ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2011.06.14
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カテゴリ: 日本史
黒船来航(5)

ペリーは、フィルモア大統領によって、東インド艦隊司令長官に任命され、海軍の作戦行動の一環として、日本と条約交渉を行なうよう指示されました。

これはかなりの困難が予想される任務でした。それは米国憲法の規定にありました。合衆国成立の事情により、連邦政府の権限には大きな制約があり、諸外国との交戦権(宣戦布告権)は大統領にはなく、議会上院が握っていたからです。

その議会の多数派は民主党であり、大統領フィルモアはウィッグ党(後に共和党に取って代わられ、消滅します)に属していたため、議会の協力を得ることが不可能だったのです。

そのためペリーは、出港前に「発砲厳禁」という大統領命令を、受け取っているのです。内閣が交戦権を持つイギリスと違い、アメリカは本格的な砲艦外交を展開できない国でした。この点が徳川幕府に好感をもたれることに繋がっていたのが、歴史の面白い所ですね。

当時ペリーは58歳の高齢でした。引退年齢が近いのですから、もっと穏やかで安全な任地を希望することも出来ました。それでも彼が、日本開国という困難な任務を引き受けたのは、1つには、「地上で最も若い国が、世界でもふるい国に入る日本の扉を開ける」ことへの自負心でした。これは、晩年の彼の言葉として、家族が書き残しています。

もう一つは、彼の趣味に関係します。ペリーは、知る人ぞ知る玄人はだしの植物コレクターでした。長きに渡って鎖国体制を敷いてきた日本は、植物の交雑がそれだけ少なかったことになるので、きっとかなりの数の新しい品種や固有種を発見できるのではないか。こちらの期待もペリーにとっては、大きかったのです。

ペリーが、アメリカ東海岸を日本に向けて出港したのは、1852年11月24日のことでした。出発港が東海岸ですから、彼は太平洋を西航したのではありません。 この点は明日記します。
                               続く





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最終更新日  2011.06.15 19:26:08
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