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先日、久しぶりに箸墓古墳や山辺の道付近など桜井市を巡って来た。 雨上がりということでもあったか、「水脈(みを)し絶えずは」の泊瀬(はつせ)川や「川音(かはと)高しも」の穴師川は水量タップリ。「雲立ち渡る」弓月が嶽、「雲だにも情(こころ)あらなも隠さふべしや」の三輪山。ほのかに流れ来る梅の香に、見やれば白梅、紅梅が今を盛りと咲き匂っている。遠くを望めば、香具山、畝傍山、耳成山の大和三山のたたずまい。(箸墓古墳)(箸墓古墳は第七代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫の墓とされているが、卑弥呼の墓とも云われ、邪馬台国畿内説の象徴的な存在となっている、初期巨大前方後円墳である。)ーーーーーー日本書紀巻5崇神天皇十年九月の条 (岩波文庫「日本書紀(一)」より)是の後に、倭迹迹日百襲姫命、大物主神の妻と為る。然れども其の神常に昼は見えずして、夜のみ来す。倭迹迹姫命、夫に語りて曰く、「君常に昼は見えたまはねば、分明に其の尊顔を視ることを得ず。願はくは暫留りたまへ。明旦に、仰ぎて美麗しき威儀を覲たてまつらむと欲ふ」といふ。大神対へて曰はく、「言理灼然なり。吾明旦に汝が櫛笥に入りて居らむ。願はくは吾が形にな驚きましそ」とのたまふ。爰に倭迹跡姫命、心の裏に密に異ぶ。明くるを待ちて櫛笥を見れば、遂に美麗しき小蛇有り。其の長さ太さ衣紐の如し。則ち驚きて叫啼ぶ。時に大神恥ぢて、忽に人の形と化りたまふ。其の妻に謂りて曰はく、「汝、忍びずして吾に羞せつ。吾還りて汝に羞せむ」とのたまふ。仍りて大虚を践みて、御諸山に登ります。爰に倭迹迹姫命仰ぎ見て、悔いて急居。則ち箸に陰を撞きて薨りましぬ。乃ち大市に葬りまつる。故、時人、其の墓を号けて、箸墓と謂ふ。是の墓は、日は人作り、夜は神作る。ーーーーーー 山辺の道は、高校生の頃、犬養孝先生の著書「万葉の旅」上巻を手に、最初に訪れた万葉故地でもある。その後も何度となく、一人で、或いは友人や家族や色んな人と歩いたり、自転車で走ったりしていて、色んな思い出がそこかしこにある地であるが、この処しばらく何故かご無沙汰していた。山辺の道は歩くのには適しているが、自転車だと、石畳や狭い野道や段差などがあって 走りにくい、というのが、この処の銀輪散歩中心の偐家持が寄り付かなかった理由かも知れない。まあ、万葉の道は本来歩くべきものにて、自転車で走ろうというのはやはり邪道なのであろうか。 読書会の友人たちと山辺の道をレンタル自転車で走ったのはもう10余年前のことになるだろうか。その頃は智麻呂氏もお元気で自力で自転車に乗ることもお出来になっていたので、全員で楽しいサイクリングをしたものだった。登りの坂道では自転車の智麻呂氏を後から押して走り上がり、はあーはあー息を切らし、汗だくになったことなんかも懐かしく思い出される。 この地、巻向(纏向)は大和朝廷の発祥の地でもあるが、偐家持の万葉歌との出会いの原点の地でもある。そう言えば、この地を流れる泊瀬(初瀬)川は、大和川の上流、源流であるのだ。もっとも、今は泊瀬川とは呼ばないのか、川にかかる橋には大和川と表示されている。そして、初瀬と言えば、「こもよ みこもち このをかに なつますこ いへきかな なのらさね・・」のあの万葉集巻頭の雄略天皇の歌の舞台でもあるのだ。 山辺の道は桜井市朝倉の泊瀬川畔、三輪山麓から、山裾を縫うようにして天理市経由、奈良市に到る古代の道である。前述の箸墓古墳を始め、第10代崇神天皇陵古墳、第12代景行天皇陵古墳などの巨大古墳がある。今回は時間の関係もあり、南コースの一部を回っただけであるが、何とかぼけずに写っている写真で、その風景の一部を紹介してみましょう。(白梅、蝋梅)白梅の 枝垂(しだ)れ咲きぬる 巻向の 風のやさしみ 春べなるらし (偐家持)(穴師川と梅)世間(よのなか)の 女(をみな)にしあらば わが渡る 痛背(あなせ)の河を 渡りかねめや (紀女郎 万葉集巻4-643)痛足河(あなしがは) 河波立ちぬ 巻目(まきもく)の 斎槻(ゆつき)が嶽に 雲ゐ立てるらし (万葉集巻7-1087)巻向(まきむく)の 痛足(あなし)の川ゆ 往(ゆ)く水の 絶ゆること無く また反(かへ)り見む (万葉集巻7-1100) (穴師川、棟方志功筆万葉歌碑)ぬばたまの 夜さり来れば 巻向(まきむく)の 川音(かはと)高しも 嵐かも疾(と)き (万葉集巻7-1101)あしひきの 山川の瀬の 響(な)るなべに 弓月(ゆつき)が嶽に 雲立ち渡る (万葉集巻7-1088)(車谷の梅)車谷 