAX Carl Zeiss Planar T* 55mm F1.2Copyright (C) 2008 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」新サーバで再起動中!大口径は最高だぁ♪&日記が面白かったという人も、web拍手をクリックしてくださいね♪カメラ鍋の撮影に成功したら、こちらの画像掲示板へどうぞコメントや掲示板についてのお知らせがあります。ご一読くださいませ。
2008.09.27
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えー、「カール・ツァイス大口径伝説」の続きです。既に昨日のコメントに出ていますが、本日の主役は「カール・ツァイス プラナー 50ミリ F0.7(Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm)について語ります。ある意味このレンズは有名ですが、その氏素性に不明な点が多かったので、多方面で調査検索したことをまとめたいと思います。もしかしたら日本語初かも、あるいはこれだけまとめたのは世界初かも(笑)銀治が「ツァイスが作ったF0.7のレンズがある」という話を知ったとき、心底わくわくしました。そんな超弩級大口径レンズをツァイスは作ったのか、と。しかしある人はそれを「プラナー」と呼び、ある人は「存在だけでどんなレンズがわからない」と書き、焦点距離すらわかりませんでした。ますます気になるじゃん。その多くは後述する話と絡む訳ですが、その前にこの「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のお姿を拝見することにしましょう。こんな奴でした。写真に網版がかかっているので、何かの印刷物のスキャンでしょう。残念ながらこの角度以外の写真はまだ見つかっていません。この写真から読み取れることは、「Planar」であること、「50ミリ」であること、「3番のシャッター」を使っていることであります。手元に同じではないですが、3番のシャッターがあります。3番はレンズシャッターの中でも大きい部類で、開口部はおよそ5センチあり、その前に付いているレンズの大きさが相当大きいものだと想像できます。と思ったら前レンズの口径が76ミリであるという記述を見つけました。大判レンズの360ミリぐらいあるということになります。そしてレンズシャッターの奥にズーンと長く出っ張っているので、相当な長さと重さであることも想像できます。更に調べてみたら、なんとこの「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のレンズ構成図を見つけることができました!ご覧ください。6郡8枚です。プラナーの基本である、凸、凸と凹の張合わせを前後対称で持っています。んが、その後ろにきっと凸レンズであろう巨大なガラスの固まりがあります。なんのために巨大なガラスブロックが必要だったのか推測不能ですが、これだけでビビってしまいますよね。さらに貴重な資料を発見しました。1番後ろのレンズから決像する場所までの距離が、なんとたったの4ミリだったそうです。4ミリのフランジバックをクリアするカメラってどんなものだったのでしょうねー。ま、レンズシャッターが既に付いているので、フィルムガイドの金属がむき出しでも撮影できるわけで、問題なかったのでしょう。イメージサークルですが、ちゃんとライカ判の24x34ミリでの撮影ができたようです。ただ、このあたりの記述の翻訳にはちょっと自信なし。「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」として発表されたのは、今から42年前の1966年のフォトキナであることが有力のようです。今年はフォトキナ年。開催は2年に1度で今回が第30回ですから、第9回に発表されたということになります。そしてこのレンズの目的とクライアントです。クライアントはNASA、アメリカ航空宇宙局です。使用目的は、1968年12月21日出発のアポロ8号による月探査のためだということです。なんでも月の暗部を高感度フィルムの限界を超えて撮影するためにはとにかく明るいレンズが必要だった、が理由のようです。しかしながらこのとき使ったカメラとして広く伝わっているのは、ハッセルブラッド500ELと60ミリ、80ミリ、250ミリと言われています。来る月面着陸の調査のために数百枚撮られた写真の中で、いったいどの写真が「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」による映像なのか、全くわかりませんでした。ということで、多くの文献や書き込みからまとめあげた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」についての話は以上です。今現在このレンズがどこにあるのか、過去何本作られたのかは、全くわかりません。夢のレンズとして、確かに存在したことは間違いなさそうです。以上。じゃ、面白みは半分ですね。僕は特に映画ファンではないので、かるーく「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」が有名になったもうひとつの逸話も紐解いてみましょう。あるとき、スタンリー・キューブリック監督は悩んでいました。完璧主義者の彼は「バリー・リンドン」の撮影には18世紀を再現するべくロウソクの炎のみで映画を撮りたい、というとんでもないことに悩んでいました。おそらく当時の映画用カラーフィルムと言えば、コダクロームでしょう。ISO80ぐらいだと思います。1秒に24コマ撮るのですから、写真では当然のシャッタースピードを遅くするという技は使えません。暗い中での撮影をするためにはどうしても明るいレンズが必要になります。そこでキューブリック監督は当時から最高の映画用レンズを供給していたツァイスへ相談しました。ツァイスの回答は「NASA用に開発した明るいレンズがある」でした。