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前から疑問でした。何人かの人を二つのグループに分ける時、どうして「グゥパァでほい」というのか。前から誰かに訊きたかったのですが、昨日の新聞に出ていました。先越された(先とか後の問題?)。その新聞記事によると、「グゥパァでほい」より「グーとチョキッ」といって二つに分ける方が多いらしい。これは意外。私はもう全世界的に(は大げさですけど、全国的に)グーとパーで分けるものと信じていました。なぜチョキだけハミゴにされているのかなぁと思っていました。でも、全国的にはパーがシカトされてるのが多いとのこと。ところで、このハミゴとかシカトという言葉は全国区ですか?どっちも仲間はずれにするとか無視するとか言う意味なんですけど。シカトは花札から来ているようですけど、ハミゴって?はみ出しっ子?・・・話題変わってるし。
2008年01月31日
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1ヶ月の間、小指を貫き通っていた釘を抜いてもらいました。ただし、1本だけ。長い方は抜いてもらったけど、短い方はまた来週。手が不自由な状況変わらず。残念!長い方は「痛い!」と叫ぶ間もなくスルスルッと抜けました。直径1ミリ、長さ5センチぐらいのまっすぐな釘。先が5ミリほどステッキのように曲がっています。それが、指の中からスルスルと出てくるんですから、不思議な光景でした。麻酔もしませんでしたが、あんまり痛くありませんでした。余りの速さに血も出るのを忘れていたようですが、しばらくするとちょっと出てきました。で、先生曰く「もう一本は来週です」「ええええ!先生、こっちもさわると動くんですよ(と、もう抜いてもいいのではとアピール)」「はい、だいぶん骨が固まっている証拠ですね。では来週また来てください」それだけですか・・・今日すっきりすると思っていたのに、とっても残念です。でも、真っ直ぐな釘がなくなったので、指が曲げられるようになりました。というか、そのはずです。でも、包帯がやっぱりぐるぐる巻きなので、そのせいで曲げられません(一ヶ月間曲げることを忘れていた小指は、曲げてみるとちょっと痛いし)。帰り際、看護師さんが「これ、要りませんか?」と釘を指して言いました。なんで?記念にでもするのですかね。私は「また次の人に使ってください」とは言わずに「結構です」とだけ言いました。「じゃ、捨てます」とのこと。あっさりしたものでした。もらっておいた方がよかったかなあ。って、あんなものあっても仕方ないですよ。
2008年01月30日
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明日になるのがとっても楽しみです。明日は私の小指の釘を抜く日なのです。思えば年末の忙しい時に手術をし、それ以来1ヶ月余り右手の小指にはずっと包帯が巻かれ通しでした。手術の直後こそ痛みはありましたが、そのときを除けば痛みはほとんどありません。痛みはもしかしたら、釘を抜く時の方があるかも知れません。でも、痛みはどうでもいいんです。そんなことより待ち遠しいのは、右手を水につけられるということです。この1ヶ月、右手は洗えませんでした。大好きなアイドルと握手をしたときによく「もう手を洗わない」なんて言いますが、実際1ヶ月、手を洗わないでいてみてください。気持ち悪いですよ~。ウェットティッシュで拭いたりもしますが、思い切りゴシゴシ洗いたくなります。小指以外の4本は洗えるのですが、「小指を少しでも濡らしてしまったらすぐに来い」と医者に言われているので、恐くてほとんど洗えません。お風呂にはいる時はゴム手袋をしたうえに手首を輪ゴムで厳重にしばっていますから、右手全体がまったく洗えません。台所で水仕事をするときも、やはりゴム手袋。食器は洗いますが、ゴム手袋をした手では水切りかごやシンクまでぴかぴかにしようという気はなかなか起こりません。キーボードを打つときも、包帯をぐるぐる巻きにした小指はだんだん使わなくなっていました。昨日なんか、包帯をしているのによく見ると、その間から指に刺さった釘が飛び出していましたから、あまりなことはできません。知らず知らず、エンターキーやP、コロンを打つのは薬指で代用していました。そのたびにホームポジションから手を離しますし、キーボードの方を見なければならないので、やっぱり入力が遅くなります。・・・それもこれも明日で解放されます。包帯が取れたら、何をしようかな。台所の洗い物とキー入力を思いっきり。ぐらいか。あと、ストレッチも腕立て伏せも、小指を気にせずできるかな。なんだ、たいしたことじゃないですね。でも、当たり前のことが心おきなくできるってのは幸せ☆
2008年01月29日
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昨日、同じタイトルで書きました。しかし、タイトルに込めた意味と実際に私が書いたことは微妙に乖離していました。うまく伝えることができなかったと感じているので、もう一度、同じタイトルで書きます。このタイトルで言いたかったこと。それは死は生の続きではないということです。そんなの当たり前、と思うかも知れませんが、でも今の世の中は、あまりにも死を生の一こまのように扱っていることが多いように思います。死後の世界に関心をもち、死後の世界はどうなっているのだろうと考えた時、それは「死後の生」「続きの生」を考えていることです。しかし、死のあとに生はありません。死ぬと生は終わりです。死後は天国や浄土で暮らしている(=生きている)と考えて自らを慰めるのは自由です。が、それは現実にはありえないことです。生は、死の瞬間から、もうどこにもないのです。死とは無に帰することです。だからこそ人は生を大切にし、生が危うくなった状態の人を何とかして死から救い出そうとするし、死んだことを心から嘆き悲しむのです。死後に生がないから、死を恐れるのです。死のあとにも生らしきものがあると考えるのなら、生は軽いものになってしまいます。生が続くのなら、「死んでみるのもいい」と考えるのも分かります。でも、死はそこですべてが終わりです。生がいくらつらくても死がそのつらさを救ってはくれません。つらさとか、つらさから逃れるという概念は生にのみ当てはまるもので、死にはつらいも楽しいも、快いも不快も該当しないからです。だからこそ、生は貴重なもの。すばらしいものなのです。生を失った状態は何ものによっても置き換えることはできません。死者を悼むのは、死そのものを悼むのではなく、その人が生き抜いた生を賛美し、それがもうこれ以上ないことを悼むのです。80歳で死んでも、20歳で死んでも、3ヶ月で死んでも、その人はその人生を生き抜いたのです。だから、生前の生を讃え語りあいましょう。その人の生きた歳月以上の思い出はもう作れません。だから、その人が生きた証しを分かち合い、彼、彼女の生前の生を共有しましょう。死んだ後にどんな生があるのだろうか、それを考えることに意味はありません。それよりも、たしかにあったその人の生き抜いた生を賛美しましょう。私が、親しい人を亡くした人に寄り添うのは、悲しみを共有するためではありません。亡くなった人が過ごしてきた生の喜び、偉大さ、楽しさ、すばらしさを分かち合い、亡くなった人に対する敬意を分かち合い、そのことで亡くなった人を心の中で生き続けさせるためです。亡くなった人の生は過去のものです。それでもそうやって、賛美することができるのです。生きている人はその生をいま、賛美しましょう。生きているということは、それだけで言葉にできないほど尊いことです。死は新たなことをもたらしません。すべてをそこで断ち切ります。しかし、生に目を向けると、そこには無限の可能性があります。いま生きている、この生を大切にしていきましょう。それを伝えたいために、私は親しい人を失って絶望の淵にある人に寄り添うのです。
