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ずっとヤフオクでチケット狙っていたのだけど高くて何度も落札できなくてふと思い出したのが楽オク。楽オクはあまり数選べないし盛り上がってないけれどその分入札開始価格で落札できたりするメリットもある。で、出品者には申しわけないがプレミア公演級が2枚8000円という奇跡的な価格で落札。ヤフオク相場と比べて半値以下それどころか21000円の発売価格より超安値で手に入れた。数日前から週末デート気分でワクワク。ゴシック風のステージインテリアロマンチック幻想体操演劇という感じかな。http://www.fujitv.co.jp/events/corteo/index.html#mainここで見れるよ。満足度は落札価格としては満足。ただ口笛の聞かせ部分や水グラス楽器演奏などの「音声部分」がなんとなく録音ではという感じてしまった部分がちょっと残念だったけど真相は不明。生がそう聞こえてしまったのならもったいないこと。シルク・ドゥ・ソレイユ コルテオ(DVD)
2009/05/31
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昔~に母からもらった小林カツ代さんの弁当本を捨てようかなと思い開いてみた。(開いたことなかった)が、けっこう中身や思想が料理に反映してるとことが面白くてとりあえず捨てるの保留に。例えば、キャラ弁で顔作るのってかなり時間かかるもの、そんなの作る時間があるならもう手をかけて1品作る方が子供のためにはいいのに見てくれに時間とられて・・・という料理本にはあまりないような話まで記載があったりする。確かにそうだと思った。しかし翌日カタログ見て今の時代こんなのあるなら時間掛けずに簡単にキャラ弁できてこれは使えると。お弁当作りたくなるお助けグッズ。ホッチキスのように海苔をはさんでパチンとするだけで顔ができる★キャラ弁・デコ弁・お弁当作りの定番にこにこパンチ3パート2-日本製キャラ弁・デコ弁・お弁当作りの定番にこにこパンチ3-日本製
2009/05/28
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通販カタログで見ててすごく取り寄せたくなった。ひやしあめ楽天で検索したらどこも定価だけどお中元シーズンで高島屋が送料込みになってた。1本でいいのだけどスーパーには売ってない。【高島屋のお中元】[京都・するがや祇園下里]ひやしあめ(115371/000)【高島屋のお中元】[友桝飲料]ひやしあめ詰合せ(114413/000)
2009/05/27
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子供が連れ去り誘拐されないように親が心配するような事件が多い。しかしちゃんと教育できてるか?という点が問題で先日聞いたなるほどの話。駄目な方法:「付いていっては危険だよ」「本当に気をつけろよ」と抽象的な言い方しかできていない。つまり一方的な言い聞かせレベルでこれではその場限りで実際その時になるとあまり役に立たない言葉だけしつこくなるとかありそう。こんな抽象的な物言いに口を酸っぱくしても言ってる側の気休めにもならない。効果的な方法:子供と一緒に通学路を歩いたり思い出したりしながら「どこが危ないと思う?」。もっと具体的には路地とかで「このあたりだったらどこがどんな風に危ない?」とか具体的に問う。つまり、子供に自分で考えさせ一緒に考える手伝いをすることが実際的で子供を主体的にさせるのだろう。これって子供相手に限らず大事な考え方だなと思った。「言い聞かせ」ではなく「教育」
2009/05/26
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病気を考えた食事をしようとするとこれまでの食生活からすると制限だらけになる。おかあさんには「あなたは美味しいもの食べてね」と言われたけれど基本的に同じものを食べるようにした。先日も書いたけれどこの結果どうなったかというと全くストレスたまったりしていない。これまでの好きだったもので食べれないものはできてもじゃあ何か美味しくて体にも良いものがないかなと探すとこれまでに出会えなかったおいしさにたくさん出会うことができた。かえってほんとうに美味しいものを食べてるのではとさえ思う。こうして良かったなと今思うのは自分も毎日3食一緒に食べるのだから病人食だからと味気ないものが作れないこと。制限や安全を考えるなかでも、美味しくできる方法を探して努力する。きっと自分がこれまでのような食生活していたらこうはならなかっただろう。同じものを食べるからこそできる工夫と一緒の食事の楽しさ。これは大事なことだなと思った。p.s.今日は米粉で餃子の皮を作ってます
2009/05/25
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なさぬ仲だとかよく言われる嫁姑。そう言う言葉で言えば現状を受け入れやすいのかな?私はこういう言葉が嫌い。13日にたまたま徹子の部屋をつけたら城戸真亜子さんという方が話をしていた。認知証の姑と一緒に暮らしているなかで言った言わないとかでけんかになりそうなことが何度もあって絵日記を書くようにした。けんかになりそうになったら日記をだして「ほらお母さん、この日はこんな感じだったのよ」って楽しい絵日記やコメントを書いたものを見てもらうとそうだったかな?となり、思い出せなくても見た後はとても優しい心になってくれるという話をされていた。彼女には嫁姑仲良くしたいという美学がある。日頃は殆ど認知証なのに、ある時「あなたのお母さんが足?が痛いって言ってたからこれを渡してあげたいと思ってるの」とメモをくれたことがあって、殆ど忘れてるなかにたまに正常になった短い間に姑がこういうことを考えてくれているのかと目頭が熱くなった話とかも印象深かった。お姑さんにも嫁の家族のことまで気にしてる愛情のなかに彼女もはやり嫁と仲良くしたいのだと思ってる美学があると思った。城戸真亜子さん(今回はじめて知ったけど)非常に共感の多いゲストだった。結婚前に、こういう美学を互いにしっかり持ってるかどうかってのはその後の家族としての関係に大きく差がでるものだと思う。なさぬ仲?そんな現状でいいと思いたい言い訳。それでいいのか?それでいいと思ってる人の言葉。なしたいのかなしたくないのか?先ずはそこに美学があるかどうかが大きな問題。
2009/05/24
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病気になって食べたいものが食べられない飲めない生活ってどんなに味気ないものだろうと思ってた。だけど今回家族が病気になって分かったのだけどこれは間違いだった。これまでの好きだったもので食べれないものはできてもじゃあ何か美味しくて体にも良いものがないかなと探すとこれまでに出会えなかったおいしさにたくさん出会うことができた。かえってほんとうに美味しいものを食べてるのではとさえ思うほどだ。薄味って味気ないと思っていたけれど薄味になれると味に敏感になって繊細な味を感じることができるようになった。それからこれまで人が大変な病気なった話をきくと極端な言い方でいえばどこか死ぬまでの時間を過ごす人というそんな感覚を感じてしまったのだけど実際一緒に暮らしてるとそんなことはない。病気というそれぞれの重さの荷物を背負ってるだけで日々毎日を生きてるのだ。そこにも濃い長い時間がしっかりあるもののようだ。なくしたものがあってもなくしたから得られるものが見つけられるってのは幸せな生き方だなと我ながら思った。
2009/05/23
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これまでは片づくならとブックオフにもっていっていた。だけど自分には価値があっても商品価値がないと持ってくるのも無駄だったような気になりそれなら持ってる方がいいなとさえ思うこともないではない。で、どうするかなあと考えることもあったのだけど最近は病院の図書館に寄付することにしてる。マンガでも料理本でもビデオでも何でも喜ばれる。入院のなかにも楽しみが見つけられることにお役にたてるという気持ちがまだ多少愛着のある本を手放すにはなんだか嬉しい。というわけで不要な本は図書館のある病院へってのもおすすめ。
2009/05/22
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ゴレンジャーの青レンジャーこと新命 明。久しぶりに昔の映像を見てどきっとした。 そうゴレンジャーの中では確かに青レンジャーがタイプだったんだけど 青レンジャーはイビョンホンに似てた・・・。 (そういえばイビョンホンは内野さんと似てるタイプだねと 誰かがここで指摘をくれたこともあった。)好きなタイプって子供の頃から一緒なんだと気づかされたそういうドキッだった。 ちなみに残念ながら刑事役の内野さんにはまだのめり込めない。 彼でなければ!というところがまだ感じられてない。 役の主人公の熱さと不器用さと和より優先させるものがあって周りから浮くとか どこか自分と似てるところが好みでないといえばそういうとこともあるかもだが。 そうでなくても、役自体にあくが強いからか演歌的な演技になってしまう感じがして しまってるというか。以前の彼の持ち味である自然体からわき出る魅力を この役のなかではあまり感じられないような寂しさというか・・・ そういえば前作ゴンゾーの初回なんかはすごい詰め込みの演技演出が 不自然に感じた反面、あそこまで頭で考えて次から次に連続的に 動作を生み出しそれらをつないで動けるのを磨ききるから素晴らしき舞台俳優 なんだなと思わせてくれたりして不自然ななかにもすごいものを感じたりもしたけれど。 しかしそういう中にも時々瞬間の懐かしい自然体の爽やかな表情を見つけたりして そういうところで喜ぶのは不純だと思いながらも嬉しかったりする。 今の役はなんとなくゴンゾーの続編のような役柄だけど これは彼でなくてもいいなと感じてどうもしっくりこない。 