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2年ぶりに再開した早朝ジョギング。正確にはおととしの7月以来なので1年7ヶ月ぶりですが、快調です。前回は久しぶりで少しセーブして走り、しかも寒い奈良の朝、川の土手を走ったので汗のかき方もやや控えめでした。それから3日、今朝は沖縄の街中ジョギングです。午前6時台にすでに20度近くあるなかを走りました。走り始めてすぐに汗が出始め、コースの半分もいかないうちにTシャツはぐっしょり。まだ少し控えめの距離、速度なのでレベル4とまではいきませんでしたが、前回レベル1だったのがいきなりレベル2を通り越してレベル3。久しぶりに気持ちのいい汗をかきました。これからは徐々に走る距離を伸ばし速度も上げていくのでさらに汗レベルは高くなるはず。そして、思い出しました。去年は痛かったのに無理して走ると、走り始めてすぐに脚が痛くなったんだった。少しだけ走ってすぐにあのベンチで休んだな。道半ばでへとへとになって引き返したっけ。あれだけしんどかったのは体から「走ってはいけないサイン」が出ていたのね。体さえ悪くなければ1時間弱のジョギングでは何ともありません。ほんと、手術したおかげです。幸運にあらためて感謝です。
2025年02月28日
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久しぶりに大仏様を拝見しに行きました。大仏殿のあたりには修学旅行生とインバウンド観光客が満載。大仏様を眺めている人は多かったのですが、その荘厳な姿に圧倒されるのか、大仏殿の中では若い人や外国からの観光客が多い割りに案外とても静かで、いい雰囲気です。それでも相変わらず大人気の「大仏の鼻の穴」の穴くぐりに来るとみんな大はしゃぎ。行列ができていました。以前ニューヨークとアフガニスタンのゲストを連れてきたときも、彼らは穴くぐりに挑戦。ニューヨークから来たダンスシアターのダンサーは筋肉隆々の大男なのに軽々と通り抜けに成功していて、やはり鍛えている人は体が柔らかいのだなと感心した覚えがあります。アフガニスタンの女性も、少しだけインドのサリーに似た民族衣装を着たままで果敢にチャレンジ。穴くぐりをしたアフガニスタン女性、初めてかなあと話し合いました。大仏殿もじっくり見れば時間がかかりますが、私はたいてい知っているものばかり。10分ぐらいで拝観終了。少し時間があったので、近くにある東大寺ミュージアムに行ってみました。その前は何度も通るのですが、入ったのは初めてです。大人700円の有料施設なのでおケチな私は一度も入ったことがありませんでしたがシニアになって無料になったので、時間もあるしそれならということで入ってみてビックリ。こんなすごいところだったのか。興福寺の国宝館にひけをとらない国宝の数々。千年以上前の奈良時代に作られたと思えないまさに宝ものだらけでした。ここは逆に10分や20分で見るには時間が足りません。見るもの見るもの、どれも興味を引かれる展示ばかりです。大仏殿のような人々の雑踏もなく、静まりかえった雰囲気も気持ちがいい。駐車場の時間のこともあるので今回は20分ほどで後ろ髪を引かれながら出てしまいましたが、30分でも足りません。次は1時間以上はじっくり眺めたいと思いました。撮影禁止なので写真はなし。しっかりと心に焼き付けました。次回は東大寺ミュージアム1本で行くことにします。
2025年02月27日
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東大寺大仏殿にほど近い場所に、平日無料の奈良県の県営駐車場があります。ただし無料なのは1時間だけ。以前は2時間無料だったのですが、去年の7月から無料時間は1時間になりました。でも奈良公園の真ん中にあり、便利な場所なのでときどき使わせてもらっています。これが信じられないくらい、結構空いています。昨日も利用しましたが、地下2階はガラガラ。使わない手はありません。奈良ではシニアになると東大寺や薬師寺、春日大社など有名寺社に無料で入場できるパスがもらえます。昨日はこのパスと駐車場を利用しタダで東大寺大仏殿を拝観しようと計画。大仏殿は、誰かが奈良に来るといっしょに行くことがあるのですが、一人だと大人800円の拝観料を払ってまでなかなか行きません。でも無料なら話は別。「久しぶりに行ってみよう」と計画を立てました。駐車場は大仏殿から徒歩10分ほどのところにあります。行き帰りで20分かかるので拝観は30~40分ほどできる、と算段。車を駐めて大仏殿に向かいました。ところが大仏殿に着く寸前に気づきました。「あ、無料パス、車の中に置いてきた」。今から駐車場に戻っても無料時間のことを考えると、拝観時間は10分ほどしかありません。一度駐車場に戻り、一旦車を出してもう一度駐車し直せばそこからゆっくり拝観できなくはありません。でも2往復してまで大仏殿に入る気力はなくなっていました。「今日はウォーキングに来たと思うことにしよう」と言い聞かせ諦めて駐車場に戻りました。さて今日は昨日のリベンジ。今日の方が暖かいし、きっとこの方がよかったはず。とか言い訳しながら行ってきます。
2025年02月26日
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脊柱菅狭窄症の手術後、経過がいいので2年ぶりに再開した早朝ジョギング。やっぱりこれがないと一日が始まりません。考えてみると、あまり趣味らしい趣味を持たない私にとってジョギングは数少ない趣味と言えるのかもしれません。走ったり山の中を散策したりするのは子供の頃から好きだったのに坐骨神経痛でそれが2年もできませんでした。以前は朝起きるととにかくすぐに走りに出ていたのに…それがまたできるようになったんです。本日、朝5時過ぎ起床。ベッドから出て軽く体操し、すぐに手袋と帽子を身に着け真っ暗な戸外に飛び出しました。先週のジョギング再開時には、初日にふくらはぎが張って痛くなり、おとといは両足の太ももが痛くなりました。この痛みが脊柱菅狭窄症から来る坐骨神経痛に似ていたので内心気になっていました。ただ初日のふくらはぎは歩き続けていると徐々に痛みが収まってき、おとといの太ももも痛みは走っているときだけで歩いているときは痛くないので、これはきっと長く運動をしていなかったので筋肉痛になったんだろう、ということにしました(希望的観測)。不安を抱えながらも昨日は雪のため休息。2日ぶりに今日走ってみるとふくらはぎにも太ももにも痛みが出ません。やった。やっぱり単なる筋肉痛だったんだと安心。今朝は痛みもなく息も切れなくなってきました。2年前は当たり前にやっていた(600歩ジョギング+300歩ウォーキング)✕10セットを、再開後は念のため300歩+300歩の10セットにセーブしましたが、脚の痛みが筋肉痛とわかり今朝はジョギングを350歩に増やしました。ノープロブレムです。これならすぐに400歩、500歩と増やしていけそう。病み上がりですし無理はしませんが、600歩に戻る日も遠くない気分。私はジョギング後の汗のかき具合を4ランクに分けています。汗シャツランキング今日の汗シャツ今日は典型的なランク1の汗かき具合でした。今日は走った距離が短く、気温が氷点下で、氷が張っていそうな川から風が吹いてくる道を走ったのでそれほど汗をかかなかったのでしょう。でもあさっては沖縄に移動します。それに季節も春めいて気温が上がる予報。さらに、これからは走る距離も徐々に延ばしていきます。これらの条件が重なる来週はすぐにランク3や4になりそうで楽しみ一杯です。ん?私の趣味ってジョギングすることだった?汗をかくことだった?