2008年01月28日
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今日は死を意識する一日でした。今日は昨年亡くなった叔父の命日です。また、数日前に同僚のご母堂が亡くなり、葬儀が今日でした。そういったことが重なっているからか、昨夜から今朝にかけて見た夢には、何人も亡くなった人たちが出てきました。その人たちがまだ生きていて、しかし夢の中で死んでいくんです。そして、現在生きている人たちも亡くなっていく、そんな夢でした。こういう夢を見るのは、この3年の間に近い家族を3人続けてなくした経験があって、普段は忘れているようでもやはり私の心のどこかに、彼らの死を悼む気持ちや自分自身の割り切れない気持ちなどがあるからなのかも知れません。私はそれまで、お葬式を義理を果たす行事のように考えていました。このケースは出た方がいいとか、今回は出なくて電報だけでいいだろうとか、形式を整えることばかりに気を取られていました。親しい家族が亡くなると、亡くなった周りの人にとって、もはや生の意味が根本的に変わってしまうのだということにあまり思いが至っていませんでした。だから、つい「日常のひとこま」として葬儀を処理してしまっていたのだと思います。でも私は、自身の体験を通して、失う悲しみがどのようなものかということを知りました。その分、他の人の悲しみも少し理解できるようになりました。だから、私は時間が許す限り、いや時間がない場合も時間を作ってでも身近な人を亡くした人に寄り添うことにしています。今日のお葬式は言ってみれば「単に」同僚のご家族が亡くなっただけかも知れません。亡くなった方の顔も知りません。しかし、同僚がどのような気持ちでいるかを考えると、私は悲報を聞いた時すぐにその方の元に駆けつけるという選択肢を選びました。こんなことを相手がどう思っているのか。自己満足かも知れないと思いましたが、今日のお葬式で、おとといすぐに駆けつけたことをとても喜んでくださったのを見てホッとしました。昨年の叔父の時も、私は東京に駆けつけて叔母と一緒に夜を過ごしました。駆けつけたからといって、私に何ができるわけではないのですが、悲しみは分かち合うことで昇華できるような気がします。これからも可能な限り、最愛の人を亡くした人の気持ちに寄り添いたいと思っています。
2008年01月27日
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携帯をなくしたときのお話。メールや電話はそれほどかかってこない(かけない)私ですが、携帯はメモ書き用に必携です。買いたい本、各種情報、すぐにやらなければならないこと、今日買い物すべきもの、所有している各種機器の型番など、情報が満載。したがって、携帯をなくすということは私の日々の生活にとって死活問題。ですから、携帯がない!と気づいた時はホント血の気が引きました。つねに携帯を持っているかどうかはチェックしている人なので、携帯をなくしてから携帯がないと気づくまでには10分もなかったと思います。でも、気づいたのは車の中。しかも高速道路。高速を降りて、コンビニの駐車場に車を駐め、衣服を全部チェック。車の中をチェック。ありません。それまでの行動を振り返ってみました。「あのとき電話をかけたから、その時点では持っていた」「それから、留守電を聞いたから、その時点でも持っていた」「その後車に乗り、アドレスを登録したから、その時点でもまだあった」「そして、買い物のリストに買いたい物を付け足したからそのときもあった」・・・と考えていくと、ある「とき」に落としたとしか考えられないことが判明。車の中で使っていた。でも車の中にない。ということは車を降りたときに落としたんです。しかも、最後に車中で携帯を使った時点と携帯がないことに気づいた時点では一度しか車から降りていません。さて、いつ、どこで一度だけ車を降りたかが、ここで問題になります。それは、どうにも我慢できなくてたちションをした(*^^*)、そのときです(軽犯罪法違反?夜の山中だったので勘弁して)。そのとき私は高速道路上にいました。そこは、長い距離にPAやSAがずっとない道路です。もちろんトイレもありません。でも、私はせっぱ詰まっていた(子どもみたい)。そこで、緊急待避場所にまさに緊急待避したのです。そして無事、緊急なこと、解消。その5分後、携帯電話がなくなっていました。きっとそのとき落としたんです。間違いない(長井秀和、どこに行ったんでしょう)。私は高速道路を反対向きに乗りました。そして落としたと思われる地点を過ぎたところのランプで一旦高速を降り、Uターン。緊急待避場所はいくつもあります。でも私はだいたいの地点は覚えていました。「たしか陸橋をくぐったすぐあとで、緊急電話があった」それらしきところに行きました。が、夜のことなのでよく分かりません。溝の中も見ました。車のライトを当ててみたりしましたが、ありません。携帯を持っていたら、携帯のライトで光を当てるところなのですが、それも無理。いくつかの緊急待避場所を探しましたが、ありません。仕方がないので、スーパーに行って懐中電灯を買いました。そしてまた高速に乗り、降り、Uターンしてまた高速に乗り、いくつかの緊急待避場所を一つ一つチェックしましたが、ありません。記憶の間違いかなぁ。そう思って、また逆方向の高速に乗り、もう一つ先のランプで降り、Uターンしてまた高速に乗り、少し手前から緊急避難場所を探しました。ありました。それは、もう一つ先のランプと、私が思っていたランプの間の緊急避難場所にあったのではなくて、私が思っていたランプよりも手前にあったのですが、そのランプの出口と入り口が微妙にずれていたために、同じランプで出て、また入ったのでは私が借用した緊急避難場所はスルーしてしまう構造だったのです。高速道路を行ったり来たりして、緊急避難場所で懐中電灯を照らし続け、2時間半という時間と高速料金を費やした探索が無駄にならなくてよかったです。最後に緊急避難場所の路上に落ちている携帯を見つけた時はうれしくて思わず抱きしめてしまいました。でも、2時間半寒風にさらされていた携帯はめちゃ冷たかった・・・。
