乙さんの空想・妄想・考察もどき日記

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2022.06.24
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カテゴリ: 独り言
選択肢の分だけ世界があるとして・・・「生きる」と言う選択肢をとってきた結果で今の自分がある。

例えば「A」と言う物があって、買った世界と買わなかった世界あるとする。
その先に買って良かった世界と悪かった世界、同じように買わなくて良かった世界、悪かった世界も存在する。
そのどれかの世界に今の自分が居る。

今の自分が後悔しているとして、タイムマシーンがあって過去に戻ってやり直す事が出来ても結果的に良くはならないだろう。
「後悔している」と言う事で結果が未来にある。
50歳を超えて何となくだが、すでに決定された未来に向かって間違わずに分岐を選択して生きているのではなかと思えている。

自分の最大の後悔は「結婚して子供が出来た事」だと思っている。
離婚して現在は有意義な生活が出来ていると感じている・・・から?。


たぶん、それはそれで後悔している気がする。

現在の「後悔」と言うのは決定されたもので過去を変えようと変わらないものだと思っている。
逆に離婚後は結婚した時ほどの後悔はない。(当たり前だが些細な後悔はあるけど・・・)

決定された未来とは、人間である以上「死」、生まれたからにはいつかは死ぬのが定め・・・

31歳までに病気、事故、災害、犯罪?と10回ほど「生死」の選択があった。
その全てに「生きる」と言う選択をとってきた・・・いや、逆に「死」と言う選択肢が無かっただけだと思う。

30歳の時に院内感染で死にかけた後、数年してある人から「あの時(院内感染)に死んでいた方が良かったかも・・・」と言われて自分の中に「死」と言う選択肢が追加された感じがする。

今、私の頭の上に「生きる」と「死」と言う選択肢が出ている。
だが、普通ならば「死」と言う選択肢は表示されてなく、「生きる」と言う選択肢だけがある。
「死」と言う選択肢は通常なら「死に直面した」時に初めて表示されると思っている。
だが、私のように些細な事で表示される事がある。


実際にもうかれこれ25年くらい、私は「生きる」と「死」言う選択肢を表示しているが、漠然とではあるが自分の死因は「病死」だと感じている。
なので、事故だったり災害で死に直面しても「生きる」と言う選択肢を選ぶだろう。
だが、病院に運ばれて治療中になったら、これはどちらかを選ぶかはわからない。

人間の最終到達地点が「死」として「生きる」と言う選択肢の影には「後悔」が付きまといます。
後悔とは生きているからするものだと思っています。


「生きる」と言う選択肢が、私のような考えが正解ではない事を祈っています。





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最終更新日  2022.06.24 21:00:06
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