見むとし来れば 君に恋ひ 咲きか散るらむ 白梅の花 (偐家持)(三輪山)三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなも 隠さふべしや (額田王 万葉集巻1-18)(平等寺)(玉列神社)(阿弥陀堂)(阿弥陀堂前のケヤキ)(仏教伝来の碑)(初瀬川<泊瀬川>)三諸の 神の帯ばせる 泊瀬河 水脈(みを)し絶えずは 吾(われ)忘れめや (大神大夫 万葉集巻9-1770)泊瀬川 速(はや)み早瀬を むすび上げて 飽かずや妹と 問ひし君はも (万葉集巻11-2706)泊瀬川 白ゆふ花に 落ちたぎつ 瀬を清(さや)けみと 見に来し吾を (万葉集巻7-1107)
2009.02.28
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今日はブログアップをしないつもりでいましたが、「カコちゃん08」さんという方が、ご自分の絵と偐家持の和歌とで素敵な作品をお作り下さり、これをブログにて公開して下さいました。先ほどこのことに気がつきましたので、これを皆さまにご紹介させていただきます。カコちゃん08さん、どうも有難う。彼女のブログは下記からご訪問下さい。 カコちゃんのartist気分ー京8150の日記 下記は彼女がコラボレーションして下さった作品です。彼女のご了解は得ていませんが、一方的に通知だけして、まあ、ご了承いただけるものと信じて、彼女のブログから転載します。天使らの 踊りなるらし 春の花 火の色に咲き 風にぞ光る (偐家持)
2009.02.24
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今日は2.23.で富士山の日とか。大阪からは富士山は望めないので、写真はなしですが、「富士山の日」に協賛して、万葉集の歌を掲載して置きます。 山部宿禰赤人、不盡山を望める歌一首並びに短歌天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 ふり放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不盡の高嶺は (巻3-317) 反歌田兒の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 不盡の高嶺に 雪はふりける (巻3-318) 富士山には桜が似合うが、未だ手近には咲いていないので、桜のお兄さんに当たる梅の花で代用です。(緩衝緑地公園の梅) 本日も近隣散歩。午後からMTBで外出、先ず、恩智川沿いに北に向かい、大東市の手前、加納地区の公園で西に折れ、もう一つの緩衝緑地公園へ。公園を南に縦断し、再び恩智川沿いに戻って、花園ラグビー場へ。(花園ラグビー場) 近鉄線の東花園駅の踏切を渡って、また恩智川沿いの道に入って、一路、南へ。八尾市を通り抜け、柏原市に入り、柏原市役所前で一休み。大和川の川辺を少し走ってから、帰途に。花園中央公園に帰り着いたのが午後5時。4時間走り続けたことになる。 まあ、富士山とは何の関係もない一日でした(笑)。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー追記(7月24日)今朝の松風6923画伯のブログには「生駒山遠望」の絵がアップされていました。小生がお願いしたからでしょうか。嬉しくて歌と俳句を作り、同氏に贈りました。 青山に 春は来にけり 雨止みて (筆蕪蕉) 青々と なびける春の 生駒山 背子に恋ひつつ 笑みや贈れる (偐家持)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 恩智川沿いに行く散歩では、決まって目にする小さなキリスト教会、本日はこれを写真に撮ってみました。(八尾グレース教会)
2009.02.23
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昨日、カマトポチさんのブログで早々とミモザの咲いているお写真を拝見し、また、本日智麻呂邸をお訪ねした際に、道すがらのお宅のお庭のミモザの木が少し咲きかかっているのを目にしたので、我が苑(と言っても近くの花園中央公園であるが)のミモザはいかにやと、帰宅途中に見て来ました。 昨日は遠目には花の気配はなかったのであるが、ひょっとすると・・と今回は近くでよく見てみようと思った次第。 やはり、近くで見ても花は未だですな。蕾の段階です。一本の木だけ、一部に少し黄色味がかった色になっているので、蕾が膨らみ始めているようだ。