2025年02月25日
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NHK-BSの朝ドラで「カーネーション」が再放送されています。私も熱心な視聴者のひとり。14年前の放送も見ていたはずなんですが、かなり忘れてしまっているので新鮮な気持ちで見られます。ストーリーは3人の娘が3人とも世界的ファッションデザイナーになった、その母小原糸子が主人公。糸子の幼少期から晩年に至る一代記ドラマですが、3人の娘がこれまた三者三様で面白い。長女はしっかり者、次女は破天荒、三女はノー天気に描かれています。この放送に合わせたかのように(実際合わせたのかな)モデルになった三姉妹の本が出ていたので早速購入しました。「コシノ三姉妹:向こう岸、見ているだけでは渡れない」(コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ著 中央公論新社)放送されているものより先行して読んでネタバレになるのがいやなので、我慢してこれまで読んでいませんでした。でも、今週に入ってドラマは一気に時代が進み(ついでに主役の糸子も尾野真千子から夏木マリに交代)3姉妹もそれぞれがデザイナーとして活躍しているとのことなので、もうそろそろ潮時だろうと、読むことにしました。構成はまず2023年収録の3人の鼎談、続いて長女次女三女それぞれの語り、最後に2024年収録の鼎談となっています。内容はというと、ほぼ朝ドラの内容通りでした。3人の性格もそのままドラマに描かれていてコシノヒロコの話のときは彼女を演じた新山千春の顔が浮かび、ジュンコの話を読むと川崎亜沙美が、ミチコでは安田美沙子が思い浮かびました。表紙には本家のヒロコ、ジュンコ、ミチコの3人が載っているのですが、本を読んでいるとき頭にあるのはあの3人の女優の顔でした。それほどドラマは事実に忠実に作られていて、3人姉妹に関するあの話もこの話も本当だったとわかります。ただ一つはっきりと違ったところがありました。ミチコ(ドラマでは聡子)が初めてロンドンに行くとき、本当は姉ヒロコ(ドラマでは優子)がついていくはずだったのが、搭乗直前に優子がパスポートの入った財布を盗まれてしまい、みんながてんやわんやしている知らないうちにミチコが一人で飛行機に乗って行ってしまったとか。あの二人にはありそうなことですが、この話はドラマにはありませんでした。これがほんとの、事実は小説よりも奇なり。
2025年02月24日
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外山滋比古著の「新版 『読み』の整理学」(ちくま文庫)を読みました。ひと月ほど前、孫の誕生日プレゼントを探していて同著者の「自然知能」という本を見つけました。外山さんは「思考の整理学」の著者として有名な方ですが、最晩年に書かれたこの本は「年寄りのたわごと」(娘さんの言葉)みたいな部分が多かったので、著者がもう少し若い頃に書かれた本なら「たわごと」でなくまともなことが書かれているかな、とこの本を選び読んでみました。たしかに「年寄のたわごと」ではありませんでしたが案外若い頃からたわごとも言っているなあと思ってしまいました。著者いわく、読書には二通りある。一つはアルファー読みもう一つはベーター読み。前者は既知のことを読むものであまり読者の進歩につながらない。しかし後者は未知のことを読むもので時にとっつきにくかったり何度読んでもわからなかったりするけれど、これこそ新しく真理を発見するために必要なものだ。江戸時代に子どもがそらんじた四書五経や明治維新後に入ってきた西洋からの翻訳ものがこれに当たると。この考えこそ私には未知でした。ただし理解しがたいというだけで、なにか深い真理が得られた気はあまりしません。取扱説明書や明治時代の外国語の翻訳はいくら読んでも理解が難しい。そういうものを読む経験こそ新しい発見を促したり人生の真理を把握したりすることにつながるのだ、みたいなことを外山は書いています。そうなのかなあ?と思ってしまいます。単に「表現の仕方が下手」なために読者にうまく説明できていないだけなのではないですか。パソコン黎明期に、ハード、ソフト関係のマニュアル(取説)には本当にいくら読んでも分からないものが多くありました。こんなものを何度も読んだところで深い真理が得られるとはとても思えません。私は一時、副業としてパソコンソフト(アプリ)のマニュアル本を書く仕事をしていました。有名どころのOSやワープロソフトなどであっても当時はひどいマニュアルが多く、優れた機能を持ったソフトであってもうまく使いこなされていない状況がありました。そこで初心者にわかりやすく解説したいわゆるマニュアル本が必要となり、私もその手の本を手掛けていました。当時ソフトに付属したマニュアルは開発者自身が書くことが多く、いわば理系の専門家がソフトのマニュアルを書いていました。理系の使用者には慣れ親しんだ書かれ方をしているのでそれでいいのですが、ソフト使用者の大半は一般の、おもに文系の人たちです。彼らに理解させるには機械のマニュアルとは違った実際の使用場面に即した「手取り足取り」の説明が必要でした。これは外国語の和訳についても同じです。下手な翻訳家ほど原文の文法構造に忠実に訳そうとします。それではこなれた日本語になりません。原文の構造が主節があって従属節があって数行にわたる長い文章だったとしても、それを日本語でも同じように一文として訳す必要はどこにもありません。日本語読者にわかりやすくするためには原文の文構造をそのままなぞる必要はどこにもなく、1つの原文を3つの文に分けても何ら問題はありません。内容理解が何より重要なこと。外山が言う、理解しづらい説明書や下手な翻訳文の「ベーター読み」はあまり得策ではないと私は考えます。すぐには理解できない本を何度も読み返し理解に励むのは決して無駄ではないと思います。そこに成長はあるでしょう。が、やみくもに繰り返して読むのではなく、一旦その本から離れあらためて多方面の知識をつけることによって理解しがたかったものを理解に近づけるというやり方で十分だろうと思います。敢えて理解しがたい「変な」文章をことさら求める必要はないのではないでしょうか。ふーむ。私ももっと知識をつければ外山の言うベーター読みの重要性もわかってくるのかなぁ。
2025年02月23日
