2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全17件 (17件中 1-17件目)
1
これは職安に通ってる人だけの数字だったかな。この状況で株はそこそこ回復してるが普通に常識的に考えるとおかしな話だ。この状況で株が上がるのは・・ パチンコで負けた金をパチンコで取り戻そうとして 更に負け込む心理を想像させる。 これだけ負け毎日続けたらそろそろ勝ち続けの運がくるかもとか。 日経平均株価8000円代なんて考えられないから? 今が底値でいくらなんでも買いだとか とりあえずあせらず持っていたらそのうち必ずあがるとか ほんとに誰もが考えそうな程度の理論で買いに走ってるとかもあるかも。 株価を売買しこの株価を支えてるのは今や戦略博打家と 翻弄される感覚買いの足を洗うに洗えない何かしら依存系の素人では。自分がやらない博打は冷静に見える。それにしても株は投資から博打に成り下がったものだ。先物のように持ってもない株を売買できる空売りや投資金額の数倍の量を取引できるなんてそのあたりの株の博打性を高めたルールを変えない以上投資ではなく博打。証券会社は儲けが激減するだろうが。こんな博打ルールが資本主義を自ら崩壊させてる。このままでは産業がいくら復活成長していても再三の金融資本主義崩壊が発生しつぶされるだろう。オバマ氏の大統領就任演説にあった「一部の強欲な人たちが不景気を招いき、それを赦していた我々も問題が有る」この反省をどれだけ改善につなげられるかが未来につながると思うのだがまだこのあたりにメスが入る気配はない。今回の世界経済危機は金融資本主義崩壊前夜だと思える。金融というより博打資本主義か。
2009/06/30
コメント(1)
![]()
「鈍感力」本は読んでいないけれど紹介読んだだけでそんなものが確かにこの世にあるなと目から鱗だったけれど麻生さんをみながら「まさにこれが鈍感力」と何度も深まったり復習できてしまている・・・。すごい教材。支持率7%の状況で鈍感力は功を奏し鈍感でのらりくらりとしてるうちに良いこともあるわけでそうこうしてるうちに支持率グッと巻きかえった。日本人のように一時的感情が大衆心理で動くような国民性では支持率なんてなんだかちょろいもんのようだ。一時的かどうかは別としてこれだけ支持率が戻ったということは鈍感力で辞めなかったからありえたこと。最初はあまりにも鈍感で驚きでこれはだめだと思ったけれどもしかしたら彼の鈍感は彼にとってはある意味で強みもになってる感じ。しかし麻生さんの場合、もし挫折するとしたら鈍感極まってではなく、逆に鈍感力が鈍ったとき。つまりいくらなんでも状況に気づいちゃった時かも。それにしても鈍感がこんな強い力になるとは。鈍感も敏感もどちらも強さと弱さがあるなあと距離を置いて見ていられるとよく見えるものだ。鈍感力
2009/06/29
コメント(0)
死去にともないミニ特集コーナーがあちこちで随時放送されてる。改めて見ても、子供の頃のジャクソン5の頃からずっと超人気で独立してもそれに輪をかけて世界的類をみないほどのスターに階段を登り続けるマイケル。どれだけ忙しかったことだろう。しかし想像できないような忙しさと思われるなかで彼はすごい進化をしていってる。最初は歌いながらダンスまではしていなくて多少振り付けがある程度で歌っていた。それが今の時代の礎となるような歌いながらのダンスムーンウォークなどのアクション今見てもかなりよく出来てる本格的なプロモーションビデオをはじめたり・・・やりたいことがみえて自分の才能と努力をどこにもっていったらよいかが分かってる天才だなと改めて思った。そしてやりたいこととはいえ、自分の時間のない中でどれだけの努力をしていたのだろうという天才でも大いなる努力がないとできない部分に思いを馳せるほどに、敬服。
2009/06/28
コメント(1)
