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大晦日となりました今年も 新型コロナに振り回されての1年でありましたそれでも とにもかくにも生き延びて明日からは新年でありますオミクロン株のことなど気にかけつつの新年でありますが一刻も早い コロナの完全終息・克服を祈りつつ来る春は 峰に霞を 先立てて 谷の懸樋かけひを 伝ふ也けり (西行 山家集985)この1年 偐万葉田舎家持歌集に遊びにお越しくださいました皆さまどうも有難うございましたこの1年のご愛顧を心より感謝申し上げます来たる2022年新年が皆さまにとってよき年でありますようお祈り申し上げますけん家持(偐家持)(越し方を 妹と語れば 公園の ベンチも二つ 春を待ちつつ <偐家持>) この1年、当ブログにコメントをいただきましたお方は下記の通りであります。岬麻呂氏、ひろみちゃん8021氏、偐山頭火氏、龍の森氏、ビッグジョン7777氏、小万知氏、☆もも☆どんぶらこ☆氏、ウーティス氏、lavien10氏、英坊3氏、童子森の母氏、もりた氏、furano-craft氏、オガクニマン氏、ふろう閑人氏、背番号のないエース氏、ひろろdec氏、恵氏、今日子氏(コメント件数順) それぞれのコメント、まことにありがたく、楽しく拝見させていただきました。茲にあらためまして厚くお礼申し上げますとともに、明年も変らぬご好誼のほど、よろしくお願い申し上げます。 今年1年間の掲載記事件数は150件。 日記記入率は41.09%。 過去最低の年間記事件数となりました。年間200件を超える記事をアップしていたのは2015年まで。最近5年間は180件前後で推移していましたが、今年は何故か急減してしまいました。記入率50%を下回らない183件以上の記事アップは維持したいもの。とりあえず、来年の目標は183件以上です。<参考>過去10年間の記事件数の推移2011年 222件2012年 233件2013年 251件2014年 241件2015年 210件2016年 178件2017年 183件2018年 183件2019年 184件2020年 185件 2021年 150件 今年のカテゴリ別の記事件数は次の通りです。銀輪万葉 26件(14)花 20件(47) 岬麻呂旅便り 19件(19) 近隣隣散歩 15件(18)犬・猫・鳥など 11件(10)虫 8件(13)友人ほか 8件 ( 6)偐万葉 7件(10)囲碁 7件 ( 9)ブログの歩み 7件 ( 8)万葉 3件 ( 4)マンホール 3件 ( 3)絵画 3件 ( 3)若草読書会 2件 ( 5)和郎女作品展 2件 ( 3) 智麻呂絵画展 1件 ( 3) 自転車 1件 ( 1)和歌・俳句・詩 1件 ( -)未分類 6件 ( 9)※( )内は昨年の件数うし年も うしとは見えじ なべてみな 過ぎにし日々の いやなつかしく (偐丑持) とらの子を 得んと虎穴に 入りはせじ もとより数へぬ とらぬ狸は (偐寅持) (夕雲) 今年の作歌数は昨年より少し減少、本記事記載の歌3首を加えて264首(昨年280首)にとどまりました。 よって、今年末現在の累計作歌数は8813首ということになります。<参考>過去10年間の作歌数2012年:732首(4942)2013年:645首(5587)2014年:678首(6265)2015年:533首(6798)2016年:530首(7328)2017年:394首(7722)2018年:352首(8074)2019年:195首(8269)2020年:280首(8549)2021年:264首(8813)※( )は年末現在累計数 一方、偐万葉シリーズ記事掲載の偐家持作歌累計数は6228首でした。同記事アップは昨年の10件から今年は7件に減少。その影響もあって、161首増(昨年202首増)にとどまったもの。 年間アクセス件数については、まだ少し時間を残しているので確定しませんが、年間最多記録である昨年の586955アクセスには及ばぬものの、既に56万アクセスを超えて居り、それ次ぐ多数になることが確実となっています。記事アップ件数が大きく減少したにもかかわらず、有難いことであります。 今年1年間の多数のご来場に感謝しつつ、以上を以って今年最終の記事とさせていただきます。今年一年、ありがとうございました。 どちら様もどうぞよいお正月をお迎えくださいませ。
2021.12.31
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今年も今日をいれてアト2日。 まこと「流れてはやき月日なりけり」であります。 そんな中、友人の家近健二氏から絵画展の案内状が届きましたのでご紹介して置きます。(2022邂逅展) 毎年、年初に奈良で開催される邂逅展。 今年は、1月8日に、昨年は1月9日に見に行かせて戴いたが、来年もトレンクル持参の銀輪散歩を兼ねて、出かけてみるかと思っている。<参考>2021邂逅展 2021.1.10. 2020邂逅展 2020.1.9. 話は変わりますが、今日は、東京から帰阪した妹と石切に住む妹の二人がお墓参りをするというので、その付き添いという訳ではないが、一緒にお墓参りでありました。今月は3回もお墓参りをしたことになる。 墓参のアト妹たちと昼食。 もう一つ、余談です。 今年は、我が家の東側、北側、西側の古いブロック塀を取り壊し、金属製のフェンスに改装しました。(塀の改築工事 12月4日現在) 古いブロック塀の状態を撮って置くべきでしたが、取り壊されてからそのことに気づいた次第でアトの祭。金属製フェンスを取り付ける基礎部分が出来上がった状態が上の写真です。(同上完成後・12月24日) フェンスを取り付け、基礎部分の塗装も終わった完成状態がこれ。(同上) 少しばかり気分一新でお正月を迎えます。
2021.12.30
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今日は、年末の墓参。 12月は月初と月末近くの2回墓参というのがヤカモチの長年の習慣になっている。 生駒の叔母の夫・S叔父が眠るお墓も我が家の墓の近くにあるので、ついでにお参り。(墓地からの眺め) 今回はマイCB(クロスバイク)で出かけましたが、途中の教覚寺まで漕いで上るのが精一杯、そこから先の坂道は押して行くしかない急登。 ヤカモチも寄る年波にて、脚力も呼吸器機能も確実に低下している。 人麻呂は、妻を亡くした悲しみを詠んだ泣血哀慟歌で「山路を行けば生けりともなし」と言っているが、ヤカモチの自転車墓参も「急登を行けば生けりともなし」で、ハアーハアーと息喘がせての墓参でありました。 その分、帰りは快適な下り坂。 一気に駆け下って、瓢箪山稲荷神社まで。 毎年、元日のブログ記事には枚岡神社、石切神社、瓢箪山稲荷神社の絵馬の写真を掲載するというのが、ここ何年来のお決まりのパターンとなっているので、その絵馬を撮影するための「駆け下り」でありました。 ところが、途中の煙草屋さんでタバコを買うべしと店先にCBを停めて、店内に入っているうちにCBが転倒したようで、その衝撃でチェーンが外れてしまっていた。道具がないので、チェーンをはめ直すには、チェーンを掴むしかない。今考えればハンカチで手指を保護して行えばよかったのだが、その時は思い至らず、両手の指が油で黒く汚れてしまうという事態に。 上記三社を回る予定にしていたが、水道水で洗っただけでは油汚れは殆ど落ちない、ということで、稲荷神社だけで切り上げ、枚岡神社、石切神社は、午後に出直すこととし、ひとまず帰宅する。(瓢箪山稲荷神社の占場) 瓢箪山稲荷神社は辻占が有名。 この場所(占場:神社・本拝殿の裏手にある。)に立って、前の道(写真奥の道・東高野街道)を歩いて来る人を待ち、最初に見かけた人の状態やその人から聞こえて来た言葉などによって、占いをするらしいが、詳しいことは知らない。(2010年5月4日記事に掲載写真の再掲載) 上の説明によると、瓢箪山稲荷神社の辻占は江戸時代からのようだが、恋の辻占として全国的に知られるようになったのは明治になってからのようです。 恋の辻占は万葉の頃からあったようで、次のような歌がある。言霊(ことだま)の 八十(やそ)の衢(ちまた)に 夕占(ゆふけ)問ふ 占(うら)まさに告(の)る 妹は相寄らむ (万葉集巻11-2506)<言霊のはたらく八十の巷で夕占をした。占は正しく出た、妹は私に寄るだろうと。>玉桙(たまほこ)の 道行(みちゆ)き占(うら)に 占(うら)なへば 妹は逢はむと われに告(の)りつる (同巻11-2507)<(玉桙の)道行き占で占ったところ、あなたが逢ってくれると私に告げたよ。> 油汚れの手で「恋の辻占」も何もあったものではありませんが、ヤカモチにとっては「恋の辻占」我が事に非ず、でありますから、まあ、いいでしょう(笑)。 さて、顔を洗って出直す、ではないが、手を洗って出直すヤカモチ。 昼食後、枚岡神社へとCBを走らせました。(枚岡神社) ご覧のように、鳥居に注連縄が張られて、初詣の人たちを迎える準備が着々と進められていました。(同上・拝殿脇から本殿を望見) 上記両神社とも、絵馬は来年の寅のそれに付け替えられていましたが、石切神社のそれはまだ丑のまま。石切神社の新しい絵馬は毎年12月29日に撮影しているが、今年も例年通り29日に再訪問の要ありであります。 石切神社まで行ったついでに、喫茶・ペリカンの家に立ち寄ることとする。今年は今日までの営業で、営業時間も短縮し午後3時閉店とのことだが、まだ十分間に合う。ということで、今年最後のペリカンでの珈琲休憩となりましたが、ペリカンさんにも今年一年随分お世話になりましたので、年末のご挨拶ということでもありました(笑)。<参考>近隣散歩関連過去記事は下記。 近隣散歩(その1) 近隣散歩(その2) 墓参関連過去記事はコチラ。