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今朝も早くから走ってきました。おとといから再開した早朝ジョギング、3日目です。何十年も前から続けてきた早朝ジョギングですが、2年前から坐骨神経痛(診断は椎間板ヘルニアおよび脊柱菅狭窄症)のため毎朝の習慣を中止していました。しかし3か月前に受けた手術によって痛みがなくなりました。4日前には診察で、医者に走っていいと言ってもらいました。そこで翌日からジョギングを再開し、今日が3日めです。最初から2年前に戻すのは心配だったので1日めはやや軽めの設定でジョギングをしましたが、何事もなく無事完遂。2日めになって問題が発生しました。走ると太ももが張って痛みが出たのです。痛さの感じは手術をする前と同じ。これはヤバイ。せっかく治ってきていたのに走ってぶり返したか。不安がよぎり、すぐに中止をしようかとも思いましたが、しばらくは走る代わりに歩くことにしてみました。1日めは300歩走って300歩あるく、の繰り返しを10セット行いましたが、2日めの第1セットは600歩すべて歩くことにしました。歩いていると痛くありません。これは手術前とはちょっと違います。前は痛いとすぐに止まり座り込んでいました。今回は歩いている限り痛くありません。そこでそのまま、予定していたコースを続けることにしました。1セットめ600歩が終わり、2セットめは走ってみることにしました。やっぱり痛みます。歩いているときは痛くないのに走ると痛みが出てきます。ただ痛みをこらえて走り続けることができたので300歩走れました。そして次の300歩のウォーキングになると痛みはありません。そんな調子で痛みをこらえながらも第2セット以降は予定通りジョギングができたのが2日め。そして3日めの今朝は300歩走って300歩あるいて、10セットが予定通り完遂できました。今日も太ももが痛いのは痛いです。でも、手術前の痛みとは違います。ではなぜ痛むのか。これは坐骨神経痛ではなく、単なる筋肉痛でしょう。走っていないとまったく痛くありません。座っているときはもちろん、歩いていても痛みません。2年間のブランクがあったのに、おとといいきなり10セット(5km)走ったので筋肉がびっくりしたようです。私の見立てどおり筋肉痛なら走り続けていると徐々に取れていくでしょう。早朝ジョギング、様子を見ながらもう少し続けてみることにします。
2025年02月22日
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新しいパソコンを買いました。今年10月にWindows 10 のサポートが終わることを見込んでの対策です。私が沖縄と奈良の自宅で使っているパソコンは一般の会社でなら廃棄処分になるほどの、かなり古めのもの。サポート終了に備えてこの2台のパソコンを Windows 11 にアップグレードできないか調べてみましたが、残念ながらどちらもCPUが古すぎて無理でした。あまりパソコンにお金を使いたくない私ですが、それなら仕方がないと渋々自分を納得させました。それからは暇さえあれば(これがまたあるのですが)家電店やPCショップ巡りで掘り出し物がないかをチェック。しかし、パソコンって高いです。二桁万円するのが当たり前。20万円以上するものもザラです。それに加えて最近はセットアップやら何やらのサポートを家電店がしてくれるサービスパックがはやっていて、その料金が2~3万円プラスされたりもします。家電店でパソコンの下に29,800円などの数字を見つけて「お、安い」と思ったらサポート料金の話でガックリ、ということも。インターネットにつながり、ちょっとした文章作成や表計算ができるパソコンで十分なんですけど。ビデオ編集もしないしゲームもやらないのでパワフルなCPUも要りません。メモリーもストレージもそこそこの容量があればいいのですが、家電店にはハイスペックな「こんなの誰が使うの?」というものがずらり。オフィスソフトも無料のがあればいいし、私が必要なのはOSが Windows 11 であることぐらい。ウィルスソフトもいま使っているものを載せ替えるだけ。ということで最終的に私が選んだのは、奈良で使うものも沖縄のものもミニPCでした。まず去年の8月に奈良用のミニPCを買いました。GMKtecのG5。メモリー12GB、ストレージ512GB。これで29,968円(税込み、送料込み)です。ミニPCを買うのは初めてだったのですが、何ら問題なく動きます。これまで使っていたWindows 10 マシンよりよほどサクサク動き、気に入りました。じゃ沖縄用も、となり同じ機種を探しましたが半年も経つとすでに型が一新されています。メーカーをこだわらないで探してみると、もっと安いものが見つかりました。Hitabt ミニpc windows11 n100。ゲーミングPCと謳われているだけあって去年購入したGMKtecのものよりさらにハイスペックです。メモリー16GBでストレージ512GB。これでクーポンを使って17,999円(税込み、送料込み)でした。GMKtec のものより1万円以上安いじゃないですか。早速ポチッと購入を申し込み昨日届きました。福岡から奈良まで1日で到着しました。ドライバーさん、ご苦労さん。即、使い始めましたが問題が一つ。「Windowsのプロダクトキーが見つかりません」と出ます。冗談じゃありません。2万円切る価格だから購入したのにそこに2万円出してWindowsを買えというなら詐欺?でもカタログスペックにはちゃんとOS Windows 11 Home と書かれているので「何かの間違いだろう」とすぐに販売店(ネットショップ)に連絡を入れました。そして、その対応がまた早かったんです。メールして数時間後に返信が来て、「このプロダクトキーを入れてみてください」とキーが書かれてありました。指示通りにキーを入れてみると間もなくWindows が認証され問題は解決。出荷時に認証できないどんな理由があったのかはわかりませんが、すぐに使えるようになりました。これで来週沖縄にいくときに持っていけます。また、このトラブルを通じて販売店がちゃんとしたところだと分かったのも収穫でした。しかしPC の扱いにある程度慣れている私だったからよかったものの、初心者にこんなことが起こるとMicrosoft に勧められるまま Windows 11 を購入してしまったかもしれません。ま、初心者はネットでミニPC なんか買わないでしょうけど。
2025年02月21日
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走れました!脚が痛くてもう1年以上走っていなかった私がジョギング再開です。以前は毎朝ジョギングするのが私の日課でした。が、歩くと脚が痛くなり長い距離を動くことがつらくなったのが約2年前。痛みにムラがあり、調子のいいときは1kmぐらい続けて歩けるのですが、歩けないときは数十歩で歩けなくなる始末。ずっとそんな状態だったのでたまらず医者に行くと椎間板ヘルニアの診断を受けました。神経ブロックの注射を受けると一時的に痛みはなくなります。でも楽になると無理をしてしまい再発、の繰り返し。何度も失敗してたどり着いたのが手術という選択肢でした(最終的に診断された病名は脊椎管狭窄症)。昨年11月に入院し「椎弓形成術」という手術を受けたところこれがピッタリはまりました。手術の直後から痛みもしびれもツッパリ感もみんななくなったのです。2週間あまりの入院中、院内の廊下を歩き階段を上り、毎日7千歩は歩いていました。退院後もできるだけ歩くように心がけ、多い日は1万歩以上、少なくとも5千歩は歩くことにしていました。でもやっぱり走るのは怖かったです。大丈夫かもしれないけどまた失敗したらという不安がありました。手術するまでは、少しよくなっては無茶をして痛みをぶり返していたので、気持ちが臆病になっていました。それでおととい、術後3ヶ月の診察で医者に「走っても問題はないか」と尋ね、答えがイエスだったので再開することにしました。私のジョギングのやり方はインターバル・ジョギングというものです。歩数を数えながら走り、600歩走ったら今度は300歩あるく。それの繰り返しで痛くなる前は1日10セットを行なっていました。トータルすると9000歩になります。いかし、今回久しぶりに再開するにあたって、さすがにいきなり同じだけやるのはきついだろうと考えて、とりあえず300歩ジョギング+300歩ウォーキングを10セットすることにしました。最初は不安でした。走り始めると間もなくふくらはぎが痛くなりました。手術前はちょっと歩くとふくらはぎやももが痛くなって止まってしまっていたので、今回のこれも痛みの再発かもしれないという気持ちがふと頭をよぎりました。そのため少しスピードを落とし、できるだけ平らな土地を走るよう心がけました。やめようかと途中思うこともありました。でも走っているうちに慣れてきたんです。「お、これだと案外、いけそう」「いけるかも」と考えているうちに完走していました。たった6千歩のインターバル・ジョギングですが、完走です。これなら明日からも毎朝走れます。そして徐々に元の(600+300)✗10セットにしていくつもりです。