他の話として、どうやらキューブリック監督は、「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」の存在を知っていたようで、ツァイスへ依頼して「バリー・リンドン」のために調達したようです。その後このF0.7をいたく気に入って、後の映画でも使ったそうです。また、別の監督が使いたくて貸して欲しいと願ってキューブリック監督の所へ行っても、決して貸し出すことがなかったそうです。キューブリック監督の元へ届いた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」をスタッフが見て「NO」という答えをだしました。それは先の通り、レンズ後ろ玉とフィルム面までが4ミリのクリアランスしか取れないということは、映画キャメラに取り付けることが不可能なのでした。奥がレンズシャッター付き、手前がシャッター無しそれでは納得しないキューブリック監督。スタッフはなんとかこの素晴らしい超大口径プラナーをキャメラへ取り付けるために、アリフレックス(と思われる)のレンズ取り付けマウントと、映画用のシャッターを改造しまくり、なんとか4ミリのクリアランスでも映画フィルムを回せるようにしたのでした。すると次の問題が発生したようです。プラナーの焦点距離は50ミリですから、映画の駒はいわゆるハーフサイズ(18x24ミリ)なので、当然焦点距離が長くなります。つまり75ミリ相当であるということ。いくらセットとはいえ、広角レンズが使えなくては壮大感が出ません。加えて映画は1コマ18x24ミリで撮影したとしても、映写するととっても横広がりになりますよね。つまりアスペクト比が変化します。これは撮影時に特殊なレンズをシネレンズ前に取り付けて寸詰まり状態で撮影し、映写時にその逆のレンズを取り付けて正しいサイズへ引き延ばすことで、あの横広がりなアスペクト比を作り出しています。どうやらこの問題をクリアしなければならなかったようです。(ここは若干翻訳に不安あり)この問題をまた極めて優秀な光学博士がクリアをさせて、いわゆるワイドコンバージョンレンズを「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のために設計しました。これを使うことで、キューブリック監督は、同じF0.7という明るさで50ミリと36.5ミリという広角レンズを手に入れたわけです。これがコンバージョンレンズこれがプラナーにコンバージョンレンズを取り付けたアリフレックス凄い努力と技術だと思いました。そりゃ人に貸したくはないわな。正直このわかりにくい写真しかないのかと諦めかけていたら、なんとカラーの写真をみつけることができました。おそらくキューブリック監督のスタッフがツァイスのプラナーを分解してバレルに改造したと思われる、その姿です。さらにネットの中から、このコンバージョンレンズの構成図を発見することができました。確かに後半部は先にアップしてある「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」の構成図そのものです。その前にデーンと付いているのが、50ミリF0.7を36.5ミリF0.7にするためのコンバージョンレンズです。プラナーの前玉が76ミリということなので、コンバージョンレンズがどれだけ大きいか想像してみてください。この36.5ミリと50ミリの開放値F0.7というレンズを使って、キューブリック監督は「バリー・リンドン」の撮影を希望通りロウソクの炎のみで行ったということなのでしょう。ということで、長年探し続けた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」についての研究は以上です。決して一般的なプラナーではありません。それほど表舞台へ出て来たレンズでもないのでしょう。しかし、当時はこのプラナーがなければ撮影が不可能だったという少なくとも2つの事実があったと言えます。ツァイスが世界最高の光学集団として、世界最大の実用的銀塩フィルムようレンズを設計したことに、心から感動しようではありませんか。これ以上のことを見つけることは難しいと思いますが、さらなる研究は続けたいと思います。そして、つづく・・・いやぁ、今日の文章は銀治にとっても超大技でつ♪&日記が面白かったという人も、web拍手をクリックしてくださいね♪コメントや掲示板についてのお知らせがあります。ご一読くださいませ。
2008.09.26
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えー、andoodesignさんの周辺がなにやらF0.95でざわざわしています。うーむ。もう少ししたら爆弾を落としに行こうかしら(謎笑)さて、ライカのことばかり書いていたので、たまにはツァイスのことでも書かなきゃね。ってことで、銀治は元々大口径レンズ好きでしたが、極度な好き状態へと気分が最強に高まり、大口径レンズ開放撮影原理主義者となっていった過程の中で、いろいろと研究を重ねていたことを発表したいと思います。題して、「カール・ツァイス大口径伝説」です。それではどーぞ。写真の世界に大口径レンズが登場することになったのは、どうすれば暗い部屋、夜に三脚を使わず撮影できないのか、といった写真家の願望がレンズ屋の耳に入っていたからでしょう。時は1900初頭、レンズ構成と言えばトリプレットであり、開放値は小さくてもF3.5ぐらいでした。小さいカメラの主流はまだライカではなく、アトム判や6x7、6x9のハンドカメラ(蛇腹付きのスプリングカメラ)でした。もちろんフィルム感度もASA100なんて夢のようなスピードで、6とか12とかだったとのことです。つまり、ちょっと暗い光線状態だと、ブレを覚悟するか三脚を使わなければ撮れない時代だったのです。1924年にエルネマン(後にカール・ツァイスに吸収される)在籍していたルードヴィッヒ・ベルテレは、24才の若さで「エルノスター100ミリF2.0」を天才的なひらめきによりトリプレットをベースに発明しました。