まあ、大阪のこの地のミモザは、例年通りに、来月上旬から中旬に花咲くようです。 左側の木は中央が黄味がかっていますから、間もなく咲きそう。右側はもう少し先かも。我が苑の ミモザはいまだ 咲かなくも 含(ふふ)みてあれば 春となるらし (偐家持)吾妻なる 背子が片辺に 咲くミモザ いまだ咲かなく 我が苑暮れぬ (偐家持) 我々がミモザと呼んでいるのは、フサアカシア、ギンヨウアカシアなどのマメ科アカシア属の花卉の俗称らしい。本来はマメ科オジギソウ属の植物の総称であるらしい。(ミモザ<英: mimosa、独: Mimose>フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
2009.02.22
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本日も銀輪近隣散歩の道すがらの風景を。 自宅近くの枚岡梅林は、白梅・紅梅、色とりどりの梅の花が今を盛りと咲き匂っています。 梅見の人なるか。仲好く4人並んで座り、何を語らうのであるか。何やら微笑ましい眺めである。萬世に 年は来経(きふ)とも 梅の花 絶ゆることなく 咲き渡るべし (佐氏子首 巻5-830) 枚岡梅林は、生駒山地の山の裾野の斜面に広がる大阪府営枚岡公園の一部をなす。様々な品種の数百本の梅が植えられ、この時期は梅を愛でる人で賑う。北隣が枚岡神社で、梅林を通って神社へと続く道がある。 昔、高師直の軍と楠正行・正時らの軍との戦がこの辺りであったとの伝承もあり、梅林の一角には「正行首洗いの井戸」なるものもある。枚岡神社を抜けてもう少し北に行くと、住宅地の一角に「正行の首塚」なるものもある。梅の花 折りてかざせる 諸人(もろひと)は 今日の間は 楽しくあるべし (荒氏稲布 巻5-832) 足元の草地にはオオイヌノフグリが青い小さな花を咲かせていました。 花園中央公園も土曜日とあって遊ぶ子供たちの声がそこここに。ドッグランで犬を遊ばせる人、あづま屋で語らう人、小鳥にエサをあげている人、キャッチボールをする親子。野良猫にエサをあげているオバさんもいた。それぞれの休日である。 見上げると、すっかり葉を落したメタセコイアが春の日差しに照らされて青空にすっくと伸びている。遠くでは、生駒山が優しい稜線を見せている。春の季語では、「山覚める」、「山笑ふ」とのことだが、今日の生駒山は確かに微笑んでいるようでもある。生駒山 春日の照れば 微笑みて も少し我に 走れといふらし(偐家持) さて、もうひと走りして来るか(笑)。
2009.02.21
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第27回智麻呂絵画展ーななちゃんコレクションより 昨日第26回智麻呂絵画展のページを印刷し、それをお届けすべく智麻呂邸をお訪ねしたら、お孫さんの「ななちゃん」が保管されていた智麻呂氏の絵手紙が数枚届いていて、偐家持美術館にて撮影することを許すということであったので、これを写真に収めて来ました。 「ななちゃん」という名前、この智麻呂絵画展を最初からご覧になっている方ならご記憶の方も居られると思いますが、第3回絵画展に於いて公開の、あの不朽の名画「イエス・キリスト」の作者である。彼女が幼い頃の絵であるが、大きくなられた今も絵は描いて居られるのであろうか。 それはさて置き、そのような次第で第27回絵画展を開催することとなりました。 なお、これまでの絵画展は、「日記」ページの右欄のカテゴリー分類の「智麻呂絵画展」をクリックいただくと、まとめてご覧になれますが、皆さまの便宜のため、下記にリストアップして置きますので、ご覧になりたい回をクリックしてご自由にご覧になって下さい。第1回絵画展 第2回絵画展 第3回絵画展 第4回絵画展第5回絵画展 第6回絵画展 第7回絵画展 第8回絵画展第9回絵画展 第10回絵画展 第11回絵画展 第12回絵画展第13回絵画展 第14回絵画展 第15回絵画展 第16回絵画展第17回絵画展 第18回絵画展 第19回絵画展 第20回絵画展第21回絵画展 第22回絵画展 第23回絵画展 第24回絵画展第25回絵画展 第26回絵画展(珈琲カップ) 客帰り コーヒーの残り香 冴返る (凡鬼) 葱きざむ 音冴え冴えと 余寒かな (凡鬼) (注)本日届いた読書会の案内通知に記載されていた凡鬼さんの俳句、とて もいいので、ここに転載させていただきました。< 2月20日追記>(カーネーション)母の日の 花咲きぬれば 愛(は)しき子の 笑みの嬉しき 風もや吹き来(く) (偐家持)(朝顔<1>)(朝顔<2>)朝顔の 花咲く朝の さや風に 今日もよき日と 鳥もや来鳴く (偐家持)(葡萄)一房の 葡萄の甘き 実のありて 窓辺の風も 秋の音(と)すらし (偐家持)(亀のアロエ)緑なる 亀も節会(せちえ)の 事始め 舞ふとやあらむ 鶴待つなるか (偐家持) ななちゃんコレクションは以上の6作品。 下記は最新作である。(ボケ・木瓜)木瓜(ぼけ)の花 咲き初めけるや くれなゐの 色にぞ染まる 春べなるらし (偐家持)