2025年02月20日
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2拠点生活をしている私は沖縄と奈良で全然タイプの違う車に乗っています。沖縄では軽自動車、奈良ではスリーシーターのミニバン。軽はガソリン車で、ミニバンはハイブリッド車。メーカーが違うからか、操作の仕方が随分と違います。そのため移動した直後に車に乗るときはちょっと戸惑います。どちらも国産のオートマチック・トランスミッション車ですがギアが軽はPRNDS、ミニバンはRNBDとなっていて、操作の仕方が違うのです。スティックの位置も違いミニバンの方が軽よりも低い位置にあるのでノールックだとミニバンでは空振りすることも。ダッシュボードの計器類、ナビゲーターや地図表示、ディスプレーの操作、ガソリンタンクの開閉方法もそれぞれ様式が違うので、移動した直後に車に乗ったときは気をつけなければなりません。ナビの地図を拡大表示するのはどうするんだった?エアコンを切るのはどのボタンだっけ?ラジオをつけるのはどうする?などなど。ところがほんの数分も走ると慣れて、ずっとその車に乗っていたと錯覚し戸惑いがほとんどなくなるのが不思議です。アメリカに住んでいるときは車が右側通行、運転席が左だったので先ずそこから頭を切り替えることが必要でした。が、国内の移動程度ならば切り替えに要する時間も労力もそれほどではありません。沖縄に住み始めてからも一昨年車を買うまでは毎回レンタカーを使い、毎月ちがう車種に乗っていたのでその辺で自然にアジャストすることを覚えていったのかもしれませんね。ただ一度だけ外車のレンタカーに当ったことがあり、あれは難しかった。方向指示器が左など、何もかも逆でしたから。
2025年02月19日
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今日は術後3ヶ月の診察日。去年11月に受けた脊柱菅狭窄症の手術(椎弓形成術)から3ヶ月です。例によって11時予約のMRI、12時予約の診察とすいすい進んだ結果、診察が終わって会計の支払いまで終えた時点でまだ12時5分、帰宅したらまだ12時半前でした。いつもながらこの病院は時間に無駄がありません。診察はついさっき撮ったばかりのMRIの写真を見ながら。再発したりしている箇所が写ってないかちょっとドキドキ。手術前と今日の写真を並べて説明してくれました。前回の背骨の詰まり(脊柱管の狭窄)具合と今日の、そこがすっきり通っている違いが素人目にも一目瞭然でした。MRIの背中の輪切り写真を見比べると、前回の脊柱管は三角形、今回は円形をしています。▽と○なら、その中を走る神経の束は○の方が通りやすいに決まっています。脊柱管の狭くなったところは2箇所あり、その両方を広げる手術をしたのですが両方とも○でした。あ~よかった。手術以来痛みもしびれも全くないので、ある程度この結果は予想していました。でも今日、MRIにもお医者さんにもお墨付きをいただいたので安心です。診察の最後に尋ねてみました。「退院してからウォーキングはしていましたが、ジョギングはちょっと早いかなと思っていました。もうしても大丈夫ですか?」お医者さん即答「少しならいいんじゃないですか」。やった。毎日5キロのウォーキングに加えて明日からはジョギングもやろう。以前のとおり、一日9キロを目指して。
2025年02月18日
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沖縄は19世紀に武力で日本に取り込まれるまで、琉球王国という日本とは別の国でした。その琉球王国ができたのが15世紀。それまでは群雄割拠の戦国時代で三山(3つの勢力=北山、中山、南山)が争う時代が続いていました。そのうちの一つが現在の浦添市あたりに強い勢力をもっていた英祖王。13世紀ごろのことです。この王様のことを「太陽(てだ)の子」を意味するてだこと呼び、これが浦添市のニックネームになっています。那覇空港でモノレールに乗ると行先が「てだこ浦西」になっていますが、それは浦添市の浦西駅というほどの意味。ここは英祖王だけでなく、琉球王国として三山が統一されたあとも琉球王国初期の王様のお墓としての役割を果たしてきました。また、15世紀には石垣も建造されて城(ぐすく)としての役割も持つようになりました。ただここは沖縄戦の激戦地でもあり、戦時にようどれや城の石積は大きく破壊されてしまい、いまあるのは戦後修復されたものです。おとといアップダウンウォーキングを兼ねて、英祖王が祀られたお墓「浦添ようどれ」に行ってきました。ところがようどれ近くまで行ってみると、現在墓室は工事中。ウォーキングの目的は果たせましたが、お墓を間近に見ることはできませんでした。ま、何度も訪ねているところなので見られなくても構わないのですがちょっぴり残念。城から下界を見下ろしてみると、石垣の向こうに東シナ海や先日行った読谷村方面がかすんで見えました(よく見えなかったけど一番先には残波岬がたぶんあったはず)。ここは沖縄戦で最も激戦地だった前田高地の一部。ガマ(自然の洞穴)を利用して塹壕が張り巡らされていたそうです。数百年にわたって変遷してきたこの土地。戦時中は王家の先祖たちもゆっくりと眠っていられなかったでしょう。実際に戦闘でお墓はかなり破壊されましたが、戦後修復されていまはウォーキングの格好の場所にもなっています。おとといは浦添市開催の「てだこウォーク」当日で、たくさんのウォーカーたちが5kmコースや10kmコース、20kmコースなどで健脚を競っており、ようどれ近辺でウォーカーたちにも遭遇しました。今年の「てだこウォーク」は私自身手術から3ヶ月だったので自粛したけれど来年は参加してみようかな。
2025年02月17日
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本日は沖縄から奈良への移動日。グッと寒くなると覚悟していましたが、予想はいい方に外れました。沖縄を出るとき(午前9時)の室温が22度で、奈良の家に入る(午後3時)と室温は13度。2週間まったく火の気がなかった(暖房をつけていなかった)家はどれほど寒いかと戦々恐々としていましたが、全然平気でした。先週、沖縄を今シーズン最強の寒波が襲ったときぐらいの気温です。沖縄でも電気ストーブを買ってきてつけましたが、奈良でもちっちゃな電気ストーブだけでいけます。ちょうど列島から寒気が抜けた、ラッキーな日にあたったみたいです。ラッキーと言えば天気もラッキーでした。昨晩の沖縄は夜中に目が覚めるほどの本降りの雨が降っていました。朝6時前にベッドから出た時点でもまだ降っていました。ところが天気は徐々に回復し、家を出る午前9時に雨はすっかり上がっていました。駅までの徒歩16分の道のりはあたたかくてしっとりしていて、まるでうりずんです。うりずんとは4月頃、早い梅雨に入る直前の沖縄に訪れる高温多湿の季節のこと。そんな感じの中をTシャツ一枚で駅に向かいました(それでも汗をかきました)。1時間半のフライト後、関空の駐車場で車に乗ると中に分厚いオーバーコートが。奈良を出るとき着ていたものです。沖縄では要らないからと、車から降りるときに脱いで置いていったもの。沖縄から本土に移動したら多分重宝するだろうと思っていたのですが、全然必要ありませんでした。空港から奈良に向かう車の外気温は14度。暖房をつけるほどでもない気温です。途中スーパーに寄って買い物もしましたが、家に着くまで結局オーバーコートの出番はなし。自分は何か持っていると思わせる(笑)ラッキーな日でした。でも今週はまた列島に最強寒波の予想。油断は禁物ですね。
2025年02月16日
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ものすごい映画を見てしまいました。映画「どうすればよかったか?」。リンク先を見れば映画の内容がよく分かりますが、こんなドキュメンタリーは見たことがありませんでした。ドキュメンタリーは客観的な立場から第三者的視点で素材を描くことがほとんどですが、これは統合失調症になった姉を弟である藤野知明さん自らがカメラを回して作った映画です。藤野さんのお姉さんが統合失調症らしき症状を示しだしたのが藤野さんが高校生の時でした。姉の状況を映像にして残そうと映画の専門学校に通い始めたのは30歳を過ぎてから。藤野さんの場合、映画監督だから家族を素材にした映画を作ったというより、家族の映画を撮るために映画監督になったように思えます。被写体は自分自身も含めて家族。姉の処遇をめぐる家族の諍いも赤裸々に撮っています。医師で研究者である両親の話し合いは、努めて冷静さを保っているようにもみえますが、それぞれの意見の違いによる言い争いやお姉さんの叫び声などは他人には見せたくなかった部分かも知れません。藤野さんは最初から映画の公開は姉が亡くなった後と決めていました。公開された2024年、母はすでに亡く父は98歳。姉が統合失調症を発症したのはなぜか、両親が病院任せにせず最後まで姉を家に置き、玄関に鎖をかけて監禁までしたのはなぜか。その理由のほんとのところは分からないし、監督もそれを追求してはいません。母が亡くなった後、姉は精神科に入院します。そこで姉に合う薬がみつかって症状は劇的に改善され3ヶ月で退院、その後の姉の行動は大きく変わります。本来の姉(という言い方が合っているのか分かりませんが)は何でもできてユーモアに溢れた人だったそうです。そんな一面が退院後の映像に出ていたのが救いでした。しかし家族がこのような場面に遭遇したら、自分自身どうするか。「どうすればよかったか?」というタイトルは藤野さんの自問自答であり、観客に向けての問でもありました。
2025年02月15日
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春風亭一之輔さんの「まくらが来りて笛を吹く」(朝日文庫)を読みました。奈良の書店で「何か笑える本はないか」と『落語・漫才』のコーナーを見つくろっていた時ふと見つけたのがこの本。一之輔さんのことは笑点に出ていることぐらいしか知らないし落語はほとんど聞いたことがありません。大喜利の答が当意即妙で、割りと好きだと思っていました。本書をめくってちょこちょこっと読んでみると、これがなかなか面白いし共感できます。その時点で元は『週刊朝日』所収の連載物だったことも、本書がそれをまとめた2冊目だということも知りませんでした。こういう短くてクスッと笑える本は好きです。私の読書は基本、運転中の赤信号待ちの間に行います。なので、一つのエッセイが1回の信号待ちで読み切れるか、それが無理でも2回の信号待ちで読み切れる程度の短さの本書は私の読書にぴったり(よい子はまねをしないでください)。さらに、ぶつ切り読書には重厚なテーマよりこの本のような軽~い題材が合っています。毎週(たぶん)綴られるエッセイ、お題はそのときどきに応じて編集者が出すので時事ネタが多くなります。今回この本に掲載されたエッセイはコロナ禍前後のもので、コロナ関連の話題が多く取り上げられていて「そうそうあの頃は大変な経験をした」と記憶を確認する助けになり、一種のクロニクルのような役割も果たしています。が、それ以外はほぼくだらないネタのオンパレード。でもそのくだらないネタをくだらなさなく(日本語あってる?)してしまうのが一之輔さんの筆力。逆に、日常の普通のことを敢えてくだらないネタにしてしまう筆力もお持ちです。本書はエッセイをまとめた本としては2冊目。これは1冊目も読まなくては、と思わせてくれました。とくに「解説」の赤江珠緒さんによると、1冊目の文庫本の解説は一之輔さんの高校生の長男が書いたもの。「高校生でありながら、見事な文才で、もっとも身近な父に迫るという圧巻の文章なのだ」(本書415頁)とベタ褒めしています。それだけでも読んでみたい。それだけだと本屋の立ち読みで済ませられるか。ま、それはしませんけどね。ネタバレ嫌いな私は映画を見る前にも決して解説を見たり読んだりしません。ご子息の解説も読後の楽しみにいたします。
2025年02月14日
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昨日は暖かさに誘われて半日、観光客になりました。行き先は読谷村の座喜味城(ざきみぐすく)方面。次の日(今日のことですが)は雨で気温も下がるというので、昨日は我が家をお昼過ぎに出発。気温23度。約1時間で座喜味城に到着。ここは初めてです。車を駐めて急な坂道を上っていくと城の高い石垣が見えてきます。上ると読谷村全体が一望できました。高い石垣の上には柵もなく端っこに立って下を見ると頭がくらくらします。「いっちぇーならんどー」(行ってはダメ)の立入禁止看板が妙にリアルです。落ちると死にます(たぶん)。座喜味城の石垣はアーチ状の門が有名です。近くに行くと中国(香港?)からのお客様がヌンチャクを振り回していました。なんでここでヌンチャク?ま、いいけど。城跡を後にして次に訪ねたのは「くるちの杜」。くるちとは黒木の沖縄なまり。三線の材料です。これが減っているのを危機に感じた宮沢和史さんらが十数年前から始めた「くるちの杜100年プロジェクト」の場所がここ座喜味。ヒカンザクラの後ろにすでにたくさんの黒木が育っていました。「旅」の最後は残波岬。残波岬灯台には何度も来たことがありますが、同行者が怖がったりして一度も上ったことがありません。今回はひとりなので誰に遠慮することなく99段の階段を上ってきました。灯台の上からは那覇や本部半島はもとより久米島などもみえました。と言いたいところですが、裸眼ではよく分からずただ海が見えるばかり。真下を見ると今が「旬」のホエールウォッチングの人たち(たぶん)がいました。私も目をこらしましたが残念ながら発見できませんでした。今の季節は一日粘っているとだいたい見えるらしいのですが、そこまで根性がありません。初めて行ったところ、何度も訪ねたところ取り混ぜての2時間ほどの小旅行でしたが、それなりに満喫して帰途につきました。家に帰ると、庭のハイビスカスが今年初めての大輪の花を咲かせて私を迎えてくれました。
2025年02月13日
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先日逝去した森永卓郎著の「身辺整理:死ぬまでにやること」(興陽館)を読みました。昨年父が亡くなったことで私も今後のことを考えさせられることが多く、何かの役に立つかも知れないと思って買って読んでみました。著者が「身辺整理」に取りかかったのは余命宣告を受けたことがきっかけですが、自身父親の介護や死去の際に相続で苦労した経験から自分の死にあたっては遺族に迷惑をかけないことを目的に始めた身辺整理でした。ただし経済アナリストで大学教授で多彩なコレクターでもある、彼の経験は誰にでも当てはまる訳ではありません。しかし大いに参考になる部分がたくさんありました。森永さんと私の生い立ち、職業、思想は全く違うはずですが、本書を通じて知った彼の世の中のとらえ方や死生観には通じるところがたくさんありました。モノへの執着(のなさ)、人間関係のあり方、死に対する考え方などがよく似ていました。「がっちりマンデー!!」などで見かける森永さんがこういう人だとは知りませんでした。彼の暮らしぶりも私と共通するところが多々あるように感じました。都心を離れて「トカイナカ」所沢でガーデニングをしているところは2拠点生活をしながら奈良と沖縄でそれぞれ果樹を栽培している私の生活と似たところがあるなと勝手に思ったり、人付き合いは多くても親友と言える人はひとりもいないと断言しているところも同じ。ミニマリストではないですが、モノに執着しないところも似ています。ただ、森永さんの場合はコレクションとしてのモノには執着があり、そこが私とは違いますが。森永さんが苦労した相続の手続きについては私も義母の相続で経験したのでよく分かります。義母は子どもの頃親戚の養女となったりして人よりもやや複雑な生い立ちをしています。彼女の生まれてから亡くなるまでの戸籍をたどるために私は、彼女が死亡した市の役所に仕事の合間を縫って片道2時間かけて何度も通いました。相続者は私の妻だったのですが、病弱な妻は入院中だったため妻からの「委任状」を携えて代理手続きをし、ここは森永さんよりさらにヤヤコシイ経験でした。宗教を信じず死とは無に帰ること、したがって遺骨には何の意味もないと思っているのも共感する部分です。いま現在の状況をできるだけ受け入れ、他人に迷惑をかけないようにしながら無理せず後悔もせず最期まで機嫌良く淡々と生きていく。そのため死後に遺族に迷惑をかけないよう、生きているうちになるだけ身辺整理をしておき、お別れの時が来れば感謝しながら「無」に帰って行く、そういう死生観はよく似ているなぁと思うのです。自分のときの身辺整理の参考にという期待は外れましたが、彼の考えに触れることで期待以上のものをもらった本でした。
2025年02月12日
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暖かくなったので去年から(と言うと大げさ。12月から)放置してあった庭の剪定ゴミを袋詰め。45リットルのゴミ袋が5つ満杯になりました。こちらの自治体では週に1回、水曜日に5袋まで持って行ってくれるので限度いっぱいまで作りましたが、どうしても入りきらない分があと3袋分ほど残ってしまいました。来週の水曜日は沖縄にいないので残った分はまた次回、3月に帰ってきたときのお楽しみ(?)です。今回おもにゴミになったものはバナナ、月桃、そしてドラセナの葉と幹(茎)。堅い木ではないのである程度の期間放置しておけば写真のように茶色く枯れて柔らかくなり、道具を使わなくても手で折り曲げて袋詰めが出来ます。とにかくこれらの木(草)は図体がでかくて伸びるのが早い。その分、葉も茎も柔(やわ)なんです。バナナは最初苗を植えましたが、それがどんどん広がりました。月桃やドラセナに至っては勝手に生えてきた雑草です。写真にあるパパイヤもこんなところに植えた覚えがないのに、いつの間にか生えてきて天高く伸びています。伐ってしまってもいいのですが、実もたくさんつけているし玄関(門扉)脇に生えているのも面白いのでそのままにしています。緑の実をとって野菜としてサラダにしてもいいし、黄色く熟したら果物としてデザートにしてもいいし、ということで。写真の右、緑の灌木サンダンカも勝手に生えてきたので刈り込みました。手間はかかるがお金はかからない沖縄庭事情。
2025年02月11日
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沖縄の銘品、オリオンビールを知らない人は少ないと思います。Tシャツにもなっているあのロゴ。このロゴを描いたデザイナー、岸本一夫の展覧会をおきみゅー(沖縄博物館・美術館)で見てきました。芸術に疎い私は、美術を見てもなかなかその良さが分かりません。人物画や風景画を見ても心に響くものが伝わってくることはあまりありません。まして抽象画を見て何かのメッセージが伝わってくる経験はめったにありません。でもグラフィックデザインは別。ポスターや商品ロゴなど、デザイン画は伝えたいことがはっきりしています。見る人にメッセージをダイレクトに伝え、関心を持たせるのがグラフィックデザインの役割ですから。かつて、グラフィックデザインは「商業美術」と呼ばれて美術分野のなかでは一段低い地位におかれていたそうです。それが少しずつ美術界の中でも一つのジャンルとして認められるようになり、ようやく1970年代になってグラフィックデザインとして一つのカテゴリーを持つ団体、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)が設立されました。協会のロゴマークは岸本一夫の作品です。恥ずかしながら岸本一夫というグラフィックデザイナーの名前をこの展覧会で初めて知りました。私は田中一光というグラフィックデザイナーが好きです「無印良品」や「loft」のロゴなどで知られる田中は奈良市出身ということもあり奈良県立美術館ではよく展覧会が開かれます。私は展覧会があるたびに奈良県立美術館に足を運びます。なのにこの展覧会を見るまで岸本を知りませんでした。当然、オリオンビールのロゴが彼の作品だということも知りませんでした。岸本は田中より5歳年下で、同時代に活躍し切磋琢磨した仲間だったとか。たくさんの作品を見て一気に岸本のファンになりました。メッセージの分かりやすい芸術は大好きです。
2025年02月10日
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ひさしぶりに映画を見に行きました。沖縄で先行上映をしている「かなさんどー」です。見終わって清々しい気持ちで映画館を出ました。6、7割の席を埋めていた土曜日の観客も大半がそういう気持ちだったのではないでしょうか。誰も悪い人は出てきません。強いて言えば、映画前半での主役のみーかー(美花=松田るか)のふてくされた姿が悪かったぐらいでしょうか。お父さんが大っ嫌いで、母親が亡くなってからは家を出て東京に行ってしまっていた娘でした。お父さんから毎月来る手紙も開けることなく一通も読んでいません。実家に帰り、生前の母と父のことを思い出すたびにまた腹が立ってくるみーかー。余命幾ばくもなく、認知症で昔からの家族や友人も認識できなくなってきている入院中の父。故郷の伊江島に帰っては来たものの、お見舞いに行くのにも気が進まないみーかーです。しかし、その父や母に対する凍った気持ちはあることをきっかけに少しずつ解けていきます。「かなさんどー」は「愛さんどー」と書いて「愛している、いとおしい」という意味のウチナーグチ。この映画は誰から誰への「愛している」なのでしょうか。みーかーから母、母から父、父から母、そしてみーかーから父。そう、終わってみると結局これは愛に溢れた物語なのでした。それが見終わった後のすがすがしさ、満足感を与えてくれた要因だったのでしょう。ゴリ(照屋年之)監督はいい映画を撮ってくれました。主演の松田るかは沖縄ではよく見ますが本土ではあまり見ません。ライフネット生命のCMで見られるのがちょっとうれしい。
2025年02月09日
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ようやく首里城に行けました。私は月に一度は必ず「見せる復興」の進捗状況を見に行っていたのですが・・・最近は続けて駐車場が満車で跳ね返されていました。そこで少し早めなら大丈夫かなと、昨日は冷たい雨が降るなか午前中から出かけてみました。それでも第1駐車場は満車。第2駐車場に何とか空きがありました。最近の首里城は大人気です。車を駐めて守礼門をくぐり歓会門を通って切符売り場へ。観光客の多さは「さすが世界遺産」と思わせてくれます。来年の正殿完成に向けて「見せる復興」は順調のよう。しっくい塗りと漆塗りの様子が見られました。行き慣れたいつものコースを一周し、雨も小やみになったので東(あがり)のアザナに上りました。普段は監視員みたいなおっちゃんが首里城の随所に立っているだけですが、昨日は珍しく東のアザナに観光ガイドさんがいて色々と説明をしてくれていました。どこかのツアー団体つきのガイドさんかとも思いましたが、ずっとそこに立って案内してくれているみたいでした。冷たい雨のなか、ご苦労さまです。ガイドさんは観光客の人々に銅鑼(どら)を叩かせていました。ここは見張り台。何かあると銅鑼で知らせたのでしょう。この大きな音なら正殿まで届きます。帰りは、このところショートカットコースですぐに駐車場に戻っていたのですが、脚の調子もよくなったので本来の順路をたどり、久慶門を通って城外へ出ました。そこから駐車場方面に戻るのが通常の帰路ですが、昨日は旧円覚寺弁財天堂や沖縄県立芸大、城西小学校に囲まれた、龍潭(池)のほとりを通り、少し遠回りをしてみました。遊歩道のすぐ横には、あらまバリケンが。バリケンとは首里城(龍潭)名物の、アヒルの仲間です。また雨が降ってきたのでクワイズイモの葉陰で雨宿りでもしているのでしょうか。普段は池の中に入ってぬれまくっている鳥なのでそんなこともないかと思うのですが、この2羽だけでなくあちこちにいるバリケン、みんなじっとして動きません。ま、鳩にしろ沖縄の鳥はたいてい人を怖がらないので、不思議な光景でもないのですが。そんなこんなで昨日はよく歩きました。トータル13,224歩。脊柱管狭窄症の手術から丸3ヶ月。私の脚はすっかり元気です。
2025年02月08日
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今日以降は雨が降りそうだったし、そんなに寒くなかったので昨日は阪神キャンプへ。練習開始の10時よりちょいと早めに行ったのでまだグラウンドに近いところの駐車スペースが空いていました。ラッキー。でもスタンドには熱心なファンがすでに多数いて、宜野座スタジアムの内野やネット裏の観客席はほぼ満席。選手もすでにグラウンドに集合しており、監督として初めて阪神を日本一にし、先日亡くなった吉田義男さんに黙祷を捧げた後、練習が開始されました。ランニングやキャッチボール、シートノック、バッティングケージなどを見学しました。隣のおっちゃんが友達とずっと野球(阪神)談義。今年一軍入りして活躍しそうな選手のことを出身校やプロ入り何年目かなどの知識を披露しながら大きな声で(当然、関西弁)話していたので、私のタイガース情報も増えました。帰りは浦添市のヤクルトキャンプにも寄ろうと思いましたが、ANAスポーツパークの駐車場が空いていません。グラウンドから離れた、浦添市美術館近くにスペースを見つけて車を駐めると展覧会のポスターが目に入りました。「グラウンドまでは遠いし、もう時間も遅いし、練習を見る時間もあまりないだろう」とヤクルトキャンプを「酸っぱいブドウ」に見立てて予定を急遽変更。美術館でやっている「Mozuミニチュア展 ようこそ、ちいさな世界へ。」を見ることにしました。左は美術館の外に咲いていた桜と入場券です。右は展示されていた「小さな世界」の作品の一つ。横の電気のスイッチと比べてみれば分かるように小さな、小さなベランダや部屋の中が精巧につくられています。こんな作品が多数並べられていました。ひとつひとつ手作りでこれだけ小さな世界をつくるのは大変だったでしょう。根気も要ることでしょう。ただ、私の感想はそこまで。申し訳ないけれど割りとすぐに飽きてしまいました。ミニチュアアートとしては、以前おきみゅーで開催された田中達也の作品のようなもう一ひねりが欲しいところです。Mozuの作品はただ日常生活を小さくしただけという印象でした。これなら、失礼ながら私が小学校のときに夏休みの課題でつくった「マッチ棒の吊り橋」とそう変わりません。個人の趣味として拝見するなら「へー、すごいなぁ」と感心しますが、大人1,200円の入場料をとって見せる展覧会としてはイマイチと感じました。やっぱりちと遠くてもヤクルト・スワローズのキャンプを見に行った方が良かったか。無料だし。
2025年02月07日
