ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン& オペラとクラシックコンサート通いのblog

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン& オペラとクラシックコンサート通いのblog

PR

×

サイド自由欄

QLOOKアクセス解析

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

Verdiさん

Verdiさん

カレンダー

コメント新着

Verdiさん @ Re[1]:9/14 N響定期公演 (2024年9月 Aプロ1日目)(09/14) Maybe.さんへ >隣の席のテーブルマナ…
Maybe.@ Re:9/14 N響定期公演 (2024年9月 Aプロ1日目)(09/14) 誰がどうであれ、感動したなら構わないけ…
Verdiさん @ Re[1]:3/30 東京春祭トリスタン(04/01) emigmaさんへ ああ、ヤノフスキですね。ま…
emigma@ Re:3/30 東京春祭トリスタン(04/01) ひぇっ!ヤンソンスがN響ふったんですか!…
Verdiさん @ Re:12/3 N響定期公演 (第1971回 2022年12月Aプロ1日目(12/04) NHKで録画が放送されたのを観てみました。…

フリーページ

2026年02月01日
XML
カテゴリ: オペラ



 5階右側

 プッチーニ:妖精ヴィッリ

 アンナ:迫田美帆
 ロベルト:所谷直生
 グリエルモ:清水良一

 マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ

 サントゥッツァ:小林厚子
 トゥリッドゥ:藤田卓也

 アルフィオ:森口賢二
 ローラ:高橋未来子

 ダンサー:木村寿美、田川ちか、時安結女、西田知代

 藤原歌劇団合唱部
 東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:柴田真郁
 演出:岩田達宗

 藤原歌劇団の公演ですが、どうやらこのあと暫く日本語のオペラばかりやって、藤原のレゾンデーテルみたいな筈のイタリアオペラは来年3月に蝶々夫人まで無いようです。藤原もなぁ.....いよいよこうなっては観に行く理由もなくなったかなぁ........といって、アマチュアに行く気もあまりしないし、新国もなぁ......
 日本のオペラ団体が日本で公演を打つのもここまで落ちてきたか、という思いは一入です。正直藤原以外の団体は皆実質的にアマチュアですからね。新国立劇場が出来た頃は、これで日本のオペラももっと盛んになる!みたいな話でしたが、現実はずっと先細り。まだしもマシな新国だって低調ですしね。
 どうしてこうなった、というのは色々理由はあると思いますが、まぁ、新国が出来る頃に、文化庁が助成とか出す基準をおかしくしてしまったようで、それが、志の無い(ありゃ低いなんてものじゃない)連中を多数輩出して、結果、まともに相手されないような連中が溢れかえってしまった......といったところでしょうか。

 とはいえ、手心加えて「よかったですね〜」なんていうのはダメを加速するだけなので、やはりきっちり言わせて頂こうと思います。ひょっとすると藤原に関して何か書くのはこれが最後になるかも知れない、くらいには思いつつ........だって、蝶々夫人嫌いだし..........


 一応言うと、これ、土日公演で、土曜日に砂川涼子が出ているので、位置付け的にはおそらくは土曜が表で日曜日は裏キャストなのでしょう。失礼な言い方ですけれどもね。でもそんな感じ。なので、確かに、あまり期待は出来ないのですが...

 歌唱陣は、サントゥッツァの小林厚子だけがまぁまだ及第点だったかなと。それ以外は正直言及の余地無し。。
 そう書くと、「いや、ちゃんと皆歌えてたじゃないか」と言われそうですが、声でかいのは大概がなってただけです。そう、ああいうのは、がなるっていうんです。
 わかりやすいのが、トゥリッドゥ。確かにパッと聞くと、声は大きいし、いい!って思う人はいるんでしょう。でも、率直に言って、歌としては、何したいのかさっぱりわからない。まぁ、確かに、トゥリッドゥって、そもそも浅薄でくだらない役なんだけれど、とはいえ、浅薄なりに、その時その時何を考えていて、どうしたいのか、というのはある。それを歌にしなきゃいけないのだけれど、それが出来ていない。だから、二重唱でサントゥッツァと歌うと、ちゃんと心の動きが見えるサントゥッツァと、何したいんだかわからずにがなってるトゥリッドゥという形になってしまい......
 この辺の、何歌ってるのか分かってるのか、というのは合唱も同じ。そもそもこの日の公演は、「妖精ヴィッリ」の最初からなんだかなぁという感じでして。このオペラ、村の青年ロベルトが村から町へ行くところから始まるのですが、そこで、村人が村の青年が出掛けるのに「ばんざい!」と叫ぶのです。そう、Eviva!なんですね。このEviva!が、正直、ヴェルディの「オテロ」で主人公が登場、というか、嵐を乗り切ってキプロスに上陸した英雄的司令官に叫ぶあれじゃねーの?というくらいに乱暴でやたらと声がでかい。もうこの辺から「一体この人たち何したいのよ....」という感じでした。

 合唱が何したいんだ、というのは、カヴァレリアでも。復活祭の日、合唱が教会から主を讃える合唱。これもね、ここは神に祈ってる訳ですよ。しかも喜ばしい感謝の歌。いや、それに対し、解釈として、そうではない含意を持って歌うのならば、それでもいい。でもさぁ、君ら、何も考えてないでしょ。そう書いてあるからそう歌っただけで、自分、というのはつまりその役所が、何を考えて何を歌っているのか、考えてないでしょ。それはその他大勢の村人であっても、考えてやらなきゃダメなのよ。とてもそういう風には見えも聞こえもしなかった。