2021.12.28
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友人・岬麻呂氏から今年最後の旅便りが届きました。 今年納めの旅は宮古島。 「エメラルド色の海を見るのが目的、宮古島14回目の夫婦旅」とのことであります。(旅・岬巡り報告284&同写真説明)(同上・写真補足説明)※上記の「石垣島」は「宮古島」の誤りなので訂正します。 岬麻呂氏からの訂正メールで石垣島という記載に気づきましたが、記事アップ時にはヤカモチもこれを見落としていて気がつきませんでした。岬麻呂氏からのメールによると、この部分をPC上で作成編集している時にご友人から電話があり、その中で石垣島のことが話題に上がったことが関係したか、無意識に「石垣島」と誤記入してしまったようだ、とのことです(笑)。 また、同メールで、下掲写真「池間島と大神島」の説明文中に、「東平安名崎」とあるのは「西平安名崎」の誤りである旨のご指摘を受けましたので、本文をその旨訂正しました。 確かに、上の写真説明補足では、「西平安名崎」と表記されていますので、ヤカモチのタイプミスです。なぜそのようなミスをしたかは不明であります。(追記:2021年12月29日)<参考>過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。 では、上掲の「旅・岬巡り報告284」に記載するところに従い、岬麻呂氏ご提供写真をご紹介申し上げることといたします。 その前に、参考地図を掲載して置きましょう。(宮古島地図)(同上) では、我々も、エメラルド色の海の眺めを楽しませていただくことと致しましょう。12月20日関西空港→宮古島空港→東平安名崎→池間島→西平安名崎→砂山ビーチ→平良港・ホテルアトールエメラルド宮古島(3連泊) 先ずは、宮古島空港着陸前の空からの撮影写真です。(池間島と大神島) 奥に池間島と池間大橋、西平安名崎、手前が大神島。(伊良部島と下地島) 伊良部島と奥の下地島は狭い水路(幅20~30m)で隔てられているだけなので地つづきのようにも見える。(来間大橋と前浜ビーチ) 来間大橋と前浜ビーチ。 上空から眺めるエメラルド色の海でありました。 午後1時過ぎに宮古島空港到着であったようですが、よく晴れた好天気のお出迎えを受けられ、「美しい海を堪能」とのことで、先ずは上々のすべり出しであります。(池間大橋) 池間島は、宮古島の北に突き出した半島の先にある島。両島を池間大橋がつなぐ。(大神島) 沖合に見える小島は大神島。(砂山ビーチ)12月21日パイナガマビーチ→伊良部島・渡口の浜→栗間大橋→竜宮城展望台→前浜ビーチ→与那覇湾→東平安名崎→宮古島熱帯植物園 はい、今回もマンホール写真です。(宮古島市<旧平良町>のマンホール)(同上・小型タイプ) 次のマンホールは農業用水の導水路点検孔の蓋。(同上・伊良部大橋の宮古島側<旧平良町>で撮影) 天地が逆転していますが、交通量が多い道路にあったようで、この方向で離れての撮影を余儀なくされたとのこと。 マンホールを撮影していて車にはねられたでは洒落にもならぬ、でありますから、無理は禁物であります(笑)。(佐和田の浜)(宮古島市<下地地区>のマンホール) 岬麻呂氏からのメールでは、このマンホールの写真には、「下地」とありましたので、下地島でのものかと思いましたが、別の個所では「池間島、来間島、伊良部島、下地島ではマンホールを見かけなかった」とも書いて居られたので、地図で調べると、宮古島の中にも「下地」という地区がありました。更に、マンホール蓋に書かれている「サニツ浜」で調べると、それは宮古島市下地与那覇の与那覇湾西側にある遠浅の海岸干潟のことで、ヒルギ科3種(オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ)とヒルギダマシなどのマングローブが自生している浜だそうです。従って、これは宮古島島内にあったマンホールということになります。<参考>サニツ浜 ヒルギ科・Wikipedia12月22日伊良部大橋→渡口の浜→下地空港訓練飛行場→通り池→佐和田の浜→伊良部島・白鳥岬→伊良部大橋→来間島→前浜ビーチ→東平安名崎→池間島あ(伊良部大橋・最高地点付近から撮影) 伊良部大橋の一番高い地点から伊良部島を遠望した写真です。 「自転車、ジョギング、散歩の人も見かけましたが、アップダウンがきついので、全長4.5km大変でしょうね。」とは岬麻呂氏の言。確かに、この勾配を見ると、自転車での上りは大変そうです。(渡口の浜)(東平安名崎<太平洋側>)(東平安名崎<東シナ海側>)(伊良部大橋) 確かに、伊良部大橋、奥の最高所前の上り坂は大変そうですが、自転車で海上散歩というのも面白そうではあります。(前浜ビーチ・来間島から撮影)(来間大橋<来間島から撮影>)(前浜ビーチ)12月23日池間島→東平安名崎→宮古島空港→関西空港 今回は、エメラルド色の美しい海を沢山見せていただきました。 岬麻呂旅便りシリーズ記事は、今年はこれで終了です。 この1年、沢山の旅便りをくださいました岬麻呂氏に感謝です。 そして、当シリーズ記事にご訪問下さいました全ての皆さんに感謝であります。この1年のご愛顧をお礼申し上げますと共に、来年もまた引き続きよろしくお願い申し上げる次第であります。
2021.12.27
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健人会のメンバーの田〇氏が昨日午前2時半にご逝去されたとの訃報メールが世話役の草麻呂氏から昨夕に入りました。 同氏はヤカモチの会社時代の先輩。ずっと営業部門を歩まれた方で、同じ部署で一緒に仕事をしたということはなかったが、比較的親しくさせていただいたお方であり、退職後は健人会で年2回お会いするというお付き合いでありました。健人会については、ヤカモチは新年会と納涼昼食会だけに参加しているので、同氏とお会いするのも年に2回という次第。 しかし、コロナ禍で健人会の新年会も夏の納涼昼食会も、昨年1月22日の新年会を最後に休止となっているので、同氏とお会いしたのはその新年会が最後ということになる。<参考>健人会の新年会 2020.1.23. 健人会関係の記事はコチラ。 来年1月19日には健人会新年会が予定されていて、同氏とも久しぶりにお会いできるかと楽しみにしていましたが、それは叶わぬこととなりました。 何とも悲しいことであります。 ご葬儀は家族葬で執り行われるとのことで、お別れに出向くことはできませんが、同氏の優しいまなざし、温和な語り口などを思い出しつつ、ご冥福をお祈り申し上げます。 当ブログでは、健人会関係の記事で「田〇氏」として登場されているが、2013年2月20日の記事でご紹介した「パンドラの丘」のことを知ったのは同氏からの情報でした。<参考>パンドラの丘 2013.2.20.パンドラの 丘を知るやと 言ひしきみの 訃報届きぬ クリスマスの日 (偐家持)わが背子の 旅立ちの日ぞ こころあらば いたくな吹きそ 武庫の山風 (偐家持)(God be with you) 同氏からの便りは、下掲の今年の年賀状が最後ということになりました。(田〇氏からの今年の年賀状) こんなことになるとは夢にも思わなかったので、来年元旦に届くであろう同氏宛てのヤカモチの年賀状は既に投函済みである。しかし、彼がそれを目にすることはないのである。合掌。
2021.12.26
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偐万葉・若草篇(その27) 本日は、偐万葉シリーズ第325弾、若草篇(その27)であります。 若草篇は昨年の12月22日以来ですから、ほぼ1年ぶりということになります。 偐家持が小万知に贈りて詠める歌7首この頃の 吾が寝正月 今日までと 食ふと申すは 七草の粥 (偐家持)(本歌)この頃の 吾が恋力(こひぢから) 記(しる)し集(つ)め 功(くう)に申さば 五位の冠(かがふり) (万葉集巻16-3858)冬木立 居並ぶ大地 すでにして 緑なしたり 春の近しも (草家持) (20210129冬木立)わが里の 鵯花(ひよどりばな)に 来る蝶(てふ)は とりてな食ひそ おその鵯(ひよどり) (鵯家持) (注)おその=鈍な、馬鹿な、愚かな。昔見し 夢の雫も 雨霰 まつばうんらん はびこり群れぬ (夢家持)われはもや ニシキギ見たり みな人の よしとふもみつ ニシキギ見たり (藤原枯足)(本歌)我はもや 安見児得たり 皆人の 得かてにすとふ 安見児得たり (藤原鎌足 万葉集巻2-95)此処読めと 花咲(はなさか)ワンコ 鳴くごとに なりたしわれも 花咲(はなさか)ブログ (花咲爺)もみつ葉は 照る日に映えて 吹く風の 音もさやけく 秋深みかも (偐原王)(本歌)一つ松 幾代か経ぬる 吹く風の 音の清きは 年深みかも (市原王 万葉集巻6-104) 偐家持が偐山頭火に贈りて詠める歌16首ほか 並びに偐山頭火が詠める歌3首ほか含(ふふ)みたる 梅ほころびて 君が家(や)に よきおとづれを 告げむとならし (偐家持)(参考句)良きことを 梅の香りに きく春か (偐山頭火) (20210103梅の香)やや大(おほ)に 草鞋(わらぢ)を編むは よろしけれ 大(おほ)にな過ぎそ 猫の額(ひたひ)に (黒猫家持) 偐山頭火の句に追和して偐家持が詠める歌2首常に照る 早く来いこい 皇(みかど)寺 (偐山頭火)けいほくに きたのみかどの はかとはむ うせかしころな はるやきたれと (偐家待)(京北に 北の帝の 墓訪はむ 失せかしコロナ 春や来たれと)とこのはに てるひのみちを わがゆかむ きたのすめろぎ ねむりますてら (北朝持)(常の葉に 照る日の道を 我が行かむ 北の皇 眠ります寺) 偐山頭火が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句乱を越え 流行病(はやりやまひ)も 越えて今 (偐山頭火) 阿弥陀籤ひき 南無観世音 (偐家持)枚岡の 梅蘇る 春よこい (偐山頭火) 今日節分に 豆喰らひつつ (鬼家持) 偐山頭火が贈り来れる句に偐家持が返せる歌1首飛んで地に 落ちてバタバタ カッコ悪 (偐山頭火)飛ぶ鳥の うちはよけれど 地に落ちて とんでもないこと 人に言はるな (落山鳥火)(本歌)青山を 横切る雲の いちしろく 我と笑(ゑ)まして 人に知らゆな (大伴坂上郎女 万葉集巻4-688)吊灯籠 神に納むを 知らざれば 春日(かすが)の神も 求めざりにき (春日家持)遊士(みやびを)と 吾(われ)は聞けるを 肌噛ませず 吾を払ひぬ おその風流士(みやびを) (天道女郎)遊士に 吾はありけり 肌噛ませず 払ひし吾ぞ 風流士にあり (偐家持)(本歌)遊士と 吾は聞けるを 屋戸かさず 吾を帰せり おその風流士 (石川女郎 万葉集巻2-126) 遊士に 吾はありけり 屋戸かさず 帰しし吾ぞ 風流士にはある (大伴田主 同巻2-127) 偐山頭火が贈り来れる歌1首に偐家持が返せる歌1首元気だと 君の姿を 写す鏡 西の岩田の 杜の由来に (偐山頭火)鏡石と まさしに知りて 撮りたれば 写れるわが身 いとはずさらし (偐家持)ヤカモチに われもの申す 記事ネタに よしといふものぞ 鰻撮りませ(本歌)石麻呂(いはまろ)に 我物申(まを)す 夏痩せに よしといふものそ 鰻(むなぎ)捕り食(め)せ (大伴家持 万葉集巻16-3853) (20210618うな重)撮る撮るも 時たがひては のちのちの まがひとなりぬ 時合はせ撮れ(本歌)痩す痩すも 生けらばあらむを はたやはた 鰻を捕ると 川に流るな (大伴家持 万葉集巻16-3854)我が背子と 引手(ひきて)の山を 右に見つ 川辺(かはべ)を行(ゆ)けば 生(い)けりとそ思(も)ふ (偐家持)(本歌)衾道(ふすまぢ)を 引手の山に 妹を置きて 山路(やまぢ)を行けば 生けりともなし (柿本人麻呂 万葉集巻2-212) (20210619大和川畔・水の辺の道) 偐山頭火が追ひて和せる歌1首家持と 引手の山も 見せずして 我追いつけば 君姿無し (迷走山頭火)コロナ禍の いまだ去らざり 今日(けふ)もかも マスクをしつつ 銀輪散歩 (銀輪家持)(本歌)もみぢ葉の 過ぎまく惜しみ 思ふどち 遊ぶ今夜(こよひ)は 明けずもあらぬか (大伴家持 万葉集巻8-1591) 偐山頭火が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句おやしろの 後輪の悔い 灘に自首 (メンテナンス偐山頭火)風吹きあひの 見ぬ目でチャリ屋 (気抜け家持) 偐山頭火が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和せる歌1首水色の 浴衣(ゆかた)が似合ふ かぐや姫 色香(いろか)と共に 月への旅立ち (偐銭湯番台夫)せめてもや 水色にせむ 衣(ころも)かな 月の砂漠を 旅するからは (月家持) 偐山頭火が贈り来れる句に追和して偐家持が詠める歌1首虹の落ち 右か左か 両方か (偐山頭火)右と言ひ 左と言ふも 前うしろ 決まりて後(のち)の ことにしあれり (右左衛門)虎の威は 権威そこなふ ものにして とらぬ狸の 狐の手口 (鹿野馬子) (注)この項に掲載の写真は偐山頭火氏のブログからの転載です。 偐山頭火氏のブログはコチラ。 偐家持が和郎女に贈りて詠める歌3首う(倦)まずもや したたかにあれ われらみな なんぞころなに まけはすまじき (やかもち)うらうらに てれるはる日に しらうめの こぼれさくごと その日またなむ (やかもち) (注)上記2首は2021年1月6日和郎女作品展ミニ版に寄せて詠める歌である。 (20210106和郎女作品展ミニ版)梅の花 咲ける月夜(つくよ)も コロナゆゑ 密はならじと われこもり居り(本歌)闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜(つくよ)に 出(い)でまさじとや (紀女郎 万葉集巻8-1452) (20211210紅梅匂ふ<第26回作品展>)<参考>偐万葉・若草篇の過去記事はコチラ。
2021.12.20
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若草読書会は、昨年の2月2日以来、休止となっているが、来年1月29日に再開しようという予定になっている。 ただ、オミクロン株のこともあって、先行きはいささか不透明。予定通りに開催できるかどうかは、この年末年始の後の流行具合の如何にかかっているという次第。 既に、今年6月27日の記事「智麻呂絵画展特別編」でご報告申し上げた通り、智麻呂氏は特別養護老人ホームに入所されましたので、何れにしても、智麻呂氏もまじえての若草ホールでの読書会開催という従来の形での開催はできない状況になっているのは残念なことである。 今日は、奥様の恒郎女さんからのお誘いで、智麻呂氏との面会に同席させて貰うことができました。 ヤカモチとしては、4月10日、6月26日に続いて今回が三度目のこととなるが、今回は、小万知さん、ひろみの郎女さんも同席で、奥様の恒郎女さん、お嬢様のめぐちゃん、そしてヤカモチの総勢5名の面会でありました。 従前は、PC画面越しの面会でしたが、今回は、面会室まで車椅子の智麻呂氏を係の方がお連れ下さって、アクリル板越しに直接に面会できる形に条件が緩和されていて、同じ空間で時間を共にすることができました。 クリスマスには少し早いのですが、讃美歌の「もろびとこぞりて」、「きよしこの夜」、そして、智麻呂氏が特にお好きだという讃美歌496番の「うるわしの白百合」などを皆で歌い、ひと足早いクリスマス気分を智麻呂氏と共にすることができました。 智麻呂氏は頗るお元気そうで、いつものにこやかな笑顔で、美しい歌声を聞かせて下さいました。このような機会を与えて下さった恒郎女さんとめぐちゃんには心から感謝です。 今回は、ご紹介できるような写真がありませんので、今年の4月10日に撮影の、智麻呂氏入所の施設「福寿園」の写真を掲載させていただくこととします。(福寿園) 午後3時15分、ヤカモチは例によって自転車(CB)で、福寿園に到着。 恒郎女さん、めぐちゃん、小万知さん、ひろみの郎女さんが丁度受付の手続きをホールでされているところでした。 寒い中(ヤカモチは少しも寒いとは感じなかったのではありますが)を自転車で走って来た所為か、受付での検温では、機器に表示される体温が34度というありえない数値で、係の人を困惑させましたが、おでこの表面温度は相当に低くなっていたようです。 まあ、ともかくも体温測定はパスし、入館を許されました。 所定の面会票に必要事項を記載し、面会室となっているロビーに通されると、既に智麻呂氏は来て居られて、満面の笑みで我々をお迎え下さいました。久しぶりにそのお顔を直接に拝することができ、嬉しい限りでありました。 面会時間は、20分余程度の短いものでありましたが、とても素敵ないい時間を共有できた、という気分です。 面会終了後は、喫茶「ペリカンの家」に移動し、皆で、暫くの時間談笑し、あたかも若草読書会ミニ版でありました。(喫茶「ペリカンの家」※2016.11.29記事掲載写真の再掲載) 喫茶「ペリカンの家」の閉店時間は過ぎていたように思いますが、店主・ももの郎女さんのご好意で、少しばかりの長居をさせていただきました。 小万知さんはペリカンの家は初めてで、ブログを通してお互いその名前だけは旧知というももの郎女さんとの初顔合わせでありましたが、ご両名ともそのことを喜んで居られたのは何よりでありました。<追記:参考 2021.12.18.22:35>若草読書会関連記事一覧はコチラ。ひろみの郎女さんの関連記事はコチラ。