2008年01月26日
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ますます面白くなってきた「ちりとてちん」。NHK大阪も、前回の「芋たこなんきん」で思いっきりすべった失態を取り返しましたね。前作は期待しすぎて期待はずれ。はずれもはずれ、大はずれで、私の中では芸能界で一番好きだったはずの藤山直美に対する評価も下がってしまいました。それに対して、それほど期待していなかった「ちりとてちん」。これが面白い。世間の評価がそれほど高くないのが不思議なほど。毎日、感動の嵐です。今日のもまた泣かせる話でした(私、ホントに泣いてます)。主人公、徒然亭若狭(和田喜代美)の両親のなれそめについてはこれまでも小出しに出てきていましたが、それが今週は一挙公開。落語の話をモチーフにして毎週のエピソードを作っているのも手堅くストーリーをまとめられている理由でしょうが、そのパロディの仕方が非常にうまい。五木ひろしを善人風に描きながら、やっぱり五木ひろしらしくおちょくっているのもうまい。このドラマほど、どの出演者にも好意が持てるようになっている演出も珍しいのではないでしょうか。見るたびに周りの人に対する評価が上がっていきます。お父さん、弟、順ちゃん、和田友春、小草若、四草・・・このドラマまではあまり画面でなじみがありませんでしたが、みな見れば見るほど味があります。ただ、今日の京本政樹の高校生姿にはちょっとずっこけました。でも、「それはないやろ~」とツッコミを入れながら見るのが、「ちりとてちん」の正しい見方なので、これもまた善きかな。
2008年01月25日
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いつも不思議に思うことがあります。みなさんにはそんなこと、ありませんか。ちょっと鼻風邪を引きました。咳やくしゃみをしているわけではないですが、マスクをすると鼻孔が湿ってちょうどいい感じなので、私はマスク愛好者。今日もマスクをつけました。そこで不思議なことが起こります。私はいつもメガネをかけているのですが、メガネをかけたままマスクをし、そしてマスクを外そうとすると、いっつもマスクのゴムがメガネのツルに引っかかってしまいます。おかしい。メガネはずっとかけたままで、あとからマスクをつけそして先に外す(メガネは動かしてない)のだから、すっと外せてもよさそうなものなんですけど、必ずマスクのゴムが眼鏡のツルに通っています。そのため、マスクを外そうとすればいちいちメガネを外さなくてはいけません。なぜ?どうにも不思議でならなくて、さっき鏡の前でマスクをつけたり外したりしてみました・・・でも、分かりませんでした(^^;)。そおっとやるとツルにひっかからないときもありますが、普通にやるとちゃんと(!)ひっかかります。なんでかなぁ。あー悩んで、今夜も寝られない(7時間しか)。
2008年01月24日
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「沖縄へこみ旅」(2007年、カベルナリア吉田、交通新聞社)を読みました。全然へこまない、へこみ旅です。カベルナリアさんの文体が面白いので、あっという間に読んでしまいました。どれくらいあっという間かというと、大阪に行ったときに読んだのですが、行きのバスと電車と帰りの電車とバスの中で全部読んでしまったぐらいです。あ、上の表現は私の家からバスと電車で大阪に行くのにどれくらい時間かかるかが分からないと、全然伝わらない表現でしたね。でも細かなことは面倒だから言いません。とにかく、こういうのを読むと、ますます沖縄の人が好きになります。この年末年始に沖縄にいったときも、ウチナーンチュには数々だまされました。「この坂道を上がっていくと、300mでお店の看板があるから、すぐ分かる」とか 「ああ、その本屋なら去年つぶれた。もうないよ」とか「すぐ迎えに行きまーす」とか。・・・・嘘ばっかり。300mじゃなくて、3kmもあったぞ。本屋さんだって、ちゃんとあったよ(行く道を知らなかっただけだったみたい)。2時間後はすぐ?まあ、いいです。こういう一生懸命、相手を傷つけずに親切にしようとしてくれるのがウチナーンチュのいいところ。間違ってても知らなくても、なんとか親切にしてくれる、その気持ちは無にしてはいけません。ましてや、へこんでたりしたら失礼。というわけでこの本にも、客観的に見るとへこむはずの体験がいっぱい出てくるのですが、私がこれらの体験でちっともへこまなかったように、カベルナリアさんもタイトルの割りに全然へこんでいないのでした。また一つ、沖縄の魅力を再確認させてくれる本でした。これだから、おきなわんにはかなわん。
2008年01月23日
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東京に住む叔母が野菜を送ってきてくれました。正確に言うと、叔母が手配して伊豆のどこかの「自然何とか村」から、無農薬の野菜が届いたのです。泥がついてたり、実よりも葉っぱの方が大きかったり、いかにも素人くさ、もとい、自然な感じがして、おいしそう。おばさん、ありがとう。でもね、こういうのは、指を怪我していない時に送ってきて欲しかった。新聞紙に包まれた泥だらけのデコボコな大根を洗うのは、今ちょっと面倒くさいし、大変。こういうときはコンビニやスーパーに売られている、工場で作ったようなつるっとした大根のありがたいこと。送ってきてくれた以上は余すところなく使いたいじゃないですか。カブの葉っぱも、大根の葉っぱも。でも、ちょうど何日か留守をする直前に送ってきてくれたので、それらは黄色くなってきてしまいました。それを取り除いて使わせていただきました(何か文句あるように聞こえてしまうなぁ・・)。今日はアジの開きに大根おろしを添えようかと思ったけど、この不自由な手(小指はまだ完治せず)でおろすのもやりにくいなぁと思っていたら、いいアイデアがひらめきました。そうだ、ミキサーでおろそう。我が家のミキサーは30年近く使っているOsterizer(オスタライザー)。これに大根を、皮をむいて入れてみたところ、一瞬にして刃に刺さりました。全く動かず。ありゃ。どうすればいいか、いろいろ試行錯誤して、結局1~2センチのサイコロ型に切って入れるときれいな大根おろしができました。これなら楽にいっぱい作れます。指が悪くない時も大根おろしは面倒でした。子どもがいたら子どもにやらせたり。でも、これからはミキサーでガーっとやればすぐに大量のおろしができることが判明。これもみな、指を怪我したおかげです。骨折してよかったなあ(強がり)。前からあった方法かも知れませんが、なかなかいい方法を見つけたと自画自賛しています。大根おろしが好きだけど、おろすのが面倒な人、指を怪我している人は是非お試しください。ただし、あんまり細かくミキサーにかけると大根のスープみたいになっちゃうので、ご注意です。
