先日、友人の岬麻呂氏から旅の便りとEメール写真が届いた。
過日のメールでは、能登を旅行すること、雨晴海岸や高岡市万葉歴史館などにも立ち寄るかも知れない、というようなことであったので、実の処、如何なる旅便りが来るのか、ひそかに楽しみにしていたのだが、雨晴海岸からの立山連峰は雲に遮られて見られず、万葉歴史館は休館日で入場できず・・と残念な報告でありました。
まあ、立山連峰はお天気の所為ですから、これは致し方ないとして、万葉歴史館については休館日などを調べずに行くという辺りはヤカモチ風、さすが小生の友人だけのことはある、と思ったものでありました(笑)。もっとも、岬麻呂氏にとっては、万葉歴史館は小生向けのついでの立ち寄り先にてメインのものではなかったのであれば、さもありなむ、であります。
小生のような銀輪散歩ではなく、レンタカーでの移動でありますから、行動範囲は頗る広範囲。能登半島の先っぽから内陸は県境を越えて白川郷までというものであったようです。同じ「先っぽ」でも、小生は大阪中之島の東西の先っぽですから、これは勝負になりません。
で、折角ご送付戴いた写真なので、ここでそれをご紹介することと致します。
(高岡市万葉歴史館)
高岡市万葉歴史館は何回か訪問しているが、小生もこの処はご無沙汰である。調べてみると2007年10月以来だから、7年半以上もご無沙汰していることになる。当ブログにも写真では登場していないようなので、図らずも岬麻呂氏の写真にて初登場ということになる。
<参考> 高岡市万葉歴史館
万葉歴史館の前庭にあるのが大伴家持の「二上山之賦」の歌碑。小生が諳んじているいくつかの万葉長歌の一つで、好きな歌の一つでもある。
二上山之賦
射
水
川 い行き
廻
れる 玉くしげ
二上
山は 春花の さける盛に
秋の葉の にほへる時に 出で立ちて ふりさけ見れば
神
からや
そこば
貴
き 山からや 見がほしからむ
皇神
の
裾廻
の山の
渋渓
の 崎の
荒磯
に 朝なぎに 寄する白波 夕なぎに 満ち来る
潮の いや増しに 絶ゆること無く
古
ゆ 今の
現
に
斯
くしこそ
見る人ごとに 懸けて
偲
はめ
(万葉集巻17-3985)
大伴家持は天平18年(746年)6月21日に越中国守になり、天平勝宝3年(751年)7月17日少納言に昇進、同8月5日京へと旅立つまでの5年余を越中で過ごしている。お隣の越前では半年ごとに国守が代わっているのであるから、家持は国守としても有能でよくその職分を果たしたのであったのだろう。
岬麻呂氏は雨晴海岸から立山連峰の雄姿を眺める、というのが旅の目的の一つでもあったようですが、「雲だにも心あらなむ隠さふべしや」で、立山は雲の中。見ること叶わねば、駅前の看板絵の撮影で「懸けて偲はめ」ということであったようです。
雨晴海岸は雨でも晴でもなく「曇り海岸」であったのでしょうか。
雨晴海岸の方は小生、去年6月に訪ねていますな。
<参考> 高岡銀輪散歩(その6)
そして、白川郷の写真も。今回の旅の写真は上のものだと思うが、秋と冬の写真も添えられてありました。以前の旅のものでしょう。冬の白川郷も是非訪ねて下さい、とありましたが、銀輪家持には白銀の白川郷はちと厳しいですかな。
調べてみたら、白川郷を銀輪散歩したのは2009年10月のことでありました。ブログに掲載するタイミングを逸して、未掲載となっていますので、その折の写真なども、岬麻呂さんに便乗して二三掲載して置きます。
兵庫県宝塚市からという自転車旅行の女性二人組に出会ったことを覚えている。
さて、以下はヤカモチ撮影の写真。携帯電話での撮影ですが。
岬麻呂旅便り347・南東北 山の紅葉 2025.11.06 コメント(4)
岬麻呂旅便り346・北東北 山の紅葉 2025.10.16 コメント(6)
岬麻呂旅便り345・大雪山系の紅葉 2025.10.12 コメント(7)
PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
New!
龍の森さん
New!
MoMo太郎009さん
New!
☆もも☆どんぶらこ☆さん
New!
ビッグジョン7777さん
七詩さん