美々庵

美々庵

びびの履歴書



5際の頃にプロパンガスの爆発で顔と全身にやけど。
以来それはそれはいろんなことがあったけど、逆境にめげることなく
逞しく生き抜いて来ました。

バリバリのキャリアウーマン時代を経て、
現在はやけどの治療に専念中。


==================================


0歳   
      大阪にて出生。在日韓国人3世。
      社長令嬢として、蝶よ花よとかわいがられて
      育てられていた。。。らしい。


5歳   
      自宅風呂場で、プロパンガスの爆発事故で全身やけど。
      何日も危篤状態が続き生死をさまようも、九死に一生を得る。
      命は助かったものの、女の子だというのに顔や手足など、
      体の大部分にケロイドが残ってしまう (;_;)

      このやけどが人生最大のコンプレックスとなったが
      特にいじめられることもなくすくすくと育った。

      また家庭も比較的裕福な家庭であったせいか、
      韓国人だということで差別を受ける事も特になかった。

      やけど以外には特に悩みもなく
      ある意味能天気で生きてきたように思う。

      人間、大きな悩みがあれば、小さいことではくよくよしない
      ということを、身をもって学んだ。。。。かな


      小学校~高校にかけて、何度も手術を繰り返した。
      特にひどい顔の植皮手術に手などのゆがみやツッパリを軽減
      する為の機能面改善の手術。

      だが、高校1年の時、顎の植皮手術術に失敗しひどい傷が
      残ったのを機に手術生活に終止符を打った。

      これからの人生、手術だけに振り回されていきたくはない。
      今しかできないことをしよう!
      やけどのせいであれもこれもできなかったと、後で振り返って
      後悔するような生き方はしたくない!

      やりたいことをやったら、またいつか自分の力で
      手術を受けよう。。。。


18歳    
      短大入学。英語専攻。
      夏休みにはハワイ分校へ短期留学。初めての海外体験に緊張。
      ステーキの焼き具合を聞かれ「ミ、ミドル!」と答えてしまった。


20歳   
      短大卒業後、言葉も話せない「母国・韓国」へ語学留学。
      それまで知っている韓国語って「ビビンバ」位だったな~(^^ゞ


21歳     
      語学留学終了後、そのまま大学に入学
      当時、韓国はソウルオリンピックだというのに
      一方で学生運動の最盛期。

      毎日毎日デモ、デモ、デモ。軍隊と学生のぶつかり合い。
      連日同級生が逮捕・投獄され、焼身自殺する子まで出た。

      催涙弾と火炎瓶が舞い飛ぶ中をかいくぐっての通学。
      無事卒業できてよかった。


25歳   
      大阪の某社に入社~華麗なるキャリアウーマン時代の幕開け 
      得意の語学を生かし、韓国、中国、香港、台湾、ベトナム等、
      海外出張に飛び回る日々。
      接待にゴルフにカラオケと、絵に描いたような親父ギャル的生活。

      プライベート旅行はもっぱらアメリカ、カナダ、ヨーロッパ等
      いわゆる都会派=シャワーからちゃんとお湯が出る所ネ。



29歳   
      香港事務所へ駐在! 
      念願の広東語を学ぶチャンス到来。
      香港映画好きなんだ~。

      テコンド、サルサダンス、ゴルフ、テニス。
      アフターファイブを目一杯ENJOYした日々。

      ダイビングライセンスも取り、この頃から旅行はもっぱら海、海、海。
      タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール。
      香港から安近短の東南アジアが主な旅行先となる。

      シャワーから水しか出なくても、冷房のない部屋でも、
      料理の周りにハエが飛んでても、そこに海があればいいのだ。 

33歳   
      旧正月休みに行ったオーストラリア旅行の途中から目の調子がおかしくなった。
      予定していたスキューバダイビングもスカイダイビングもあきらめた。                   
      せっかくグレートバリアリーフまで行ったのにね。

      日本へ帰国し眼科に行ったら、なんと、診断は「網膜はく離」
      しかも、網膜の剥離状態がひどく失明寸前との事で、そのまま緊急入院・手術となる。
      日本で3本の指に入る有名な眼科にして2度の手術を重ね、なんとか失明は免れた。ホッ!


      香港駐在は任期半ばにして断念。やむなく帰国。
      けど、失明せず、仕事が続けられるだけでも感謝。
      健康のありがたさを知る。

      以降、旅行は国内派に転向。
      沖縄・宮古島の海と香川の「讃岐うどん」にはまる。


35歳   
      本当にしたいことはこれだった。
      夢をかなえるときが来た!

      やけどの治療に専念するため、退職。


現在    2005年、秋。
      最後の手術はすでに25回になろうとしている。
      来年からの社会復帰を目指す。









© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: