( 承前 )
宇治神社を出て、仏徳山へと向かう。この道は「さわらびの道」と名付けられている。源氏物語・宇治十帖の「早蕨」に因む名前であろう。
<参考> 宇治十帖
・Wikipedia
橋姫
・ 椎本
・ 総角
・ 早蕨
・ 宿木
・ 東屋
・ 浮舟
・ 蜻蛉
・ 手習
・ 夢浮橋
宇治神社を出て、さわらびの道を右へ、ゆったりとした坂道を行くと宇治上神社である。両神社はほぼ隣接している、本来は一体のものであったのだろう。
<参考> 宇治上神社
・Wikipedia
宇治上神社の本殿は平安後期の築造にて、現存する神社建築としては最古のものであるが、現在は改修工事中にて仮囲いシートに覆われて見えない。
本殿内には、左殿・中殿・右殿の三つの内殿があり、左殿は菟道稚郎子、中殿は応神天皇、右殿は仁徳天皇を祀る。
宇治上神社を出て少し坂を上ると仏徳山への登山口がある。そこに与謝野晶子の歌碑がありました。宇治十帖に因む歌である。
橋姫
しめやかに心の濡れぬ川ぎりの 立舞ふ家はあはれなるかな
椎が本
朝の月涙の如し真白けれ 御寺のかねの水わたる時
総角
こころをば火の思ひもて焼かましと 願ひき身をば煙にぞする
さわらび
さわらびの歌を法師す君に似ず 良き言葉をば知らぬめでたさ
宿り木
あふけなく大御女を いにしへの人に似よとも思ひけるかな
九十九折りの道を枯れ落ち葉踏みつつ行くと山頂の少し手前に展望台があり、その脇に万葉歌碑がありました。
妹らがり 今木の嶺に 茂り立つ
嬬
松の木は
古人
見けむ
(万葉集巻9-1795)
<いとしい妻のもとに今来るという、その今来ならぬ、今木の嶺に枝葉茂らせて立っている松の木、夫の訪れを待つ、そのマツではないが、この松の木を昔の人も見たのだろう。>
この歌の題詞には「宇治若郎子宮所歌1首」とあるから、古人とは菟道稚郎子のことを指している。
展望台からの眺めを暫し楽しんだ後、山道を下り、さわらびの道から宇治川右岸の道に出て宇治橋から、京阪電車・宇治駅の直ぐ近くにある宇治彼方神社を訪ねる
此処は、今月1日に大阪府富田林市の彼方小学校の万葉歌碑を訪ねた時に「機会があれば訪ねてみよう。」と思っていたもの。早くもその機会がやって来たという次第。「彼方」というのは普通名詞と考えるのが普通だが、地名にも「彼方」があることから、その歌碑の歌に出て来る「彼方」が宇治彼方神社のある一帯の地のことという説があったからである。
京阪宇治駅の北西に菟道稚郎子陵があるので、訪ねる。以前にも何度か訪ねているが、ブログには未登場なので、立ち寄ることにする。
菟道稚郎子は応神天皇の子。応神は菟道稚郎子を皇太子にしていたが、応神天皇死後、異母兄の大山守に命を狙われたりする。これに嫌気がさしたか、自分は天皇の器ではないと異母兄の大鷦鷯に皇位を譲るために自殺してしまうという人物。
もう一つの万葉歌碑を訪ねて、宇治市役所の南方向にある下居神社に向かう。
薄暗い境内に、額田王の歌の歌碑。
秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の京の 仮廬し思ほゆ
(額田王 万葉集巻1-7)
<秋の野のカヤを刈って屋根に葺いて宿った、宇治の宮処の仮廬のことが思い出されることだ。>
下居神社を出て、JR宇治駅へ。
宇治駅前到着。トレンクルをたたみ、バッグに入れて電車にて帰途に。これにて瀬田川・宇治川銀輪散歩終了です。<完>
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