これまでの彼の役をあまり知らない人はそういう違和感などなく 彼の良さをこの役でも大いに感じられてるのかもだけど。 内野さんは自分の軸になる自分自身のキャラクターが良い意味でこれまでなくて いろんな役に挑戦してそのたびに別人かと思うほどに空気が変化して それはそれでそれがとても魅力だった。 だけど長く続くドラマをやるなら自分のキャラクターや 自然体で持ってる魅力を軸に役づくりができるともっと自然体で スムーズに引き込まれるように思えたりもする。 私の好きな役者の内野さんと内野さんが好きな役者の内野さんは最近 ちょっとずれてる。激しい熱さよりも内向的で知的でナイーブでシャイ なところが比類ない魅力のように私は思うのだけどどうだろう。 ・・・読み直すと好きじゃないみたいだけど好きだからなんだなあ、消化不良。 ブラックバード見に行こうか。なんとなくトランスを思いだす。 これ東京だけかな?久しぶりに出かけるかな。
2009/05/21
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トランペットは苦しそうで嫌いだったんだけどこのアルバムのバッハの演奏はトランペットというよりハモンドオルガンのように聞ける。いわゆるトランペット好きは物足りないかもだけど私はこれでトランペットも使い方次第だなと感じたよ。グロリア~トランペット名曲集
2009/05/20
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リスドォルミツの頒布会で5月分が届いた。普段パン屋さんで買うと3種は食べないと満足しないのだけどリスドォルミツのパンだと一食1個でサラダと珈琲牛乳で満足。「(パンは添加物が多いので)パンを食べる人は早死にする」と作る側で感じたことから、そうでない安全で美味しいパンを届けようという理念のようだけど本当にすっごく美味しい。天然酵母やフルーツの香りがふわっと広がる。脳でも口でも美味しく感じるから1個で満足できるのかも。労力や工夫が足りてない、愛情が足りてないそういう食品を食べてる時ってのがつい食べ過ぎてしまう、過去を振り返るとそんな傾向あり。
2009/05/19
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「こだわりの○○!」と記載の商品。だけどどこみても何にこだわってるのか全く分からないものとかが横行していて不思議でならない。「こだわりと書くと売れるから入れておきましょう」「作るからにはいちおうこだわりはあるよ」この程度なんだろうかとか想像してしまう。食べたら分かるのか?そこまで書いてる商品は別として分からないことが多いのがこの手の特徴かも。「安全」とかもその手のものがある。どうして安全?その根拠と思わしき記載ない。田舎で生産されたものだから安全みたいな書き方しかなかったり・・・多少書いてあってもその程度で「安全」とまで書ききれるとはという印象でしかなかったり。「頑固親父の」ってのもイメージだけとか多い。頑固が商品の良さにつながってるとネーミングで想像させながらしかし商品を隅から隅までみてもどう頑固なのか全くわからない。性格が頑固なだけの親父の作ったものならあんまり食べたくない。こういう説明の何にもないこだわりとか安全とかってどこか胡散臭い。「裏付けのない宣伝文句」スーパーで買い物してるとそういうものに多く出くわす。
2009/05/18
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昔はメロディーがかったるかった。歌詞はけっこう好きだったけれどこの歌詞ならもっと違う歌い方やメロディラインがいいのではと物足りないと全体に感じるものが多かった。だけど久しぶりに聞いてみるとなんだか心地よい。霞がかった遠い昔の恋愛を懐かしく思い出すように少しだけ切なくでも昔のことで時を経て優しく聞こえてくるって感じの聴き方だとすごく良く感じた。そういうスタンスだとこのメロディーラインと歌い方はとても自分にしっくり響いた。竹内まりや / ベスト・パック(CD)【Jいつでも楽天P5倍!】
2009/05/17
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ベランダや網戸にホースで水をかける。夏のしあわせ。裸足になるにはまだ少し早いけれど。蚊がいない今は安心もある。窓が明るくなる。空気もきれいになる感じ。気持ちいい~
2009/05/16
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DOCOMOのロゴがdocomoに変わってからdocomoという小文字を見るたびになぜかグリコ(gloco)を思い出すのは私だけだろうか?こうして文字を並べてみると全然違うんだけどdocomoを見るとなぜかグリコが連想されてしまう。オール小文字ロゴってのが少ないからかな。ところで・・・DOCOMOからdocomoになってお客として感じることって文字が変わっただけって感しかしない・・・何か理念やコンセプトの変更を利用者として肌で感じることってある?