2008年01月22日
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宙に浮いた年金記録の問題で、今日の新聞にこんな記事がありました。 社会保険庁は、記録漏れ、記載ミスの問い合わせのために 窓口を訪れた人に対して、職員の方からその人がかつて勤 めていた会社名や期間などのヒントを出してはいけないと する裏マニュアルを作っていることが分かった。数十年前に働いていた会社の名前や期間などはほとんどの人が正確に覚えていないし、給与明細なども取っていません。ですから、個人の力ではどうしようもありません。でも、データ(宙に浮いた分)がある側の、職員からヒントを言ってもらえると記憶の糸口がつかめて、かなり蘇るケースはあると思います。でも、それは「なりすまし」につながる可能性があるからしない、というのが裏マニュアルを作った理由だそうです。あのぉ・・・めちゃ素朴な疑問なんですけど。ミスをしてたくさんの人の年金データを宙に浮かせてしまったのは社会保険庁だったですよねえ?掛金を支払ってきた人は何のミスもしてませんよねえ?それを、いい加減な記録の仕方で、データを特定できなくしてしまったのは社保庁の方ですよねえ?なのに、なんでそんなにエラソーなの、社保庁。「この記録に該当するのは、もしかしてお宅ではないですか」と一人一人訪ねまわって、訊かなければならないのは社保庁の方ではないかと私は思うのですが・・・。記憶が曖昧な人がいたら、その人の記憶が間違いだと証明しなければならないのは社保庁の側。社保庁が反証できなかったら、その人の言うことを信じるしかないのではないですか。それで年金を受け取りすぎる人がいても、それは社保庁の責任でしょ。社保庁のミスで年金がもらえなかったり、少ない額しかもらえなかったりする個人がいるのは納得できません(それが現実ですが)。もし払いすぎてしまうようなことが出てくれば、その分は国庫が負担するしかありません。もちろん、そうして税金を無駄遣いさせた官僚や政治家にはそれぞれ、責任を取ってもらわないといけませんが。間違いを犯した側がなんでこうタカビーなのか、いまいち理解できません。
2008年01月21日
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はじめての・・・今日、息子が結婚しました。正式には明日入籍するのですが、昨日息子が新居に引っ越し、お嫁さんが今日引っ越してくるので、実質的には今日から結婚生活がスタートです。もっとも式はまだで、夏以降に予定しているらしいです(幸か不幸か、できちゃった婚ではありません)。今日、その彼らの新住所に荷物を送りました。前から送るつもりだったのですが、引っ越し直前だったので荷物を受け取って、また新しいところに持っていくのもややこしいだろうと、今日まで送るのを控えていました。ですから、おそらく彼らの元に届く郵便物(宅急便ですけど)第一号だろうと思います。荷物は息子だけでなく二人へのものだったので、宛名を連名にしました。連名の郵便物(宅急便ですけど)をもらうのも第一号でしょう。しばらくはバタバタと忙しい日が続くと思いますが、二人ならきっとその一つ一つが楽しい経験になるでしょう。二人ともほんと嬉しそうで、自分の時もこんなだったかな~と、見ているだけで幸せになります。
2008年01月20日
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昨日、たまたま見たNHK教育テレビの赤ちゃん番組(?)で、こんなことを言ってました。脳を使っても脳を鍛えることにならない。たまたま見ただけなので、何という番組なのかも分かりませんが、脳科学者らしい人が二人、しゃべってました。前頭野を使うゲームがはやっているけど、あれで脳が活性化される証拠は何もない、とか。脳内電流の図(だったかな?)を取ると、脳のどの部分がよく使われているかが分かるのですが、それによって分かるのはそこが使われているということだけで、そこがよく使われたからといって、そこの働きが発達するという証拠はないそうな。むしろ、初心者の方がよく脳が使われているのだそうです。たとえばピアノを弾くとすると、素人は苦労しながら弾くので、もう脳のあちこちに電流が流れまくっている。でもプロになってくるとそんなに脳を活性化しなくても弾けるために、あんまり脳に電流は流れていない。だから、よく脳を使っている人ほど電流は流れなくなってくる。ということは「脳を活性化させる」ゲームをやっていると、脳に電流は流れなくなるのかも。それがいいことか、悪いことか。それは分かりません。少なくとも、脳を使えば使うほど頭がよくなる、ということはない。そのことは分かりました。ボケ防止にはクイズやパズルをやるよりも、手や足を動かす方がいいのかもね。
2008年01月19日
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あぁ、よかった。今日は整形外科に、骨折した小指の消毒に行きました。12月27日に手術をして、1月30日に入っている金具を抜きます。その間、週に二度ほど消毒をしてもらいに行くのですが、看護師さんが包帯を巻いてくれている間、お医者さんとあんまり話すネタがありません。いつも「きれいに治ってきていますね」とか「痛みはなかったですか」とか、同じような会話ばかり。そこで今日は考えていきました。っていうか、実際気になっていたことを尋ねました。「先生、私は去年の夏にも沖縄で綱引きをして肋骨にヒビが入ったんですけど、こうしてまた小指を骨折したってことは骨が脆くなってきているんでしょうか」骨折をしたというと一応心配してくれる人も、その理由がキャッチボールだと言うと「年は取りたくない」だの「骨が弱くなったんじゃない」だのと言って、同情してくれません。たいてい笑われます。そういう反応をする人がホントに多いので、自分でも心配になってきたのでした。でも、お医者さんの返事は「そんなことはありません。大丈夫です。牛乳も飲んでいるんでしょ?」というもの。たしかに私は毎日牛乳を飲んでいます。「たぶん、筋肉が強くてそちらにひっぱられたのでしょう」とのこと。そんなことってあるんですね。骨と筋肉の力がアンバランスなのでしょうか。ま、とにかく骨が脆いわけではないというので安心しました。ひょっとしたら骨密度とか測った方がいいのかなあ、骨粗鬆症になりかけているのかなぁ、と半分本気で心配していましたから。お医者さんのお墨付きをもらったので、これからもしっかりとキャッチボールは続けていきたいと思います。私の部屋にグラブとボールがありますから、また遊んでやってください。大丈夫とは聞いたけど病院からの帰り道、カルシウムが気になってスーパーでちりめんとししゃもと牛乳を買いました。これで万全?
2008年01月18日
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だれ?今日、出勤したら私の部屋のドアノブに袋が掛けてありました。知り合いの兼業農家の人がときどき野菜をくれます。不在の時はドアノブに掛けておいてくれるのでそれかなと思いましたが、持ってみると軽い。部屋の中に持って入り、開いてみると手作りの品です。ずいぶんとしっかりとしたものです。メッセージがないかと探しましたが、「使ってくれるとうれしい」とか何とかだけ。名前はありません。??一体だれでしょう。ここに書いたから名乗り出てくれるかどうかは分かりませんが、できたらお願いします。だって、もしかしたら人違いで私のドアに掛けた可能性があるかも知れないし。あ、それだったらここは見ないか(^^;)。とにかく、ちょっとうれしい、ちょっと不気味な気分です。その昔、高校の修学旅行で、私たちの乗っている修学旅行列車がある駅で停車中、面会があると呼ばれました。「こんな短い時間に面会?」と思いましたが、面会の主は小学校のときに転校していった(いや、私が転校した方だった)女性。そのときも彼女の手作りのプレゼントをもらいました。転校して以来あまり話をしたこともなかったし、数回手紙のやり取りをしたくらいだったのでめちゃびっくり。当然ながら、同級生達には大いに冷やかされました。今日のミステリー・プレゼントは昔のことを思い起こさせてくれました。こんなサプライズはそれ以来です。しかし、誰なんだろう。一人だけ「もしかしたら」と思い当たる人がいて、その人に連絡してみましたが、違うということでした。うーん。気になる。身にまとうものですが、これって、まとった方がいい?
2008年01月17日
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NHK-BSで「そうかも知れない」を見ました。っていうか、見ています(現在進行中)。桂春團治と雪村いづみが演じる老夫婦。奥さんはアルツハイマー型認知症に徐々に冒され、作家である夫はその介護に悩まされ、自分も体をこわして入院することに。老老介護の切なさとしんどさを、淡々と描いた佳作。とてもゆったりとした時間が流れます。今日一日の疲れがちょっと出た私はときどき睡魔に襲われるほど、ゆったり(笑)。実際の老夫婦もこんなものかと思わせるくらい、セリフも少なくて、でもときどき堰を切ったようにあふれ出したりして、それがリアリティを出しています。1年前に亡くなった叔父夫婦を思い出しました。若い頃から一生懸命に働いて、それなりに充実した人生を送り、でも老いを重ねるというのはつらいことも多いのですね。最晩年は本人も家族もとても苦労なさいました。病気と闘うのは苦しいものですね。しかしもう一人、老人、とも言えない70代の人を思い出しました。その人は、今も現役で働き、忙しい時間の合い間に大学でコンピュータを学び英語を学んでいます。その彼が今度、オーストラリアに1ヶ月余りの短期留学をする、と私に報告してくれました。奥さんが「自分も連れて行って欲しい、自分ばかり楽しいことをして」と文句を言うんだ、と言っていました。「自分は勉強しに行くのに」と。こんな人を見ていると、健康で楽しく老いることが大事だなと思います。しかし、いま目の前のテレビでは「そうかも知れない」の、切ないドラマが展開されています。とは言え、病院で老夫婦の甥が発する「あの二人はちっとも弱音を吐かない」というセリフに、二人の絆の強さを感じます。ドラマはあと10分で終わりますが、どうなるのでしょう。入院した主人のところにきれいな着物で会いに行く、認知症の妻。少しドラマに集中することにします。
2008年01月16日
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世界的に有名な「Marquis Who's Who(マーキスフーズフー)という紳士録(人名録)の出版元から「あなたが2009年度版の採録の候補に挙げられました」っていう、招待メールがきました。よくあるじゃないですか。「おめでとうございます。あなたが当選者になりました」という、宣伝の手紙やメール。その類かなぁ、本物かなぁ。と、悩み中です。じっくりメールの文面を読んでいますが、英語なので微妙なニュアンスが分かってないかも。でも、どう目を皿のようにして見ても、本物っぽいんですよね。しかし、そんな有名どころから招待されるような人ではありません、私は。もし本物だとしても、私を載せて何かメリットがあるのでしょうか。「仕事に関する履歴書」を送らなければならないので(もちろん英語で)、個人情報の収集が目的かなとも思いますが、でも履歴書に載せるようなものはそんなにプライベートなことでもなく、誰でも知ろうと思えば知れるようなことばかり。そんなことはいくら書いても平気です。「採録によって支払いや義務は一切発生しない」と書いてあります。もし本物だったらモッタイナイような気もします(何が?)。いろいろ悩んでも仕方がないので、もしかして「マーキス・フーズフーのフィッシング詐欺がはやっている」なんていうサイトがないかと思って、検索してみましたが、そういうのは見あたりません。逆に「自分のところにメールが来たけど、本物かどうか」悩んでいる、私と同じような人のブログがヒット。その人は本物だと結論を出して、メールを送ったそうです。私も送ろうかなー。送っても必ず載せてもらえるという保証はないんですけどね。・・・でもどうせ載るなら、Who's Whoよりギネスブックに載りたいな(何の記録でやねん)。
2008年01月15日
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3連休を利用して、実家に行ってきました。夕餉の食卓に立派な柿がありました。「これどうしたの?」「ボーイフレンドから送ってきてもらった」「それは聞き捨てならん」最初の発言は私の質問です。二つ目の発言が母の答え。三つめは父の発言。柿がボーイフレンドからというのは本当。岐阜にいる、タクシーの運転手をしている母のボーイフレンドです。10年前、父が岐阜の病院に入院していた時の数ヶ月間、近くのホテルに泊まって毎日タクシーで病院に通っていた母はいつも同じ運転手さんに送り迎えをしてもらっていて、その友情(恋愛?)が今でも続いています。タクシーの運転手さんには、病院だけでなく、あちこち岐阜の観光地も連れて行ってもらいました。それで毎年、母はミカンを送り、岐阜からは柿を送ってもらい、というのがもう10年も続いているとか。それを母がボーフレンドと言っているのですが、そう言う母はうれしそう。それを聞く父は、顔をしかめたふりをしていました。いい年をして(母82歳、父85歳)こんなやり取りをしている両親を見ていると、つくづく私も彼らの血を引いているのだと思います。ほんと、長生きしますね。
2008年01月14日
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いま南紀白浜空港にいます。私の実家、和歌山県南部は隣県なのに現住所の奈良から車で5時間内外の時間がかかります。だからつい、足が遠のきます・・・東京に行く方が近いんですもの。その東京から息子達がやってきます。今年は正月に実家に帰らなかったし、この三連休を利用して実家で過ごすことになりました。ただ、休みが三日しかないので移動にかかる時間をできるだけ省こうと、飛行機を使うように言いました。言った手前もあるし、奈良から白浜まで私は車を走らせて、彼らを迎えに来たのです。ところが、最近この近くまで高速道路が延びたこともあって、ここまでは意外と近かった。家を出てからほぼ2時間で空港に到着しました。初めての場所だし地図で見ると高速道路がなくなってからかなり時間がかかると読んでいたのですが、予定よりも30分ほど早く着き、まだ飛行機も着かないし、一気に暇になり、ブログを書く時間ができました。実家にはネット環境というものがないのでこの二日はネットにつなぐことが難しいかなと思っていたのですが、しょっぱなからいけることになりました。などと近況報告。ネットはつながったけど、別に書くことがあった訳じゃなかった(^^;)。せっかくだからちょっと現状を報告。気温は16度。小雨。暖かいです。ヘタすると正月の沖縄よりも暖かい。亜熱帯の植物はいっぱいだし、たしかに沖縄に似ています。この空港は一日2往復、東京との行き来があるだけなので、まだ滑走路には一機も飛行機がありません。ターミナルビルも9時オープンということで、ついさっきまで閉まっていました。グラウンド・ホステスや整備士風の人がのんびりと出勤してきましたので、かろうじて空港かな?という雰囲気はありますが、ほとんど郊外のショッピングビルみたい。地方空港ってこんなものなんですね。駐車場も青空駐車場のみで、全くの無料だし。タクシーも第一便の到着1時間以上前から客待ちしてるし。さあ、もうすぐ東京からの飛行機が到着します。息子達とあと2時間超ドライブです。
2008年01月12日
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気になる話を三つ。リンゴ。むいていて思うのですが、芯のまわりって、ほこりっぽくないですか。リンゴはいくら洗っても、芯の部分はググッと奥まっていて洗うことができません。そこで、4等分なり8等分なりをすると、芯のところが汚いまま残っています。なんか気になります。まあ皮をむく時そこも一緒にむいてしまうので、いいと言えばいいのですが、何だかな。シートベルト。車が走り出してから締め始める人をよく見かけます。シートベルトは安全のためにするもの。でも、片手でハンドルを操作しながらもう一方の手で難しそうにシートベルトをしている。なぜ発信する前、止まっているうちに締めないの?そんなに急いでいる?なんだか癖になってしまっているって感じですね。自分や同乗者の命のためにシートベルトを締めてから車を動かしてください。癖になっている人はシートベルトを締めないとエンジンキーを回さないことにするといいですよ。ゴミ当番。今日もゴミ当番です。うちの地域は20軒ほどに一箇所の割りで集積場所があり、ごみ回収の日にはカラス除けの網やブルーシートを出したり片付けたりする当番があります。1週間ごとに当番が次の家に移るのですが、私の前の人はちょうど正月第1週だったので通常は3回あるごみ回収が1回しかありませんでした。私は通常の3回。来週の人は「燃やせないゴミ」が加わって週4回です。これって不公平じゃない?先週やった人が2週間やってもよかったんじゃないかな。今日もこれから会議があり、帰宅は9時を過ぎる可能性があるので、朝の6時から夜9~10時までブルーシートを集積場所に出しっぱなしにしてしまいます。ご近所の人、ごめんよ~。・・・読み返してみると、なんだかみみっちい話ばかり。性格ですね。
2008年01月11日
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相変わらず、毎朝BSで連ドラを二つ続けてみています。ひとつは「ちりとてちん」、もうひとつは「都の風」。私は子どもの頃から落語が好きで、「ちりとてちん(酢豆腐)」をはじめ、この番組にでてくる落語はたいてい知っていますし、生の高座に出かけることもあるので、落語家の裏の世界がかいま見られるのがうれしかったりします。が、それよりも、主人公を取り巻く人間模様の機微が落語チックで、全体として人情話の落語を聞いているような感じがするので楽しいのです。「都の風」は舞台の半分が私の地元奈良ということもあり、京都弁の落ち着いた芝居がじっくりと見られるということもあって、これまた楽しみ。この落ち着きは最近の、お笑い芸人らが「壁」になっているバラエティトーク番組などではけっして見ることができません。とりわけヒロイン悠(はるか)の父親、市左衞門を演じる西山嘉孝や(最近は出てこなくなったけど)はるかが勤めていた大阪の食堂の女主人、お初を演じる野川由美子の演技が好き。この時代、こんな生き方をしていた人がいたという、歴史の生き証人みたいな人物像を演ずることができる役者はそういないと思います。もう20年も前のドラマで、ご両人とも最近は見かけませんが(生きているのかな?活躍を私が知らないだけかも知れませんが)、こうした味わいのある演技をする人がかつてはいたよなぁと思い出させてくれます。「ちりとてちん」の主役、徒然亭若狭(貫地谷しほり)のスラプスティックなコメディをみて気がざわざわと騒いだあと、「都の風」で、戦中戦後を生きぬいた人々の真正面からの人間ドラマを見ると、気持ちがなだらかになり、二つでワンセットな感じがして、今シーズンの朝ドラシリーズはなかなかいい取り合わせだなと思っている私です。でも、たぶんこんな二つのドラマを両方とも楽しんでいる人はほとんどいないんでしょうねえ。二つ合わせると視聴率は1%以下?でも好きな物は好きなんです。楽しく一日をスタートさせる、私の活力源になっています。
2008年01月10日
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今日は初出勤。世間様よりかなり遅くてすみません。正業に就いている方もアルバイトの方もとっくに働いていらっしゃいますよね。ま、その分、お正月も年末もなしで働いていました。と言いたいけど(例年はその通りですけど)、今年は沖縄で毎日、飲み、遊んでいたなあ。お陰で仕事がどんどん押してきた。2週間ぶりに自分の部屋に来てみると、年末に片付けるはずだった私の部屋、なぁんも片付いてない。そうか。片付けようと思った矢先に小指を骨折したんだった(ナイスな言い訳)。床の上には何十冊もの本が本屋さんの箱や袋に入ったまま搬入待ち状態。横にはセットアップしなければならないパソコンが一台、袋に入ったまま。明日までに配布しなければならない数百枚のプリント。締切が迫っているいくつもの文書類。一気に頭が仕事モードになりました。いえ、家でも仕事はしていたんですけどね。でも別の種類の仕事がたくさん待っていました。これではなかなか帰宅できません。今日はゴミ当番。早く帰って、朝セットしてきたカラス除けの網を片付けたいのに・・ご近所の皆様、ごめんなさいね~。