このエルノスターを搭載したカメラが「エルマノックス」であります。広告コピーが「目で見えるものなら何でも写せる」というこのカメラを使って数々の写真を撮ったのが、エーリッヒ・ザロモンです。彼は暗い議会会場へエルマノックスを持ち込み、議員達の談笑する姿を撮影しました。いわゆるキャンディット・フォトの始まりでもあります。当時暗い場所で写真を撮ることなんて不可能だという認識が一般的にあったのでしょう。最初の頃議員達はザロモンがカメラを持っているなんて思いもせず、写真を撮られたことなど知るすべもなく、ありのままの姿を世にさらけ出すことになったのです。その後「ザロモンが来た」と議員達は逃げる始末。最終的にはアトム判(45x60ミリの乾板)エルノスター100ミリF1.8、あるいは125ミリF1.8を、ザロモンは使ったようです。この話、写真史では必ず通ります(笑)まぁ言ってみれば、ザロモンを「大口径開放スナップ撮影の父」と言ってもよいかと思います。ザロモンがツァイスの大口径レンズを使い様々な写真を残しました。そのエルノスターを小型化し発展させたのが、ベルテレの次の発明である「ゾナー」です。1934年、いわゆるイチゴゾナーというコンタックス用交換レンズの50ミリF1.5です。ツァイスはゾナーをライカはズミターを開発し、小型カメラ大口径レンズ開発戦争の開戦となったと言っても過言ではないでしょう。しかしながら、ゾナーは不運の道をたどります。高い工作制度が要求される張合わせレンズの多さ、後ろのレンズからフィルムまでの距離が短いこと、大口径の先陣を切ったのにそれ以上の大口径化が難しかったことなどにより、大口径レンズの地位から失脚してしまいます。大口径レンズ戦争のもうひとつの相手はライカであり、採用したのはダブルガウスタイプでした。この辺りから大口径レンズを製作するのはダブルガウスタイプが優れているという方向へ舵が切られたのです。時代を少々さかのぼります。ダブルガウスを開発したのは「パウル・ルドルフ」です。1896年にツァイスへ招かれ、1896年に数学者であり天文学者の「ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス」が発明した「ガウスタイプ」という凸レンズと凹レンズを1組み合わせた構成を元に、絞りを挟んで対称にもう1組逆配置させることで収差補正ができるダブルガウスタイプを発明します。つまり「プラナー」のスタートです。しかしながらプラナーも一旦ツァイスの中で不運なレンズとなりました。球面収差補正に優れているものの、空気接地枚数が多いために他のレンズに比べてフレアが多く、忘れられた存在となったのです。その後ルドルフはトリプレットから発展させた「テッサー」を発明し、そちらが主流レンズとなって行ったのです。ちなみにルドルフはベルテレの前のツァイス光学設計部長でした。1911年にツァイスを退社してフューゴ・メイヤーへ行き、あのプラズマートを設計したことは有名ですね。どうやらゾナーの登場前にプラズマート50ミリF1.5を設計したようです。プラナーに再び光りが当たるようになった最大とも言ってよい要因は、新種のガラス開発とレンズへのコーティング技術の開発でした。様々な屈折率のガラスを組み合わせ、ガラスへコーティングをすることにより、収差を減らし反射を減らしフレア発生を押さえることができるようになったのです。そしてプラナーは1953年に、それまでテッサー80ミリF2.8だったAタイプの後継機のBタイプとして、ローライフレックスで復活します。ここからプラナーに怒濤の勢いが付きました。ハッセルブラッドへのレンズ供給、コンタレックスの開発など、ツァイスと言えばプラナーというような看板レンズ構成へと発展していきます。プラナーには、大口径レンズを設計しやすく、後ろ玉とフィルム面までの距離を確保しやすく、色収差や球面収差を補正することが容易く、いわゆるフィルム面に対する均一性平坦性に優れているという特徴があります。したがって大口径レンズと言えばプラナータイプが増えたのでしょう。ツァイスも標準レンズで言えば、ローライやハッセル用の80ミリF2.8を始め、小型カメラ用として、50ミリF2.0、F1.8、F1.7、F1.4、55ミリF1.4などの優秀な大口径レンズを送り出しています。ここで疑問を持ちました。プラナーが標準レンズとして大口径化しやすいことはわかった。んじゃ、最高に明るいレンズはどこのなんなのよ?あまりに長文になるので、つづく。「夕刻の赤い実」Canon EOS 5DCONTAX Carl Zeiss Planar T* 55mm F1.2Copyright (C) 2008 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」新サーバで再起動中!やはりプラナーのボケ味は最高♪&日記が面白かったという人も、web拍手をクリックしてくださいね♪カメラ鍋の撮影に成功したら、こちらの画像掲示板へどうぞコメントや掲示板についてのお知らせがあります。ご一読くださいませ。
2008.09.25
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えー、本日はリンクさせていただいているugenさんのブログ「YASHICA FX-3とMLレンズ」にあった記事にコメントを付けようとしたら「長すぎです」とエラーになってしまったので、こちらに加筆修正して転記することにしました。その記事とは、カール・ツァイスのレンズについて「初期玉は高性能だ?」というタイトルで、ugenさんらしい技術者的語り口で、ばっさりと切り落としています。まずは、その1とその2を読んでから以下の文章をどうぞ。 ちなみに国語2の銀治が要約すると、「工業生産物であるレンズは設計通りに作られているはずで、ヤシコンレンズの初期玉が良いとか当たりはずれがあるなんて幻想だ」ということを述べられていると思います。>あっています?以下、書き込みたかったコメント、プラスアルファ。