2009/05/11
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最近の新型インフルエンザの報道をみながら思い出すのは映画で「感染列島」ってのがあったなと。観たいなとニュース観るたび思い出す。(観ればいいんだけど、しかし現在50件ほどこれから観る予定あるのですぐに行動には移るでもなかったりするので気に掛けている以上ではなかったりする)それにしても先日専門家が話していた「適度に怖がるのが大事。これが難しい。」恐がりすぎない、適度に怖がる。なるほど。それにしても今の恐がり方は異常というかみんな責任を問われるのが怖い世の中になったのだなというかリーダーシップを持ってるような言動でテレビに出続けることで次の選挙を有利にしようとしてるのではないかなとかこの報道に明け暮れてる間にとんでもない法案や事件が裏で進行してるのではとかそんなことまで推測したくなる気さえする。p.s.感染列島。アメリカがこの手の作ったらどうなるだろう?感染惑星とかそんな規模で世界ヒットを狙うだろう。感染列島感染列島パンデミック・イブ
2009/05/10
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ベッドルームのテレビには「モノラル」ってのが時々上にでてるなって時々気づく。昔むかし、テレビが白黒からカラーに変わるときにもカラー放送されているものは白黒画面に「カラー」と出たらしいことを「モノラル」表示をみながら毎度思い出す。ただ違いは・・・モノラルしかない人はステレオ放送ではないのかと思ってる人やモノラルでないテレビならどう見えるのかとかが想像できないとかあるかも。チデジカとか期限を切ってこれまでのテレビでは見えなくなるとかそういう話ばかり延々と繰り返しやってるけど「チデジでこんな風によくなる」そこがあまり話されていない。だからまだ使えるし見えなくなる迄に替えれば良いんでしょ?と思いがち。それにしても家電買い換えの促進政策「エコポイント」は高速道路と同じで税金で補填されるわけで・・・買い換え必要なものが特にない状態ではこの機に無駄使いでもしないと損みたいで損したくないと買い物したら未来の日本に負担をかける赤字国債化するとわけでどちらも今ひとつ嬉しくなかったりする。買わなければ今お買い求めのみなさんのお値打ちになった分の税金補填分を払うだけの立場となる。だけど別に欲しいものないのに廃棄物増やすのも嬉しくない。なんかぐっと響く買う気になる良いものはないかね。
2009/05/09
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よくある話だけど毎回疑問に感じること。被告が無罪を主張している事件で有罪になるのはそういう判断に至ったということで冤罪も含めておきうることではあるだろうが・・・でも無罪を主張しているのに「反省の様子もない」ってのはないんじゃないかな?無関係の無罪なのに反省するやつがどこにいるだろうか。ニュースで流れるたびに裁判官は馬鹿じゃないのかと思う。裁判官にしてみれば判決有罪ということは明らかに有罪なのに無罪という主張で嘘ついているという判断だといえば「反省の様子もない」と言いたくなるのは分からないでもないがしかし無罪主張してるのに反省なんかあるはずないじゃないかというのが被告や端から聞いてるほうの受ける印象ではないかな。本当に無罪だったら・・・・無罪なのに有罪にされた挙句「反省の様子もない」なんて言われて罪が重くなったとしたら踏んだり蹴ったりだろうなとニュース聞くたびにそんなことを思ったりもする。
2009/05/08
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とりあえず頼んでみたオイシックスに感動!豚肉なんか「先ずは塩胡椒だけで食べてみて下さい」簡単だな~と思いながらやってみたらこれがほんとに美味しかった。子供の頃佐賀で食べてた味、そう思い出したこれが豚の味だ!って感じた。素材がよいと、手間をかけないで済むしその方が栄養価も高いし、その方が美味しいとかあるみたい。無農薬の比率が少ないからここだけにはできないけれどちょっとはまってしまって毎週セットなんかとりあえず設定して・・・そしたらシステムの作り方がとても良くできていてモールではとうていできないオリジナル仕様で店の良さが非常にでていて、、、楽天以外では殆ど買わない習性がついていたけれどここは超別格だわ!
2009/05/07
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ワカメちゃんがエレベーターガールってのなんか私のと違う・・(ドラマ「臨場」風私の感覚では小学校の先生とか服飾関連の専門家(デザイナーやパタンナーなど)かつおと違って勉強できたと思うし・・勉強好きでさえあったし。家庭の生活ぶりからいっても進学費は出せる感じ。子供の頃の夢でデパガはあってもそれは小さな男の子の多くが「将来は電車の運転手!」とか言ってるのと同じであって大きくなって本当にそこを目指すかどうかは別問題。お姉さんであるサザエさん自体、短大卒くらいの雰囲気はある。栄養士とか縫製とかその手系の短大。家庭の雰囲気からもマスオさんとお見合いした釣り合い的にも高卒ではなさそう。卒業からお見合い結婚まで何年も働いていたような雰囲気もなし。家庭的にみても個性的にみてもワカメちゃんも短大はいく感じ。エレベーターガールは年齢的にみても高卒採用が一般的だろうしなんか見立てが違う・・・。カツオもそう。子供の頃、勉強嫌いだとしても目的を持てばそこそこはやれる人。CM展開はこれからだけど・・・今のところ既になんか違う感じ。家庭環境的に考えてもプータロウ風ってのはない。お父さんは学歴で子供をしばったりはしないけれど勤勉やとにかくどこかまじめであることから外れるような子育てはしてない。私の見立てでは、カツオはそこそこの地元建設会社の営業マン。残業は殆どしないで社内の仕事への評価は芳しくはない。だけど明るさはバツグンの人気者ではある。残業しない理由は地域の少年野球を面倒みてるから。会社は地域経済に密着している建設会社で少年野球の件は社長も公認。社長はカツオは自分の個性を生かしながら独特の人脈を作り自然にそれを仕事をつなげていける人物だと密かに期待をしている。私的にはそんな感じ。
2009/05/03
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難病の闘病生活のテレビ番組を見て全くの人ごとであるときには大変だなとか、怖い病気だなとかそういう視点で番組を見てた。しかし、家族や自分が病気になったりすると視点が変わる。健康って当たり前ではないんだな、年齢関係なくいろんな大変な病気があっていろんな病気や状態があってその中で家族も本人もあんな大変な状態でそれなのにとっても前向きに生きてるんだなってどんな中にも「生」があるのだなと励まされたりする。健康が当たり前だと思っているときにはとにかく怖いというだけの恐れでしかなかった病気とかも現状と向き合う当事者や関係者になったりすると生きる中でのひとつの試練や課題という感覚にさえなる。亡き母の病気。それはいつか死に至らしめるであろうことを私が長い間おびえていたのは外から見ていたからなんだなと今思う。病気であってもまだまだ全然元気な時から何度も何度も何年も亡くなる夢をみたりしてた。あの頃、もっと一緒に生きていたら、怖がるより、今できる事は何かと一緒に病気と向き合うことでかえってあれほどの怖さを感じなかったかもしれないと今になって思ったりもする。離れているより一緒にいる方が無駄な恐れを感じたりしないもの。今思えば、離れていてももっといろんなことしてあげられたはずなのにと最近思う。愛が足りなかったなと今になって思う。最近思うのは病気ってのは治らない限りそれもその人の一部であってその病気に関心が薄いってのは結果的に愛情もそこは薄くなるってこと。p.s.まきこんへ「病気とつき合う」この言葉はとっても深い言葉だね
2009/05/02
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身内が入院している間の話。ロビー際でお茶を沸かしている傍らにテレビとイスがあってそこで患者さん同士の会話が聞くとは無しに聞こえてきた。そこでの会話は多くは自分の病気について。年齢65~70才くらいのおじいさん達がガンだとか末期だとか、こんな状況で入院してきたとかをひょうひょうととても軽い日曜のような感じで話をしてた。これまでこういう場所に長居したことがなかったのであまりにも話の次元の違う会話に新鮮な驚きを感じた。病気の現状としっかり向き合って生きる当事者ってのはこうなんだなと思った。
2009/05/01
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