WEB妄想部!

WEB妄想部!

TwiN 第5章



人々は信じる。

けれど本当の闇は…本物の闇は、光によって生み出されるモノじゃなく…光を喰らって生きるモノだという事を知らない。


城が唸っていた。
とても大きな声で、その身体がちぎれ果てん程に。
城に弊害が生まれたのは他でもない城の主…すなわち神の力が弱まったからだ。いや、正確に言うなら力の大部分を何者かに喰われたからだった。
この城は人が建造した物ではない。人が手を加えたのはごく一部であり、その他は人々が語り継ぐ以前からあった。
ジョージは崩壊を意識した。生き埋めにならない術を可能な限り頭に浮かべ、その生存率と実現可能、不可能を検討する。
司郎は明らかに不安の色を浮かべ、目の前に迫る天井を見上げた。部屋は狭かった。辛うじて座れるスペースがあるだけだった。司郎の左にジョージ、右には犬が座っていた。
犬の名はリオン、司郎が便宜上名付けた名だが、真の名は知る由もない。そして正面には突き立てられた刀がそびえていた。原理の詳細は分からないが、部屋の材質を切断出来た神器と呼ばれる妖刀は部屋の収縮を抑制する力を備えていた。ジョージが言うには妖刀に部屋のエネルギーを奪い枯渇させる作用が働いたせいらしい。
司郎にとってはどうでもいい話だった。触れると激痛を伴う壁面が迫ってくるのを止められただけで安堵したが、今度は城自体の様子がおかしい。そう、トラブルメーカーが地下で爆弾でも使ったのではないかという不安に司郎は駆られた。
ふうっと息をつき、目を閉じて心を落ち着けようとした。慌てても事態は好転しない。気持ちを落ち着けたせいか城の揺れが一瞬収まった。
しかし、安心する暇は無かった。司郎が座っていた床が見事に消え去り、当然のように奈落の闇が口を広げ、体は地球に向かって自由落下し始めていた。落ち着いても大きな事象の前では無意味な事だと悟り、司郎は絶叫した。
「ううぁぁぁぁぁぁ!」
その叫びは二人と一匹が落下する穴に反響し城中に響いた。

クレアは束縛された毎日に嫌気がさしていた。不自由を感じている人間は置かれている状況以上に不自由になる。
いくらかの自由があってもそれを認識せずに嘆き悲しむ。それが不自由から逃れる唯一の方法であるかのように……
第三者から見ればそれは自由なのかも知れない。
しかし、自分より不自由な人間を見ることも、他人を自分より不自由だと思うことが出来ないクレアは更なる不自由に徹するしか無かった。
自身の手で思い通りになることは一つとしてない。
その言葉は暗示だ。自分自身への暗示。決して解けることの無い束縛にほんの僅かな希望も持たないと決めた。その日から始まった暗示。
誰も助けてはくれない。
母は死んだ。殺された。巫女でありながら異教徒の父を愛したから。母はクレアが巫女を継ぐまで生かされていた。
そしてクレアが10年の時を重ねた年、母は死んだ。神によって殺された。
クレアが生まれたときには既に父の姿は無く彼女はそこから一人で生きてきた。そして、彼女は生きることの意味にすがりついて生きてきた。母を殺した神にすがりついて生きてきた。
逃げることも抗うことも出来ずに、ただ従っていた。
それが正しいことなんだ……と、正しくなくとも他に選択肢は無いのだ……と自分に言い聞かせ生きてきた。
人々の願いを神に捧げ、神に抗う者の魂を断罪し、その御霊を納める事が巫女の使命だった。巫女になって5年。母と死に別れて5年。人間の祈りを神の力に変え続けて5年が過ぎた……
けれど、まだ人を殺したことは無かった。
自ら望んで殺さなかったのではない。単に機会が無かったに過ぎない。そしてクレアに拒否権などありはしなかった。
ここまで育ててもらった恩なんかじゃ無い。そんな綺麗で優しい感情じゃ無い。
それは恐怖だ。絶対的で、幼い頃から根底へ刷り込まれた概念…
『逆らうな』
誰かが口にしたわけじゃない。その言葉が生み出されたのは自分の内側……胸の奥深くからだった。その言葉は感情的な物より先に現れて他の選択肢や希望を根こ削ぎ奪っていく。
いつしか心は凍り付いていた。
諦めていた。
示された安易で曲げる必要のない平穏な道……
だけれどそこには安らぎも望みも夢も……何一つ無い。
いつしか…逃れることが目的になっていた。それがどんな結果になるのだとしても……
たった一度しか無い生涯と、この選択を天秤にかける事になっても、縛られたままでは生きられない。
だから感じたのだと思う。危険な、何もかも飲み込んでしまいそうな闇を抱いた少年の瞳にほんの少しの希望と安らぎを……
彼の瞳に映る死の先の無が少女の心を溶かし不確かな場所へと連れ去ろうとしていた。

