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この頃、少しサボリ気味に書いてて、今日は管理画面が変わってた。なんなんだ、これはムチャクチャ使いにくいぞ。楽天。まったく、何これ?って感じで。自分のブログなのに、これはどこ?ってな調子で探しまくってます。
2007年01月18日
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今日は旦那が休みだったので、近所のスーパーまで買い物に行かせました。娘を幼稚園へ送って行って、そのまま行ってこい、と。メモに買うものを書いて、お金持たせて。買うものは、牛乳・ヨーグルト・キャベツのこの3品。旦那が帰ってきて、ハイって、レシートとお釣りをくれました。レシートを見ると、牛乳とヨーグルトしかありません。キャベツがない。私「キャベツ買ってこなかったの?」旦那「買って来たよ、ほら」旦那の手には確かにキャベツ。でも、キャベツの値段はレシートに印字されてなし。それで、スーパーに電話して、後でキャベツ代を持っていく旨を伝えたら、最初、電話に出た人は、「わざわざすみません・・・」って態度だったが、途中で電話を変わった店長らしき人は「いいえ、うちは絶対に間違ってません、お客様の勘違いです」の一点張りで電話を切られてしまった。なんか、1個80円のキャベツでもイヤだねって、旦那はまた買い物したもの持ってスーパーへ。レジの人にこれだけ買って、2品分しか打ってなかった、と話してたら、店長らしき人が出てきて、「それはうちで販売したキャベツではありません。うちのレジは間違ってません」と。帰ってきた旦那曰く、「あの店では今後買うのやめよう。反対に高く取られる可能性もあるし・・・」なぜ、あそこまで、かたくなに拒否されたか不明です。ただ、今月から来たその店長、幼稚園のママたちの間でも評判悪いです
2007年01月16日
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土日で、実家に行ってました。実家に行ってたというか、実家がいつも行ってる神社の正月恒例の玉替祭りというものが、あったので、それに行くために実家と合流して、土曜の夜は神社へ。土曜日は知り合いの家に泊まって、日曜の朝から帰ってきたのですが。玉替であまりクジは当たらなかったけど、娘は、玉の代わりの飴ですこぶるご機嫌。去年までは、こうした行事に行こうものなら、義両親の憎まれ口をイヤというほど聞かされたものですが、気楽なものだ、と、私は私でご満悦気分。そんな中、帰ってきて、実家にどかっと帰ったのですが、実家の居間のコタツの上に、姉が何気なし、昨年1年の家計簿やら医療費の内訳やらと帳簿的なものを、置いてたんですね。私は、それを見ながら、これ、何か使うの?って聞いたら、母に全体的なお金の流れをするためだ、と。一応、お金の管理は姉が全部やってるけど、母が主婦であることに変わりはないからっていうのが姉の言い分。へぇって思いながら眺めてました。私なんざ、合わなきゃ、残高調整だもんなぁ・・・ここの家はさすが、姉御、びた一文合わないことないような帳簿になってるわ~って言いながら見てたら・・・・親父が、グズグズと。親子3人しかいないのに食費もっと少なくていいんじゃないか?光熱費も高いんじゃないか?ってグズグズって言ってた。父のグズグズが今に始まったことじゃない。時々、忘れた頃に、家計に口を出す。そんな時、母はいつも無視していたが、今日は違った。母「寝てるときに、ワインの瓶で頭、殴られんようにね」昨今、怖い事件多いからネェって姉とも言ったんです。でも、父はそんな一言聞こえてませんでした
2007年01月14日
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我が家の旦那は、本当に無宗教な人間。正月・・初詣行くこともないやろう春と秋のお彼岸・・・墓参り面倒くさいなぁお盆・・・仏壇にぎょうさん供えてもったいないなぁそのくせ、クリスマスプレゼントは何が欲しいなぁって、そういうのだけは熱心。義父があんまり、そういうことをしない人です。そのくせ、うちの娘には将来、婿を取って、この家の跡を継いでもらわねば、自分達が仏になった時、見てもらう人間がいないって、いつも義父は言ってましたが・・・矛盾してるんだよ。しかし、そんな我が家ですが、家にはきちんと神棚もあります。前の家のときは、小さな神棚を置いてたのですが、この家を買ったとき、私の実家がいつも行ってる神社の神官の方に来ていただいて、神棚もきちんと入れたのです。その神棚に旦那が朝から、手を合わせてなにやらやっている。ホー、そういう殊勝な心を持ったか・・・と思いきや、なんとまぁ、神棚に上がっていたのは、商店街の新年福引、そう言えば、年末も年末ジャンボを奴は上げてた。都合いいときだけ、神様に頼んでも、神様もご迷惑だろうけど・・・あぁ、こんな所だけ、義両親に似たのかよ・・・やめてくれぇ
2007年01月11日
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母が最初に入った部屋は、救急車で運ばれた人が一晩いて、翌朝には専門病棟へ移動するだけのような部屋でした。そのせいか、六人部屋でしたが、閑散として2人しかいない部屋でした。その時は、どうせ一晩で帰るからって思ってたのですが、翌朝、同室の人が、部屋の移動でいなくなると、広い部屋に母一人、あまり気持ちのいいものじゃなかったそうです。しかし、その母も、翌朝9時頃には、まず、同じ病棟の4人部屋へ移動。最初の予定では、すぐ帰れる予定が、同じ病棟内で移動になって、その時点ではその翌日に内科病棟へ移動の予定でしたが、話がドンドン変わって、内科病棟への移動は当面見送り。その4人部屋へと移動になったのですが、この4人部屋・・・母のベッドの真向かいの方は、普通に会話が出来た。この方が、昨日のトイレの件を看護師長に進言してくれてた気さくな奥さんでした。私が、昼過ぎ、娘を幼稚園に迎えに行くので一旦帰る、と言ったら、わざわざ起き上がって、気をつけて運転するんだよ、と、声をかけてくださった。あと、二人、同じ部屋には入院されてたが、全く、話もされない。一人の方は、ベッドを起して座っていても、全く身動ぎ無し・・・と思ってたし、看護師さんたちもそう思ってたみたい。もう一人の方は、ず~~~っと、看護婦さ~ん、看護婦さ~ん、と呟いてるので、ナースコールを押せないのかなって思って、一度、ナースセンターに声を掛けに言ったら、看護師さん曰く「あの人は放っておいてください。行っても何も用が無いって言うんです。うるさいでしょうけど、放っておいて」しかし、何かあった時はどうするの?オオカミ少年ならず、オオカミおばちゃん、ほどほどにねって思ってたけど、このオバチャン、あとで、姉に聞いたが、夜、消灯になってから、コソッとカーテンを2センチくらい開けて、母のほうを覗いていたらしい。最初は姉も、知らん顔してたけど、あんまりにも薄気味悪くて、「何か御用ですか?」って訊いたら、看護婦さ~んを始めたらしい。全く身動ぎ一つしなかった人。この方、看護師さんが食事介助にきても、全く何も食べなかったらしい。ところが、消灯になって、消灯直後に看護師さんが巡回に来て出た後、すぐ、何かゴソゴソ始めると、棚からお菓子やらジュースやら出して食べ始めたらしい。それも、カーテンも閉めず、堂々と食べて飲んでだったらしい。それを夜中に何度もやって、とうとう夜中の3時ごろにみつかって、「動けるの!!!」って騒ぎになったとのこと。その方、次の日から動けるとわかって、看護師さんたちも食事介助にも来ない状態。すると、ご飯が食べれないって泣いてた、それでも看護師さんたちは、夜中に一人で棚から出して自分で食べてたという事があったので、誰も来ない。そこで、その人がやったことは、なんと、点滴を腕から抜いて、チューブを途中から切って飲んでしまった、と。一瞬の早ワザで、母に食事をさせてた姉も、アァもスゥも言う暇も無かったと。姉が慌てて、ナースコール押して看護師さん呼んで、点滴飲んじゃったみたいって。それからは、看護師さん来て怒ってたらしいけど、怒ったところでねぇ・・・その四人部屋には、2日ほどいて、母は個室へと移動していったのです。
2007年01月10日
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年末近くに引越しして、今年は新しい家に移ったから大掃除サボろうかなぁなんて不謹慎なことを考えたら、見事、サボらなければいけない状況になってしまい・・・ウィルスチェッカーの更新、これも急ぐことないさぁ。数分もあれば出来るし~~~確かに数分だけど、危なく期限切れになるところでした。家計簿、毎日つけてるんだから・・・一日、二日さぼったところで残高が合わないなんてことは・・・先月分の集計、並びに先々月の集計、やっと今日完了。なぜか、帳簿上、現金残高が(-)6,500円ぐらいになっている。通帳の記帳も全部してるし、銀行から落ちる分はきちんと落ちてて、通帳の残高と帳簿上はきちんとあうけど、現金残高がなぜか、マイナス?現金が6千幾ら合わないってことは、何か二重に入れたか?調べてみたけど、判らない?仕方がないので、残高調整で処理。人間、何が起きるかわからないので早めに出来ることはきちんと早めに行うべきなのねって。母の入院騒動で、年末の予定の大きく変わったこと。でも、病院と実家にいくのに、以前のように気兼ねすることもなく行けた日々は最高でした。しっかしまぁ、まだメールの大整理が待ってます。これは明日、娘が幼稚園行ってる間にやりましょう。明日からお弁当持って行ってくれるし。
