WEB妄想部!

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小説:古代の魔物作 TwiN 第1章


精神の器……
魂の器……

そして……

神の器……

尊きモノ、偉大なりしモノ、悪しきモノ……

ソレらを守る為、祀る為、封じる為に器や依代はこの世に無数に存在する……

しかし…真なるモノは限られている……

アレも真なるモノの一つ。

「何の話ですかお爺さん?」
飛行機に乗り継ぎ、国に到着し、空港の外のバス停で乗る筈のバスを待ちながらベンチに座っていると隣の長い白髭を蓄えた老人の独り言が司郎の耳に入った。

イラギリア…何だかクドイ名前だ。と司郎は初めて来た国の国名にケチを付けた。国自体は小さくないが着いた場所はどーにも田舎臭い所であった。飛行機といってもジャンボが乗り入れられるスペースは無く、小型の飛行機でここまで来たのだ。いざ着いてみると大国のイメージとは程遠く高層ビルやマンション、地下鉄なんかは全くなく、文化的な建物…特に遠くに見える山の中腹にあるスケールの違う城がハイテクという言葉を微塵も感じさせず、こんないわく有りげな爺さんが出現しても不思議ではない空気が漂っていた。通りには喫茶店、レストラン、教会、等が並びコンビニの影など期待できそうもない。老人は話し掛けられたことに暫くしてから気付き、目線をこちらに向けた。
「坊主……一人でぇ観光かぁ?」
もしかしたら気配に気付いただけで話し掛けられたことには気付いてなかったのかもしれない。
「まぁ……そんなとこです」
司郎はとりあえず話を合わせる。
「こんなとこに来ても何も無いぞい?」
決して好意的ではないが敵視している程ではない目が司郎に向けられる。
「…え? あのお城は凄そうじゃないですか」
司郎は素直に疑問をぶつけた。
少し間を置いて老人は口を開く。
「ふむ……バスが来たぞい。乗るのか?」
老人は仙人のような杖が似合いそうだが普通の市販の杖を持って立ち上がりながら言った。
「あ、はい。乗ります」
一時停車して扉を開いたバスに乗り込む老人に司郎も続く。
「どっっこらせ……」
二人掛けの席も在るのに老人は一人掛けの席に座り、会話をする気だった司郎は横で立つ形になった。老人ごしの窓から外の景色が見えた。商店が軒を連ねていたが、遠くに見えていた教会が窓から見えたあとは住宅や安ホテルが増えていった。
「城に何かあるんですか?」
明らかに避けようとしている雰囲気を無視して司郎は大胆にも直球で聞いた。
「ぬ……まだ居たか……城には近づかん方がいいぞ。下手をすりゃ命を落とすかもしれんからな」
バスが停車しドライバーが駅名を告げる。老人は腰を浮かせて司郎が呼び止めるより早くスタコラとバスを降りていった。
「………」
仕方なく司郎は開いた席に座り、手荷物を膝の上、その他を席の隣に置いた。数十分バスに揺られ、バスは出発点から一番遠くのバス停で停車し、その名を告げた。司郎は荷物を背負い、賃金を払って下車する。下車した後、司郎はバス停の名を一瞥し、ソレを見上げた。