クレアが所有していた神器が八つ全て彼女の手から離れた。投射した六つが床に刺さり、右手に持っていたのはその手から滑り落ち、最後の一つは颯矢が握っていた。
鋭利で美しい刃を備えた円刀。その力は沈黙し、抵抗の兆しは無い。
そして城は台座から切り離した宝を持ち出されない為か巫女もろとも生き埋めにする気なのかも知れない。
颯矢はよくある機能が作動したな、程度に理解し、二歩ほど下がって円形の金属を拾った。それは円刀ではなく、首から吊っていた懐中時計の『外身』だった。それに『中身』をはめ込み、時計としての定位置に戻した。
首から吊りさげると時計は黒い装飾が剥がれ落ちたかのようにすっきりと曇りの無い銀色に輝いた。時計の文字盤には数字が1から11までしかなく、針は丁度11を示していた。
そして8の銀で出来た文字が黒く霞んでいた。真っ黒に染め上げられる一歩手前のような色だった。
「うし! 充電は完了。とりあえずこんだけあれば安心だろ。残りはここを出てから頂くとして……」
城の揺れは続く…その強さも次第に大きくなる。
「脱出が先か」
颯矢は床に落ちている残り七ツの神器を拾い始めた。拾いながら背中のバックパックにしまっていく。
八つ全てをバックパックに納めると颯矢はクレアに向き直った。そして放心していたクレアの頭をコツンと叩いた。
「シスター、貴女に頼むのはお門違いかもしれない。だけど、出口を教えてくれないか?」
「私が教えると思うの?」
「ここを出なけりゃ生き埋めになるかもしれない。貴女も。俺も」
「神様がそれを望んでいるのよ……私はここで産まれ、生き、死んでいく事を……それ以外は許されてなんか……ッ」
「死にたいのならそれを選んだって構わない。だけど、神様だ何だって他のせいにして逃げるのは止めろよ」
「逃げてなんかない! 仕方ないのよ! 運命なのんたがら!」
「貴女は何一つ選んじゃいない。確かに逃れられないモノにしがみつかれて身動き取れなくなってるのかもしれない。けど、だったら、だからこそ貴女が選ばなきゃなんないんだよ!」
「でも……」
「選んだからって思い通りになるかは分かんねーよ。でも選ぶことは出来る。そのために邪魔なモノがあるなら……貴女をがんじがらめにしてる鎖があるなら……俺がぶっ壊してやる。本当は…嘘なんかじゃないんだろ? 此処から出たいんだろ? なら……信じろ!」
颯矢は手を差し延べた。
クレアは颯矢の目をじっと見つめ…信じるに値するか見極めるように彼と見つめ合った。黒く透き通る瞳に曇りは無い。そこに映る心をクレアは読み取ったのか…恐る恐る颯矢の手を取った。その瞬間、クレアの身体がフワリと浮き、颯矢に抱えられた。
「全速力で脱出する! どっちだ!?」
クレアはこの体勢に不満しかなかったが、それを訴えても、聞き入れてはもらえないことが直感で分かった。妙に近付いた颯矢の顔はもうクレアの目ではなく正面の扉に向いていた。クレアは少し照れながらも口をつぐみ、進路を指差した。
「よっしゃ! しゅっぱーつ!!」
殆ど揺れもブレも無い走りは瞬時に扉に向かい、抱えている人間に関係なく

ダガンっ!
扉を蹴り開けた。
城がよりいっそう揺れる。崩壊に拍車をかけるような蹴りと騒音が続いた。そして颯矢は(ダメ元でも言ってみるもんだなー)と胸中で囁いた。
戦闘でダメージを負ったバックパックの穴から不吉に円刀が覗き、蹴りの衝撃と一緒に揺れて穴をじわじわと広げてゆく……
「この次の部屋が最後の筈。だけど私には最後の扉を開けることが出来なかった。もしかしたら違うかも……出口じゃないかもしれない」
「今更違っても戻る暇なんかなさそーだ。何でここが出口だと思う? 扉が異様に堅いからっての以外で」
「他の部屋は多分、全部回って扉を開けることが出来たの。だけど、この部屋の奥の扉だけが触れることすら出来なかった。物理的にじゃなく、何て言うのかな……脳から手を動かす信号が出てるのに邪魔されて手が動かなかった感じ」
「……感じ? ふむ。信用するには……」
ダガンっ!
「充分だ!」
颯矢は最後の部屋へと続く扉も蹴って開けた。確かに部屋に入ると今までの雰囲気とは違っていた。部屋を支える11本の柱が無く、今まで必ず有った四方の扉が入って来た扉と向かい側の二つしかなかった。更にその扉からは微かにだが風が流れていた。颯矢はそこにある出口という希望を確信した。
しかし、出口へ歩を進めようとしたその時、頭上から圧迫感が襲った。天井が押し寄せて来ていた。しかしそれは崩壊というにはあまりにも異質な現象だった。ゴムで出来た天井に重りを落としたかのようにゆっくりでいて確実に部屋を埋めてゆく。
「くッ! 間に合え!」
颯矢はその最終トラップが部屋を埋め尽くす前に扉から外に出ようと最大速で走った。けれどそれが仇となった。その衝撃は限界に達していたバックパックに致命傷を与えた。穴から次々に円刀が零れては転がってゆく。
「なッ!!?」
颯矢はその音に気付き足を止めた。出口が目の前だというのに宝を諦めるという選択は出来ない。その宝は颯矢にとって命と等価値と言っても過言ではない。
颯矢は決断を迫られる。
宝を取るか……抱えている女を取るか……
自らの命か……女の命か……
外へ続く扉との距離は5m。一番遠い円刀は8m。
軟化した天井は徐々に迫り、迷っている時間は無い。悩んでいる分だけ首を締めることになる。
颯矢は決めた。
悩んでいる暇があるならコンマ一秒でも早く宝を取り戻し、脱出するのだと。抱えていたクレアを降ろし、背負っていたバックパックを預ける。中には三つの円刀が残っていた。
「ちょっと?!」
「直ぐ戻るから! 先に出て! あとバックは持ってろ!」
クレアはあからさまにたじろぐ。
「でも私には開けられない!」
走り去ろうとしていた颯矢は振り返り、クレアを見つめながら顔を近づけ
「出来る。神はもういない。貴女なら出来る! 信じろ! 貴女自身を……やらなきゃ俺も貴女も死ぬだけだ」
静かに断言した。そして身を屈め、立つスペースの無くなった室内を宝に向かって走り出した。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: