インディー(38)




実際は、評価してもらうと言うよりも、
「ドヤ、風変わりで旨いやろ。お米でこんなお菓子ができるんやで」
と自慢したかっただけである。

このお菓子のポイントは、近所の友人ドットール・セップ邸からいただいて来るはっさくみかんの皮による香りつけにあった。彼の邸宅には、はっさく、柿、梅などが、十年以上ほとんど手入れされないまま繁茂している。
そいつを一言だけ断りを入れて拝借しては、中身には目もくれず、表の皮だけナイフで削って乾燥させ、ストックしておいたものをお菓子の香り付けに使うのである。
ナイフで削るとき、できるだけ中の白いわたを入れないように薄く削るのが重要である。白いわたが多いほど、苦みが強くなってしまう。

それともう一つ、自慢のタネは、「米は自分が育てた日本晴れ」ということであった。
十数年来、滋賀県の農家と懇意にしており、米作りのイロハをいろいろと教えてもらった経歴がある。


ルーンの常連の一人に近所で本屋をやっている博識グルマンのオマキさんという人がいた。


この人、たばこをぷかぷか吸うにもかかわらず、料理の味分別に関しては非常に鋭く、たばこ吸いグルマン、BONOのやっさんといい勝負をしていた。


私の場合、
基本的には、たばこを吸う姿を見ただけで
「この人とは、食べ物の話をするのはやめておこう」
と決意を固めてしまう。

しかし、やっさんとオマキさんは例外。

オマキさん、「torta di riso」を一口食べて・・
「あんた、また、変わったお菓子を作って来たね。なんか、変わったことせんと気が済まんのやね。」
と、いつもの毒舌。
(私は、この手の毒舌が大好きである・・)

さて、さて、話を津田陽子さんに戻そう。


彼女のレシピ集「タルト」を自宅で読み始めたのだが、
一つ一つのレシピが光を発しているようにキラキラきらめいているのを感じ取ってしまった。

一時、心酔していた料理研究家に丸元淑生さんと言う人がいる。
彼は、自著の中で繰り返し、
「すぐれたレシピと言うのは、交響曲のスコアのように美しいものである」
と述懐していた。


津田陽子さんのレシピ集は、まさに
「素晴らしい楽譜集」
そのものであった。


実は、それまで私はタルトにチャレンジしたことがなかった。
理由は簡単、バターを多用するから。

もともと一種の健康オタクのようなキャラを持っており、あーでもない、こーでもないと試行錯誤を繰り返して来た。
その過程で掴んだ鉄則は
エキストラバージンオリーブオイルをできるだけ生で多用する。

サラダ油は基本的に使わない。
牛の脂はできる限り使わない。(もちろんバターも含めて)
マーガリンは使わない。

ラードは冬に多用する。


これらの鉄則に忠実になりはじめてから、もう7年以上が経過したが、私は加齢に背くように日々健康充実どを強めている。


しかし、それにしても津田陽子さんのレシピは、余りにも美しく、完璧で、精緻なメロディーラインをたたえた作品のスコアカードのようだった。

(つづく)




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