2009.02.19
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友人、岬の吾妻麻呂氏から先日、岬めぐりの便りが届いたが、実に100回目の報告とある。氏からの便りはすべてファイルしてあるが、言われて取り出してみると実に相当な量だ。葉書の他に時々封書でお写真も送って下さったりしているから、ハガキ100枚+αである。その一部を写真に撮ると左の通りである。 しかし、100回とは畏れ入りました。ただ、こうして眺めてみると、北海道と沖縄とに行き先が偏重し過ぎているようですな。まあ、岬めぐりもかねつつのお気に入りの土地への旅日記といった処でしょうか。小生は当初は日本全国の岬の灯台めぐりを隈なくされるのかと思って、大変なことだなあ、と思ったりしたものだが、氏は優雅な旅を悠々と楽しんでおられるようです。 それにしても100回はすごい。おめでとうございます。氏がこの後もお元気に快適ないい旅をお続けになることをお祈り申し上げます。そして、あらためて旅のお便りのお礼を、この場をお借りして、申し上げておくこととします。いつも有難うございます。 さて、一方、小生であるが、吾妻麻呂氏が益々頑張っておられるのに比べると、いささか最近は弛み過ぎかも?そんな訳で、ここ暫くは銀輪散歩も近隣散歩にて、遠出をしていないので、銀輪万葉にならないのであるが、そこはそれ、写真と和歌でそれらしく構成してみることとしましょう。(ネコヤナギ) ネコヤナギは春まだ浅い頃に葉よりも先に銀白色の花穂をつける。これが猫の尻尾に見えることから猫楊(ネコヤナギ)という名になったらしい。 バカボンのパパは、「ヤナギの上にネコがいる、だからネコヤナギ。」と言うが、猫がいなくても、ネコヤナギなのである。 ヤナギは柳、楊と漢字で書くが、枝垂れヤナギが柳で、枝が上に伸びているネコヤナギのようなヤナギが楊である。もっとも、これは日本に於ける一般的な区別で、中国での元の意味はそのような厳密な使い分けはないそうだ。猫楊 白き真綿に 咲くみれば 我が待つ春の 近づくらしもねこやなぎ 春まだ浅く 吹く風の 寒くもあらし 川べに咲けば 青い空にぽっかり浮かんでいる雲はいいものである。先日の銀輪散歩でもそんな雲を写真に撮っているので、掲載して置きます。雲とゆく 水の流れの ままの春 (筆蕪蕉) 万葉人は、人が死ぬとその人の魂が雲になるというようなイメージを持っていたようで、愛する人を立ち昇る雲、立ちなびく雲になぞえて偲んでいる歌が結構ある。 月や花や風や雲やそういったものに人知を超えたものを見、畏れ、謙虚になるということを、近代合理主義の中で私達は失ってしまったけれど、もう一度イメージを豊に膨らませて、そういったものを幾分かでも取り戻したいものである。菜の花の 風に吹かれて 蝶のゆく (筆蕪蕉) さすがにまだ蝶は見かけませんな。上の句は「幻視」という奴です。人はものを在るがままに見るということはなかなかできませんで、見たいものを見ているに過ぎないのかも。だとすれば、菜の花に蝶を幻視するのも許されることでしょう。いや、自らが蝶になって菜の花の風に吹かれているのを幻視してもいいのです。さすれば、上の句はこうなります。蝶となり 菜の花見て来(こ) 春の風 (筆蕪蕉)
2009.02.18
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第2回和郎女作品展 ― 恒郎女コレクションより 友人、和郎女(かずのいらつめ)さんの作品展第二弾です。第1回目は智麻呂絵画展に併設しましたので、興味ある方は下記にてご覧下さい。 <第1回作品展> 今回は作者もご了解して戴いての作品展であります。もっとも、今回掲載の作品も昨日智麻呂邸訪問の際に、奥様の恒郎女様に撮影させて戴いたものであります。よって、恒郎女コレクションより、という副題にしました。(正月・牛と梅)飛び梅も 明けて咲くらむ 牛の歳 (筆蕪蕉)(節分)(2月・節分)春立つを 鬼も待つらむ 豆炒る香 (筆蕪蕉)(3月・ひな祭り)香具山の うらに雛壇 桃の苑 (筆蕪蕉)(4月・牡丹)長谷寺の 牡丹見て来よ 雨ぽつり (筆蕪蕉)(5月・菖蒲と鯉のぼり)蝶の来て あやめの風に 鯉のぼり (筆蕪蕉)(6月・紫陽花)紫陽花の 色それぞれの 雨は降り (筆蕪蕉)(7月・朝顔)朝顔に 消(け)のこる露も 空の色 (筆蕪蕉)
2009.02.16
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第26回智麻呂絵画展 本日は智麻呂邸を午後から訪問、新しい絵を撮影して来ましたので、久しぶりの智麻呂展の開催です。(ポインセチア)(スミレ)春の野に すみれつみにと 来し吾(われ)ぞ 野をなつかしみ 一夜(ひとよ)宿(ね)にける (山部赤人 巻8-1424)山吹の 咲きたる野べの つぼすみれ この春の雨に 盛なりけり (高田女王 巻5-1444)(スミレ<2>)茅花(つばな)ぬく 浅茅が原の つぼすみれ いま盛なり わが恋ふらくは (田村大嬢 巻8-1449)(梅<1>)正月(むつき)立ち 春の来らば かくしこそ 梅を招(を)きつつ 楽しき竟(を)へめ (紀男人 巻5-815)梅の花 今咲けるごと 散り過ぎず わが家(へ)の苑に ありこせぬかも (小野老 巻5-816)(梅<2>)春されば まず咲く宿の 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ (山上憶良 巻5-818)世の中は 恋繁しゑや かくしあらば 梅の花にも 成らましものを (大伴三依 巻5-819)(梅<3>)梅の花 咲きたる苑の 青柳は かづらにすべく 成りにけらずや (粟田人 巻5-817)梅の花 いま盛りなり 思ふどち かざしにしてな 今盛りなり (葛井大成 巻5-820) (梅<4>)青柳(あをやなぎ) 梅との花を 折りかざし 飲みての後は 散りぬともよし (沙弥満誓 巻5-821)わが苑に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも (大伴旅人 巻5-822)(蝋梅)蝋梅の まず咲く花の 甘き香の 風もや春を 待ち恋ふらしも (偐家持)(花<1>)はしきかも 小万知が花の 今咲きて 吾家(わぎへ)の苑は 春になるらし (偐家持)(花<2>)よき花の よしとよく咲け よき人の よしとよく見て よき花描(えが)く (偐家持)吾妹子(わぎもこ)の 花は今年も 咲くなれど 見すべきすべの 知らなく我は (偐家持)
2009.02.15
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銀輪散歩から帰宅したら友人の大嶽氏から郵便物が届いていました。開封すると、この1月25日に発表された、彼の最新の作品集No.7「花月」のCDであった。彼からの嬉しい春のプレゼントであった。大嶽氏は高校の頃からの友人であり、若草読書会の仲間の一人でもあるが、箏曲家として活躍されている。(大嶽和久作品CD) 収録されている曲は「花月」、「天河」、「飛鳥」、「風韻詩抄」、「飛翔」、「熊野讃景」の6曲。これらについて、的確な評をする能力も資格もありませんが、いずれも心に響く、素敵な曲なので、興味のある方は是非一度聴いてみて下さい。これらの曲についての彼のブログ(「音楽の輪・和・話」)での紹介記事を、参考までに、以下に転載して置きます。 自作のニューアルバムが予定通り1月25日に発売されました。日程的にはかなりタイトなスケジュールで少し心配していたのですが、何とか間に合いまずまずの好発進で一安心していいるところです。 今回のCDはお勧めの自作曲を集め、好評を頂いた前回の作品集No.6「飛天」に劣らない仕上がりとなっています。 1曲目はCDのタイトルにあります「花月」。この曲は高尚な遊興を意味する「花月」を箏・尺八で表すべく、日本情緒な曲調の中で遊びの要素を盛り込んだ曲に仕上がっています。三橋貴風氏の尺八も絶妙で是非お聴き頂きたい1曲でもあります。 2曲目の「天河」は三絃と十七絃の二重奏曲。中野幹子氏の委嘱により自分としては初めての編成で、三絃は少し難しいですがリズムのある面白い仕上がりになっています。 3曲目は「飛鳥」。この「飛鳥」は1994年の作で、かねてから音源に残したく思っていたのですが、今回やっとCD化することが出来ました。エスニックな旋律をもち不思議な雰囲気の漂う曲ですが、箏・十七絃・尺八ともにかなり難しく、アンサンブルというよりは3者のバトルが楽しめる曲でもあります。 4曲目はメインタイトルにしようかと迷った「風韻詩抄」。三絃・箏・十七絃の三重奏曲で、それぞれが楽器の持つ特性を生かしつつメロディーを表現し、アンサンブルも楽しめるといった何重にも楽しめる曲で、お気に入りの1曲です。 5曲目の「飛翔」は十七絃の独奏曲。我がパ^トナーから長年にわたりリクエストを受け、それに答えて書いた曲で、初演は私が演奏したのですが今回は本来弾くべく彼女が演奏しています。 最後の「熊野讃景」は友人の長谷川槇雄氏の勧めで書いたのですが、この曲を書くにあたり彼に熊野を案内していただいて、熊野の情景が目の当たりに浮かぶ描写音楽に仕上がっています。 このCD是非一度お聴き下さい。参考 大嶽和久氏のホームページ