2021.12.18
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友人・岬麻呂氏からの旅便りです。 前回に続き沖縄ですが、今回は「沖縄本島の西にある慶良間諸島のなお西にある小さな島で・・・出来るだけ何もしないで島時間を楽しむのが目的の夫婦旅」という、12月7日~10日、3泊4日の久米島の旅であります。(旅・岬巡り報告283・久米島&同写真説明)(同上)(久米島の地図)<参考>過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。 では、例によって、旅程に従い、別途メールで送っていただいた旅の写真をご紹介申し上げることといたします。 しかし、今回は「何もしない旅」というコンセプトの旅、でありますから、どうなりますことやら、であります(笑)。何もせぬ 旅としあらば その旅の ことを述ぶるは 苦しきものぞ (無為家持)12月7日関西空港→那覇空港→久米島空港→奥武島の畳石→イーフビーチホテル(3連泊) 久米島空港は島の西側。 宿泊ホテルのあるイーフビーチは島の東端。 イーフビーチの向かいの島が奥武(おう)島。(畳石<奥武島の海岸>) 初日は、畳石訪問のみで、午後2時ホテルにチェックイン。 チェックイン後は「部屋から海を夕刻まで眺め島時間」であったそうですが、その島時間に入る前にマンホールの写真だけは撮っていただいたようであります(笑)。 そして、島時間の締めは、地元の泡盛・久米仙古酒であったということになるのでしょうか。(久米島町<旧具志川村地区>のマンホール) 五枝の松とクメジマボタルの図柄のマンホール。 具志川村という表示があるから、2002年4月1日隣村の仲里村と合併して久米島町となる以前の、具志川村時代のマンホールということになる。(久米島町のマンホール) これは「波」の図柄でしょうか。(久米島町<旧仲里村地区>のマンホール) 久米島の西半分が旧具志川村、東半分が旧仲里村で、両村が合併して久米島町となったことは、前述の通りであるが、このマンホールは、中央に「村章」と「なかざと」という文字が見て取れ、岬麻呂氏からのメール説明にも「仲里」という記述がありましたから、旧仲里村時代のものであるのでしょう。12月8日ハテの浜ツアー参加→ハテの浜上陸→久米島灯台→具志川城址→ミーフガー→比屋定バンダ展望台→宇江城(うえぐすく)城址→旧仲間切蔵元跡→真謝(まじゃ)チュラフクギ並木(久米島と奥武島の間の水路 新奥武島橋の上から撮影) ハテの浜ツアーに参加される前の、この日最初の写真がこれ。 写真中央に見える「黒いもの」はアオウミガメだそうな。 岬麻呂氏によると、撮影しようとしたら、潜ってしまったようで、このような写真になってしまったとのこと。亀だけども写真はウェルカメではなかったようで、それと察して潜ってしまったのかも。 大阪の亀なら「カメへんでぇ~」と撮らせてくれたかと思うが、クメ島のカメはそうではないのでありました。(真謝のフクギ並木) 道路拡張のため、住宅が取り壊されることになったが、その屋敷林のフクギを伐採するのか保存するのかで意見が対立したらしい。その結果、結局、このように道路の中央分離帯という形で残されることになったとのことであります。(ハテの浜<東方向>) さて、ハテの浜ツアーです。 ホテルのベランダからもその一部が見えていたとのことですが、砂だけの島、ハテの浜です。 グラスボートに乗客6人が乗船し、船長さんのご案内で、その砂だけの島に上陸するというツアーであります。(ハテの浜<西方向>) 上の写真及び下の写真に黒い帯のように広がっているのは、海底火山の噴火で押し寄せて来た今話題の軽石だとのこと。 小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」の噴火で噴出した軽石が海流に乗ってはるばると漂着したのであるが、ニライカナイ信仰のある沖縄であってもさすがにこれはノーサンキューな漂着物である。 美しい砂浜の景観も台無しであります。(ハテの浜に漂着の軽石群) さて、ここで、クイズであります。 下の写真に写っている構築物は何でしょう? ハテの浜ツアーの船長さんが乗船客に出したクイズだそうです。 6名の乗船客は岬麻呂氏は別として、誰も答えられなかったそうでありますが、何度も来られている岬麻呂氏は干潮時のこの構築物の全体像を以前に見て居られたので答えを知って居られたとのこと。 皆さんは、分かりますか?(答えは、末尾に記しています。)(海の中の構築物) 次は、具志川城址とミーフガー。(具志川城址)(ミーフガー) 石灰岩と凝灰角礫岩の海蝕崖。 7月中旬から数週間は、この岩の穴から日の出が望めるらしい。 女性がこれを拝むと子宝に恵まれるというパワースポットだという。(宇江城・城址からの展望) 宇江城は久米島の最高峰に築かれた15世紀の城だそうですが、その城址からの展望が、上の写真。 そして、この日もマンホール写真であります。(久米島町のマンホール<町名あり>) 上掲の旧仲里村のマンホールと同じデザインであるが、中央に町章と久米島町という町名が入っているから、旧仲里村時代のデザインをマイナーチェンジして、久米島町発足後に作成されたマンホールなんだろう。12月9日タチジャミ自然公園→おばけ坂→上江洲家(琉球王朝時代の地頭代の古民家)→五枝の松→シンリ浜→ホテルに戻り昼食→午後は何もせず 久米島の日の出です。(久米島の日の出) イーフビーチホテルのベランダから撮影の、この日最初の写真。 そして、前日に訪ねた宇江城城址を遠望です。(宇江城城址遠望) 城址のある山は宇江城岳という名の山。久米島の最高峰。 おばけ坂に向かう途中で撮影されたのでしょうか。宇江ぐすくの 城址仰ぎ 見つつ君 おばけ坂への 道行くらむか (坂家持)(おばけ坂) その妙ちくりんな名前の、おばけ坂がこれです。 では、この坂についても、クイズです。 奥に向かって、この坂は上り坂でしょうか、下り坂でしょうか。それとも、傾斜のない平坦な道でしょうか。(答えは末尾に記しています。)(五枝の松) これは、国指定の天然記念物である「五枝の松」。 琉球松にて、1839年植栽との記録があるといい、根元から枝が分岐して約250平米に広がっているとのこと。 唐崎の松も真っ青、五枝の松であります。(イーフビーチ) イーフビーチは、「日本の渚百選」に選ばれる久米島を代表するビーチであり、白砂が2kmに渡って続く砂浜、サンゴ礁内側の穏やかな海の、人気の海水浴場でもある。12月10日島の南端・鳥の口→アーラ浜→久米島空港→那覇空港→識名園→那覇空港→関西空港(久米島灯台遠望<帰途の飛行機から>) 昼前の便で那覇へ。 10年ぶり、6度目の久米島訪問の旅も「いざ、さらば」であります。わぎもこと こしくめじまは いくたびか くめどつきせじ くめじまのたび (くめ家持)(識名園) 飛行機の乗り継ぎ時間を利用して、琉球王朝の迎賓館であった識名園を訪ね、ついでにマンホールも撮影であります。(那覇市のマンホール・シーサーの図柄<カラー>)(同上・魚の図柄<モノクロ>) 極力何もしないことが目的の旅とのことでしたが、結構内容のある旅、おまけのマンホールの写真もクイズもありで、外野席のヤカモチも十分に楽しませていただきました(笑)。<クイズの答え>〇海の中の構築物は、橋です。 干潮時にも漁船が出せるように、漁港から外海に向かって、サンゴ礁(岩)を削って水路を開削しました。すると、それまで干潮時には干潟に出て貝を採ったり、魚を釣ったりしていた島の人たちは、その水路の所為で、従来のように徒歩で干潟に行くことができなくなる。ということで、水路開削と同時に、水路を渡るための橋を設置しました。潮が満ちて来ると、水路と橋(上部構造部を除き)は海中に没してしまうので、写真のような光景になるという次第。 干潮時には出題されないクイズだそうです。(追記・補注)この橋の名はシールガチ橋だそうです。(岬麻呂氏コメント参照)〇おばけ坂は、奥に向かって上り坂です。 まあ、ヤカモチは、写真では下り坂に見えるので、答えが「下り坂」ではクイズにならないだろうから、「上り坂」と考えました。 岬麻呂氏の出題では、上りか下りかの二択でしたが、それでは簡単過ぎるので、もう一つの選択肢「平坦な道」というのを付加して三択にしてみました。
2021.12.15
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ブロ友のfurano-craft氏から虎と鯛が届きました。 同氏からのプレゼントです。 「虎は強靭な生命力のシンボルでもあり、家運隆盛のシンボル、そして魔除けとのことで2頭に仕上げました。」とのこと。 トラは来年の干支、鯛は目出度いのタイということでありますから、来年のお正月に向けての、心温まる手作り作品の贈り物であります。(跳ぶ虎・右向き面)(同上・反対面<左向き面>) OSB合板を電動糸鋸盤で切り抜いて作成されたシルエット作品。 様々な木材破片を強力接着剤で圧力を加えて固めた集成材がOSB合板ですから、合板表面の模様は様々。同じ型の作品でも表面と裏面とでその表情は異なった印象を与えます。 また、シルエットなので、OSB合板の何やら抽象画のような模様と相まって、色々な想像力も働き、面白い作品になっています。<参考>OSB合板・Wikipedia どちらが表、裏というものでもないでしょうから、その人が気に入った方の面がオモテということになるのでしょうか。ここでは表裏の別をこれとは定めず、右向き面・左向き面と表現することにしました。 虎は、四神獣の一つ、白虎として西を守る神獣でありますが、一日に千里も走るという動物。24時間で4000km走るということは、時速166.7kmの高速で24時間走り続けるというのだから凄い(笑)。 虎の威を仮る狐が出て来るのも無理のないところと言うべきか。(坐る虎・右向き面)(同上・反対面<左向き面>) こちらは、坐る虎。 雌伏する虎ですな。 この言い方に倣うなら、上の跳ぶ虎は「雄飛する虎」である。 跳ぶ虎はオスの虎で、坐る虎はメスの虎ということになるか。 雄飛と雌伏。 ジェンダー平等の観点から言えば、不適切な用語法で、いづれは死語となるのかもしれないと思ったりも。 furano-craft氏は「阿吽」をイメージして、この2頭の虎を切り抜かれたようでありますから、上の「跳ぶ虎」が「阿形虎」で、この「坐る虎」が「吽形虎」ということになるのかもしれません。 「危うきこと虎の尾を踏むが如し」などと、非常に危険なことを冒すことの喩えとして、虎の尾を使いますが、君子危うきに近寄らず、でありますから、虎の尾は踏まないように気をつけましょう。 まあ、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」派のお人はどうぞご自由に。(鯛・右向き面)(同上・反対面<右向き面>) はい、目出度い鯛であります。 鯛焼きでも、泳げたいやきくん、でもありません。 昔々、「タイでエビを養殖」という新聞記事の見出しを目にして、「鯛で海老を養殖」では採算が合わないだろうと一瞬思って、すぐに「タイ国でエビを養殖」の意味だと気づいて苦笑、ということがありましたが、この鯛が天然ものか養殖ものかは存じ上げぬところであります。 以上、furano-craft氏へのお礼も兼ねて記事アップさせていただきました。furano-craftさん、どうもありがとうございました。<参考>furano-craft氏のブログはコチラ。 木力工房関連記事はコチラ。 偐万葉・ふらの篇はコチラ。 フォト蔵アルバム・木力工房関係はコチラ。
2021.12.14
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第26回和郎女作品展 久々に和郎女作品展であります。 和郎女さんはヤカモチが高校生であった時からの長い友人。若草読書会のメンバーの一人でもあります。 読書会の折にお持ち下さる彼女の作品を撮影させて貰って、作品展なるものをブログ上で開催させていただいていましたが、昨年の2月2日の新年会を最後に、読書会はずっと休会となっていて、彼女の作品をまとまった形で撮影する機会もなくなり、和郎女作品展も自動的に休止となっていました。 ところが、思いがけず、今日、彼女から沢山の作品(全11点)の入った宅配便が届きました。 お陰で、1年10か月ぶりに和郎女作品展を開催できる運びとなりました。 先ずは、クリスマス向けの作品です。 なお、作品に付した「タイトル」はヤカモチが思いついたものを勝手に付しているだけでありますので、和郎女さんの思いとは無関係であります。(メリークリスマス・雪だるまとX’masツリー) クリスマスまではまだ少し期間がありますが、街に出るとクリスマスツリーなど、それらしき飾りが見受けられますから、ブログ上に於いても、丁度良いタイミングかと。(同上・ストラップにも使える小品) 孔雀の羽を連想させもするデザインですが、これもクリスマス・ツリーなんでしょう。スマホなどのストラップの飾りとしても使えるサイズの小さな作品です。 以下は、お正月向けの作品です。(虎) 先ずは、来年の干支である「寅」に因んで「虎」であります。 力強い姿の虎。来たるべき新年は、みんな一緒にこのように力強く生きてまいりましょう。(竹と虎) こちらのトラは、どちらかと言うとカワイイ系でしょうか。 力強さと共に、優しさも忘れずに、ということです。 (三連壁掛け・トラトラトラ<左>と鶴亀<右>) トラトラトラなどと言うと、この時期は真珠湾攻撃成功せり、の暗号電文みたいになりますが、虎虎虎です。勿論、トラ猫ではありません。 右は、めでたい鶴亀です。 めでたいと言えば、この箸袋も目出度い鶴であります。(折り鶴の箸袋) おせちはこの箸でいただくことにするか。(鏡餅) おっとっと・・鏡餅が少し傾いているところがご愛嬌であります。(富士山と松竹梅) 正確には、富士山と「梅竹梅松」でありますが(笑)。(紅梅匂ふ)闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじとや (紀女郎 万葉集巻8-1452) この歌は、紀女郎が大伴家持に贈った歌。 「闇夜なら来ないのも分かるけどさあ、梅の花が咲いてる月夜になんで来ないのよお。」という歌。家持さんの返し歌が残っていないので、「なんで?」の疑問は解けないのでありますが、上の作品のように、慌てて紀女郎さんのもとに駆け付け、拗ねる彼女をなだめるなどのご機嫌を取ったということは、あり得ることかも(笑)。 まあ、今時なら、「梅の花 咲ける月夜も コロナゆゑ 密はならじと われこもり居り」と返す手もあるが、大伴家持さんは、どんな返しをしたのか気になるところです。 上の絵で、そんな連想をしたヤカモチでありました。(桜も咲きて) 早々と桜も咲いて、桃の花ではないものの、何やらお雛様風です。 若草読書会は、来年から始動することとし、来年1月末近くに新年会を予定しましたが、オミクロン株なる変異株ウイルスによる第6波の流行も懸念され、どうなることやら不透明です。そういう事態にはならず、久々に皆が顔を合わせられることを祈ります。 それはさて置き、以上、和郎女作品展でありました。 ご覧いただき、ありがとうございます。<参考>和郎女作品展の記事一覧はコチラ。 フォト蔵アルバム・和郎女作品集はコチラ。
2021.12.10
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今日は今年最後の囲碁例会の日。 天気もよし、でいつもの通りマイCB(クロスバイク)で、銀輪散歩を兼ねて梅田まで。 今日は、郵便局に立ち寄って送金。ついでに、すこしばかり持っている株式の配当金で、銀行振り込みによる受領を選択していない銘柄のものを窓口で受領。その後、石切の上新電機に寄って印刷用のインクを購入などと色々の雑用を済ませてから梅田に向かいました。 コースは、外環状道路(国道170号)→中央大通り(国道308号)→大阪城公園→天満橋→国道1号→国道2号→梅田スカイビル(新梅田シティ)という最短・寄り道なし直行コース。 最近は、遠回りして何処かに回ってブログネタを仕込んでから梅田スカイビルに向かうということが少なくなり、この直行コースを往復することが多くなりました。これも寄る年波の所為か(笑)。 ということで、行きがけの駄賃的な話題はないのでありますが、大阪城公園の紅葉はまだ十分に美しくありましたので、その写真でもお楽しみいただくことにします。(大阪城公園の紅葉) 大阪城公園のまだ十分に美しい紅葉です。 パノラマ撮影したのが下掲写真。(同上)(同上・振り向けばこんな景色。) この先の銀杏並木の道に出ると、警察の車両が次々と列をなして徐行しながら走っている。大阪府警の何かの集まりがあったのか。車で行くのとは別に、大阪城京橋口への坂を徒歩にて上って行く制服警官の人の列も。 ヤカモチとしては、警察車両を撮影する気はなく、この銀杏並木の景色を撮りたかっただけなのでありましたが、延々と車の列が続くので、これらが一緒に写り込んだ写真にならざるをえなかったという次第。(同上・銀杏並木)(同上) ヤカモチの自転車よりも遅い速度でノロノロと行くので、これを追い抜いて行く。 園内をめぐる観光客用のロードトレイン並みのノロノロ速度であるが、ひょっとすると、公園内の車の走行速度はこの程度に制限されていて、それを遵守してのノロノロ運転なのかもしれない。 だとすれば、ヤカモチのCBは速度違反ということになるのか。(同上) 梅田スカイビル到着は12時21分。出がけの雑用で到着時刻はいつもより遅めとなりました。