こしゃくな読書

こしゃくな読書

ギヴァー 記憶を注ぐ者 ロイス ローリー (著), 島津 やよい (翻訳)


ロイス ローリー (著), 島津 やよい (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/dp/4794808267/ref=nosim/?tag=donzoko-22





 何故なのかわからない。

「永遠に物質的な姿を消す」ことがこんなにも狂おしく悲しいのは。

やはり、原悲としか言いようがない。

もういなくなるんだなあ、と実感するほどカナシイことはない。

心から「師範」と呼ぶ人を見送って思ったのです。

To be、存在するということはなんという奇跡でしょうか。




 一人一人がみんな違ってみんないいと言ったのは

かの金子みすず氏ですが、

その一人一人の「違い」を分かってくれる人を失うことが

これほどにカナシイ理由なのかもしれません。


 誰もが、自分の人生なんて取るに足らないモノで、

いかにみじめな思いをしたのかなんて、

わかっては貰えないだろうと、どこかで思っているのです。

その証拠に誰も自分の影に興味を持ってくれないじゃないか、と。




 そんな多くの人が、師範の空手に出会い、その明るさに照らされて、

自分から輝くことを知りました。

その頃には、後進の道場生に「いいね、いいね!」と

声をかける存在に自らもなっていきます。

笑顔の輝きは連鎖するのです。自由意思で。





 ああ、そうかこの小説の悲しさはこれだ。

だから私は全ての人にこの児童文学を読んでほしいと思うのだな。


この近未来のお話の「同一化」なんて、

選択の自由に永遠にお別れするみたいなものじゃないですか。

個性や選択や色や識別のない人生に幸せを感じることなんて、

私は、できない。


 目に映る色、それが喜び。手に触れる親しみ、それが愛。

謝罪も祝福も本来、言葉ではないよね。


自分の生き方がだれかの任命などで決まるとは、あり得ない。

場はそこにいる人で自らが作っていくのだ。




どこを修正したらいいか迷ったら、率直に言ってもらい、

受け入れたことからやってみればいい。

そう、人間空手善心道のように。



 それにしてもこの本、本来は3部作なのに、

日本では1冊しか翻訳されていないのです。

何故なら、その1冊目が売れてないから。


手に取ったなら目が離せない面白さですし、

逆説的な今を知るには、もってこいの本なのに、

読まないなんてもったいない。


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