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玲子16~エレメント2~


ごくたまにしか見舞いにも行っていない。自分が余命いくばくもないと知っている父は
見舞いに行くたび、アタシに母親のことばかり話すのだ。
そんな話など聞きたくもない。今更聞いて何になるのだろう。

「母さんのことは恨んでいない。父さんが不甲斐なかったんだ。だからお前も母さんを恨んではいけないよ。」そう言う父にアタシは言ってやりたかった。
アタシは、「お母さん」という人の顔も知らないで育った。
小さい頃からどれだけ後ろ指を指されたことか。
アンタは知っているの?アタシの、つらさを、悲しみを。

地域の乳児院を出てから中学に入学するまで、アタシは親戚に預けられた。
父親は仕事に明け暮れていて、月に何度か顔を見に来るだけだった。
「母さんは星になった」と聞かされていたアタシに、親戚の伯母さんはご親切にも教えてくれた。
「アンタの母さんはね、男をこしらえて、父さんとアンタを捨ててどっかへ逃げちゃったんだよ。まったくアンタの父さんときたら、情けないったらありゃしない。ご近所にアンタのこと、なんていわれているのかと思ったら、恥ずかしくって挨拶もできやしないよ」
伯父さんは、夜中にこっそりアタシの布団にもぐりこんできた。
「お前は男狂いの女の子だ。血は争えないというが、どうなんだ?ほら・・・」そう言って、アタシの下着の中をまさぐった。
アタシは声を出さなかった。黙って何も考えないようにして、ことが終わるのをじっと待った。
早く大人になりたい。ここから出たい。こいつらにされた、うらみつらみはぜったいに忘れない。
忘れてなるものか。幼いアタシは、心に刻み付けた。
父には言えなかった。言ってはいけない気がした。

中学に入学するのを機に、アタシは父に親戚の家から出て父と住みたいと懇願した。
家のことは自分がなんでもする、だからお願いと何度も頼んだのだ。
アタシの願いは叶い、あの忌まわしい家からようやく抜け出すことができた。

そしてそれからすぐ、司がやって来た。
司の母親がいなくなってから、アタシと司は前にも増して陰口を叩かれる存在になった。
アタシたちは、いつも2人で寄り添うように過ごした。7つ年の差があったが、いつか2人で暮らそうと本気で考えていた。
「大人になったら、玲ちゃんをお嫁さんにする」司は幼い頃から、それが口癖だった。

父は「許すことが愛だ」と信じているらしい。母を愛しているから、許すのだと。
「愛」なんて正体のわからないものを信じることなんて、とうていアタシにはできない。
愛するって、一体なんなの?アタシにはわからない。
でも、もしかしたら・・・司が、あのままアタシのそばにいてくれていたら、アタシはそれを見つけることができたかもしれなかった。



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