去年の今頃かな同友会のグループ会で報告者(自分がこれまでやてきたことや課題などの発表)をしたときに記事担当の人が書いた感想に「自信家」という言葉があって非常にひっかかった。謙虚家が美徳である年代の人でもあるから皮肉かと思ったけれど記事が皮肉を書けるような場所ではなかったのと前後の文から自分にないものを感心しているようにも思えはしたけれど「自信家」という言葉はやはりよい言葉ではないように聞こえてならなかった。報告内容を振返ってみたけれど自分がやると決めて努力して結果をしっかり出したことに自身を持つのは当然。その人はこれまでの人生そういう経験をあまりしていないのかな?と逆にそんなことを思ってしまった。そんなわけもない。私のなかで「自身家」って言葉は出来もしないことで大口叩く、現状に似合わない過大な妄想のような自信をもって言動する現実認識の甘いところのある人とかそういう言葉に感じるんだけど・・どうも感想書いた人にとっては誉め言葉のようだったけれど・・・自己認識が足りてないのか?とも思ったけれど検証しても私は自信過剰とは思えない。自分がやると決めて努力して結果をしっかり出したことに自身を持つのは当然。やはり謙遜が美徳という体裁をしっかり作って自分を守ってる世代やタイプの差が大きいのではないかな。他でも何度かそういう差を感じたことがある。就職活動でも私たちの世代の大卒の主流は自分はやれます!こういう仕事がしたい!というのが姿勢として大事と考える人がまわりには多かった。企業にもアピール的な就職活動が主流で何社も内定もらって企業を選んで就職した。だけどブルーカラーは同じ年代でも謙虚さが重視される。中小企業の経営者もそういうのを好むように思われる。そういう人たちからみると私達のような言動は自信家に感じるってのは確かにあるかもしれない。このあたりは非常に相容れないものがあるように感じる。
2009/06/26
コメント(1)
今日の内野さんの中には大泉洋が見えるシーンがいくつかあった・・・。今回の内野さんの役柄(主人公)は周囲に理解されたいとか共感されたいとかいう思いがなく被害者やその関係者以外の社内の人間には興味ないというか心にバリアを張ってわりきってるという感じでなかなか主人公の「思い」に入り込みにくいストーリー展開と感じた。
2009/06/25
コメント(0)
私はあまり出かけるのが好きではないインドアタイプ。誘われてもありがたいとは思うけれどでも断る事が多い。最近は出不精に拍車を掛けている感じ。その中でも気が向けば出かける場合と、最近は基本的にほぼ断ることが傾向があるなと思い始めた。誘ってる本人が楽しいと思うことで誘ってくれているか?これが大きなポイントになってるように思う。以前は気が進まないけど一緒にならと思うんだけどとか愚痴を聞いてという種類の話にもつき合いをすることがあったが最近はこういうのは全くだめ。年とって人生の時間が短くなってきたのを感じるからというわけでもないが楽しいことや自分の時間を費やすことであるか私であることの意味が本当にあるかそのあたりでふるいにかける感じがある。人を誘うときもそう。すごっく楽しいほんとに良い時間が過ごせるから一緒に行かない?そういう話でないとあまり人を誘おうというエネルギーが沸かない。
2009/06/25
コメント(4)
再審の中で元?被告の菅家さんの不満 有罪ではあり得ない自分がなぜ有罪となったのか。 なぜ、裁判所は判断を誤ったのか。 DNA鑑定を過信し、強制されたとされる自白の問題性。このあたりが再審で解明対象とされないことが不服というがこれは再審では無理ではないかな?今となっては無罪であることが結論に至るような審議さえされればよいわけでそれは被告のためにも本来最速で行われるべきことという考え方で再審は進むというのは別に矛盾はない。再審は無罪であるか有罪であるかであって無罪なのに有罪にされたのはある意味別問題と言えないでもない。しかし菅家さんの気持ちも分かる。そのような再審内容では不服で冤罪の生まれた課程を問題にしたいならばそれは足利事件の再審請求ではなくて無罪の国や警察を訴えるしかないと思う。刑事訴訟法で冤罪の補償は訴えなくてもされる訳だから冤罪の補償ではなく、取り調べ時に虐待を受けたとかで訴えるとかをすればよいのではないかな?菅谷さん釈放時に元栃木県警幹部らは「捜査は妥当だった」と言ってるのだからあれが妥当だとは思えないという点で争うとか?もしそんなの認めてはならないが過去の問題あると思われる取り調べにもし時効があったとしても今回菅家さん釈放時に改めて元栃木県警幹部らが「捜査は妥当だった」と言ったその事に関して撤回を求めるような裁判とかなら訴えが成り立つのではないかな?そうなると皮肉なことに警察側自身が、妥当な捜査で冤罪が生まれたことの説明と言い訳をしなくてはならない!それとも、警察は菅谷さんが弱くて普通はその程度の責めでは有罪を認めないのに簡単に認めたからなどという攻撃的言い訳に走るか?それにしても当時その程度のレベルのDNA鑑定が採用されたなんて本当に怖い話だ。それが証拠になるという前提があって、証拠は挙がったんだからあとは自白と強要に走ったとすると警察は当時通常の捜査で問題はなかったという点では警察が無罪を主張するであろうというのも想像できる。何しろ検挙だけではなく裁判で裁判所自体が唯一の証拠であるDNA鑑定を証拠として認めたのだから余計その妥当性は当時としては問題なかったとされるという路線に持って行かれるようなら「問題なかった」というそういう立場の理論も成り立つ。余談だが、もっと最悪なのは他にもこういう冤罪で刑に服してる人がまだまだいそうだという話。しかも当時のDNA鑑定した物的証拠は「遺族に返したから無い」とかで当時のDNA鑑定が誤りであったという証明さえできなくなってしまってるとか・・。証拠保存の義務とかもっとそのあたりの整備は今はされてるのかな?p.s.こんな本があったら売れそうかも「冤罪国家にっぽん 運が悪ければあなたもある日突然死刑囚!の恐怖」でもそんな酷な取り締まりが本当の犯罪者に口を割らせたりもするんだろうし警察からするとある程度は必要悪だろうし取り調べって難しいねえ・・・。
2009/06/24
コメント(1)
自民党から国政への打診があったことに対する返答はなかなか痛快だった。ホイホイと打診を受け利用するだけ利用されて何もできない存在となってしまうだけ。比例代表で絶好の集票マシーンとして利用され選挙に華を沿え何人も当選できるような投票数を稼ぎ当選後は力のない1党員としてあまり政治的理解力のないタレント議員を人気で国会議員にしてやったくらいの扱いを受けてあとは議会決議の党議拘束票の確保に利用されるだけなんてそんな国会議員になったってしょうがないもの。使い捨てのようにされるくらいなら「総理候補としてならやる」これはある意味言ってみて損はなかったかも。ドラマ「チェンジ」のようなことだっておきるかもしれないし!?ただ今もそうだけど東国原知事はブレーンがいなくて孤軍奮闘タイプ。国政で本気で総理を狙いたいのなら総理になって国をほんとうに考えるように動かしたいならしっかりブレーンを持たないと運営が難しいんじゃないかな。橋元知事はブレーンは素晴らしそうだけど今回の東国原知事みたいな他人がありえないと思うような挑戦力まではない感じ。足元を固めて妥当な線でジャンプする感じ。それにしても自民党はことごとく普通に誰もが想像するような拒否反応のコメントしか出なかったけれどその中で今回不思議にも麻生総理が皮肉ではなくて相手の言動をそれなりに尊重するまともな言葉使いでコメントしているて彼にしては珍しい反応だなと感じた。
2009/06/23
コメント(6)
内海温泉「呼帆荘」におかあさんを誘ってダーと3人で遊びに行ってきた。http://www.kohanso.com/top.htm電話したときは・・と思って止めようかなとさえ思ったけれど到着したらそれはフレンドリーな田舎言葉で他意はなく、言葉使いの印象とは全然違う真心のこもったとても親切な対応だった。特別ルートで半額くらいで行ったのだけど定価払う価値があると感じた。真ん前は海。昼はまだ1cmくらいの身の入った綺麗な軽くて流されては貝が潜るのを集めてそれはお部屋の水桶に飾って楽しんだ。夜は砂浜にライトがあったので夜の波と戯れ翌朝は近くの小学生が授業で地引き網体験で盛り上がってるのをお部屋からみて楽しんだ。お風呂は4種類くらい。どれもなかなか素敵だったし。お料理も今の板さんは特にいいらしくほんとに美味しかった。申し訳ないくらいのお値段。翌日は常滑焼き散策しタイル博物館に足をのばした。博物館のレストランとても美味しかったし散策では素敵な陶器、コップや花器を見つけてしまい・・・この話はまた後日。名古屋は観光するところなんて全然ない都市だと思っていたが近隣にけっこういいところがあるなと思い始めた今日この頃だったりする。http://www.japan-net.ne.jp/~yakimono/
2009/06/14
コメント(0)
私はこれまで自分のキャラづくりをしてる俳優より毎回別人のようになれる俳優に価値を感じていた。だけど最近それはそれこれはこれで良さを感じて楽しめてる。きっかけってのがいくつかあった気がする。「絶対彼氏」で相武紗季をずっとのだめの上野樹里だと思いこんでいたら上野樹里は同シーズン別の局のドラマ「ラスト・フレンズ」に出てることからよくよく見たら別人だと気づいたとか。「風林火山」の内野さんの中に若い頃の村上弘明が見えたり。演技派の俳優さんは作品によって別人かと思うほどに違うけれどでも他の誰かに似てるように思えることなどが何度か重なって・・何にでもなれる強みってのはある意味その人でなくてもいいともいえるかもとかそんな視点から考えたりした。どれに出ても同じような役柄で雰囲気の役者さんもピンキリだけど魅力の軸をもって役をこなす毎にその枠を少しづつ広げて好感度をアップしてるようなタイプは起用されやすいとかいうビジネスの強みやCMに使いやすいとか本人が割と楽で自然体で出てくる魅力でそれが磨かれてる感じはそれはそれで素晴らしいなと。その系では綾瀬はるか好きだったのだけど「MR.BRAIN」ではちょっと外したかな・・・松田翔太もオーラがあっていい感じだし天性のスター性を感じる。藤木直人も役柄は全然違うけれど自分の持ち味を生かしきれてる、藤木さんは役選択がすごくいい、内野さんにやってほしい役柄をことごとく押さえてる。自分の中に違う視点がでてくると見え方が違ってきて不思議。ところで・・・自然体ではなくて立ち上がり不安定なのに内野さんが断然私の中で好きなのは並々ならぬ特別な努力を感じるところかな・・。連ドラなんかは回を重ねるほどに役がなじんできてすごく自然体で良さが増していくところなんかもまっていく理由かも。そういえば余談だけど私と全く逆の内野さんのレビューがどこかのページにあってドラマは安心して見てられると書いてあった。私は大河以外のドラマは立ち上がりが過剰演技だったり入り込めてなくて良さの出ていない部分が気になるのだけどそれも見る人次第で逆にも感じるんだなと意外だった。それにしてもこれだけ演技派のベテランで「今回は安心して見てられる」なんて評をされるのも珍しい存在のように思う。
2009/06/14
コメント(0)
「ちょっとぐらい大丈夫よ」これまでこういう言葉私も言ったことがある。病気や状況などから酒を飲まないって決めてる人にこの言葉ってのは無意味で無責任な言葉かもしれない。「ちょっとぐらい大丈夫よ」という他人の言葉に『だよね』という言葉が決して返ってこない揺るがない対応を見ると目が覚める。言ってる側はある意味真剣に気遣って言ってるつもりだろうけど。「ちょっとぐらい大丈夫よ」この言葉は気軽には言えない言葉だなと最近思う。お酒以外も同じ事が言えそうかも。旅先ではつい甘くなる。コレステロールが高いものとかで日頃はかなり控えてる食べ物も「ちょっとぐらい大丈夫よ」とついすすめそうになって口の先まででかかったその言葉を一旦ぐっと飲み込む。
2009/06/12
コメント(0)
読売新聞ですがという政治や生活の意識調査の電話がかかってきた。こういうのは宗教団体や思想調査団体とかがマスコミを語って個人調査しようとしてるのではないかとそういう感が拭えずいつも断る。答えるとなんだか怖い気がする。今回の電話はあまりにもつっけんどんで答えるのが当たり前のように名乗ったらこちらの意志も確認せずにいきなり質問をはじめた。あまりにも愛想も何もなく失礼だなと思ったが皮肉なことにはその愛想のなく答えて当然というような話し方でかえって本物のマスコミ調査かもなとも思ったりもした・・。偽物の方が努力してるとかあるから最近は本当によく分からない。
2009/06/11
コメント(4)
楽天購入レビューの数で番付表示がされる人がいた。レビュー読んでいると大関とかあって反射的に太ってる人を想像してしまった・・・。私はなんだろうと見たら関脇だった・・・。ウレシクナイそういえばアムウェイとかではダイヤモンドとかエメラルドとか宝石でタイトル表示してた。それにしても女性に相撲取りの番付をするってどうよ・・なんとなく不快感。っていうか関脇って調べないと地位分かんない。
2009/06/10
コメント(1)
![]()
明日発売のさだまさしのアルバム「美しい朝」。この10年もらったりとかで買ってなかったのだけど今回久しぶりに発売2ヶ月くらい前に予約したのが今日届いた。予約で買うなんてのは考えたらはじめてかも。父夫婦にコンサート「新しい朝」のチケットをプレゼントするのにCDで予習していけばより心に響いてコンサートを楽しめコンサート終わってからまた聞くと心により刻まれるだろうということでコンサートチケットにプラスして送るというのが目的だった。久しぶりに買ったCD。買ったものはこんなにも心に響くのかというくらい不思議に違う。最近無料や中古があふれていてお得だけどその分得していたかというとそうでもないのではないかなと思った。好きなもの(物・者)でもお金を使わないとどこか気持ちが薄まってしまう。【送料無料】美しい朝 / さだまさし
2009/06/09
コメント(2)
秋葉原通り魔連続殺傷事件から1年のニュースでテレビはもちきり。1年前のどうしても忘れられない映像。それは防犯カメラに写った殺傷シーンでもなく犯人の生逮捕現場でもない。それは現場に居合わせて無事だった人達のうちかなりがテレビのインタビューで目をキラキラギラギラ輝かせて興奮して答えていた様子。すごい現場にいたぞ!とワクワクさえしているかのような表情だった。当日何度も繰り返される映像に見入っていた自分、見方によっては大同小異同系統かも。刺激に飢えているのか平和のなかで「生きてる感」に飢えているというのかなんか、おかしいんだろうな。
2009/06/07
コメント(0)
非常に番宣CMの多いドラマ「臨場」。原作者の名前を全面に打ち出すのだがこれまで今ひとつ良さが分からなかった。だけど前回今回の2回から違ってきた。急に響くものが見つかったというかんじ。第7話「ユズリハの家」 第8話「黒星」立場は被害者・加害者・捜査官だったりするのだけど人それぞれに愛情の表し方がある。一見理解しがたいところにも愛情がいろんな形であって検死の中から表面的事実を拾うだけではなくそこに一見分かりにくい形で埋もれてる愛まで掘り起こす。何が大事なのか、それ以外は大したことじゃないという主人公の割り切り方に筋の通ったものを感じた。ただ・・野菜が好きなのは分かるがなんかもうちょっと「こんなシーンあんなシーンで野菜を食べてるなんて普通はあり得ないはずがこの男に関してなんては自然なんだ・・」と思うようにカットを入れるようして欲しいとも感じたりする。野菜を食べるシーンの作り方がちょっととってつけたような感じ。主人公が野菜を食べるタイミングと心情は何か関係してるのかな?それが見えない今はとってつけたようにしか見えないだけなのか?彼にとって食事以外で野菜をかじるってのはどういう意味があるのだろう。シーンを思い出すと少なくともリラックスや癒しではないようだが。
2009/06/03
コメント(0)
松坂屋スーパーで「栗原さんちのおすそわけ」というプリンを売っていた。http://kuriharasanchi.com/product/index.htmlこれ。おすそ分けって無料のものだとおもっていたけれど売れっ子の彼女のレシピものなら売っていてもおすそ分けって言葉もありだなとも思ったりでもなんかやっぱり日本語おかしいよなと思ったりで辞書をいろいろ見たけどWikipediaで>他人から貰った品物や利益の一部などを、さらに友人や知人などに分け与えること。>「すそ」とは着物の裾を指し、地面に近い末端の部分というところから>転じて「つまらないもの」という意味がある。>よって、本来目上の人物に使用するのは適切ではない。こういう感覚がこの言葉には確かにあってやっぱりしっくりこない。だけど「おすそわけ」って言葉はなんだか確かに変にひかれるものでもあったりする。この商品のネーミングとしては大人にはまあいいだろうけれど子供には誤用促進になりそうだなとも思った。
2009/06/01
コメント(0)
全17件 (17件中 1-17件目)
1