 確かに、演出にも問題はあります。いや、演出もきっちり問題かな。
 ある意味オーソドックスではあります。ただ、予算の都合もあろうとはいえ、ちょっとそれどうなの、という舞台の作りではある。
 舞台中央には噴水のような場があって、その中央に祭壇のようなものだったり、おそらくはマリア様の像があったり。これは演目によって使い回し。それはいい。で、全体的にも、まぁそれなりに演出作りました、という感じではあるのですが、如何にも詰めが甘い。考え切っていない。
 例えば妖精ヴィッリ。これ、舞台はシュヴァルツヴァルトの村で、町に出て帰らず....はいいんですよ。で、恋人を裏切った男が妖精に取り憑かれて死に至るという伝説の通りになる。
 日本でもまだ田舎の方に行くと、森と言いたくなるようなところがあって、そこは確かに鬱蒼として気味の悪い、人間の文明の通用しない世界を感じたりしますが、シュヴァルツヴァルトなんかはまさにそういう世界。魔弾の射手は、あれはもっと東の方だったんじゃないかと思うけれど、あれも同じような世界。ドイツの森というのはそういう人外魔境みたいなものの象徴でしょう。で、予算の都合もあるだろうから仕方ないんだけれど、結局村の真ん中と同じ見た目の場で森の奥深くで取り殺されるような場をやらざるを得ない。そこをもうちょっとどうにかしようという意図が見えないんですよね。そもそもこの村の背景、上の方で見てたから定かでは無いけれど、村というより街みたいな背景の書き割りで、それはちょっとアイディアとしてよろしくないなと。
 カヴァレリアも、人の使い方があまりうまくはなかった。村人、つまりその他大勢を、仮面を付けて異形のものみたいに扱ってしまうのだけれど、なんでしょうね、サントゥッツァを疎外する存在として描きたいのはわからなくもないけれど、それじゃやりすぎかな。
 あと、これはこの人に特徴的なのだけれど、余計なことしすぎなんですよね。アルフィオは馬車屋の親方でやや粗野な人物造形、というのは分かるけれど、この演出ではちょっとマフィアっぽい出し方をしてしまう。気持ちはわかります。でもその結果、アルフィオには黒づくめの取り巻きがいて、これが如何にもチンピラっぽい動きをしてしまう。確かにそうすることで、トゥリッドゥは殺されるだろうな、というのも分かるし、ニュアンスもわかる。でも、それは、元々このオペラが持っていた方向性をやや偏った方向に規定してしまうんですよね。
 このオペラのタイトルは「カヴァレリア・ルスティカーナ」。直訳すると田舎騎士道とか言われます。田舎なんです。田舎で騎士道をやってるんです。確かにシチリアだし、そういう方向に持っていきたいのはわかる。でも、アルフィオとトゥリッドゥは決闘をするのであって、決してマフィアが間男を始末する話ではないのです。
 いや、そういう出し方しちゃいけないとは言わないけどさ。でも、それがどういうふうに作用するのか、考えて欲しいのですよ。

 オケは、まぁ、推して知るべしというか、合唱がこうである以上想像はつくでしょう。というか、正直、音大き過ぎ。あのねぇ、東京文化会館って大きく見えるから恐怖感があるかも知れないけれど、舐めちゃいけないって。ここはちゃんと聞こえるんです。もっと繊細にやっても大丈夫。指揮者は歌手も含めてもっと抑えさえせるべきだった。ヴェリズモ・オペラというのは誤解されてるようですが、もっと繊細にやっていい音楽なのですよ。

 一方で、この日、ブーイングが出てたんですけどね。いや、あれはひょっとすると発音の悪いぶらぼおおおおおおだった可能性も完全には否定出来ないんですが、まぁ、多分、ブーイング。
 分からないとは言いません。私もかなり厳しい評価。でもねぇ、率直に言いますが、これでブーイングなら、新国の公演は半分くらいはブーイングものだと思うし、二期会とかいうアマチュア団体に至っては、ブーイングどころか物が飛ぶレベルですよ。火ぃ付けられてもおかしくない。裏キャストだったから、というのは言い訳にならないし、この日はかなりぶらぼおおおおおおも飛んでいて、正直、もう藤原もお師匠さんにぶらぼおおおおおおを掛ける場、という意味で、完全にアマチュア化してるのだろうとは思いますが、だからといって、一応公開公演であるならば、という意味でいうと、正直がっかりもしたし、詰めが甘いとは思ったけれど、そこまで酷いのか?とも思うし。掛けた奴は何故これがブーイングに値するのかA4で35ページくらいの説明をするべきだとは思います。

 なんだろうなぁ。
 そう言っちゃ失礼だろうけれど、でも、これじゃぁねぇ、とは思うのですよ。
 これが最後の藤原評にはしたくないけれど、まぁ、あまり期待出来ないのかなぁ。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年02月01日 23時43分05秒
コメントを書く
[オペラ] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: