学校に集められた若い人たちは、少なくともそれだけでは赤の他人であるにもかかわらず、深いきずなで結ばれているかのようなふりをしなければならない。
学校では「みんな」と「なかよく」し、その「学校のみんな」のきずなをアイデンティティとして生きることが無理強いされる。
すなわち学校では、だれが大切な他者でだれが赤の他人なのかを、親密さを感じる自分の「こころ」で決めることが許されない。
逆に親密さを感じる「こころ」が学校によって強制される。
学校の「友だち」や「先生」に親密さを感じない「こころ」の自由はない。
自分で友を選択して親しみが湧いてくる以前に強制的にべたべたさせられる人たちは、愛や信頼や倫理や美やきずなやよろこびに関して、自分にフィットした生のスタイルを模索しつつ成長することが不可能になる。
そのかわり、それがどんなに酷くむごいものであっても、それが「みんな」の「いま・ここ」の「かかわりあい」であればしがみつく習性を身につけてしまう。
そしてしばしば、自分は本当は誰が好きで、誰がなぜ憎いのかがわからなくなり、その情動判断を場の雰囲気に代替させるようになる。
数分前になかよくしていた「ともだち」が「みんな」からうとまれはじめると、半分は保身から、半分は本当に「なぜかいじわるな気持ち」になり、「みんな」といっしょに蹴っていた、といったケースは枚挙にいとまがない。
自分がいじめグループの標的となるやいなや、今まで仲のよかった「友だち」が見てみぬふりをしたとか、手のひらを返したようになったとか、攻撃の先方に転じたといったことは、よくあることだ。
こういう場合、いじめ被害者はよく「なかよくできなくてごめんなさい」と泣く。そして、裏切り迫害する「友だち」に「なかよくしてもらおう」と必死になる。
学校の弱者は「みんなとうまくやっていけるように自分の性格を変えなければ」と思う。
わたしのいもうと
松谷みよ子
この子は、わたしのいもうと。むこうをむいたまま、ふりむいてくれないのです。いもうとのはなし、きいてください。
いまから七年まえ、わたしたちは、この町にひっこしてきました。
トラックにのせてもらって、ふざけたり、はしゃいだり、アイスキャンディをなめたりしながら、いもうとは小学校四年生でした。
けれど、てんこうした学校で、あのおそろしいいじめがはじまりました。
ことばがおかしいとわらわれ、とびばこができないといじめられ、くらすのはじさらしとののしられ。
くさい、ぶたといわれ。
ちっともきたない子じゃないのに
いもうとがきゅうしょくをくばると、うけとってくれないというのです・・・。
とうとうだれひとり、くちをきいてくれなくなりました。
ひと月たち、ふた月たち、えんそくにいったときも、いもうとはひとりぼっちでした。
やがていもうとは、学校へいかなくなりました。
ごはんもたべず、口もきかず、いもうとはだまってどこかをみつめ、おいしゃさんの手もふりはらうのです。
でも、そのとき、いもうとのからだにつねられたあざがたくさんあるのがわかったのです。
いもうとはやせおとろえ、このままではいのちがもたないといわれました。
かあさんがひっしで、かたくむすんだくちびるにスープをながしこみ、だきしめていっしょにねむり、子もりうたをうたって。
ようやくいもうとはいのちをとりとめました。
そして、まい日がゆっくりとながれ。
いじめた子たちは中学生になって、セーラーふくでかよいます。ふざけっこしながら、かばんをふりまわしながら。
でも、いもうとはずうっとへやにとじこもって、本もよみません。おんがくもききません。
だまって、どこかを見ているのです。ふりむいてもくれないのです。
そしてまた、としつきがたち、いもうとをいじめた子たちは高校生。まどのそとをとおっていきます。
わらいながら、おしゃべりしながら・・・。
このごろいもうとは、おりがみをおるようになりました。あかいつる、あおいつる、しろいつる、つるにうずまって。
でも、やっぱりふりむいてはくれないのです。口をきいてくれないのです。
かあさんはなきながら、となりのへやで、つるをおります。
つるをおっていると、あの子のことがわかるようなきがするの・・・。
ああ、わたしの家はつるの家。わたしはのはらをあるきます。
くさはらにすわると、いつのまにかわたしもつるをおっているのです。
ある日、いもうとはひっそりとしにました。
つるをてのひらにすくって、花といっしょにいれました。
いもうとのはなしはこれだけです。
わたしを、いじめたひとたちは、
もう わたしを
わすれてしまったでしょうね。
あそびたかったのに、
べんきょうしたかったのに。

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