『イリス城』

城は山の斜面に関係なく造られていて、途中から山に埋まっている。その高さや大きさから見て、埋まっていそうな先が何も無いとは考えられない。高々とそびえる二本の柱、その間に強固な扉を備え付け、堅く閉ざしている城は観光名所には程遠い雰囲気を漂わせていた。
そこには人が住んでいる気配どころか、住んでいた気配も無い。城門そして城壁、その上に微かに見える城本体は別世界へ繋がっていそうな……いや、城自体が別世界のような不自然さや不安感を司郎にもたらした。
龍海から指示された場所はとりあえず此処であり、此処に話を付けた人間がいると聞いていた。が……それらしい人影はそこにはない。実際の所、龍海には職を紹介してもらったのだがどんな仕事をするか等の説明はまだ一切されていない。司郎は殺し屋でなければなんでもいい。と思っていたが、この異様な城には入りたくはない。と本能が告げていた。
しかし此処が待ち合わせ場所なのは単に目立つからという理由だけでは無いのだろう。というのが直感的に分かっている。空港やバス停や喫茶店、ホテルではない理由は、「命を落とすかもしれない」というこの城に入るから。という事以外には考えられない。
もうそろそろ約束の時間である筈の2時になろうとしていた。バスが通る為に切り開かれている道は両端に木々を連ねている。その道のスペースの為、木々に邪魔される事なく真っ直ぐと突き進んでくる太陽の光りが暑く、そして眩しかった。
バスが新たに到着した。しかし停まる事なく通り過ぎた。この城に来る人間は本当に少数のようだ。どちらの車線にもバス以外の車は未だ通っていない。司郎はふと道路を見渡す。反対側の歩道、視界の届くギリギリの所のベンチに一人の人間が座って寝ていた。時刻はもうそろそろ二時半を回ろうという所だ。
その人間は白と黒のツーカラーの靴に黒のジーンズ、それに茶色のベルトをして余った部分は垂らしている。シャツは半袖、白地に外国語で文字が羅列してある。肩には一つの宗教的な神を表す直角に交わった線分。すなわち十字架があった。左腕には腕時計、右には金属性のリングがはめてあった。そして首には閉じられた懐中時計のような物が架けられていた。木々に細かくされた太陽の光りは漆黒の髪に吸収されてゆく。強い光りが当たると濃い青色を反射させていた。その頭髪は深海を思わせる。髪の下には端正な顔立ちがあり、静かに寝息を立てている。ベンチの傍らには背負う形の小さめのバックパックがある。
司郎は車道を挟んで『彼』とは反対側に来ていた。『彼』が待ち合わせをした人間だという確信は無かったが、とりあえず話し掛けてみなければどーにもならない事だけは確かだった。左右を確認する必要も無いのだが、念のためにしてから車道を渡る。中央に破線の入ったアスファルトを渡り、砂利道の向こう側に付く、彼は静かに目を覚まし、こちらを見た。寝ている人間を無理に起こすという失礼を冒さずに済んで司郎は内心ホッとした。
『彼』は髪の色よりも、更に深く静かな一片の曇りも無い黒でもって司郎を見た。司郎は『彼』の吸い込まれそうな深淵を思わせる瞳を見返した。そして『彼』は大きく口を開けながら両拳を天に向け、あくびと伸びを同時に行った。目に僅かに雫が溜まる。
「くぁーあ……よく寝た」
『彼』は溜まった雫と一緒に目をゴシゴシ擦りながら言う。
「んぁ……? お前さんが司郎?」
「あ、ハイ。そうですけど……」
「けど? 何?」
「貴方は?」
「え? あーあの人、言ってなかった?」
「はい。まぁ急だったんで、聞く暇も無かったんですよ」
「なんだ。んじゃ俺の名前は颯矢だから。以後よろしく。ま、仕事内容は簡単。単純明快!いわゆる一種のトレジャーハントって奴かな。その他にも運び屋とかやってるけど、専ら副業だな。本業はコッチ」そう言いながら颯矢は親指で城を指しながらケラッと笑った。
「あ……あれに入るんですか?」
司郎は対称的に笑顔とは程遠い顔になった。
「そうだよ。すんごい嫌そうだけどね」
「ええ嫌です」
司郎はきっぱりと肯定する。
「まぁお前さんに拒否権は無い!だから安心しろ♪」
「………」
颯矢はあくまで軽く言う。命を落としかねない…なんていう噂は耳に入っていないかのように……
「怖いのは無知だからさ。いくつか情報を仕入れているから。聞く?」
「……はい」
「それもそうですね! 分からない内から怖がっても仕方ないですよね! 聞きまくります!」と司郎も明るく軽く返したかったが、どーにもその情報は逆効果な気がしてならない。特にこんな怪しいスポットに関して言えば良い情報なんて望むべくも無い。

「まぁこの城は王やそれらの親族が住まう所ではないらしいんだなこれが。じゃあ何の為にあるのかっつーと、神属……彼等の神を祀る為に建てられた城らしい。ここに住んでいる人間は皆一月に一度だけ城門の中に入り、神を崇める。それ以外の日に城に入ると……」
 颯矢は首の前で手を動かし、ジェスチャーをする。
「首を撥ねられる。」
「……今日は、その参拝の日では?」
「勿論違うね。更に言うなら、異教徒は入ることも許されない。入ったら即死刑。教徒でも神に触れれば即打ち首! つーわけ。古くからの習わしだから誰も逆らえない。しかも参拝を町民が一人でもサボれば災いが訪れるとか……そんな言い伝えまであるから、参拝は拒否することが出来ないって事だな。そんな訳で信仰心の強い人も居るし、信仰心なんて無い人もいるからペラペラ喋ってくれて助かったよ。んでも神を信じていようが信じていまいが御前に参るだけで良いんだから、そこまで憎悪とかそういうもんを抱いているって訳じゃないみたいだけど。
しかし月に一回だけ参拝するだけで敬おうがなんだろうが構わないんだから…参ることに何か意味が有るのかね」
颯矢は含みのある笑みを見せる。
「じゃあそのシャツは?」
「あぁコレ、お気に入りのシャツ。勿論、こことは異教。別に信仰なんてないけどね。面倒でしょ?」
「何がですか?」
「わざわざ紛れ込むなんてさ。男は黙って……押し入りだ!」
「元気ですね。無駄に」
「無駄にとは何だー! 元気があれば何でも出来るって昔の人も……あれ? 気合いだっけ? まぁいいや。城の情報も分かったし怖くないだろう?」
「貴方の言動や行動が恐いです」

「出発だー!」
「聞いてないし……」
颯矢は司郎を無視してさっさと城に向き直り、闊歩した。司郎に初めて背を向け、警戒心を解いたその背中には入りきらない程の大きな十字架があった。そして直ぐにバックパックで隠された。司郎の足取りはどこまでも重く、颯矢の足取りはどこまでも軽い。雲の切れ間のように森の緑は空を切り取り、照り付けるほどに輝く太陽を背に、旅荷物満載の少年と肩と背に十字架を背負った異教徒は、ただただ巨大なその懐に足を踏み入れんと歩を進めた。


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