百花繚乱

百花繚乱

(小説) 接触


『接触』


 あと、二小節。ギターとボーカルに向けて瞬きする。ボーカルの声がわずかに柔らなくなる。残り一小節。大きく息を吸い込む。三、二、一。
 硝子と光晴の声が、二三度揺れ、硝子の声に合わせて落ち着いた。光晴が硝子の瞳に焦点を合わせる。彼女はそれに瞳で返事をする。二人の声が溶けあった。ギターが控えめに、声を押し上げる。
 最後のサビに入る。光晴の声が硝子の中に響く。ギターを弾いていた輝一が控えめに歌い出す。それに耳を澄ませながら、彼女を失ったあとの自分の弱さを戒めるような、そんな歌。彼女と作るはずだった人生を光晴に送り返すように歌い続ける。
 三人の声が「さようなら」で佳境を迎える。ラスト二小節。三人の視線が交差する。声が反響し、ギターが最後のコードを弾き終えた。
 松井硝子は肩で大きく息をついた。冷房が寒いくらいきいているはずなのに、額が汗ばんでいる。遠くに野球部の掛け声が聞こえる。
 ややあって、ひとりの拍手が起こった。客席で一人見守っていた顧問の小原慎が立ち上がる。
「さっきより断然よくなったよ」
 肩の力が抜けた。二人を振り返ると、有村輝一と伊藤光晴が頷く。硝子はスポットライトの眩しさに目を細めた。小原に会釈してから二人は改めて向きなおった。
「おつかれー」
「ショーコもよかったよ、今日も。ありがとう」
 いつものように輝一と握手を交わした。
「ハルもありがとう」
 同じように手を出す。
「いまいちハモれなかったけど、ショーコはいい声してたよ」
 光晴から出された腕は、また硝子の手首にて手首をぶつけた。いつものように二回。太い骨をこんこんとぶつけると、光晴はその手を無造作にポケットに突っ込んだ。 
 硝子は答えないまま、ぶつけられた手首を押えた。
「確かに松井さんはいい声してるね」
 舞台に上がってきた小原が満足げに微笑んだ。
硝子は手首の痛みを忘れて、思わず顔をあげた。優男であるが、小原が人を褒めるのは珍しい。
「やっぱり二ヶ月後の大会はこの三人で行こう」
「っていうか、俺達くらいしか部員いないじゃないすか」
 輝一がため息をつく。三年生はほぼ引退し、一年生はいない。でも、息がぴったりの三つの原石を見つけたからいいんだと小原は顔を綻ばせた。


(続)



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