< 承前 >
醍醐寺西大門まで戻り、駐輪してあったトレンクルに乗車。北へ。
旧奈良街道の一つ山側の道を北上していることになる。
奈良街道は追分で終点。そこで西
(左) からの東海道に繋がり、東
(右) に行くと逢坂の関を越える、所謂大関越えで近江の国へと至るのであるが、今日はそのような大遠征をする心算はない。
醍醐寺を出て二つ目の辻の先、右手にあるのが朱雀天皇陵。
朱雀天皇 (諱は 寛明
) は第61代天皇 (在位930年~946年) 。醍醐天皇の第11皇子。
遠近
の 風とぞ今は なりなまし かひなきものは 我が身なりけり
(同上)<参考> 朱雀天皇
・Wikipedia
朱雀天皇の父親である醍醐天皇の御陵は更に300mほど北に行った処にある。御陵の前のバス停の名も「醍醐天皇陵」である。
醍醐天皇 (在位897年~930年) は第60代天皇。第59代宇多天皇の第一皇子。父親の宇多天皇が親王から臣籍降下して源 定省
と名乗っていた頃に生まれたのが源 維城 。光孝天皇が後継者を指名しないまま重態に陥ったため、藤原基経らの策動により、源定省は皇族に復帰し皇太子となる。光孝崩御後に即位して天皇となる。これに伴い、その子の源維城も 敦仁 に改名し、皇族に列せられることとなり、宇多天皇即位により皇太子となる。やがて宇多から譲位を受け醍醐天皇となるという、まあ、ちょっと変った経歴をたどる天皇である。
(同上)<参考> 醍醐天皇
・Wikipedia
はかなくも 明けにけるかな 朝露の
おきてののちぞ 消えまさりける
(醍醐天皇 新古今集巻12-1171)
醍醐天皇陵で予定の目的地は全てクリア。帰途に。
JR奈良線の六地蔵駅まで戻るが、JR奈良線で奈良駅まで行ったのでは近鉄線への連絡が不便となる。ならばと、近鉄京都線の桃山御陵前駅まで走ることとする。
桃山御陵前駅到着。そこでトレンクルをたたみ、急行で西大寺へ。西大寺で近鉄奈良線に乗り換え、石切駅下車。石切駅から再びトレンクルで自宅まで走る。
途中立ち寄った東石切公園では桐の大木が沢山の実を付けていました。公園から西の空を見やるとかすかに赤くなり始めている。それではと、枚岡梅林に回り、高みの道を辿って自宅へ。夕焼の写真を今回の記事の締め括りに使おうという魂胆もあっての遠回り作戦でありました(笑)。
これにて、「友人とランチのち銀輪散歩」の巻、全3巻完結であります。ご覧下さり有難うございました。<完>
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