( 承前 )
岡山銀輪散歩の記事は昨日で完結しましたが、下津井電鉄廃線跡自転車道の銀輪散歩で立ち寄った味野公園での写真がいくつか未掲載となっていますので、余録としてこれを掲載して置きます。
味野公園というのは、瀬戸大橋が架橋された際の記念事業の一環として整備された公園で、当初の名は「橋の公園」だったそうな。その名の通り、葛飾北斎の「 諸国名橋奇覧
」に登場する橋など日本の昔の橋をテーマにした公園。JR児島駅の北西500m位の処にある。
古い写真などを見ると、橋の下が水路となっていて水がたたえられていたようだが、管理が大変ということでもあったのでしょうか、今は水は無く、白い砂利石を敷いて川の感じを演出している。
今回の銀輪散歩で偶々立ち寄り、此処をお弁当の場所としたのでありましたが、昼食後の休憩にと暫しその「昔の橋」なるもので遊ばせていただいたという次第。と言っても写真に撮るなどしただけに過ぎませんが、北斎の「諸国名橋奇覧」の浮世絵と並べてみれば、それなりに楽しんでいただけるのでは、と思いまして候(笑)。
先ずは、ゑちぜん福井の橋。
橋の半分が石橋で他の半分が木橋という奇妙な橋。
次は、北斎とは無関係ですが、吉野の野猿。
橋と言うより手動式ロープウェイですかな。
(吉野の野猿、奥に見えているのが丸木橋)
(参考) 野猿・十津川村観光協会
そして、飛越の堺つりはし。
この橋は渡ってみましたが、北斎の絵にあるような大きな撓み方はせず、揺れも左程ではなかったのは、短いからでしょうな。
次は、足利行道山くものかけはし。
そして、これは万葉集にも関連する佐野の船橋。
説明碑には万葉集の歌が記されていましたので、「銀輪万葉」の面目が立つ「橋」でもある(笑)。
この説明碑、橋の説明に万葉歌を引用したに過ぎないから、これを万葉歌碑と言うのは些か無理筋であるが、当記事のカテゴリが「銀輪万葉」である以上、万葉歌碑に準じたものとして遇することと致しましょう。
佐野の船橋と言えば、高崎を銀輪散歩したことなども思い出されたのでありましたが、調べてみるとそれはもう8年も前のことになるのでした。
(参考) 上野国銀輪万葉(5)
2009.4.15.
上野 佐野の 船橋 取り放し親は 離 くれど 我 は 離 るがへ (万葉集巻 14-3420 )
(上野の佐野の船橋を取り外すように、親は仲を裂くけれど、私たちは離れるものですか。)
そして、三河の八橋です。
次は、羽根田弁天の橋。
続いて、琉球の石橋。
この橋は撮影していなかったのですが、28日の記事、岡山銀輪散歩(その2)の末尾に掲載の味野公園の写真に写っていましたので、その部分をトリミングして下のような写真にしてみました。前掲写真の佐野の船橋や三河の八橋の写真の奥にもこの橋が写っています。
(琉球の石橋)
そして、家橋です。正しくは屋形橋と言うそうな。
屋根付きの橋であります。
関西人としては、渡月橋や天満橋が欠落しているではないか、と言いたくなりますが、このような公園にそのミニチュア版を置いても、左程に面白くもないから、まあ、無くてもいいということになりますかな。他にも橋がありましたが、ついでの片手間撮影でありましたので、全部は撮影して居りませぬ。これを「はしょる」(端折る⇒橋折る)などとも言いますな(笑)。
以上、端から端まで橋の話で、岡山銀輪散歩の巻、完結であります。
4日間のお付き合い有難うございました。
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