2008年01月09日
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浜崎あゆみが突発性難聴で片耳の聴力を失ったとか。ワイドショーを見ていて、病気の扱われ方にちょっとびっくり。「病魔」とか「原因不明」とか「恐怖の病気」とか、ものすごく重病みたい。たしかに聴覚機能を失うのは重大なことですが、片耳だけだし治癒の可能性もゼロとは言えません。そこまで大騒ぎしなくてもいいのでは。と思うのは、実は私も同じ病気で右耳の聴力がかなり失われてしまいましたから。鳥越俊太郎は「聞こえないだけならまだいい。苦しいのは耳鳴り。あれが続くと発狂しそうになり、これ以上耳鳴りを聞かなくて済むなら死んでしまった方がマシだとさえ思った」とコメントしていました。そう・・・ですかね。もちろん人によって置かれた立場も違うし、受け止め方も違うとは思うのですが、私にはどうしても突発性難聴がそれほど大変な病気に思えません。聞きとりにくいのは事実です。先日の手術のときも、看護師さんに「耳が悪いのでとんちんかんな受け答えをするかも知れません」ってあらかじめ言っておきました。聞こえにくくて困ったことは結局何もありませんでしたが、手術中の医者の質問はちょっと聞きづらい時もありました。耳鳴りが四六時中あるのも事実です。だから、耳鳴りなのか虫の声なのか、蝉の声なのか聞き分けられません。テレビから聞こえてくるサッカーのホイッスルも風鈴の音もよほどでないと聞こえません。今もずっと耳の中というか、頭の中では蝉がうるさく鳴いています。でも、発狂しそうになるくらい大変なことなのかなあ。夏に林の中に行っても誰も発狂しないでしょ。あーうるさいな、と思うだけで。そして、そのうち慣れてくる。突発性難聴は原因不明だそうですが、何度も突発的な難聴状態を繰り返し、そのたびに病院に駆け込んでいた(今は回復不可能になってしまいましたが)私の経験からすると、この症状は必ず睡眠不足や疲労の蓄積している時に出ていました。体が、耳が、無理をするなと言っているんでしょうね。だから、あゆも肉体的、精神的に頑張りすぎたんだろうと思います。でも、発症後すぐにステロイド治療をするとほぼ間違いなく治ります。それが、忙しくて発症するぐらいだから、治らない人というのは忙しくて治療が遅れてしまうということなのでしょう。ある日突然耳が聞こえにくくなるので、たいていの人は気がつきます。とにかく、すぐにちゃんした耳鼻科にかかることです。原因は不明でも、治療の仕方ははっきりしているので、それほど大騒ぎする病気ではないのではないでしょうか。いや、これくらい騒ぐ方が、ちゃんとした治療をする人が増えていいことかな。とにかくいたずらに不安を煽らないで、きちんとした対処さえすれば治る病気だということをマスメディアはもっと喧伝して欲しいと思います。
2008年01月08日
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手袋パワーはすごいです。子ども達もいなくなって、怪我をした小指を抱えながらもどうしても水仕事をしなくてはならなくなりました。そこで思いついたのが、手袋。いや、今までも思わなかったわけではないのですが、包帯がぐるぐる巻きでは手袋をはめること自体が困難でした。でも今日お医者さんに消毒をしてもらいに行き、包帯もずいぶんと小さくなったのでこれなら、と思って手袋をしてみることにしました。でも家にある、カミさんが使っていたゴム手袋はサイズがM。使ってみましたが、やはりちょっと小さかった。使えなくはないのですが、使用後に小指がちょっと痛くなります。痛くなってしまっては意味がないので手袋を買いに行きました。買ったのは台所など水仕事用の使い捨てで、天然ゴムでできた薄手の手袋。それと、綿100%の軽作業用手袋です。前者は洗い物のために買いました。使ってみるとこれが超便利(語彙が貧困)。普通に洗い物ができます。あー、両手が使えるって何て便利なんだ。水に濡れるのを気にしなくていいのも心が安らぎますね。綿の手袋を買ったのはキー入力のため。私の仕事は半分以上がパソコンに向かった作業です。そのためキー入力が遅いと作業効率ががくんと落ちてしまいます。今、本を書いていたりするのでなおさらです。右手の小指を怪我してから、タッチタイピングがままならず、小指で打つべきキーに来るたびにホームポジションから手を離して別の指でキーを押していました。 それが、手袋をはめていると、小指でも打てるんですよねー♪もちろん、ぐるぐる巻きにした上に手袋まではめていますから、全くふつう通りに打てるわけではありません。でも、小指を使ってPのキーもEnterキーも打てます。これで、50%ぐらいに落ちていたキー入力の効率が80~90%ぐらいに回復しました。沖縄に行ってたりして、予定通りできていなかった仕事をこれから急速に取り戻さなければ。そのときキー入力の遅さは大問題だったのですが、これでほとんど小指のハンディを気にせずタイピングができるようになりました。さ、これからバリバリ仕事するぞ~。・・・と言いながら手袋をはめてまず書いているのがブログだってのはどうなの?(→自分)。
2008年01月07日
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いまごろ何ナンですが、年賀状を書き終えました。年末年始を留守にしていたので、やっと昨日になって今年の年賀状を受け取りました。私の方からは昨年の26日に出したので、届くべきところには届いていると思います。でも、 「出した人からは来ない、出さなかった人がくれる」という、年賀状の法則は今年も有効でした。ただ、家族の分がなくなり、自分だけの年賀状なのでだいぶんヨミやすくはなり、歩留まり率(?)が高くなってきました。出した人で来なかった人は20%ぐらい。出さなかった人でくれた人は10%ぐらいでしょうか。したがって失礼をした人たちへの年賀状を今日、書いたというわけです。全部で10~15枚ほど。いま出すと先方につくのは相当遅くなりますが、ま、仕方ありません。こちらから出した人で、元旦になってからあわてて書いて送ってくれた人もいつになく多くいました。私が年賀状を出すのは3年ぶりなので、向こうとしてもそのあたりの住所管理が難しかったのでしょうね。しばらく年賀状を出すという習慣から遠ざかっていたので今年の年賀状は出すかやめるか迷いましたが、これだけの人がくださったのでやめなくてよかったです。日常の中に自分が再度組み込まれたというか、またシャバに戻ったような感じがしました。年賀状は虚礼かも知れないけど、文面からその人の意外な面が見えたり、家族のことが初めて分かったり、これでかろうじてつながっている人たちもいるので、これからもやっぱり続けていくことにします。年賀状は日本の美しい伝統ですね。これで、こちらから出さなくてよかったらもっといいんですけど(こらこら)。