2009.02.13
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本日は中国人留学生の I さんとの対談でした。母校の大学の法学部に留学して来ている学生に対し、同窓会で毎年1名に奨学金を出しているのであるが、その学生さんとの対談である。これも同窓会長としての職務の一つなのである。対談記事を同窓会報に掲載して、奨学金留学生を会員に紹介するための恒例の企画となっている。 今回の留学生は、昨年に続き中国からの女子学生となったが、上海からの留学生の I さんである。 I さんは、父親が日本人と一緒に会社を経営されていて、小さい頃から日本人と接触もあり、日本に親しみを覚える環境で成長され、大きくなったら日本へ行ってみたいと常々思っておられた由。法学部だから、法律の勉強をされているのは当然として、語学にも興味があるらしく、朝鮮語、フランス語も勉強中とか。日本語はもう流暢なものであるから、いずれは何ヶ国語もペラペラ話されることになるのかも。 いずれは、日本と中国との交流に役に立てるような仕事をしたいとのことであるが、それが民間レベルのものであれ、政府間レベルのものであれ、大いに頑張って、ご活躍戴きたいものである。 何事にも前向きな、明るく聡明な清々しいお嬢さんだ。対談内容の著作権は、同窓会にあるので、小生のブログでこれを先取りしては法的にも問題があるので(笑)、ここでは割愛します。 日中両国は、時として、歴史認識や教科書問題・靖国参拝問題などで、政治的にギクシャクすることもあるが、両国が友好な関係にあることが、両国にとってのみならず、近隣アジア諸国にとっても望ましいことであるのは、言うまでもないことであるだろう。 I さんのような存在を通して、相互の理解と信頼がより確かなものとなることを期待したいものです。北京にも同窓会支部を立ち上げようという動きが我が母校法学部卒業の留学生の間で生まれつつあるが、大変いいことだと思う。 対談の会場は大阪市北区の料亭「芝苑」。対談後は懐石料理の昼食で、同席の事務局長のA氏、副会長のK氏、N氏も交えての楽しい雑談のひと時を過ごすことができました。(「芝苑」) 季節柄、料理の器はすべて、梅の花があしらわれていて、料理とともに春を心ゆくまで楽しませていただきました。 梅の花も中国から日本に入って来たものであり、万葉の頃、貴族達が屋敷の庭に植えたりして楽しんだことが最初のようであるが、本日は大伴家持の父、大伴旅人が太宰の帥であった頃(天平2年<730年>正月13日)に太宰府で開いた「梅花の宴」の際の歌から2~3首を紹介しておきましょう。 今日は旧暦では1月15日だから、この宴は、今から1279年前の一昨日に開かれたということになる。春されば まづ咲く宿の 梅の花 ひとり見つつや 春日(はるひ)暮らさむ(山上憶良、巻5-818)わが苑に 梅の花散る ひさかたの 天(あめ)より雪の 流れ来るかも(大伴旅人、巻5-822)梅の花 いまさかりなり 百鳥(ももとり)の 声の恋(こほ)しき 春来たるらし(田氏肥人、巻5-834)(帰宅途中の道の辺にて)
2009.02.09
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楽天より、「偐万葉田舎家持歌集」が30000アクセスを突破!!というメールをいただいた。調べると、下記の通りでした。松風6923さんは1番違いでしたね。アクセスいただいた皆様有難うございました。今後とも宜しくお願い申し上げます。300012009-02-08 22:18:1866.249.*.* 300002009-02-08 21:41:26202.248.*.* 299992009-02-08 21:39:45松風6923さん「楽天りんくす」に開設したコミュニティ「偐万葉田舎歌壇」であるが、お一人ご参加いただいたので、現在の会員は2名である。あと2~3名の参加が欲しいところであるが、まあ、ぼちぼちやってゆくこととします。この歌壇は「万葉調の歌を一緒に作って楽しみませんか」というものであるが、それでは、間口が狭すぎるだろうと、1.替え歌(本歌取、パロディ歌、真似歌など)の部2.語呂合わせ歌の部3.折り句の歌の部<有名人(歴史上の人物含む)の名を折り込んだ歌>などの言葉遊びもOKにしているが、残念ながら、偐家持以外に、まだ、作品の投稿はない。そんな次第で、偐家持が作った「語呂合わせ歌」をここに掲載して、ご紹介しておきます。その程度なら私にもできそうと思っていただけたら幸いです。どうぞご参加下さい。 偐家持の作る歌(語呂合せ歌の部)待つといふも 待たぬ時あり 待てんといふ 待つとは行かじ 待てんといふを待てる間を 待つを待つとは いはざらむ 待てぬを待つを 待つといふなり この2首は「替え歌」の部に入れてもいいのであるが、こちらにいれました。上の方の歌は、万葉の「来むといふも来ぬ時あるを来じといふ・・」の替え歌で、「もう待てない」と言っている女のもとに行こうとしている男の歌であります。 下の方の歌は「なる堪忍するは堪忍せぬ堪忍ならぬ堪忍するが堪忍」の替え歌で、やはり「待つ」をテーマで作ってみました。待ち合わせに遅れた時に、待たずに帰ってしまった相手にこのように言ってみてはどうでしょう。一層怒らせるかも知れませんので、責任は取れませんが(笑)。借金取りの取り立てへの言い訳にも使えませんかな(笑)。これをすこし改変して、待てるをや 待つは待つとて 待つならぬ 待てぬを待つが 待つといふなり持てるをば 持つは持つとも 持つならね 持てぬを持つが 持つといふなり なんかはどうでしょう。つくし摘む 筑紫の子らに つぐみらも 身もやつつしみ 口つぐみけり この歌は「大和はまほろば」さんのブログの記事からヒントを得て作った次の歌を改変したものです。遠足の 子らに追はれて つぐみらの 口つぐみけり 藪の深かり(注記) 最近、小生が時々訪問させていただいているブログが「松風6923さん」と 「大和はまほろばさん」のものです。前者は、「自作の水彩画」が見ものです。後者は、小鳥などの写真と俳句が楽しいブログです。よろしければ皆さまもどうぞ。お薦め です。
2009.02.08
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昨日は午後から、囲碁の会に出席。4局打って、AR氏に2敗、FI氏に2勝。怪我にて長らく休んでおられたFI氏も復帰され、6名が集まっての碁会でした。 夕刻からは、同窓会にて行っている懸賞論文の審査会。その後審査委員の一人、M氏とともに夕食。帰宅が遅くなりました。 応募論文はいづれも力作揃いでなかなか差を付け難かったが、協議の結果、M君の「政教分離の法的性質と違憲審査基準~20条3項『宗教的活動』~」、K君の「『人道的介入』におけるQuestion of the Right Authority」、T君の「コンプライアンス法制化~日本企業は自ら倫理的になれるか~」の3論文を上位3論文に選抜した。小生の採点もこの通りであったので、異議無しであった。 本日は夕刻から「松浦佐用姫」の謡曲の稽古に。二日間銀輪散歩からご無沙汰している。立春を過ぎて春の温かき陽気が続いているというのにもったいないことではある。 それでも、偐家持の本日作れる歌4首春立ちて 妹に恋ふらし 佐紀の山 花鶏(あとり)の鳴きて 飛びゆく見れば鶯の 恋ひて鳴くらむ 花陰の 声の間なくや 梅の花散る春立ちて 鳴く花陰の 鶯の 声の間なくし 梅の花散る一輪の 手の平に咲く 梅の花 包みてひとり 女童(めわらは)の行く(枚岡梅林の梅)
2009.02.05
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本日は大学の同窓会の会長事務の引き継ぎということで、新会長のM弁護士の事務所を訪ね、会長職務についての説明と引き継ぎに向けての打ち合わせを済ませて来た。小生も来月一杯で漸くお役ご免となる訳でやれやれである。これで鹿の住む都の辰巳に庵を構えてもよい身の上となりますな(笑)。 大阪駅への帰りの道すがらに「お初天神」こと「露天神社」の前を通ったので、境内を通り抜けることにした。そしたら、お初と徳兵衛の像があったので、写真に収めて来ました(下掲)。 お初・徳兵衛は言わずと知れた「曽根崎心中」の主人公の男女である。高校の教科書だったと記憶するが、近松門左衛門の「曽根崎心中」の道行きの部分が掲載されていて、その流れるような語調のよさに魅せられたことを思い出す。一時は「・・残るひとつが今生の・・」などと暗記して口誦したりしていたものだが、今はもう切れ切れになって思い出せない。 ところで、「心中」というと、男女の情死のことを意味するが、元々は「心中立て」といって人との約束を守り通すことを意味していた。だから、国語辞典でも(1)男女が互いの愛情の変らないことを示すため、一緒に自殺すること。情死。また、深い関係にある、または同情している者が一緒に死ぬこと(一家心中)。(2)他人に義理を立てること。(3)相愛の男女が誓紙を書いたり、指を切ったりして、愛情の変らないことを示すこと。とある通りである。<岩波国語辞典より> 大河ドラマの上杉謙信の「義」ではないけれど、近頃は「ギ」は「ギ」でも「偽」のほうがまかり通るから、「心中」の意味も上の(1)の意味以外は死に絶えたようで、辞書に辛うじて生き残っているばかりでありますな。(お初・徳兵衛)今日は節分。明日は立春。いよいよ春ですな。 春立つを 待ちて今宵は 若草の 歌会始め 文庫に入りぬ (偐家持)偐山頭火さんから、河内温泉大学図書館に「若草歌会始め」の歌が収蔵公開された旨のメールがありましたのでお知らせしておきます。
2009.02.03
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ブログを始めて間もなく2年になるが、新しい試みとして、楽天リンクスに「偐万葉田舎歌壇」というコミュニティを立ち上げることにしました。これは、万葉集に関することなら何でも話題に取り上げ、感想を述べ合ったり、情報交換したりするかたわら、自作の和歌を作って、掲載し、メンバー間で批評し合ったり、しませんか、という会です。 和歌も57577になっていれば、何でもよく、歌の巧拙は問わない。初心者がそれぞれ我流で「和歌もどき」を作り、少しでも和歌に親しんで行こうというもの。何となく作っているうちに、和歌らしくなってくればよし、ということで気楽に色んな方が参加して、「和歌」に挑戦していただければ、有難いのですが。狂歌、戯れ歌もOK、何でもありでゆきたいと思います。小生のブログの読者で、和歌や万葉に興味を持たれた方は、是非お気軽にご参加下さい。 参加する方法は、小生もまだよくは分かってないのですが、このブログのホームのページの右欄の「リンクス参加中」という処をクリックしていただくと、小生のリンクスページに入れます。そのページの右欄にある「コミュニティ一覧」の「偐万葉田舎歌壇」をクリックすると、このコミュニティのページが開きます。 そこで、掲載されているトピックで興味あるものをクリックして戴いて、書き込みをして戴いたり、「トピックの作成」欄をクリックして、新しい話題をご提供戴いたり出来ます。 参加自由なので、どなたでも参加できます。ブログとはまた違ったやりとりができれば面白いかと存じますので、どうぞ試しに参加してみて下さい。最新トピックは次の通りです。投稿をお待ちしております。「言葉遊びカフェ」次のようなジャンルで歌や俳句にして、言葉遊びしてみませんか、というコーナーです。1.替え歌有名な和歌をちょっとひねったりして替え歌(本歌どり)を作る。例)「お蔵百人一首」から本歌:天つ風 雲の通ひ路 吹き閉じよ 乙女の姿 しばしとどめむ替え歌:余り餅 捨てに行く道 せき止めよ 賞味期限を しばし延ばさむ2.語呂合わせ歌万葉集にもありますが、似たような言葉を並べて歌にする。例)「万葉集」からよき人の 吉野よくみて よしといひし 吉野よく見よ よき人よく見つ来むと云ふも 来ぬ時あるを 来じと云ふ 来むとは待たじ 来じと云ふものを3.折り句有名人の名を折り込んだ歌を作る。例)けん家持にて試しに作ってみました。麻生太郎麻衣(あさごろも) 生地(きじ)粗ければ 太々(ふてぶて)し 読みも違(たが)へり 頭(とう)の郎子(いらつこ) ---------------------(お詫び)上記の方法では「偐万葉田舎歌壇」にアクセスできないという友人からの連絡がありました。現在、楽天ブログスタッフの方にメールで照会しておりますので、判明次第、追ってご説明申し上げますが、それまでの間は下記の方法で試してみて下さい。取り敢えず、当面は下記をクリックして戴き、楽天ブログ出たページの上欄のバーの「コミュニティ」をクリックします。それで、出たページの検索欄に「偐万葉田舎歌壇」を打ちこみ、検索してみて下さい。それで、コミュニティ・ページが見つかると思うのですが・・・<最終コメント> 楽天でブログを開設していることが、コミュニティに参加するための条件になっていますので、他でブログを開設されているだけの方は、楽天でブログを開設していただく必要があります。 従って、上記の「だれでも参加できます。」というのは、「楽天でブログを開設している方なら、どなたでも参加できます。」に訂正します。
2009.02.01
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