7月15~16日と淡路島北部と明石を走って来ました。明石に「海の散歩道」という自転車・歩行者専用道があると知っての銀輪万葉行である。ついでに淡路島に渡り、島の北部も少し走ってみようとの計画。
(淡路島の道)
(ソテツの雄花)

(淡路島の海)
(岩屋神社)

岩屋神社の境内で見慣れた名前にお目にかかりました。そうでした。渡哲也(本名渡瀬道彦)、渡瀬恒彦兄弟は、ここ淡路市の出身でした。
(岩楠神社)
(イヌビワ)
道端の小さな神社に入って行くと奥に岩室というか岩穴のある巨岩がありました。入口の鳥居には岩楠神社とありましたが、奥の巨岩の前の鳥居には岩樟神社とありました。隣の民家の塀越しにイヌビワの枝が伸びていて実をつけていました。万葉の「知智
(ちち)
」はこのイヌビワのこととされている。
ちちの実の 父の命
ははそ葉の 母の命
おほろかに こころつくして・・・ (大伴家持 巻19-4164)
(注)「ちち」は、イチョウ、イチジクという説もある。
(岩屋漁港)
(絵島)
(絵島歌碑)
千鳥なく 絵島の浦に すむ月を
波にうつして 見るこよいかな (西行 「山家集」)
「平家物語」の「月見の巻」に「福原の新都に移った人々が海峡を渡り、絵島の月を愛でながら歌会を催した」という記述があるそうな。
絵島と向かい合うようにしてあるのが大和島。島の頂上に群生しているのは
イブキ
で、天然記念物に指定されているとのこと。
(大和島)
(大和島歌碑)
絵島が西行の歌碑なら、大和島は柿本人麻呂の歌碑である。
天ざかる
夷
の
長道
ゆ 恋ひ来れば
明石の
門
より 大和島見ゆ (柿本人麻呂 巻3-255)
(天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見)
「大和島」というのは生駒、葛城、金剛などの大和の山々と解するのが普通の筈。このような小さな島は、明石からは淡路島本体に溶け込んでよくは見えないだろうに。
瀬戸内海の島々のことだという説もあるようだが、これなら未だ理解できるが・・はてさて。
(ツワブキ)
(道の駅あわじ)
(明石大橋)


(松帆浦)
(江崎灯台)
(夢舞台公園入口)

(夢舞台)
(ウェスティンホテル淡路)
(夜の海岸・本州側の灯)
(岩屋港)
(タコフェリー・あさしお丸)

(明石大橋をくぐる)
(淡路島)
字数制限にかかり、文章カット。今回はこれにて、ご免。
(つづく。明石・海の散歩道は次回に。)
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