未完成な世界

『陽向道』より~2




言葉

あなたの心はどこにあるの
ゆらり ゆらり
立ちこめる煙草のけむりの中に
さがしてみる
声に出して
「私が好き?」と訊けばよいのに
訊くのがこわい
言葉がこわい
だから 今は少しの間このままで
何も聞かずこうしていたい

私の言葉はどこへいったの
みんな みんな
あなたを見つめる視線の中に
とけ込んでしまった
声に出して
「あなたが好き」と言えばよいのに
言うのがこわい
言葉がこわい
だから 今は少しの間このままで
何も言わずこうしていたい

だから 今は少しの間このままで
何も言わずこうしていたい





キス

列車の中でキスをしたら
胸の鼓動と列車の音が
トクン トクン
重なって
私はどこか遠くへ かけて行った
走り去る景色が
私に速度をおしえていた

喫茶店でキスをしたら
毛糸のような
煙草のけむりが
私のうでにまといつき
コーヒーカップはカタカタふるえた
私の吐息はコーヒーの香りの中に
とけてしまった

図書室でキスをしたら
立ちならぶ
兵隊のような本たちが
ふたりの語らいを
声をひそめて聴いていた
ハイネの詩の一片が
私に何かささやいた




無題

木もれ陽 
木もれ陽
赤い若葉の桜の下
ほうき草でたわむれ
あなたの大きな胸
熱い抱擁
私の血は 身体中をかけめぐり
沸騰し 蒸発し
私は
夏の日だまりに
溶解する






海が
大きな海が私にやってくる
大きな夏の海が
あなたの形となって
私にやってくる

波がざわざわ音をたてて
私の中に入ってくる
その生命力が
私の中を走っていく
口々に 愛していると
叫びながら

そして やがて
海は 私の身体を
内側から 溺死させるのだ






あなたは
その頭の心安らぐ重さを
私のひざに感じさせ

陽は
天上の生い茂る葉をつきぬけて
エメラルド色のセロハンの
その影を
わたしの髪に
あなたの頬に
映しだし
揺れて・・・・・・

夏の最後の
陽は沈む


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