タクレオさん(●´∀`●)

タクレオさん(●´∀`●)

パパの事


でも何気なく使ってしまって本当にありがとうって思う時に使ってるのかな?と思う時があります。
ありがとうを言いたい人…考えればキリがないですが私が今、心からありがとうを言いたいのは父親です。

私の父は2003年10月21日に皮膚癌で亡くなりました。48歳。決して長い人生ではなかったと思います。
宣告を受けたのは私が高校生の頃。余命は2年。でも私はその事を知りませんでした。
父はすぐ病気になる人でそれなのに病院には行かず働いてばかりいました。
私自身、父はちょっと具合が悪くなっただけですぐ退院してまた働くだろう、そう気軽に考えていました。
でも父の病状は私が思っていたよりもかなり深刻で大変な物だったようです。

2002年の秋、病院を退院した父はリハビリをかねて犬を飼いたいと言い出しました。
それは本当は自分がもう長く生きられない、残されていく家族が寂しくない様に犬をという考えだった様です。
タクが来てから私達家族は明るくなり、父もかなり元気。(仕事復帰もしたしw)
タクが大きくなってあまり手がかからなくなってきた時、父と母はよく二人だけで旅行に行く様になりました。
私は学校もあったし、タクもいたので連れて行ってはもらえませんでしたが
話や旅行先の写真を見て本当に楽しそうにしている二人を見れて嬉しかったです。
私はそんな父を見て、もう病気は治っているんだと思っていました。
でもそれは最後に一番愛している母との思い出作りっだたのです。
それから父は何回も入院をしました。母は毎日病院に通い看病をしていましたが
高校生だった私は父の病室を訪ねるよりも友達と遊んでいるほうが楽しかったのであまり病院には行きませんでした。

2003年10月、この頃には元気な父の面影もなく抗がん剤の副作用で私達家族の顔さえ分からない状態でした。
そんな父に私が出来た事は短大の合格通知を見せれた事。朦朧とする意識の中で「おめでとう」と言ってくれました。

合格通知を見せた4日後、父は世界で一番愛している母に見守られながら天国へ逝ってしまいました。
私はその時学校にいて、次の日から父の傍にいる為に学校に休学届けを出したばかりでした。
間に合わなかった。もし私がもう一日早く学校を休んでいたら…病院に向うタクシーの中で声を出して泣きました。
冷たくなった父。声を掛ければ今にも目を開けそうな…父の手を握りただ泣く事しか出来なかった。

父は本当に幸せだったのか?私達家族の為に働いて、頑張って、そして病気になって死んでしまった。
それでも少なくとも私達、家族は残された時間を一緒に過ごせてとっても幸せだった。
命の大切さも知ったし、何より愛する人が傍にいる素晴らしさを父と母を見て知った。

『ありがとう。本当にありがとう。これからはゆっくり休んでね(^^)大好きです』


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