(新梅田シティの中自然の紅葉) 新梅田シティの「中自然の森」も美しく紅葉していました。 ガーデンファイブ棟1階のカフェレストランでランチ&珈琲、中庭の喫煙コーナーで食後のタバコ一服をしてから5階の会場の部屋へ。 既に村〇氏が到着されていて、碁盤・碁笥の設営をされているところ。福麻呂氏とヤカモチは同時入室。 福麻呂氏が譲って下さったので、ヤカモチは村〇氏と対局することに。 遅れて、青◎氏が来られたので、となりで両氏の対局が始まる。 更に遅れて平〇氏が来場。彼は、しばし観戦である。 ヤカモチとしては、今日は悪くても2勝1敗で終えて今年の成績を負け越しなしとしたいところであるが、第一戦の村〇氏には勝つことができました。第二戦の平〇氏にも勝ち、第三戦の福麻呂氏には負けましたが、予定通りの2勝1敗となり、今年の通算成績は9勝9敗。勝率5割で終えることができました。 勝ち過ぎず、負け過ぎず、がこのような遊び碁の理想であるから、理想的な成績と言うべきでしょう(笑)。勝てば負け 負けては勝ちて ほどほどに 囲碁の相手も われも楽しく (碁家持) 囲碁を終えて、梅田スカイビルを出発したのは午後4時過ぎ、朝に撮った銀杏並木の道を逆方向から撮影。 暮れかかる大阪城公園の銀杏の道です。(大阪城公園・銀杏並木の夕暮れ) 帰途は、途中で往路とは別のコースに変更して、花園ラグビー場、花園中央公園経由の道を走りました。 花園中央公園に着いた頃にはすっかり暗くなっていました。 道路際のあずま屋にキジトラ猫が2匹いました。清兵衛、ジャックナイフ、ネコロンの三匹組の内の2匹だろうと思われましたが、暗いので区別がつかない。ジャックナイフは歩き方が少し変なので、それと分かりましたが、もう1匹の方は、清兵衛かネコロンかは判別できずでありました。<参考>囲碁関連過去記事は下記です。 囲碁関係 囲碁関係(その2)
2021.12.08
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囲碁例会、岬麻呂旅便り、月例墓参と他記事に先を越されて、出番が遅れてしまいましたが、友人の蝶麻呂君に誘われての紅葉散歩の記事です。 11月30日実施のことなので、四日遅れの便りであります。 まあ、4日遅れくらいなら賞味期限内かと。 2021年11月20日の記事「近隣紅葉散歩」の中で触れていますが、蝶麻呂君から突如電話が入り、京都へ紅葉散歩に出かけないかというお誘い。 月末近くを目途に日程を調整して追って連絡するということであったところ、29日か30日でどうかというメールが入る。 29日は人と会う先約が入ってしまっていたので、30日ということに決まりました。 蝶麻呂君は5人組ウオークのメンバーの一人でもある。 そこで、このところ中止となっている5人組の他メンバーにもメールで都合がつくようなら参加しませんかとメールしたが、全員他用ありで不参加、結局、当初予定通り蝶麻呂君とヤカモチの二人だけのウオークとなりました。 行く先は蝶麻呂君任せとしていたところ、二条城に行きたいというメール。紅葉の名所と言う訳でもないので意外に思ったが、何でもNHKのTVで歴史探偵だかヒストリアだか何かそのような番組で二条城のことが取り上げられていて、それを見て行ってみたくなったという話。彼もヤカモチも二条城は過去に訪ねてはいるが、それはかなり昔のことであるから、久しぶりに見学するのもよかろうとOKする。 雨でなければ、駅前のレンタサイクル店で自転車を借りて銀輪散歩気分で行くのはどうかというのがヤカモチの提案。 正午にJR京都駅烏丸口改札前待ち合わせとし、駅ビル内の何処かで昼食を済ませて出発ということにする。 当初は、雨の予報であったので、自転車は無理、傘をさしながらのウオークになるかと覚悟していたが、日が近づくにつれて、予報は改善、前日の予報では「晴れ、夜遅くに雨」という形になる。 当日、11時30分頃に烏丸口改札前に到着。(JR京都駅烏丸口改札前)※人物が写っている写真は顔が分からないように消すなどの加工が必要だが、最近は皆さんマスクをして居られるので、その必要がなく助かります(笑)。 蝶麻呂君は、ほぼ定刻の到着。 駅ビル11階のレストラン街の店で昼食を済ませて、駅前のレンタサイクル店へ。 店の名前は記憶になかったが、随分前に利用したことがあり、堀川通りに出る手前にあった筈と、西にむかう。 果たして、そこにありました。店の名前は違っているように思えたが、店は昔の感じのままでありました。 京都サイクリングツアープロジェクト京都駅店 京都市下京区油小路通塩小路下ル東油小路町552-13 TEL.075-354-3636 マウンテンバイク2台を借りて、出発。 堀川通りに出て北へ。 (西本願寺・阿弥陀堂門) 堀川通りに面したこの門は何度も目にしているが、写真に撮ったことはないので、行きがけの駄賃にと自転車をとめてカメラを向けようとしたら、監視カメラで監視されてもいたか、スピーカーで「自転車をとめてはいけない。駐輪場は北側奥を入った駐車場の方にある。」とかなんとか、大きな音声で注意を受ける。 写真を撮るだけなのに、まことに不愉快千万。しかし、自転車を駐輪したまま、そこを離れてしまわれては、向こうが不愉快千万ということで、早めに注意をしたということであろうから、立場を変えてみれば致し方なきことかと納得。 しかし、かくなる上は、意地でもこの門を撮らなくてはなるまいと、北側の辻を入って、自転車を駐輪させてもらって、北側入り口から境内へ徒歩入場。どうせ撮るなら南側の唐門であろうが、そこまでの気が回らず、境内の大銀杏と御影堂、阿弥陀堂、そしてこの阿弥陀堂門だけを撮影して、西本願寺を後にする。(同上・境内)<参考>西本願寺・Wikipedia 境内には銀杏の大樹が二本あって、見事に黄葉している。 今回は「もみぢ散歩」であるから、この大銀杏は撮って置かねばなるまいという次第。(同上・御影堂<奥>と阿弥陀堂<手前>)(同上・御影堂と大銀杏)(同上・阿弥陀堂) 広々とした境内。このたびは 時もとりあへず 本願寺 また来む折は み仏がまま (偐家)(本歌)このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに (菅家 古今集420 小倉百人一首24)とて、早々に退去しましたが、御影堂も阿弥陀堂も無料で自由に入れるそうだから、いずれゆっくり拝観させていただくこととしましょう。(同上・大銀杏) 西本願寺から、走ること15分程度。二条城に到着である。 しかし、駐輪場の場所が分からない。尋ねると南側道路の向かいに有料の駐輪場があるという。 引き返してそこに駐輪。(二条城・東大手門前)(同上・説明碑)<参考>二条城・Wikipedia 東大手門から入城。(同上・東大手門)(同上・案内図)(同上・唐門) 唐門をくぐって二の丸御殿へ。(同上・唐門ズームアップ)(同上・二の丸御殿) 二の丸御殿内部は撮影禁止。 ぐるりめぐるだけでも結構な時間を要する。 気が付けば、蝶麻呂君とははぐれてしまっていた。 彼は、今回スマホを自宅に置き忘れたまま出かけて来たので、はぐれてしまうと連絡の取りようがない。 二の丸御殿を出て来て、しばらく待つが蝶麻呂君は一向に現れない。先に出てしまったのか、まだ御殿内に居るのかも不明。とあれば、待っていても仕方がないと、二の丸庭園から本丸へと一人で回ることに。(同上・二の丸庭園)(同上・二の丸庭園説明板) 本丸へと入る。(同上・東橋と本丸櫓門)(同上・本丸櫓門説明板)(同上・本丸庭園説明板) 本丸御殿は改修工事中で覆屋の中。 内部は勿論、外観も見られない状態で、本丸庭園の風情もイマイチ。(同上・本丸庭園から天守台を望む。) とりあえず天守台に上ってみる。(同上・天守閣説明板) 天守台から見る、本丸御殿と本丸庭園はこんな感じです。(同上・天守台から本丸御殿<改修工事中>と本丸庭園を望む。) 天守台から西橋の方を見ると、大きな銀杏の木が黄金に輝いている。 しからば、この銀杏の木の下に行ってみようと天守台を下りる。(同上・天守台から西橋方面を望む。)(前掲写真、西橋の前の大銀杏) 大銀杏は本丸から内堀を西橋で渡った場所にある。 何人かの人が、この木にカメラを向けて居られたが、ヤカモチも1枚撮ってみた。 この銀杏の木から内堀沿いに北へと進むと何やら建物があって、その手前にこんな景色がありました。 目立つ紅葉ではないのだが、いい雰囲気なのでカメラを向けてみた。 なかなかいいではないか。自画自賛の1枚です。(二条城の紅葉・西側内堀北西角) 内堀をめぐって紅葉を撮影。 しかし、イマイチの凡庸な紅葉写真でありました。(同上・北側内堀西寄りのカエデ)(同上・内堀北西角のカエデ) 一通りめぐって、唐門から出て、東大手門に向かったところで、蝶麻呂君と再会。お互いに好きなように場内を一周したようで、且つ余り時間ロスをすることなく無事に再会、めでたし、めでたしであります。 尤も、彼の方が早くにその再会の場所に来ていて、ヤカモチを長らく待っていたということなら、また違った評価になるのだろうが、そういうことは問いたださないに限る(笑)。 時間が余れば、もっと他も回ろうということでレンタサイクルにしたのであるが、二条城の中を歩き回っているうちに、足もそこそこ疲れたか、何処か喫茶店にでも入るか、ということになる。 駐輪場に戻り、自転車で適当に、右に、左にと走って喫茶店を探すが、なかなか見つからない。下京中学校の辺りまで戻って来て、その向かい角にこじんまりとした喫茶店があったので、ここで珈琲休憩とする。 灰皿が置いてあったので、喫煙可能かと喜んだのも束の間、よく見ると電子タバコのみOKで普通のタバコはNOと書いてありました。 途中で、店を出て中学校の前の地蔵堂が祀られている一角のベンチで一服しましたが、其処が喫煙可能な場所かどうかは不明である。 喫茶店でしばらく雑談して過ごしたら、もういいかということになり、レンタサイクル店に戻り、自転車を返却して、帰途につくこととしました。 以上、一応、紅葉銀輪散歩でありました。<参考>銀輪万葉・京都府、滋賀県篇の過去記事は下記です。 銀輪万葉・京都府、滋賀県篇 銀輪万葉・京都府、滋賀県篇(その2)