2007年01月09日
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あれは、昨年11月の26日の夕方、もう19時を過ぎた頃、娘にご飯食べさせ、いつも以上に愚図る娘の態度にチョット、イライラしてた時でした。実家の父から1本の電話。まぁ珍しい、とっつあんが電話してくるなんぞ、何事?「母の具合が悪い、どうしよう・・・」いつもこんな時に動いてくれる姉はちょうど不在。父も一人でどうしていいかわからず電話してきたけど、私もどうしていいか咄嗟に判らない。5分後、父は救急車を呼んでました。しかし、救急車を待つ間に病院に連絡をしていなかった。姉がいるなら、この間にいつもかかってる病院に連絡し、主治医の先生に連絡してもらうのですが、そのネエチャンはその日の朝から東京へ。その前日の夜、おっかさんは、そりゃ元気で、食欲も旺盛で、焼き魚のお代わりをしたほど。だから姉も安心して出かけてた。救急車で病院へ行くというので、私は娘を車に積んで、放り込んで、と、言っていいくらい、いざ病院へ。病院へ着くと、当直の若い医師。「熱ありますね、風邪ですかね、今夜一晩、様子見るため入院しましょう」で、その時は、一晩入院の予定、だから、母も姉に連絡するな、心配して飛んで帰ってくるから。と、口止めをされた。しかし、ここで姉がいたらまた違っただろうなって後で思ったこと。姉なら、熱の原因を調べろって当直の医師に言ってたと思いますね。私と父だから、はぁ、そうですか、で、引き下がってるんです。ところが・・・口止めはされたものの、ネエチャンいないとおっかさんの入院に必要なモノが父ちゃんではわからない。ま、一晩だから・・・とたかをくくってた。しかし、翌日、主治医の先生が出勤されて、検査が開始されると、主治医の先生は姉に話をしたい、と。そして、父がチラッと見たらしいが、主治医の先生が、当直してたお医者さんに、何故、早く連絡しなかったんだ、って怒鳴ってたらしい。あわや、母ちゃんは医療ミス?になるところだった???主治医の先生は、姉に会いたいって言うし、母の容態は一向に変化無し、熱も下がらないし、点滴の下がってる本数は1本から2本、3本と増えていくし、血液もさっき取ったのに、また・・・ってぐらい取るし、ベッドのまま、CTの撮影に行くし、レントゲンは2度も撮影に来るし・・・。27日の11時頃には、病棟の看護師さんが来て、「午後から内科病棟に移動ですから」は?一晩で退院じゃなかったの?そして言われた事が、27日の13時頃、「午後から透析を開始します。飲み薬も全部変えます」はぁ?昨夜、風邪って言ったのは何?薬も変えるって昨日の夜から飲ませた薬は何だったの?とにかく姉に連絡せねば・・・と思った矢先、父が「娘に帰ってくるように言いましたから。詳しいことは娘に話してください。チンプンカンプンで全くわからん」と、人前で滅多に語気を荒げない父がぶち切れ状態。私も、前の晩からの出来事と繋がらないので、「いったい、どうなってるんですか?」ってちょっと切れ気味に言ったら、主治医の先生が「腎臓のほうがちょっと悪くなってるようで・・・」言葉を濁し気味・・・私「姉からは、調子がいいって聞いてましたけど」先生「急変することもあるのです。他にも検査を幾つか行います。当面、入院が必要かと思われます。ところでお姉さんは、何時ごろお帰りに」父「羽田から福岡まで飛んで2時間、その後移動ですからねぇ。早くても夕方5時過ぎでしょうね。」先生「お越しになられたら、何時でもお会いしますので。状況を詳しく説明させていただきます」ただ、このとき思ったのは、あぁこの主治医の先生、信頼して母を任せていい、責任持って患者の命を救ってくれる、そんな気がしました。その後、私は一旦、家に戻り、娘を幼稚園に迎えに行って、また病院へと。母は血液透析を開始してました。その間に父は家に戻り、姉が書いてた母の病状、食事の状況など詳しく書かれたノートを持ってきてました。そのノートの一番上には、母が具合が悪くなった時は、病院にまず連絡し主治医の先生に連絡をつけてもらうこと、血圧等状況を詳しく連絡し、状態に応じて救急車で搬送すること、と、急なときの対応も事細かに書かれていました。ノートには、日々の食事の量、内容、栄養成分、水分摂取量、血圧、シャントの音の確認、体重、運動、すごいものだと思いました。主治医の先生も病棟の看護師長さんも、よく、これだけ管理したものだ、と感心されてました。