ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2011.02.17
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カテゴリ: 国際政治
チュニジアからエジプトへ…(20)

1月25日のデモ発生当初から、反体制派はタハリール(解放)広場の制圧に成功しました。カイロの中心部、日本に例えると霞ヶ関の中央に位置する広場を反体制派が制圧したのです。

当初の数日間は、治安機関が出動していましたが、やがて彼らは姿を消します。治安機関の隊員の多くは、一部幹部を含めて下層階級の出身です。彼らは公安警察官としての任務を教え込まれる過程で、学生や大卒のエリートに対する徹底した憎悪の感情を叩き込まれます。

ですから、彼らは広場に集結したデモ隊が、いつものように社会のエリートを中心とした人々で埋め尽くされていたのなら、例え数が多くても、躊躇なく至近距離から催涙弾を打ち込むなどして、暴力的に排除することをためらわなかったでしょう。その結果が失敗に終ったとしてもです。

しかし、タハリール広場に集まった人々の多くは、彼らと出自を同じくする下層の貧しく人々でした。それを知ったヒラの隊員たちには、大きな動揺が走ります。貧しき者同士の紐帯が作用して、彼らは上官による暴力の行使命令をためらいました。これが、治安機関の行動を中途半端なものにした原因だったように思います。

ムバラクやその側近たちは、忠誠心を示す治安機関員を私服に着替えかせ、彼らとムバラク政権に寄生して利益を得ていた人々、さらには金で集めた烏合の衆を動員して、大統領支持派をでっち上げ、タハリール広場の反体制派を襲撃する行動にでました。

これが最終的に、ムバラク一派の命取りとなりました。子飼いの治安機関員でさえ、一致団結した鎮圧行動が取れない状況にある時に、暴力的鎮圧はもはや不可能です。それにも関わらず力で圧殺しようと試みることは、なお形勢を見ていた人たちを、決定的に反体制派支持に向かわせる効果しか持たないからです。この点は、歴史を紐解けばいくらでも史実を挙げることが出来ます。

程なく、ムバラク政権を見限った軍が登場し、烏合の衆に過ぎなかった大統領派を排除します。2月上旬のことでした。ここから2月11日(日本時間12日)までの動きは、ムバラク前大統領への惻隠の情を持つ軍指導部が、彼の自発的辞任を促し、そのリミットに指定した11日まで、説得を続けたということだったようです。

勝負の行方は、1月25日のデモ隊が、広いタハリール広場を埋め尽くした段階で、はっきりしていたのかもしれません。





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最終更新日  2011.02.17 20:42:28
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