2021.12.04
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今日は月例の墓参。 しかし、写真を撮ったのは、途中の畑の前の樫の木の下に巣を張っている大きなジョロウグモの1枚だけ。これは、追って「虫」関連の記事で使用することとし、先々月(10月7)、東京の妹が帰阪した折に、妹たち二人と一緒に墓参をした時の写真2枚がブログ未掲載のまま残っているので、これで代用することとします。(墓参) お天気も、西方向の景色の霞み具合もよく似た感じでしたから、今日の景色の代用としては十分にその役割を果たしている写真であります。(墓地のランドマークのクスノキ) 今日は、このクスノキの枯れかかった枝に一羽のカラスがとまって盛んにカアーカアーと鳴いていました。 カラスも声を張り上げて鳴くときは、両の翼を少し広げるようにして、やや前のめりの姿勢で声を出すのですな。 左側の白くなっている部分の下あたりから横に伸びている黒い部分、枝と言うよりは幹と言ってよい太い部分にとまって鳴いていたのでありました。 このクスノキ、今日見た感じでは、この写真よりも更に枯れ具合が進んでいるようにも見えましたから、早晩にすべて枯れてしまうのではないかと心配ですが、左半分はもう駄目としても、右半分で何とか持ちこたえて生気を取り戻して欲しいものです。父母祖父母 見し楠よ 枯れずあれ 墓地の守りと 立ちても来れば (偐家持) 墓参の後、昼食後に近くを銀輪散歩。 加納緑地と花園中央公園で猫と出会いました。 加納緑地で出会った猫は、当初カノウ君かと思いましたが、少し感じが違うので、新顔の猫かと思います。ということで、同じオス猫なので、カノウ2君という名にしました。(カノウ2君♂)<参考>カノウ君の写真掲載の記事はコチラです。 その後、花園中央公園に回ると、麦茶が居ました。 麦茶君は小林一茶のパロディとして名づけましたが、なぜ小林一茶であったのかは、忘れました。(花園麦茶♂) 彼と初めて会ったのは昨年の5月であるが、その時は、足早に逃げて行き、ちょっと振り向いて見ただけの異邦猫という雰囲気であったのですが、声を掛けると、小林一茶はワシの弟子や、と偉そうな口のききよう。 何となく横柄でつれない素振りでしたが、今回は、ヤカモチと付かず離れずの1~2m程度の距離を保ちつつ、長らく一緒に居てくれました。 彼もコロナ禍の逆風にさらされて一回り大きく成長したのかも。<参考>麦茶との初対面記事はコチラ。(同上 手前の自転車はマイCB) この後、犬を連れたご婦人が奥の小径を通りかかろうとすると、ヤカモチの背後に隠れるような位置に素早く移動。 何やらヤカモチを仲間と考えてくれたような行動ではないか。 そうではなくて、餌もくれないこのおっさん、隠れるための岩くらいの役にしか立たん、と考えて、早速にそのように利用しただけであったのかもしれません。(同上 「麦茶殿、一句できましたかな?」) 帰ろうとCBを押しながら、公園の出口に向かうと、後ろからついてくるではないか。ヤカモチが公園の垣根から外の道路へと出たところで、その垣根の内側を使って、ヤカモチから離れて行きました。犬から隠れることができたお礼に、出口までヤカモチを送ってくれたのか。であれば、まことに義理堅い猫である。 ネコついでに、以前の銀輪散歩で見かけたネコの写真でブログ未掲載のものも、この際一挙公開であります。 先ずは、水走公園のアオメ。(アオメ♂) アオメとの初対面は2020年7月であるが、この写真は今年の11月19日のもの。彼とかなり顔見知りなってからのものであります。<参考>アオメとの初対面記事はコチラ。 この日の彼は、砂場でしきりに砂を掘っているのでありました。 砂を掘ってどうするのかと観察していましたが、それでどうするということもなく、ある程度掘ると別の場所に移って新しく掘り始める。掘ること自体が目的のようです。まあ、砂場で砂遊びをする子どもも似たようなものかもしれません。 ここ掘れワンワンは花咲か爺さんだが、ここ掘れニャーニャーと言っても反応しないボンクラ・ヤカモチに業を煮やして、こういう風に掘るのだと教えてくれているのかもしれない。(同上) しかし、一向に反応しないヤカモチ。 さすがのアオメも「こりゃアカン。アホ臭いことやめとこ。」とあきらめたようで、砂場から立ち去って行きました。(同上) 水走公園を立ち去ろうとするヤカモチに「気ぃつけて帰りなはれ。」と見送るアオメであります。 その時、気づいたのは新顔のこの猫。(水走公園の新顔猫♂♀不明) 耳を見ると、カットされていないから、まだ保護されていない野良猫なのか何処かの家の飼い猫が散歩に出て来たのかは不明。 何やらどっしりと構えていて、ちょっと風格のある猫でありました。 次は、恩智川べりのネコたちです。 以下は、今年11月12日の写真です。(恩智左膳♂) この猫は、右前足が付け根から欠損している三本足のネコである。 丹下左膳と恩智左近とに掛けて「恩智左膳」と命名することに。 こういうハンディを持ったネコは、人が与えてくれる餌でもなければ生きては行けないのかも。 ヤカモチは餌を与えない主義であるが、こういうネコを見ると気持ちが揺らぐ。この日は一人の男性がキャットフードを彼らに与えて居られましたが、恩智川辺では生き抜くための餌は与えられる環境にあるようです。(段衛門♀) 河川敷に捨てられた段ボール箱がお気に入りなのか、そこから動こうとしない。ということで、段衛門と命名。 メスなのに段衛門はおかしいだろうと思われるかもしれませんが、段衛門ではなく段・衛門なのである。 女流歌人・赤染衛門の向こうを張って、段衛門なのである。やすらはで 寝なましものを 段ボール ひしゃげかたぶき い寝がてにする (段衛門)(本歌)やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな (赤染衛門 後拾遺集680 小倉百人一首59)(おはぐろ♀) こちらは、何やら上品な感じ。 お歯黒という意味の「おはぐろ」ではなく「尾は黒」という意味の「おはぐろ」である。尾は、旧仮名遣いでは「を」であるから、正確には「をはぐろ」とすべきであるが「お歯黒」も捨てがたいとて「おはぐろ」といたしました。 面白くない? そりゃそうでしょう。 尾は黒いのですから、尾も白い筈がありません。 以上、墓参とは何の関係もない「ネコ歩き」記事となりました。<参考>過去の猫関連記事はコチラ。 過去の墓参関連過去記事はコチラ。
2021.12.03
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今日は、岬麻呂旅便りの記事です。 今回は、11月24日~27日、3泊4日の石垣島、波照間島、西表島、竹富島をめぐるご夫婦旅とのこと。(旅・岬巡り報告282・八重山列島島巡り&同写真説明)(同上・補足写真) では、例によって、上掲の「旅・岬巡り報告282」に従い、メールで送っていただいた写真を、旅程に添ってご紹介申し上げます。 その前に、ヤカモチの頭の整理のためもあり、こちら方面の地理に詳しくないお方の便宜のためにも、関連する島の位置関係を地図で示して置きます。(参考地図)11月24日関西空港→新石垣空港→観音埼灯台→唐人墓→御神埼灯台→川平湾→平久保崎灯台→玉取崎灯台→南の美ら花ホテルミヤヒラ(3連泊)(石垣島・川平湾) 川平湾の写真は何度も掲載しているので、ヤカモチにも馴染みの景色となっていて、何やら訪問済みの場所のような気になっています(笑)。 川平湾は、「石垣島を代表する景勝地、島を訪れる人は必ず行く」とのことですから、こちら方面の旅にあっては、この写真は外せないということであるのでしょう。 遠く襞なす青山、緑の島影重なりて、内海の面は淡き色して波静か、黄色の帯した船がいくつかたゆたい、薄曇りの空の切れ間からの日差しを待っています。(同上) 平久保崎は石垣島最北端。サンゴ礁の海がその深さと光の加減で違った色を見せてくれる。