2008年01月06日
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年末に骨折して手術した小指の診察に行きました。レントゲン(って今でも言う? X線)撮影をしてみると、順調です。釘を抜く日も決まりました。その釘ですが、2本入っています。1本は右手の小指の上半分を貫くように入っていて、包帯を取ると釘の先端が1センチ弱、小指の指先から前に飛び出しています。もう1本は欠けた骨を斜めに貫通して小指の爪と第一関節の間くらいのところで、真上に飛び出しています。とくに化膿もしていないし(よくアルコール消毒を外からもお腹の中からもしましたからね)、傷口が開いたりもしておらず、釘が2本飛び出している以外は普通の小指です。ま、釘が飛び出している時点で全然ふつうではないのですが。痛みもたまにぴりっとするときがあるくらいで、ほぼ平気になりました。包帯も手首に巻いている分がなくなり、右手小指だけを覆っている状態なので、9本の指は自由に動きます。これでキーを打つのもかなり自由になりました。手術をした翌日は左手でしか箸を扱えませんでしたが、今は右手でほぼ普通にご飯が食べられます。ただ、車を運転する時はたまに小指で方向指示器を引っかけて無意味にカチカチ鳴らしてしまいます。それより困るのは水関係。洗い物や入浴など、水仕事は指1本を濡らしてはいけないだけなのに、右手がほとんど使えなくてやりにくい。息子達がいる間は水仕事は半分くらい彼らにやらせていましたが、一人は今日帰り、もう一人も明日帰るので、そうなるとちょっと不便。ご飯を作るのに包丁は何とか使えますが、水仕事ができないといろいろと行動が制約されてしまいます。誰か、ご飯作りに来て、洗い物もして、ついでにお風呂にも入らせてくれて頭とか体を洗ってくれないですかね(甘えすぎ)。ご飯を作るのはまあ外食すれば済みますが、入浴介護サービスは老人対象以外にはなかなかなさそうですね。老人以外を対象のサービスだと、目的が変わってしまいそうだし・・・。昔は三助さんがいて背中をゴシゴシ洗ってくれたものですが、なんて私の時代にはそんな職業、すでにありませんでした(若い人は「三助」という言葉自体、知らないでしょうね)。三助さーん、カムバッ~ク!
2008年01月05日
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エレベーターの絵記号って迷いませんか。ここ数日、エレベーターに乗る機会がよくあったのですが、開閉を表す記号が難しいです。三角形が二つ組み合わさって「開」と「閉」が表現されていますが、どっちがどっちか分からなくなってしまっています。▲▼ を横にしたのがとじる▼ ▲ を横にしたのがひらくでしたっけ?逆?黒い三角が扉を表しているとすると、上の絵が閉じていく扉を表し、下の絵が開いていく扉を表しているように私には見えます。でも黒い三角が矢印の役割を果たしていると、その逆のようにも思えます。・・あれ?本当はどっち?よく分からなくなってきました。
2008年01月04日
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今日はやっと沖縄になりました。風も無くおだやかな日差しが出てくると・・・いきなり暑いんですけど。昨日まで寒い寒いといっていたのがうそのように,上天気。首里城に国王夫妻の御成りを見たあとは首里石嶺にある「おきなわ堂」という本屋さんに行って,沖縄関係の本を十数冊買いました。一万円あまりも買ったので本屋さんがおまけに紅芋のかりんとうをくれました(ラッキー)。その後は友達と会うという次男をおいて,長男と私はバイクで島の南部をツーリング。といっても私は長男の後ろです。1300ccのバイクで風を切って走る沖縄は,車からとはまた違った風情でした。今,知人から民謡ショーに連れて行ってくれるとメールが来たので,ちょっとでかけてきます。そんなわけで本日も落ちはなし。
2008年01月03日
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いつの間にかもう二日になってしまいましたが,書初め(かきぞめ)です。私,基本的には初詣というものに行かない人ですが,今年はもう3箇所も行ってしまいました。まずは首里城。これ,初詣というのか?本当はコザミュージックタウンのカウントダウンライブを予定していましたが,長男が風邪気味のため,急遽変更し彼だけをホテルにおいて次男と二人で行ってきました。首里城正殿のライトアップに行き,みんなでカウントダウンをやり,普段はつくことの出来ない『万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘』をついてきました。今年は世界平和に少し貢献できそうです。二つ目は首里観音堂。これも初詣というのかどうか。長男の風邪もよくなったので,夜が明けてからもう一度『新春の宴』が行われている首里城に行きました。でもさすがの沖縄も道路が混んで,駐車場も満車。そのため首里城近くの観音堂に車を置かせて貰うことにしました。ただ置かせてもらうのもナンなので,ついでに(!)おまいりさせていただきました。おまいり3分で,その後何時間も駐車させてもらってごめんよー。今年は仏罰があたりそうです。三つめは白銀堂。これは糸満市にある海人(うみんちゅ)の守り神。非常にローカルな神社です。来るのも地元民ばかり。市内にある『ひめゆり平和祈念資料館』に行ったので,ついでに(!)お参りしてきました。なぜかその筋の人らしき人が団体でおまいりしていましたが,正月ということでにこやかでしたので,パンチパーマの人たちに混じって糸満漁港の大漁を祈願させていただきました。今年は美味しいお魚がたくさん食べられそうです。指も痛くなくなりました。でも指はまだ痛いことにして,運転はすべて次男に任せていますので,こっちは飲み放題。そんなこんなで,楽しく過ごしております。今年もきっといい年です。皆様もよいお年になさってください。
2008年01月02日
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