偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

2009.11.24
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カテゴリ: 銀輪万葉

 本日は、明日香を銀輪散歩。
この週末に若草読書会の仲間と明日香一泊旅行をする。希望者はレンタルサイクルでサイクリングするので、その下見である。
 例によって、折りたたみ自転車トレンクル持参である。
 飛鳥駅から見て東側は皆よく行くが西側は余り行くこともないので、今回は草壁皇子の墓かと言われている束明神古墳、草壁皇子(岡宮天皇)陵、斉明天皇陵などを回り、鑵子塚古墳や牽牛子塚古墳などをついでに回ってみるという計画だが、果たして参加メンバー諸氏が自転車で回れるコースであるや否やをチェックするのが今日の目的。
 朝11時飛鳥駅前出発。高取川沿いを南へ。途中で近鉄吉野線を渡り、最初の分かれ道で右に入る。少し登り坂。「この辺りからは自転車を押して歩いて貰うことになるかなあ」
など考えながら行く。トレンクルのペダルをこぐ足にも知らず力が入る。
038高取川.JPG
(高取川)

 高取川は万葉の檜隈川である。西側には真弓、佐田、越智など万葉の丘が広がっている。これらの丘を挟んでその西を流れる曽我川と平行して北上しJR桜井線を越えた辺りで合流する。

檜隈 ( ひのくま )   檜隈川 ( ひのくまがは ) の 瀬を速み

君が手取らば 言寄せむかも (万葉集巻7-1109)

(檜隈川の瀬が速いので、あなたの手を取ったなら噂されるでしょうか。)

001春日神社.JPG
(春日神社)
004春日神社.JPG
 春日神社の境内脇に束明神古墳がある。
006束明神古墳.JPG
(束明神古墳)

 この古墳は昭和59年の発掘調査で、7世紀後半から末頃の築造とされ、被葬者は、歯の鑑定から性別は不明だが、青年期から壮年期の人物と推定されている。終末期古墳としては大規模である等から草壁皇子の墓ではないかと言われている。
 草壁皇子は天武天皇と鵜野讃良皇女(持統天皇)のとの間の子。阿閉皇女(元明天皇)を妻とし、その間に生まれた軽皇子が文武天皇、氷高皇女が元正天皇、吉備皇女が長屋王妃となっている。皇太子となるが28歳で夭逝する。心やさしい青年で、異母兄弟の大津皇子を謀反の罪で母の持統が死に追いやったことを思い悩んだことも死を早めた一因、と考える説もある。後に岡宮天皇と追尊されているが、志貴皇子の春日宮天皇追尊の先例となったのではないだろうか。
 束明神古墳への登り口に柿ともみぢがいい風情。
007束明神古墳入口.JPG008柿.JPG
(春日神社・束明神への入口)
009紅葉.JPG

 束明神古墳から約100m下った処に草壁皇子の墓(岡宮天皇陵)がある。隣に小さな村の神社があり、境内に入ると、「ここだも騒ぐ鳥の声かも」である。
015草壁皇子陵.JPG
(岡宮天皇真弓丘陵)
012草壁皇子陵.JPG
013草壁皇子陵からの眺め.JPG
(岡宮天皇陵から吉野方面を眺める。)

 草壁皇子陵から坂を下って突き当りを右に、斉明天皇陵を目指す。
016草壁皇子陵付近から西方を望む.JPG
(岡宮天皇陵付近から金剛・葛城山を望む。)

 曽我川に注ぐ小川、吉備川に沿って西に走る。曽我川に合流する辺りで道は北にカーブし、曽我川沿いに北上するが、車を避けて旧道を行く。2.5km位で斉明天皇陵の標識のある辻に着く。辻から200m程右に入ると斉明天皇陵の入口である。角の家からご老人が出て来られた。「この上が御陵ですね。」と声を掛けると、肯きながら「270段あるよ。」と目の前の階段の数を教えて下さった。せっせと登る。
 やっと着いたかと思ったら、それは大田皇女の墓であった。昔一回来た筈なのだが、大田皇女の墓がここにあることは記憶から消えていたので、何やら嬉しい発見。彼女は天智天皇の娘。持統天皇の姉。大海人皇子との間に大津皇子、大伯皇女を産むが早くに病死。
018大田皇女墓.JPG
(大田皇女墓)

 もみぢが美しい。足元にも散り敷いた葉が。更に登ると斉明天皇陵に到着。いかにも女性の天皇の御陵という感じだ。
025もみぢ.JPG
(もみぢ踏みつつ誰とてもなき道を・・)
026斉明陵から大田皇女墓を望む.JPG023斉明天皇陵.JPG
(もみつ葉の照れる下道わが行けば・・)
022斉明天皇陵.JPG
(斉明天皇陵)

 斉明天皇こと、宝皇女は舒明天皇の皇后となり、中大兄皇子、大海人皇子、間人皇女を産むが、子供達が小さいうちに舒明天皇が崩御し、天皇位に即く(皇極天皇)。大化改新、入鹿暗殺の時の天皇である。改新後弟の軽皇子が即位し孝徳天皇となるが孝徳亡き後、重祚して斉明天皇となる。百済救援のための援兵を送るべく自らも乗船して瀬戸内海を西航、筑紫の朝倉で崩御するという、女傑天皇である。有名な「熟田津に船乗せむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな(巻1-8)」の歌は、斉明天皇に代って額田王が詠んだ歌とされている。
 娘の間人皇女(孝徳の皇后)、建王
たけるのみこ 、天智の子、8歳で死亡。) も合葬されている。孫の建王をとても可愛がっていたと見られ、日本書紀斉明4年5月条に建王の死を悲傷んだ彼女の歌が出ている。

今城 ( いまき ) なる  小丘 ( をむれ ) ( うへ ) に 雲だにも
( しる ) くし立たば 何か嘆かむ (紀116)

(今木の小丘の上に、せめて雲だけでも、はっきり立つなら、何を嘆くことがあろう。)

射ゆ 鹿猪 ( しし ) を  ( つな ) 川上 ( かはへ ) の 若草の
          若くありきと 
( ) ( ) はなくに (紀117)

(射られた鹿猪のあとをつけて行くと行きあたる川辺の若草のように若く<幼少で>あったとは、私は思わないのに。)

飛鳥川  ( みなぎ ) らひつつ 行く水の
( あひだ ) も無くも 思ほゆるかも (紀118)

(飛鳥川を水しぶき立てて流れる水の絶え間のないように、<建王のことが>絶え間なく思い出されることだ。)
028もみぢ.JPG

 後はオマケ。越智バス停前で左折し農免道路を東に。古墳が目に入り近寄ると。
030カンジョ古墳.JPG034与楽鑵子塚古墳.JPG
(カンジョ古墳)       (与楽鑵子塚古墳)

 ここで貝吹山城址という標識に誘われて登って行くと、これが何とも結構な距離の上、ケモノ道まがいの細い急登。登り切ったら、一人の男性の先客。この方、西宮ご在住にて、碁がアマチュア6段とのこと、驚かされました。まあ、自転車を持って登って来た小生も彼を驚かせたようだが(笑)。
031貝吹山城址への道(前).JPG032貝吹山城址.JPG
(貝吹山頂への道)      (貝吹山城址碑)

 牽牛子塚古墳などは紹介済みなので省略。飛鳥駅前に戻って来ると午後2時17分。途中、斉明陵でのお弁当タイムで15分、貝吹山での45分程のロスをを差し引くと2時間余の行程になる。これを当日は3時間位の予定で回れば、午後1時出発でも4時には飛鳥駅前に帰って来れる計算に。
037飛鳥駅.JPG
(飛鳥駅)






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最終更新日  2016.05.06 18:15:14
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