WEB妄想部!

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悪の娘 第1章 2


 皆の視線に追い出されるように謁見の間を後にし、覚束ない足取りで宿所への通路を歩いていたが、王宮の複雑かつ長い通路を一人で、それも朦朧とした意識のまま抜けることは困難であった。
 破れた袖から覗く上腕の傷はパックリと口を開き、止めどなく血があふれ出ている。
「レン」
 突然、背後からかけられた声にレンは反射的に振り返り、膝をついた。
 身分の中でも最も下位である召使はすれ違うほとんどの人物に傾倒し、道を譲らなければならない。通路では相手の姿が見えなくなるまで口をきくことはおろか、頭をあげることすら許されていない。
 まして、女王に叱責を受けたばかりの者に手を貸すものなどいるはずがない。これまでにも何人かの貴族や召使たちが横を通り抜けていったが、憐憫の視線を送るだけで積極的に関わろうとするものなどいなかった。
 レン自身、それを弁えているのか、誰が通ろうとも今のように頭を垂れてやり過ごしてきた。
 声の主――従士隊隊長であるメイコはその様子を見て、思わずため息をついた。
「おいおい、いつまでそんな所に蹲っているつもりだよ」
 赤髪の女性の揶揄する言葉にもレンは反応ひとつ示さず、ただ絨毯の染みを広げている。
 メイコはレンの前でしゃがみこむと強引に腕をとり、肩口から袖を引き裂いた。
「とりあえず骨に異常はなし。腱も切れていないみたいだ」
 散々、腕を引いたり捻ったりして確認する。
 さすがに、その痛みには耐えきれなかったのかレンの口から時折呻き声が漏れる。
 レンの反応をしばらく楽しんでいたメイコは最後に肩の辺りに布をきつく結びつけた。
 メイコはおもむろに立ち上がると未だに床とにらみ合っているレンの身体を軽々と肩に担いだ。
「用が済んだら早く行ってください。僕と関わっているところなど誰かに見られれば貴女の評判が……」
「おや? 口はきかないんじゃなかったのかい?」
 笑い交りに問い返すメイコの声に遮られ、レンは二の句を告げなくなった。
 同じ景色の続く廊下をカチャカチャと紅鎧が触れ合う音をたて駆けていく。
 行軍などで慣れているのか、かなりの速度を出しているにも拘らず、レンの身体が揺れることはほとんどない。
「まあ、そんな瑣末なこと私は気にしないね。それにまだ用事は終わってないんだ」
 二人の沈黙を裂くようにメイコが口を開いた。
「用事?」
「このまま私室に連れて行く。あそこなら宿所に戻るより早いし、傷薬や治療道具も充実している」
「もう日が暮れるというのに女性の私室に行くなど許されません。それに夕食までには宿所に戻らなければ……」
 厳しく行動を制限されている者が王宮の中に留まるなど言語道断。と肩の上で身をよじって暴れる。
 しかし、がっちりと腰を抑えられているため、手の力は緩まらない。
「事情が事情だ。緊急時に召使も皇族も関係ないだろ」
 レンは一瞬、ピクリと体を震わせた。
「もう降ろしてください。自分で歩きますから」
 口調は変わらないというのに、冬朝のような空気を纏った言葉が辺りに響く。
 気の弱そうな少年から出たものとは到底思えない声にメイコはすぐに身体を下した。
「お心遣い感謝いたします。ですが、これ以上はご容赦くださいますよう」
 初めに廊下で出会った時のように、レンは跪き、首を垂れる。
「そうか。こちらこそ不要なことをして悪かったな」
 頑なな拒絶の意思を表した姿に、これ以上の介入は意味がないと悟ったのかメイコも軽く頭を下げた。
「傷の手当はしっかりしておけよ」
 レンはもう何も答えず、一層深く頭を下げるばかりである。
 メイコは再び小さくため息を漏らすと長く伸びる影を残し、西日に溶け込むように姿を消した。


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