ナイチンゲールの世界 (24)
クリミア戦争の取材に趣いた『タイムズ』誌のラッセル記者は、戦地や軍の野戦病院を精力的に取材し、次々に長文の取材レポートを本国に送りました。
彼のレポートは反響を呼び、道行く人たちやコーヒーハウスなどでの出会いの挨拶も、『タイムズ』を読みましたかに染まっていたと、軍の調査報告に記載されています。
ラッセル記者のレポートの一部を紹介すると、こんな風でした。
「市民の皆さんは、この報告を読まれると、きっと驚きと怒りをお感じになられると思います。戦場では、薬も包帯も不足しています。その上ベッドも足りませんから、深傷を負った兵士たちは、藁の上か直接地面に寝かされています。そのため戦地では、負傷者に対して、何ら適切な処置が取れれていないのです。」
「戦地では医師も看護婦も、決定的に不足しています。戦地での傷病兵の取り扱いは、まさに野蛮人並と言うよりほかにありません。その点、フランスの病院の方が、わが国の病院よりも優れています。フランス軍では軍医の数も多く、その上、慈善会のシスターたちが働いています。シスターたちは、みな優れた看護婦なのです。」
そしてラッセル記者は、こう締めくくりました。「我々には、何故慈善会のシスターがいないのか?」と。
ラッセル記者は、手当てを満足に受けられれば助かるかもしれない多数の傷病兵が、手当てを受けることが出来ないままに、いたずらに命を落としている現実を、ありのまま切々と訴えました。
彼の戦地報告は、本国で大きな反響を呼びました。その結果が冒頭に記した挨拶言葉となったのです。しかし、こうした戦場での様子は、上流階級に属する将軍や将校たちが、下層階級出身の兵士を指揮して戦わせるイギリスの軍隊、特に将官たちにとっては、ごくあたり前のことだったのです。
ですから、ラッセル記者の記事を読んだ本国の軍幹部は、『タイムズ』誌に大いに腹を立てたのです。
このラッセル記者の署名記事をナイチンゲールも熱心に読みました。彼女はシスターの代わりを自分が務めることを考えました。看護婦の一隊を組織して、トルコへそしてクリミアへ渡ろうと考えたのです。しかし、その為には、ようやく軌道に乗ってきたハーレー街の病院を辞めなければなりません。
フローレンスは、そのことをシドニー・ハーバート夫人のリズさんに相談しました。リズ夫人は、病院の理事も引き受けていてくれたからです。
同じ記事を、1852年からイギリスの軍務大臣という要職についていたハーバート氏も読んでいました。軍務大臣というのは、直接軍を指揮する仕事はしませんが、軍の輸送や物資調達などの一切を監督する部署の責任者です。
記事を精読したハーバート大臣は、熟考の末、看護婦の一隊を現地に送り込むことを考えたのです。しかし、責任者を誰にするかが問題でした。
続く
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