(承前) <1月10日(3)>
再び県道137号に戻り川を左に見て更に上流へと走る。坂道が更にきつくなった処で神社が目に入ったので、境内で小休止。大歳神社とある。
大歳神というのは素戔鳴尊と大市比売(大山津見の娘)との間の子であることを知る。ナナ万葉の会で牛頭天王とスサノオとの習合や祟り神の話をしていた時に、兵庫県三田市の方から来られたご婦人であったかと思うが、ご自宅近くの大歳神社にも似たような話があると仰っていたが、スサノオの息子が大歳神なら納得の行く話である。
ダムへの坂道は蜿蜒と続く。勾配が急な処もあって、漕ぐのを諦めて押して歩くという、自転車族としては情けない場面もありましたが、漸くにしてダムが見えて来ました。
しかし、ダムへはご覧のような坂道をもう暫くは上らねばならない。
そしてダム湖に到着。思ったほどに広くはないのは水が少なくなっているのだろうか。博多からやって来たというマイカーの若い男性と少し言葉を交わす。子供の頃太宰府に住んでいたとのこと。
ダム脇の展望広場には大伴百代の歌碑がありました。
梅の花 散らくはいづく しかすがに
この城の山に 雪は降りつつ (大伴百代 万葉集巻5-823)
この歌は、天平2年(730年)正月13日に大伴旅人の屋敷にて観梅の宴を催して出席者が夫々に詠んだ歌の中の1首である。主人である大伴旅人が「 わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
」と詠ったのを承けて、「梅の花が散っているとは何処のことだろう。この城の山(大野山)には雪が降り続いています。」と詠ったもの。
ここ山神ダムから眺める風景は、梅の花は未だ咲かず、雪も降った様子はない。
梅の花 雪はいづくや 山神の 里はうらうら 春日に照れど (偐家持)
山神ダムから来た道を引き返す。一気の下り。爽快な下りは往路の苦労へのご褒美であります。次は天拝山の北東麓にある天拝山歴史自然公園。ここに「椿の山万葉自然植物園」なるものがあると地図に出ていたので、立ち寄ってみることにしました。九州自動車道の筑紫野ICを越えて県道31号を行く。
(天拝山、県道31号から) 天拝山・Wikipedia
山というのはどれがどれとも定め難く、地理感の無い旅行者には特にそうなのであるが、多分これだろう、これにして置こうと撮影した写真が上である(笑)。
さて、天拝山歴史自然公園の万葉植物園は「名ばかり」にて、見るべきものは何もなし。多くの万葉植物園と同様に、設置後の維持管理がなおざりになっているのである。
公園の中央にあったのは藤原虎麿の像。この人物のことはよくは知らないが、御前湯の説明文で二日市温泉を開いた人物とあったのを読んだばかりなので、「ああ、トラさんか。」と一応のご挨拶を。
このトラさんは、藤原鎌足の子孫とも初代大宰の帥・蘇我日向と同一人物ではないかとも言われているそうだが、蘇我日向なら蘇我倉山田石川麻呂の謀反を讒言した人物として小生も記憶する人物ではある。
天拝山は菅原道真が山頂で天を拝して己の無実を訴え、祈った山、ということで、道真さん所縁の歌碑や詩碑があって、万葉よりも天神さんワールドでありますな。
字数制限です。本日はここまで。( つづく )
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