インディー(145)


とデブ伊原が叫ぶ。

「おまえがモンラシェ好きなのは、わかってるけどさあ、人の懐具合を考えて物言えよ」と心の中でつぶやく。


「あいにくモンラシェは切らしております」
と、またやっさんが助けてくれた。


「ランブルスコのおもしろいのが入っていますけど」
とすすめてくれる。

「合うかなぁ」
といぶかる伊原氏を制して

「じゃ、それ、行ってみましょう」
と私。

「でも、このあとのツナのパスタにランブルスコは合わないと思うよ」
と常務。

また、振り出し。


「それじゃ、プーリアのヴェルデッキオのユニークなのがありますから、それにしましょうか?古い大樽で熟成させたいまどき珍しい白です」
とやっさん。

「それそれ、それ行ってみよう」
と常務。

「なんだかわからないけど、それでいいよ」
と伊原。


ふたりとも遠慮がない。
いつも、いつも、接待漬けのやつらだから。


「ところで、ユキさんは、何曲ぐらい持ち歌あるの?」
と伊原。

「40曲ぐらいです」

「いつごろから?」

「高校入ってバンド始めたころから」

「最近もできてる?」

「できてますよ」

「ヘイ!プーリアのヴェルデッキオ!」
と、またボトルとグラスを持って来た。

「生ハムとの相性は保証しませんが、このあとのツナのパスタとは、すんごく合うんですよ」
とやっさん。


「それじゃ、カンパイ!」
と常務は、早くもごきげんになって来ている。

「もうすぐパスタをお持ちしますから」

一人で切り盛りするのは、なかなか大変だ。

「楽器は、なにかできる?」
と伊原。

予想通りと言うべきか、伊原はユキに興味津々の様子。

「幼稚園のころからピアノをやってました。あと、ギターを少し」

「あとで一曲やってくれない?そこにアコギがあるからさぁ」

「わかりました」


こういう運びになると、さすがのユキも緊張しっぱなしで、場を楽しむことなどできないなと少しかわいそうに思われた。


ようやく、やっさんが、冷製ツナパスタを運んで来た。

「この、上にかかってるのはなんですか?」
とユキ。

「マグロの卵巣の干物の削り下ろしですね」
とやっさん。


「マグロの親子丼や」

と伊原。

「どんぶりとちゃうやろ!」とひとりつぶやく

「へぇ、そんなのあるんですねえ」と単純に驚くユキ。

「カラスミよりうまいよ」
と常務。


(つづく)




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