(石垣島・平久保崎 サンゴ礁の海)11月25日石垣島→波照間島(島特産泡盛「泡波」ゲット→ニシ浜→日本最南端の碑→波照間灯台→波照間空港(現在閉鎖中)→コート盛→集落内散策)→石垣島 波照間島特産の泡盛「泡波」ゲットがこの日の記事の最初となっていますが、下戸のヤカモチには「非吾事」であります。われはもや 泡波得たり 皆人の 得がてにすとふ 泡波得たり (岬呑足)(本歌)われはもや 安見児得たり 皆人の 得がてにすとふ 安見児得たり (藤原鎌足 万葉集巻2-95) 写真の方は、マンホールの写真がこの日の最初。(波照間のマンホール) 「日本最南端・南十字星が輝く島」という文字に南十字星と天文台の図柄をあしらったマンホールです。 次は、ニシ浜からの写真。 先島諸島では北を「ニシ」と言うらしいから、普通の日本語で言えば「北浜」ということになる。(波照間島・背後に見える島影は西表島) 波照間(ハテルマ)の語源は「果てのウルマ(サンゴ礁)」とのこと。 その果ての島の最南端が高那崎。 隆起したサンゴ礁の断崖を黒潮が洗う、果ての果ての高那崎である。(同上・島最南端の高那崎の海) 奥に小さく見えているのが、マンホールの図柄にもあった天文台、波照間星空観測センターなんだろう。 日本最南端の地にある天文台であるから、日本最南端の天文台ということになる。 灯台のようにも見えるが、波照間灯台は、島の中央部の一番標高の高い場所に設置されている。(同上・波照間灯台) サトウキビ畑に囲まれた場所に波照間灯台。 ざわわ、ざわわ、ただ風が通り抜けて行くだけであります。(同上・島最古の民家) 波照間島は、東西に細長い楕円形の島であるが、集落は島の中央部にあるとのこと。 この日の記事冒頭で、島特産の泡盛「泡波」ゲットのことに触れましたが、上掲の写真説明の7番でその経緯を詳しく記述されています。 また、集落散策では、大阪の難波近くに40年以上も住み、20年位前にこちらに戻って来られたというご婦人に出会うなどの面白い出会いもあったようですが、泡波ゲットについて「旅の最大目的を果たす」と述べて居られるから、今日の記事のサブタイトルは「泡波ゲット」とすべきなのかもしれません(笑)。(同上・コート盛) コート盛などという耳慣れない言葉からは、いかなるものも思い浮かばず、「?」でありましたが、「火番盛・のろし台」と注釈いただいていますから、「烽火(とぶひ)」のことですな。 大和の春日大社の飛火野は今頃は鹿寄せの時期であるが、古代には此処にも「烽火」が置かれたことから「とびひの(飛火野)」と呼ばれるようになったという話なども思い出されました。 そして再び西ならぬ北のニシ浜である。 南の果ての波照間島の北の浜なるニシ浜の西寄りの北側に北へと向かう船が出る港があるのでしょう。 さて、東はどっち?(笑)。あっちです。(同上・ニシ浜)11月26日石垣島→西表島・大原港→白浜小中学校→浦内川観光船→南風見田の浜→石垣島 この日は高速船で西表島の大原港へ。そこで車を借りてドライブ。 生憎の雨だったようで、「いつも行く’イダの浜’までの連絡船に間に合ったが雨なので乗らず」、島の北にある浦内川へと向かわれます。(西表島・白浜小中学校) 西表島の海岸外周道路は、島の海岸線の4分の3程度をカバーしているだけ。北西端の白浜小中学校の校門の前で、突然という感じでぶっきらぼうに終点となる。 ヤカモチなら、校門の少し手前に「もう無いねん。」と大書した看板を出して置いて、その先のセンターライン白線は消してしまうところだが、此処では、校門前ぎりぎりまで白線が引かれていて、停止線もあるようには見えない。岬麻呂氏も「極めて珍しい風景」と評されているが、珍景を狙った「遊び心」か。それならついでにUターン禁止の標識を添えるともっと面白い。(同上・トックリキワタ) トックリキワタ、南米原産で、木の幹が徳利に似ているところからこういう名になったそうだが、実が成熟すると綿状の繊維が出て来るとか。 そのような植物としては、フウセントウワタ(風船唐綿)とかヤナギトウワタ(柳唐綿)などが思い浮かぶが、トックリキワタはまだ実物を見たことがない。(同上・浦内川) 浦内川は西表島で一番長い川にて、沖縄県でも一番長い川とのこと。(同上・星砂の浜)11月27日石垣島→竹富島・水牛車観光→石垣島→ゆらてぃく市場→川平湾→新石垣島空港→関西空港 最終日は、竹富島水牛車観光。(竹富島・サンゴの石垣とブーゲンビリア) この日も雨であったようで、白砂の道が濡れて黄色っぽくなっている。水たまりも見える。しかし、雨に濡れたブーゲンビリアの花の赤い色が深くなって美しく見えたのではないでしょうか。(海上保安庁巡視船「あさづき」) そして、最後は何故か海上保安庁巡視船「あさづき」の写真。 行き掛けの駄賃ならぬ帰り掛けの駄賃と撮影されたのでしょうか。(同上・石垣島バンナ展望台から望遠撮影) こちらは、バンナ展望台から港を望遠撮影された写真とのことだが、尖閣諸島の警備強化のため新造されたという、ヘリコプター搭載艦の「あさづき」。 奥に見えるのが最新艦の「あさづき」、手前赤いポールの先に見える従来型の艦と比較しても、かなり大型化しているのがよくわかる。 放水銃、機関砲搭載で、全長150m、幅17mと最大級の巡視船である。 以上、岬麻呂氏の旅便りのご紹介でありました。 今回もご覧くださり、ありがとうございました。<参考>過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。<注>波照間灯台の写真までフォト蔵写真とリンクを貼ったところで、フォト蔵がメンテナンス作業に突入したようで、フォト蔵へのアクセスができなくなり、リンクを貼れなくなりました。本日(2日)17時30分~19時までメンテナンスのようでありますので、リンク一部不備のまま、とりあえず記事アップします。メンテナンス終了次第リンクを貼ります。<追記・注>フォト蔵のメンテナンスが終了しましたので、フォト蔵画像とのリンク未設定の写真についてのリンクを貼り終えました。<追記・注2>上掲・参考地図の伊良部島を池間島と誤表示していましたので、これを修正した写真に貼り換えました。
2021.12.02
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今日から師走。 梅田スカイビルでの囲碁例会は毎月第1、第2水曜日に開催される。 ということで、今日はその囲碁例会の日であり、梅田までマイCB(クロスバイク)で銀輪散歩を兼ねて走ってまいりました。 途中、大阪城公園を通り抜けるのが普通のコース取りとなるが、今回もその普通のコース。(大阪城公園の銀杏) 銀杏が美しく黄葉していました。 風が吹くと、金色に光りつつ、ハラハラと葉が舞い散る。 日が照ると、銀杏の木々の葉だけでなく、道路脇に降り積んだ銀杏の落葉も、命あるもののごとく明るく美しく輝く。 梅田スカイビル到着が12時15分。 いつものカフェ・レストランでランチ&珈琲。 昼食後、タバコを一服とスカイビルの中庭(ワンダースクエア)へ。 以前は、このレストランでも喫煙席があったのだが、今は全席禁煙になってしまっているので、食後の一服は、店を出て、中庭の一角に設けられている喫煙コーナーまで行かなければならない。 その喫煙コーナーは、お昼休みの時間帯とあって、スカイビルで働くオフィスワーカーの皆さんで結構混み合っている。 そこで、たまたま、会社時代の先輩、板〇氏と出会い、タバコ片手にしばし雑談。 スカイビル中庭のワンダースクエアではこの時期ドイツ・クリスマス・マーケットが催されるのであるが、コロナの所為で、去年に続き今年もその催しは中止のようで、クリスマス・ツリーだけが飾られている。 (クリスマス・ツリー)(同上・喫煙コーナーはX’masツリーの裏側奥にある。) 5階の会場の部屋に行くと、既に福麻呂氏と村〇氏が来られていて、対局を始めようとされていました。 しばらくこれを観戦。 対局が終盤になった頃に平〇氏が来場。 彼とヤカモチが対戦してしまうと、福麻呂・村〇氏がもう一度対戦ということにならざるをえないので、両氏の対局終了まで、平〇氏とヤカモチは観戦することに。 今日の出席者は結局この4名だけであったので、メンバーチェンジしながら、各1回ずつ対戦することに。 ヤカモチは、福麻呂氏と村〇氏に勝ち、平〇氏には負けで2勝1敗。 これで、今年の通算成績は7勝8敗(5回参加)。 今年は8日にもう一度例会があり、それでお終いとなるので、次回の例会では少なくとも一つは勝ち越して、年間での負け越しとならないように頑張らなくてはなりません(笑)。 と言いつつも、勝敗にそれほどこだわっている訳ではなく、勝っても負けても碁は楽しいものであるから、年間成績がどうであってもいいというのが本当のところではある、と既に負け越しに備えての予防線を張って居ります(笑)。<参考>囲碁関連過去記事は下記です。 囲碁関係(2008.5.7~2019.6.5.) 囲碁関係(2019.7月以降~)
2021.12.01
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