WEB妄想部!

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TwiN 第7章


それは私自身の声だった。まるで自問自答しているように頭に声が響いた。
そして答えを求められる。
「生きたいか? 死にたいか?」
「お前の望みを叶えたいか?」
「欲しい物を手にしたいか?」
「私を阻む者を殺したいか?」
「その為の力が欲しいのか?」
私は答えなかった。これは神器の問い掛けだったに違いない。けれど私には答えを出す必要すらない問いだ。解答が分かっていて聞いている問いだ。
私は静かに心の中で小さく頷いた。
私は神の前に立たされ…自身の無力と絶対的な神の力を知った。しかし途端に他の全ての事が考えられなくなった。もはや、私は自分が生きているのか、そうでないのかすら分からない。

蹴り上げた左足を切られ颯矢は顔をしかめるが、しかし傷は動けない程の深さではなかった。そして司郎は見た。颯矢が手にしていた円刀も紫色の光に染まり、今まさに颯矢の脚を切り付けた刀と同じ方向に飛び去るのを。扉の前にうなだれるクレアが持っていたバックからも紫に染まった円刀が二枚抜け出し、ジョージの背後に浮遊した。
七枚の神器が浮かび、光糸がジョージの背中へと伸びる。その姿は邪悪な蛇の群れ…いや、司郎が上の部屋で魅入った妖しくも美しい八ツ首の竜を彷彿とさせた。
しかし、ジョージの背後に浮かぶのは七ツ。司郎は首が一つ足りない事を訝しんだが、
「ぼーっとしてんな! 死ぬぞ!」という颯矢の叫びにはっと我にかえった。
颯矢は暴走状態にあるジョージを一瞥し、ジョージの愛刀を片手に、司郎を小脇に抱えて走り出した。七ツの首が生きた魂を渇望するかのように颯矢と司郎に迫る。紫色の光糸は颯矢が使役していたものとは比べ物にならない程に太く頑強そうだった。
しかし、その分クレアの攻撃ほど速さやキレが無い。そして竜の首それぞれに意思があるかのように暴れ回り、追い込んだり挟み打ちにするというような回りくどい頭を使った攻撃は一切無い。それ故、かわすのはたやすい。が脚を負傷した颯矢はかわすよりも片手の刀で攻撃を反らすことの方が多く、腕や脚にかかる負荷で次第に体力が削られ、不利な展開になりつつあった。そして司郎には一つの疑念が浮かぶ。
「どうして、その刀を……」
疑問をぶつけようとした瞬間、抱えられた状態で急加速を感じた。そしてその勢いのまま司郎は前方に投げられた。身体が浮かび上がり、地面が近付く。
ドサっ!
司郎は何とか受け身を取って着地する。体勢を変え、顔を上げると三本の竜が襲い掛かるすんでの所だった。司郎の後ろにはクレアがいた。司郎は咄嗟に恐怖で息を止め目をつむる。
颯矢が右足で踏み切る音が室内に響き、司郎の一瞬の静寂を破る。次いで刀が刀を弾く音を三回耳にしてから司郎は目を開けた。そこに紫色の竜は存在せず颯爽と現れた颯矢が未だ刀を振るっていた。どこからどのように攻撃されるか分かっているかのように見切り、後ろに攻撃が逸れないように捌いていく。
司郎の疑念は確信に変わった。鞘から抜かれる事すら拒む刀を颯矢は使いこなしている。
そしてあの複数の円刀の持ち主も彼ではないと。もし颯矢が円刀の持ち主なら、この城の城門で機械を使わずに登ることが出来たはずだ。司郎には確信があった。ジョージのように神器に取り憑かれ狂ったりしないのは颯矢に特別な何かがあるからなのだと。

「らちがあかないな……」
颯矢がぼやいた。けれどその言葉には軽さが無い。切羽詰まった状況だという事を司郎は痛感した。そして背後の扉…出口を見つけた。
しかし、またしても扉は飾り物とも思える程に開ける取っ掛かりが無い。手をかける所も、鍵穴も存在しない。触れたら取って喰われる恐れがあったが、司郎は意を決して扉を押してみた。扉からは何の反応も無く。手が扉に沈み込むことも激痛が走ることもない、ただ金属質な扉の感触だけが掌に伝わった。何も起きないと思って司郎が扉から手を離した瞬間、扉にはめ込み穴が八つ顕れた。
それぞれ輪の形を成していて、そこにピッタリはまるであろう鍵はさっきから三人の命を狙い飛来していた。司郎は確信が証明されたと思った。やはりあの神器は颯矢の物ではなく、この城に在った宝なのだと……
そして持ち主を殺すことで力を奪えるのなら……
ジョージが力を欲し、渡さなければならない状況で、本当の持ち主が危険に曝されるのを庇った?
つまり真の持ち主は……
そう推理をして司郎は視線を落とした。壁際にもたれ掛かり、腰を落としてその顔を腕の中に埋めている女性がいた。
きっとこの人だ。不明瞭だった点が一気に繋がっていき形を成した。
しかし、鍵は神器。宝を求めて来たが、それを返さないと出られない仕組みとは甚だ厄介だった。そして司郎は気付く。鍵穴は八つ。ジョージが暴走させている神器は七ツしかない。円刀が一枚足りないのだ。
何故?
初めから七枚だったとは考えにくい。どこかに持っているか、この部屋には無いか?鞄の中や手中にあっても強制的にジョージの所へ向かった神器が残っている可能性は低い。
颯矢は必死だった。攻撃を防ぐことにも、後ろの二人を守ることにも…そして何より手にした刀を扱うことに。眼に二重に写るだとかそういう事じゃ無い。見えた映像が数秒先にもう一度繰り返される。一度起きた事を追体験する?
見えた映像に合わせ刀を振るうが…それが映像なのかリアルなのか判断がつかなくなってくる。さながら白昼夢を見ながら戦っているようだった。
そして次の映像が写る……
司郎がこちらに近づき、なにかを問い掛ける。振り向こうとした颯矢。隙をつき、紫の大蛇が迫る。間に合わない。捌けず攻撃を正面で止めた。上方からたたき付けるように襲い来る。致命傷。そしてその横には血だらけの……
一瞬にして視覚情報を脳に流し込まれる苦痛に耐えながら、颯矢は後ろを振り返らずに司郎に声をかけた。それは今は手が放せないという状況による自然な動作を装い司郎の眼に写る。
「どうかしたんか? 今手が離せないんだけど?」
自分の動向を把握していた颯矢に司郎は若干の驚きを浮かべて問い掛けた。
「扉に鍵穴が……神器は七ツしかないんですか!?」
颯矢は質問の内容が分かっていたようにすかさず答える。
「鞄の中だ! だけど触んな! それよりそこにいる女に扉を開けてもらえ!」
その言葉にピクリとクレアが反応した。しかしそれだけだ。颯矢は後ろにお荷物がいるから前に進めず、退路も鍵が無く…颯矢のアテは機能しそうにない。このままじゃ颯矢の体力が切れた途端にやられる。司郎が希望を失いかけたとき。颯矢は意を決して言葉を発する。
「司郎! 後はよろしく」
紫色の竜はいつの間にかその色を濃くし、黒に近づいていた。ジョージの魂が尽きようとしている。
颯矢は直感的に感じ取った。命を助けてやる義理は無い。けれど颯矢は自身でも認識できない深い部分でジョージが命を落とすという事を拒絶した。それが何故なのか分からなかったけれど決着をこんな形で付けるのが気に食わないからだ! という結論をとりあえず出し、颯矢は七ツ首の竜の真正面から突っ込んだ。
タイミングを測ったかのように三匹の竜がそれぞれバラバラの方向から同時に颯矢を襲う。しかしタイミングを測っていたのは竜ではなく颯矢の方だった。あらかじめ攻撃方を先見ていた颯矢は三匹の隙を見切り、紙一重でこれをかわした。そして何を思ったか唯一の武器…そして竜の猛攻を見切って避ける唯一つの方法を後方へ投げた。
三匹の竜は攻撃目標を失い、一瞬一点に留まった。三つの円刀の輪が颯矢の側からは一つに重なって見える。それに颯矢の放った刀が三つとも逃れられず串刺しになった。そしてその勢いは衰えず、刀は三つの輪を絡めたまま壁に突き刺さった。
黒ずんだ紫の竜はもがくが刀に力を吸われたかのように、若干小さくなった。そして司郎は颯矢の右手から何かが伸びているのが目に入り目を凝らす。その手には金色の糸が握られていた。
颯矢はさっきまでの攻撃を受け流しながら観察していた。今、串刺しにした三体が竜の攻撃の要。遠くに伸ばし攻撃していたのはほとんどこの三体だった。残りの四体はあまり襲ってこず、ジョージの周りをうねっている事に気付いていた。そしてそれが意味するところは……
その答えは颯矢がジョージの懐に飛び込むことで早々に明らかになった。
遠くの敵にはお粗末だった攻撃が接近戦になるや統制の取れたものになる。前二本が同時に襲い、後ろ二本は地面に突き刺さり本体のジョージを浮かせて後退しようとした。
しかし串刺しにされた三つの頭に引っ張られ、後退は効かなかった。竜の首の長さには限界があるらしい。
けれど丸腰の颯矢に二頭が迫っている事実は変わりはない。右から今までのどの竜よりも太く巨大なモノが迫り来る。かわす以外に颯矢にはなす術が無い。意を決して前方に飛ぶ、後ろに下がるわけにはいかない。踏み切ろうとした足に力がかかる。そこで初めて司郎を助けたときに受けた傷が弊害をもたらした。
一瞬だが痛みに耐え兼ね、態勢が崩れる。そして隙が生まれ、颯矢はつんのめるように前方へ身を投げ出した。右手を地に付け、地面を引き付けるように前転する。
がしかし、かわしきれずに巨大な竜は颯矢の足首に噛み付いた。焼け付くような痛みと同時に力の抜けるような感覚が襲う。そして二頭の内のもう一頭が、足首を捕まれ逃げ場の無い颯矢の真上からたたき付けるような頭突きを放った。
颯矢から声にならない叫びと肺に溜まっていた空気が吐き出された。地べたにはいつくばり、背中の十字架は削り取られ、その肌はかつてそれに桀けにされた賢者が受けた拷問を想起させるほど傷付いていた。颯矢の腕や目からは力が抜けていた。その足には最も大きな黒竜の牙が食い込み、その血を啜っている。
紫色の光りを保っていた竜ももはやその色を変え、紫色の炎を灯していたマッチはその火を掻き消し、黒い燃えカスになろうとしていた。黒竜はぐったりとした颯矢の足をその口にくわえたまま、上に持ち上げた。
後ろに退こうとしてジョージの体を後方に引っ張っていた二頭の竜も何かに気付いたかのようにその鎌首をもたげ、颯矢を見下ろした。
一つの首に吊され、三つの首に取り囲まれていた。竜はその牙を打ち鳴らし、焦らすように颯矢に迫る。
司郎は直感していた。城に入る前に颯矢の言った「首を飛ばされる」という意味をそしてこの後に起こる惨劇も。「後はよろしく」という言葉が反芻され、自分の無力さを痛感する。颯矢のバックから神器の最後の一枚が飛び出した。
それは三頭の首を串刺しにしていた刀に直撃し、その反動で刀が引き抜かれる。解き放たれた三つの首は刀に串刺しになったまま颯矢に真っ直ぐ進む。
その後を金色の光糸を纏った円刀が続いていた。そしてそれは三つの円刀に引き寄せられるかのように刀にはまり、四つの円刀が刀に刺されていた。
司郎は颯矢がバラバラに喰いちぎられるのを見たくなくて目を逸らそうとした。けれどその右手から伸びている光糸が再び目に入り、その先に巻き付いているのが刀だと分かると司郎は視線を保ったまま結末を見守った。
刀は鉄が磁石に引き付けられるかのように加速度的に颯矢の右手に納まる。
「これで四つ! 五分と五分だ。」
颯矢は刀に串刺しにされた円刀を目にして言った。依然として足はくわえられ、宙づりだったが…意識はハッキリし、眼に力が宿っていた。刀を手にしたことにより、その頭の中に予知の映像が注ぎ込まれる。
息を吸い込み、一拍止める。あえて瞳を閉じた、集中力が高まる。先見えている…もはや自身の目で見るよりも正確な情報が何であるかが分かっていた。体を後ろに反らし、頭部に迫る初撃をかわした。足に刺さっている牙がさらに深く食い込んだ。痛みに顔を歪め、短く悲鳴が漏れる。先が見えていてもどうしようもない痛みと戦い、颯矢は次に見える動きに備えて、それとタイミングを合わせるように刀を持っていない左手を首から下がり揺れている懐中時計を掴んだ。
足をくわえていた一頭が力任せに颯矢を振り回した。ちぎれんばかりの痛みと遠心力の中で颯矢は切り札『聖杯』の封印を解いた。時計の内から何かの鉱物の欠片が姿を表し、刀に串刺しにされていた竜が一瞬にして粉々に散る。
ドクンっ!
鼓動が一度大きく響くと、一瞬で体中の血液が循環した。
それを解き放つことで漲る力など生まれはしない。ただただ残忍で、醜悪で、貪欲な己の内なる感情が表に顕れるだけだ。それは神なんかじゃない。自分自身の心。そしてその心の器を満たす為に……
颯矢は剣を抜き放ち、真っ黒な闇に染められた刃は鈍い色の黒竜の頭を突き破った。黒竜をそのまま床に桀けにし颯矢自身も着地する。呼吸は荒く、長く吐き出される。颯矢の手には一本の刀と三つの円刀が握られていた。そして竜の頭部には聖剣と呼ぶにはあまりにも禍々しい刃を携えた円刀が直立している。それまでに燈していた金色の光とは正反対の刃に突き刺された竜を見下ろし口の端を歪め不敵な笑みを浮かべる。
「竜の血を飲めば不死を手に入れられる…ってのは本当なんかな…」
そう口にした後、桀けの竜に手を伸ばし、足で踏み付け抑えながら、その身から円刀を抜き出した。
「創りモノの神に血など無いか」
円刀が抜け出るとそこには元々何も無かったかのように竜は消え去り、黒い剣のみが遺される。颯矢のその瞳には黒い光りが宿り喜々として輝く。残った三本の首は颯矢を見つめる。目も無い竜ではあるがそこに表情があれば恐怖が映っていたかもしれない。
侵さざる絶対的なモノを脅かす脅威がそこには在った。それを紛らわす為か否か…一頭がただ真正面から襲い掛かる。
襲い来る竜に半身に刀を構え、かわし際に合わせで口から背と腹に両断する。
一息に捌ききり、無残な姿の首を断ち切る。刀身を振り、構え直したときには、円刀だけが背後に落下した。
「もう決着を付けようや。『7』番……」
颯矢が神を番号で呼び、ジョージの背中の竜は攻める気配が無かった。不意にジョージが両手を開き前で構えた。竜がその手の前で頭(こうべ)を垂れ、円刀がそこに握られる。
ただの頭突きよりも洗練された肉体を利用した方が部が良いと踏んだのかは定かではないが、その構えから感じる「ホンモノ」のみが持つ風格を感じ、颯矢も円刀を床に捨て刀だけを構える。
ジョージの持つ円刀から猛るように紫色の光刃が顕現した。それは風前の灯…正真正銘最後の焔だと確信した。どちらからともなく相手に向かって走り出す。間合いに入った瞬間、振りかぶったのはジョージだった。
右で袈裟斬りを放つ。それを紙一重でかわそうとするが聖剣が伸縮自在という事を失念していた。刀から一瞬早く情報が伝わり、左側…相手の空いた懐に飛び込んでかわす。ジョージはすかさず左に構えていた剣を横薙に払う。それを刀で受け止め、いなした。二人の距離は数十センチも離れていない。その超接近状態で、ジョージは紫色の光刃を消す。一度はかわし、止めたはずの刃が颯矢の眼前に迫り、再び紫の光が燈る……
ガシャンっ!!
颯矢の持っていた刀が床に落ちる音が室内に響き、二人は静止した。一瞬だけ静寂が流れた。
ジョージの持つ円刀からは刃が伸びていた。それが胸に突き立てられている。漆黒の闇でできた刃はジョージの心臓に深々と突き刺さっていた。ジョージの手の上から覆うように颯矢が円刀を掴んでいる。
「ジョージ……あんたが欲しがってたもんは俺が持ってるよ……此処にな」
そう言うと颯矢は自身の胸を指した。その前では黒く何よりも輝いている欠片が揺れていた。


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