僕は「夢」が欲しいのでカール・ツァイス初期型高性能レンズ存在支持者です(笑)理由は、実際に知人の写真家が20本近くの初期型と中期と後期の50ミリF1.4と85ミリF1.4を撮り比べて、「明らかに個体差がある」という結果を出したことによります。>他力本願ただし、コンタックスが日本で発売になったのは、たしか1975年だと記憶しています。既にん十年経っているレンズが初期型であるので均一的なデータなのかと言われれば疑問な点も十分にあることでしょう。しかし、実験を財を投げて行った知人が「巷でまことしやかに言われている、ツァイスの初期型に、その手に対する好みに合致する個体が多いという話は、アリだと感じた」と見せていただいた写真を見て、自分もそう思いました。しかしながら、描写には個人の「嗜好」が入る分野なので違う意見の人だっていると思いますし、いましたよ。んで、ここから銀治流「初期玉神話」と「当たりはずれ」の推測。まず「初期玉神話」から。よく言われる「鉛の含有量が多いレンズは高性能」です。京セラ、あるいはツァイスが50ミリF1.4のどのレンズにどんな種類の硝材を使っているかを発表しているのかは、知りません。光学ガラスにさまざまな素材を混ぜることによって屈折率の違いを得ることができ、それらを組み合わせて各種収差を解消していきます。中でも重金属を含有させたレンズは高価で安定しにくい、と言われています。1975年前後の技術は今よりは低いと思いますが、当時にしても最高レベルをカール・ツァイス社は求めたことでしょう。したがって、ツァイスは設計の段階で指定した硝材のレベルが「許容範囲」という基準を考えいたのではないか、とも推測できます。つまり設計基準を上回る、オーバースペックが出る分には「良し」だったのではないでしょうか。実際に数十個のレンズの重さを計測すると、初期のレンズは後期のレンズに比べて数グラム以上重い固体が多いのです。加えてT*コーティングの色も超初期には無色に近いものもあり、ブルー系が強い、マゼンタ系が強い、イエロー系が強い、と製造時期によってまちまちです。ここで、硝材の不安定さを補っていたのかもしれません。もしもugenさんの言う「設計と製造が狂ったら製品としておかしい」という製造技術における正論は、事実として異なってしまう部分が多少あります。つまりは推測として、やはり製造初期では技術的に高級硝材の不安定さがあり、後期では安定して設計通りに製造できるようになった、と考えてもおかしくないと思います。あえてもう1度。「重い固体が良いレンズ」と行っている訳ではありませんので。次に「当たり玉とはずれ玉」について。ひとつの例を挙げたいと思います。それは独逸国民性についてです。独逸人はどうも、「メーカー発表の性能値はクリアして当たり前でむしろ上回っているべき」と考えている風があるようです。具体的に言うと、同じ独逸製造で有名な、車という分野でもヤシコンと同じようなことが言われていました。「このゴルフは知人のゴルフよりもパワーがある」と、ここではフォルクスワーゲンを取り上げましたが、独逸車の性能にばらつきを感じる人が多くおり、それを称して「当たりはずれ」と言っていました。ここでもugenさんの仰る通り「工業製品でそんな差があるべきではないし、設計同様にならんはずはない」のに感じる人がいるのです。で、独逸人と車の続き。独逸人は新車を購入したらパワーチェックをするそうです。これは、自分が購入した車の性能がメーカーカタログ値と比べることを自ら調べ、値が上回って初めて満足し、それ以外はクレームをする、ということのようです。つまり、独逸人で言うところの「設計性能」とはメーカー発表値が出て当たり前であり、組立や素材の微妙なさじ加減で生まれるであろう設計性能を上回った製品をはなから目指して製造している、とも言えそうです。製品の設計基準も高く、さらに製造してもより高い性能です。したがって、たまたまさじ加減がよくてなのか先の硝材の不安定さなのか、公差を加味した上での設計と基準がもうけられており、メーカー発表性能を上回った個体が発生したら「当たり」で、カタログ値並が「はずれ」と言われるのではないかと推測しています。両者合わせた結論として、僕自身は「ツァイス初期玉高性能神話」を捉えています。再度あえて個人的主観として言えば、後期レンズの性能が悪いのではなく、撮り比べた写真を見たならば、明らかに某国産高級レンズよりも描写が好きだなぁと感じました。とどのつまり、初期玉は若干公称性能を上回っている固体もあるのでないかと邪推しても面白いんじゃないの、夢を持った方が楽しいじゃん、と感じている訳です。それと基本的に「当たりはずれ」を騒ぐということは、物欲に対する精神安定剤みたいなもんでしょう。「大枚はたいて物欲を満足させるレンズがはずれと言われたらイヤだ」↓「某所でツァイスは初期が良いって書いてあったな」↓「じゃあ初期を狙おう」↓「ほーら言わんこっちゃない。初期玉を選んだ俺のレンズは当たりだ」↓「へぇー。君の初期玉は当たりなんだねぇ」↓以下連鎖反応が続くこんな所じゃないですかね。ついでに書くと「某所に書いてあった」に至るまでにも伝言ゲーム的紆余曲折があって、例えば某ツァイス好き写真家のたまたまシリアル番号が一緒に写っていたレンズで撮った写真が好きだった(印刷ベース)人が、「あの人が使っているレンズは初期玉だったから、きっと初期玉は良いのだろう」的感想が1人歩きしているとも言えるでしょう。次に一般論からして、噂から初期玉を手にした人が厳密なる新旧他社比較テストをした上で話をしているとは思えませんので、やはり精神安定言語である「俺のは当たり」を信じ込んだ方が幸せですもん。あ、そうそう。ugenさんへのツッコミ所として、「ツァイス社および京セラは、レンズを製造期間中、全く同じ設計で製造し続けていたのかどうかは、不明なのである」という前提が抜けていますよねぇ(笑)。いや、だから、初期は偉いってんじゃないですよ。話の最後にツァイスの凄さを感じるエピソードをひとつ。某レンズ製造会社の社長が、「本国チェックではじかれる数が少なければ利益がもっと出て、かつ価格も低く設定できるのに」とボソッと言ったとか言わなかったとか(笑)「イエローナイフ 2008」Leica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishNoctilux 50mm F1.0 (E58 / 2nd)Kodak Professional ULTRA COLOR 100UCCopyright (C) 2008 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ま、自分のモノが1番なのですよ。&日記が面白かったという人はweb拍手をクリックしてくださいね♪カメラ鍋の撮影に成功したら、こちらの画像掲示板へどうぞ