父が姉に電話したのは、12時頃、その後、東京都内をどういう移動したのかは不明ですが、姉は12時台の飛行機に乗って福岡まで飛んできました。それから、羽田で予約しておいたというレンタカーで飛ばして帰ってきた。空港から、普通、1時間半ぐらいかかるところを、1時間弱で来てるから、高速とは言えども、飛ばしたんだろうなぁって。そんな時に、ふと思ったのは、レンタカー料金と乗り捨て料金ならタクシー飛ばしたが安上がりなんじゃ・・・って。姉に言わせれば、きっと、タクシーは規定速度で走るからって言うんだろうな、などと考えてしまいました。姉が到着し、私や父も後ろに控えた状態で、主治医の先生の説明がありました。尿管結石があって、それが尿道を塞ぎ、そこで腎盂腎炎を発症した。この腎盂腎炎が、尿毒症を引き起こし、この尿毒症が敗血症を引き起こしてると。慢性腎炎の治療は、血液透析で可能だけど、腎盂腎炎・尿毒症・敗血症の治療には中心静脈から点滴を行って・・・・と。結石は、衝撃波で破壊するけども、全身状況がよくないので、現在のところ、それは不可、但し、尿を排出させるようにカテーテルのようなものを泌尿器科の先生に処置をしてもらうと。とにかく、3~4日から1週間前後がヤマだと。そういう説明がありました。その間、姉は幾つか質問してましたね。そして、姉が最後に言ったのは、「どうして、救急車で搬送されたすぐ、発熱の原因を調べてくれなかったのでしょうか?検査は日曜の夜でも出来たはずですけど」それにたいして、主治医の先生は、「申し訳ないとしか言いようがないんです。連絡体制の不備やら、他にも色々あって・・・」先生はまだ続けられてたけど、姉は「調べなかったことに対しての認識をお持ちであれば結構です。ただ今後、こういう事は無いようにお願いします。不在だった私も悪いですけど、患者は病院を信じて受診するのですから」やっぱ、姉ちゃん帰ってきて良かったねぇって父と話しました。この日から、姉の付き添いは始まりました。透析室から戻った母は姉の顔を見て泣いて、そして言った言葉は、「姉ちゃんがいないから、大変だったんだからね。ジイサンはちっともわかってくれない」母も不安だったのでしょうね。しかし、この日の夜、また病院に対して不満を持つことがあったのです。母の熱は思うように下がらず、モウロウとしていたときのことです。トイレに行きたい、と言っても、絶対安静の状態。病室にポータブルトイレを持ってきて用を足す、病室は四人部屋です。72歳の老人でも、病室で用を足すというのは、あまり気持ちのいいものではありません。トイレというので、姉は病室の外へ出たそうです。看護師が付き添うので出ろと言ったらしい。ところが、この看護師「まだ出ないとね。・・・・出た・・・・まだ出るの。匂いがするじゃない」姉は病室の入口で聞いてて、ハラワタ煮え繰り返るって思ったそうです。その翌日から、母は便秘の薬を飲まないと言い出したので、姉が、下の世話は自分が責任持ってするから飲め、と言って飲ませたそうです。看護師さんも人の子。イライラする時あるかもしれないけど、言っていいことと悪いことあるというものです。その看護師さんの暴言に対して・・・姉が翌朝、看護師長に話に言ったら、同じ部屋の別の患者さんがすでに報告してたそうで。他の患者さんもその看護師が、夜勤や準夜勤の時は、怖くてトイレが頼めないと話してたらしい。そんな事もあってか、はたまた、姉が付き添うためか、母の病状が病状だったせいか、二日後には個室へと移動したのです。しかし、この部屋では、まだまだ、色々ありました。また、それは後日に。
2007年01月08日
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明けましておめでとうございます。昨年は後半が何かと忙しい日々が続き、最後は猛ダッシュで過ごしたような日々でしたが、その分、正月は、ユラリ~ユラリ~と過ごしました。こんなノンビリしたお正月どれくらいぶりだろうってぐらい。結婚して初めて、こんな静かなお正月だったのでは、と思ったほどでした。たぶん初めてでしたでしょう。義実家には、年末から全く顔を出してないのですが、電話の着信履歴はあるんです。何度も何度も。だけど、留守電には何も入ってない。無視に限る。と決め込んでます。母の約1ヶ月の入院中のことやら、結婚してからずっと同居し、昨年11月に無事別居できたけど、同居日記など、今年は、ボチボチ書いていこうと思います。やっと、エンジンがかかりはじめたので今年もどうぞよろしくお願いします
2007年01月06日
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