2008.05.03
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えー、本日は1日中雨でした。したがって、という訳じゃないんですが、ライカを持参していたにもかかわらず、1枚も切りませんでした。ふむ。さて、ルードヴィッヒ・ベルテレ博士が雪渓した「ゾナー」型レンズについての考察です。1924年にベルテレ博士は、当時としては超すんごい大口径レンズである「エルノスター」100ミリF2.0を設計しました。フィルム感度が低い時代に、「目で見えるものなら何でも写せる」というコピーで「エルマノックス」という乾板のアトム判(645程度)のカメラに取り付けられて売られました。次にベルテレ博士は、エルノスタータイプレンズをライカ判に適合するようなクオリティにするべく、1931年にコンタックス用の「ゾナー」50ミリF2.0を設計しました。このあたりからいわゆる、ツァイスとライツを先頭にした各レンズメーカーによる大口径レンズ設計戦争が勃発するようです。現在の標準大口径レンズ設計ではそのほとんどがガウスタイプ(ダブルガウスとかプラナータイプ)に取って代わっていますが、1950年前後という時代にツァイスが選んだゾナー50ミリF1.5は、ライツが選んだズマール50ミリF2.0等を明るさでも収差の少なさでも凌駕し、大口径レンズ時代を牽引役となったのです。その理由は、コーティング技術が無い時代ですから、レンズ同士と空気の境で起こる内面反射が像のコントラストを下げてしまう原因となったからです。ガウスタイプと異なりゾナーは、張り合わせ面を多くした3群7枚という構成によって、空気面を少なくすることで、大口径でありながらコントラストを上げたという訳。で、コシナ・ツァイス。コシナが言う所の「ゾナー設計を現代に蘇らせた」とありますが、実は完全なるオリジナル設計に忠実ではなく、4群6枚という構成になっています。具体的には、過去ゾナーは2群目が3枚の張り合わせで、トリプレットタイプで言う所の、中央の凹レンズのパワーを作り出しています。先の通り、コーティングが無い時代のため、収差補正と空気面を考えた設計なんです。しかし現代のコシナ・ツァイスは、この部分を分けました。なんてったって「T* コーティング」という最高技術がありますから、あえてコストがかかる3枚張り合わせをする必要がないんですもんね。ま、今の自分にとって、ゾナーのファンになったので、ここはオリジナルに忠実な設計も見たかったなーと思いますが(笑)4群6枚の新ゾナーであってもやっぱりゾナーなのかと思うのは、この「コントラスト重視」的な光の導かれ方ですね。コントラストというと曖昧なので、明暗の差がきっちりと再現されているとでも言いましょうか。ピント面とボケの境にキリッとした違いを感じます。人間の視力で例えるならば、プラナーは1.0でゾナーは1.5あるいは2.0ってイメージです。今日の写真はちょっといぢわるで、夕暮れ時に電灯へ直接向けています。さすがに多少の滲みが発生しちゃっていますが、T* コーティングのおかげかフレアーを余り感じにくいです。これを0.95で撮影したら、バーンと虹色のゴーストとフレアーが発生することでしょう(笑)今までがガウスタイプばっかりだっただけに、このゾナーが持つ爽快な切れ味は、クセになりますね。特に高コントラストタイプのベルビアやベルビア100Fやプロビア100Fといったリバーサルとの組み合わせで、もっとさまざまな方向性で撮ってみたいです。はい。「電灯」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishFUJIFILM Provia 100FCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.25
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えー、電池を忘れちゃダメダメですし、27万アクセスを超えていたことも忘れちゃダメダメでしょう。大口径レンズ開放原理主義者としては、絞った写真を撮影することは少ないです。とはいえ、1ヶ月ほど前に注文を出したゾナー用のND8がまだ来ないので、日中どうしても撮影したい被写体をみつけてしまったら、そりゃ絞って撮影します。以前にも書いた通り僕が好きな絞り値は、レンズの特徴がでまくりボケが得られる開放と、レンズの持つ能力がピークになりながらある程度の被写界深度とボケを両立できるF5.6が好きです。大型カメラでの撮影を除いて、およそこの2種類の(開放値はレンズによりまちまちだけど)絞りを使った写真がほとんどです。ということで、開放ばっかりじゃなくて、ゾナー君のF5.6描写はどーなのかなーと気になったので、先日の雨のワークショップの際に比較写真を撮影してみました。と言っても、思わず踏み込んでしまい、F1.5とF5.6が同じ構図になりませんでしたが(汗)、ひとまず、ごらんくださいませ。「春雨・菜の花・廃タイヤ」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishKodak Professional ULTRA COLOR 100UCCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.↑これがF1.5「春雨・菜の花・廃タイヤ」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishKodak Professional ULTRA COLOR 100UCCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.↑これがF5.6こんなブログ画面上の小さい写真で比べるってのもわかりにくいですが、どうでしょうか?双方ともタイヤの上にある紙にピントを合わせました。開放F1.5の菜の花は、溶けまくってしまい、芝生の上に咲き乱れるたんぽぽですか、ってなボケ方です。全体的に眺めても、F5.6のキリッとしたタイヤの質感に比べて、F1.5はフワッとやわらかい調子になっています。多少残っている球面収差の影響でしょうかね。拡大画像もアップしてみましょう。別表示させると大きく見ることができます拡大して見ると、「FOR」に光が回り込んでいるか、分離しているかがよくわかります。またF1.5のピントの薄さも感じます。特筆すべきはF5.6が作るボケだと思います。2線ボケが出るレンズだとこのように草など線になるボケはうるさくなりすぎますが、まぁるく茎の形そのままを感じることができます。ちなみにスクラッチに見える線は、雨ですよ。ありきたりな言葉ですが、開放でもよし、絞ってもよしの優秀なレンズかと思います。このあたりにダブルガウスタイプとは違う、ゾナー特有なボケの秘密がありそうです。今後も掘り下げてみたいですね。ちなみに5月8日にアップした写真も、場所は違いますが、同日撮影です。見比べれば、ポジとネガの雰囲気の違いもわかります。うーん。ウルトラカラーの発色は優秀ですが、曇りだと力を発揮できないのかもしれません。「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.20
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えー、沢山スキャンしたのに、写真データを入れた外付けHDDを持って帰るのわすれちゃいました。だから、今日は写真無しで、ネタも急遽変更します。えへっ♪さて、先日出張の際、2時間少々電車に乗らなければならなかったので、乗車の友を探しに珍しく本屋さんへ行きました。なににしようかと悩んだあげく、神立尚紀氏の「撮るライカ 1」を買いました。もともと活字に弱いことや、この手の本をなんとなく敬遠しているふしがあるんですが、なかなか面白かったですし、往復4時間少々で読破しちゃいました。>僕にとっては珍しい出来事実は読み進む中で、「うほっ。なるほど!」とライカ歴が短い僕にとって目から鱗が出るような記述があったのです。正直ここに文章化することが恥ずかしい気もしますが、思い切ることにします。ライカや他レンジファインダー用のレンズを使うようになって、一眼レフ用レンズと決定的に違うなぁっと思ったのは、鏡胴にある「フォーカシングレバー」です。素早く正確な撮影が可能なレンジファインダーカメラですから、フォーカスを素早くするための器具のひとつ。ぐらいにしか考えていませんでした。というよりも、フォーカシングレバーに慣れていないこともあって、先日までほぼ無視してローレットそのものをグリグリとまわしておりました。それが違うんだ、と神立氏は教えてくれました。>先輩に感謝氏は本の中で、「ライカこそ自分の眼や手の延長となりうる、使える道具だ」と力説し、その使いこなし術としてフォーカシングレバーを有効性を上げています。「日常の中でデータを蓄積することが、素早い使いこなしの役に立つ。例えば、私の常用するレンズのフォーカシングレバーをレンズの真下の位置へ持って来ると、ピントは2メートルになる。目測で2メートル感覚を掴んでおけば、かなりの精度でピントが決まるようになる」ハッキリ言って、一斗缶で後頭部をガインって殴られたような衝撃でした。これがフォーカシングレバーの使い方なのだ。そう思って、ゾナーを眺めて見ると、ちゃんとあるじゃん(笑)改めてコシナのサイトをチェックしても、フォーカシングレバー(とゆーよりも、フォーカシングデベソ)があるなんてどこにも書いていないじゃん(笑)そして自分の大きい手でフォーカシングレバーを触ってレンズの真下に持って行くと、確かに2メートル付近になるじゃないですか!良ーく考えると、僕のスナップ写真の7割近くは、1.3メートルから3メートル位の間にピント面を持ってくることが多いです。そしてたまーに無限遠近くへ回した後に近接しようとした時に、一瞬どっちへ回すんだっけ、と迷うことがありました。フィルム巻き上げは、シャッターを押した次のアクションとして、「カシャ、スルスル」とほぼリズムが身に付いていますが、フォーカスについてはまだまだでした。しかし、このフォーカシングレバーを真下へ回転移動させた状態を常にデフォルト位置としておけば、ピントを合わせるという行為がもっと素早く正確になりそうです。ただし、このゾナー君の場合なのか僕の指のクセなのかわかりませんが、1.5メートルあたりに落ち着くことが多いようです。それらならばその距離を覚えればいいことですからねぇ。ということで、ますますライカが、そしてゾナー君が好きになりました。キヤノンF0.95にもフォーカシングレバーを取り付けてみようかな。「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.15
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えー、自分で「266000」のカウンターを踏んじゃいました。なんとなく嬉しかったとです。さて、ゾナーのことをいろいろとネットで調べてみたり、写真関係の本の中に記述があったり、様々な情報を取り込んでいます。その多くが、「ふーん。へぇぇ。なるほどねぇ」と一応感心しています。はい。その内容は、史実であったり、実験や調査であったり、コラムであったりするところから一応吸収しています。そんなことを「感染ルンです」でまとめた所でつまらないですし、付け焼き刃な知識よりもみなさまのほうが詳しいかもしれませんから避ける方向で。>墓穴掘りそうってことねまぁ、ここは僕なりの視点で物事を分析して捉えて、拙い文章を書く場所なので、ゾナーについてもそのへんを重要視していくつもりです。ただ、思い込みが激しいのが難点かもしれませんが。僕は写真を生業とするべく勉強してきました、広告やマスコミ関係の知識もまぁある方だと思っています。過去何度も書いていますが、「写真とは写っているものは事実に限りなく近いことであろうが、写真は基本的に嘘つきだ」という思想を持っています。同様にメディア関連についても捉えています。メディアは限られた紙面や時間の中で、物事を伝えようとするもので、その全てが真実なのかどうかの判断は、受け手の捉え方や感受性や思想でいかようにも変化するし、ある意味プロパガンダ的であると考えています。このことを前提に話を進めます。正直言って、ライカやレンジファインダーに大きくハマる前には、多少のこだわりはあったにせよ、積極的なレンズ系知識の導入はしていませんでした。もちろん多少はやりましたよ、学生時代の50ミリレンズ撮り比べしたり、教授にどれがプラナーかなんてやってみたり。それら実験の結果、自分の表現にはプラナーが好きな絵を作ってくれるな、と考えて特に好んで使っていましたから。しかし、あまりのめり込んで雑誌的の比較・対決記事的なことを積極的にやってみたり、考えてみたりはしませんでしたね。そもそもカメラ雑誌って読まなかったし。どっちかって言うと、現像やプリントテクニックの向上とか写真家の研究とかの方が好きでした。もちろん今もですが。えーっと、なにを言いたいかと言うと、「○○というレンズの味は、ボケが美しく、線が細くて、柔らかい描写だ」とかって記述を見ても割と最近まで、僕の頭の中には「???」としかならなかったのです。今は比較できるようなレンズ所有者になってきましたし、実際にやってみて「こうかな」と思うことは、過去にもここに書いてきました。どっちかっていうと、「レンズの味」という不明瞭な要素も大切ですが、「今、目の前の光をどのように捉えて表現するか」ということが最重要なんですね。写真が好きだし、自分の表現なので、カメラやレンズは所詮道具に過ぎないんです。しかしながら、所詮道具のくせに、されど道具なのかもしれないのかな、という思いが以前にも増して盛り上がって来ちゃったから、始末におえないというか。うん。書いていることが矛盾しちょる。あくまでもネットや本等の記述について、事実は事実として、著者の感情移入がありそうな記述は半分ぐらいに考えていたいと思っていたのに、元来のこだわり性格が発酵して膨らんできちゃったので、じゃあその感情的文章はいったいどうなのよ、っていう方向へ興味の対象が広がっちゃったということなんですよ。要するに、最近ガウス系ばっかりだったので、対極的設計であるゾナーを知ってみたくなっちゃった、かつ研究してみたくなった、ということ。ただし、大口径好きに変わりはないので、テッサーとかの開放値が暗めのレンズはこの際どうでもいいってことで。『プラナーには品のよい軟らかさと線の細さと派手な発色があり、ゾナーにはコントラストが強くて力強い線と濃厚な発色があり、ボケについても双方違う雰囲気がある』なんて文章を読んで、「ふーん。そうなのか」と思いたくない性格なんです。それじゃー「レンズごとの味ってなによ」って気になっちゃったんですよね。今後この手の実験や研究ももっとやってみたいと思っていますが、なるべく自分の目で確認して、なるべく自分の言葉で考えて行きたいと思っています。だから、最新技術を投入して復活した、コシナ・ツァイスのゾナーを選んでみました。「電線」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishFUJIFILM VelviaCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.10
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えー、今日は暑かったですねぇ。夏の暑さが嫌いな僕としては、早く秋になって欲しいと切に願う季節になりました。ということで「C Sonnar T* 50mm F1.5 ZM」について語ってみましょう。昨日アップしたとおり、コシナ・ツァイスに向けられた銀塩ファンの言い草は、決して万歳大歓迎全て好き的感想ではなかったように思います。「レンズやその描写は悪くないのにねぇ、作りはねぇ、なんつーか安っぽいってゆうか」という感じが大方を占めているような雰囲気が漂っています。ま、実際自分のコシナ・ツァイス感って似たようなもんがありましたね。持っていないくせに、正直なところ。ただレンズ描写に関しては、雑誌やネットの写真を見る程度なので、自分の確証がないので言及したことはなかったはず。じゃ、手に取ってみてどうだったのか?うん。その時代ごとのテクノロジーを製品の開発につぎ込むのが製造メーカーの使命であるならば、これもありかな。と思うようになりました。つまり、コシナ・ツァイスのプラスチッキー丸出しのしかし押さえる場所はしっかり押さえているデザインを受け入れることにしたということ。古典美術も好きですが、現代アートも大好きなもんですから、心のスイッチを21世紀にしてしまえば、コシナ風味にしてしまえば、うん、これもいいぢゃない。どだい、比べる相手が悪いんです。当時のテクノロジーの中でも最高水準であろう製造方法を用いて、世界に向けてデザインのあり方を「バウハウス」として発信した国の人が作ったレンズ、例えば8枚玉ズミクロンのような作りと比べるのは酷ですって。コンタックスRTSのように、デザインは崩せないからこの中に入るように中身を作れと言ってきたような国の人を相手に開発コスト度外視っぽいことができた当時の作りとは違いますって。おそらくゾナーはもちろん他の製品だって、コシナが持っている最高基準の技術を投入しつつ、可動部などを創り出しつつ、あの価格とあの軽さを実現させたんでしょうし。プラスチッキーなローレットにしても、なんとなく手にまとわりつくような感触すらあるようなデザインを選んでいるような気がしますし。ま、「あばたもえくぼ」かもしれません(笑)追補レンズボディを指す日本語は、「鏡筒」なのか「鏡胴」なのか?どなたか教えてくださいませ。「露天商売」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishFUJIFILM VelviaCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.09
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えー、せっかく楽天もカテゴリーが増やせるようになったし、かなピンさんの言葉に舞い上がっているので、新たに「カール・ツァイス」を増設しました。しっかし、こーゆーことをやると過去にさかのぼって再カテゴライズしたくなってしまう( ̄▽ ̄;)ってなわけで、Cゾナー君について語ろうの第1弾です。「C Sonnar T* 50mm F1.5 ZM」の発売から10ヶ月ほど経とうとしています。そんな現在、「なんで銀治はコシナ・ツァイスを?しかもゾナーを?」とお思いの方も多いのではないかと推測しちゃいます。そのあたりは追々アップしていこうと思います。物欲というのは、性能に魅力を感じたり、外観にハートをズキュンとされちゃったりってなことで動くことが多いでしょう。では、コシナが提供しているカール・ツァイスはどうなのか?多くのカメラファンの意見を取りまとめると、1.京セラのコンタックス時代に比べて見劣りするパッケージデザイン2.新設計と新硝材による消えたツァイスらしいこってり感3.色調が青系4.持つ喜びは薄い5.コストパフォーマンスは良いようだあたりを多く見かけます。良い方向とも取れる意見もありますが、大抵は「なんだかなぁ」的がっかり方向が多いようにも思います。特に鏡筒デザインについては、ダメ出しされることが多いような気がします。はたしてそうなのか?雑誌や店で見た感想よりも、手に取っていぢり倒して感想の方が自分らしい意見を言えると考えるので、最初はこの辺から行ってみようと思います。さてさて、「C Sonnar T* 50mm F1.5 ZM」はベルテレのゾナー設計を復活させつつ、現代的ツァイス設計とベルテレ当時では果たせなかったT*コーティングを身にまとって作ったレンズとのことです。んじゃ「C」っなによ?コシナ・ツァイス的には、他のZMレンズ系列とは別ラインという位置で扱いたいようで、先の通り設計復活蘇り系レンズな名称のようです。>かるーくつっこんでおくと、プラナー50mm F2.0 ZMこそ4群6枚のオリジナルダブルガウスのプラナーだと思うコシナとしては既に送り出したレンズとして、ノクトン・クラッシック40mm F1.4だとかヘリアー・クラッシック50mm F2.0と同じような気持ちがあるようで、クラッシックの「C」。往年のコンタックスというレンジファインダーで広く使われたということと、コシナが使いたいと願っても使えないという名称であるコンタックスの「C」。そして最後に他のレンズと比べてゾナーというレンズがコンパクトに作ることができるという意味で、コンパクトの「C」。以上の3点が交錯しているように発表しているようです。>1部銀治的脚色あり銀治がこの「C Sonnar T* 50mm F1.5 ZM」を使ってみたかったひとつの理由として、実は「コンパクト」ってことがあります。愛して止まないヘキサノン50ミリF1.2にしても、キヤノン50ミリF0.95にしても、標準レンズというジャンルにしては、そりゃ大口径なのでかなり造作が大きいです。レンジファインダーのひとつの楽しみ方として、「小さくまとまったパッケージング」があると思います。しかしながら大口径レンズとサイズとは、相反するベクトルを持っているのがほとんどです。ならば、「コンパクト」設計だとツァイスが豪語するならば、ゾナーという大口径標準レンズをレンジファインダーで使ってみよう、という思考へ動いたというわけです。つーことで、前置きが相変わらず長くなりましたが、コンパクトって「C」を強調しているぐらいなので、ぜひともゾナー君を付けたかったというボディがあります。そうです。コンパクトなボディといえば、ライツ・ミノルタCLです。最初の組み合わせはライカMPで使用うひー(喜)。CLに取り付けてもなかなか凛々しいお姿なゾナーと思っていたら、まさかの落とし穴が・・・そう。かっちょええスリットタイプの専用フードなんですが、距離計窓が短いCLではなんと、3メートル以下にレンズを繰り出すとケラレてしまうのですよ( ̄□ ̄;)ガーン写真だと撮り位置の関係で距離計の窓が見えますが、正直光軸上にフードが入っちゃいます。これは予想外にトホホッ、じゃん(泣)コンパクトってぐらいだから、Mロッコール40ミリF2.0よりちょっと位大きい程度かと思ったら、結構なサイズでしたわ。ま、フード無しでCLに装着する分には、全く問題が無いってことがわかったので、CLで使うためには↓このようなフード無し仕様になることが決定!でもねぇ、いくらフレアやゴーストを押さえるパワーを持ち合わせるT*コーティングとはいえ、フレアやゴーストが出やすいという設計のゾナーにフード無しってどーなんでしょうね。現在、撮影しながら検証中です。ということで、総括。他の大口径標準レンズと比べたら多少コンパクトである程度の「C」である以上です。「春雨・菜の花・廃材」C Sonnar T* 50mm F1.5 ZMLeica MP LHSA Edition Grey Hammertone FinishFUJIFILM VelviaCopyright (C) 2007 GINJI, All Rights Reserved.↑確かに柔らかさの中にもコントラストがしっかりしています「大口径開放戦線」古今東西大口径レンズの開放写真が集まっている参加型ブログ(引越中)ご意見やご感想や応援は、ここからweb拍手でどうぞ
2007.05.08
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