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首里城、一ヶ月見てなかったので復興も進んだかなと昨日、出掛けてみました。ところが、行ってみると前回と同じく駐車場が満車。周辺の私設駐車場も軒並み混んでいました。それで入城はあきらめ家の近所の「おもろまち新都心公園」に行き先を変更しました。全然ちがう場所の選択だと思うかも知れませんが、実は私のなかではどちらも「ウォーキングができる場所」という点で共通しています。ところがこちらも結構混んでいます。広い公園ですから活動するのには問題ないのですが、駐車場が満車。駐車場の入口が一時閉鎖されていて、空き待ちの車が道に10台ほど並んでいました。あまり見ない風景です。車がたくさんあるということは当然入場者も多いということ。おとなもこどもたくさんいます。昨日は平日でしたよね。なのにどうしてこんなに混んでいるのでしょう。人の多さに一瞬、週末だったかと錯覚してしまいました。しかし昨日は水曜日。連休中でも春休みや冬休みでもありません。ジョギングするトラックの周りにある「街路樹」ではバナナが鈴なり、桜(ヒカンザクラ)が満開。でも当たり前すぎて誰も気にもとめていません。木々が青々として、花が咲き乱れている風景は沖縄では冬も夏もあまり変わりません。本土では最強寒波襲来のニュースでもちきりですけれど、沖縄の老若男女は週末も週日も、夏も冬も、雨さえ降っていなければ外に出て運動したり車座になって井戸端会議したり。都会の真ん中で市民が憩う場所。季節も曜日も関係なく集える、お金とは別の豊かな生活がここにありました。
2025年02月06日
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あぁよかった。昨日の日記に寒波の影響で遅延があるかもと書きましたが、みかんは今朝無事に届きました。我が家では子どもの頃から、みかんを箱買いすると廊下の涼しいところに置いておいたものです。こたつの上にカゴを置いてみかんを入れる日本の原風景(?)こたつみかん。カゴのみかんがなくなるとトイレなどこたつを出る人に「帰りにみかん取ってきてー」と頼むのが常でした。誰も立たないときはジャンケンで取りに行く人を決めたり。沖縄の家に「涼しいところ」はありません。最低気温が11度だと「記録的」と騒ぐ土地柄です。なのでみかんは冷蔵庫に。明日の最高気温は17度になるらしいですが、ここならしばらくは安心。しかし、最低気温11度は人間には寒いです、やっぱり。こたつが恋しくなりますが、我が家にはこたつがありません。沖縄の人はこたつ生活に憧れがあるという話もきいたことがありますが、ホームセンターではテーブルに掛ける形式のこたつが売られているのは見たことがあります。エアコンはあるのでよほど寒いとつけますが、たいていは膝掛け一枚。寒さに負けてヒーターを買うことにしました。またちょっと安物買い自慢をさせてください。リサイクルショップで見つけたこれの値段が1300円(+税)。ネットで検索すると同型の新品製品が3,500円余りで売られていました。ケチな私はこれを見つけるまで色々な家電店を回ってたくさんのヒーターを見ましたが、最低でも3千円前後します。もうちょっと安いのがないかとリサイクルショップに足を延ばすと、これが棚の隅っこで私を呼んでいました。値札を見ると1,300円。キズや汚れもないしあちこち回ってヒーターの相場を知っていた私は即、買って帰りました。輻射熱が体に直接当たるとやっぱりあったか~い。エアコンは部屋全体が暖まりますが時間がかかります。ヒーターはすぐに効果が出ます。ハンディでどこにでも持って行けるのでリビングで使ったり台所で使ったり、書斎で使ったり。奈良の家でも部屋全体の暖房にプラスしてヒーターを使用しているのでその効果はよく分かっており、だから沖縄でも使おうと思っていました。エアコンのようにずっとつける必要もないので電気代もお得。安物買い万歳。ただし銭失いにはならない、はず。
2025年02月05日
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知り合いに和歌山県有田地方の女性がいます。彼女の父親は有田みかんの生産農家さん。このみかんが半端なく美味しいんです。土や肥料などにかなりこだわっているそうで、このみかんを食べるともうスーパーで売っているものは食べられない、と本気で思うほど。父親は知り合いではないのですが、娘の方はよく知っているのでお歳暮の季節には毎年奈良のローカルな名物を彼女に送り、あちらからはみかんが来ます。毎年の慣例です。毎年、12月にいただいたみかんはお正月にはなくなってしまうので追加注文したいのですが・・・。彼女のお父さんがお金を受け取ってくれません。「娘が世話になった人からお金は受け取れない」と頑固一徹。最初はありがたくタダみかんをいただきましたが、どうしてもお金を受け取ってくれないので追加注文がしづらくなってしまいました。せっかく美味しいみかんがあると分かっているのに、それほど美味しくもないみかんを買って食べる気になりません。いい考えを思いつきました。みかん第2弾を送ってもらう代わりにこちらからも何か送ろう。娘さんは2年余り前に沖縄の我が家に遊びに来たことがありますが、ちょうどそのとき沖縄の紅芋に病気が大発生して、どこのお店に行っても紅芋タルトが売られていませんでした。そのため友人や自分へのお土産として買いたかった紅芋タルトを買えませんでした。そこで「あのとき買えなかった紅芋タルトとみかんを物々交換しよう」と提案。みかんも紅芋タルトもネットで買うことだってできるのですが、その辺は気は心。提案に彼女も乗ってくれました。こちらからはせっかくなのでネットでは買えない、「しろま製菓」の紅芋タルトと「御菓子(うかーし)御殿」の紅芋タルトを組み合わせ「食べくらべセット」にして送りました。というわけで明日、美味しい有田みかんが沖縄に届きます。うひひ、楽しみ・・・と思っていたら配達業者からメール。「寒波のために航空便に影響があるかも知れないので本土と沖縄の間の荷物は遅れる可能性があります」とのこと。寒波のニュースを自分には無関係と聞き流していたのにこんなところに影響が及ぶとは。早く来い来い美味しいみかん。
2025年02月04日
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今朝の沖縄本島(中部)は雨。予報通りと言えば予報通りなんですが、出鼻をくじかれました。宜野座球場(正式にはバイトするならエントリー宜野座スタジアム)に阪神キャンプを見に行こうと思っていたのに。ま、いっか。キャンプは始まったばかりだし逃げていくこともない。日を改めて暖かくていい天気の日に行こうかな。このあたりが沖縄に住居を構えているメリットです。昨日の関空-那覇便の機内にもタイガースユニフォームのレプリカを着込んだ客がたくさんいました。本土からキャンプのためだけに来ている彼らですから(たぶん)、今日も雨に濡れながらタイガースキャンプに行っているのでしょうね。本土に帰ったら友人、家族に「沖縄は寒かった」とか後で話をするのでしょうか。でも寒いと言っても今日も最高気温18度。雨にさえ濡れなければ最強寒波が押し寄せようとしている本土に比べればずっと暖かいはず。「やっぱり沖縄はぬくかった」と話をするのでしょうか。一ヶ月ぶりの我が家の庭には剪定した木の枝や葉っぱがたくさん。こちらの整理も明日以降、晴れてからかな。
2025年02月03日
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本日、奈良の家から沖縄の家に移動。前回は12月28日に離沖したので1ヶ月以上ぶりの沖縄になります。車の外気温計が4度だった本土から来ると本当に暖かく、かつ雨上がりのせいもあって適度な湿り気もあります。予定より早く飛行機は10時前に到着。せっかちな私は飛行機のドアが開いた10分後にはモノレールに乗っていました。空港から最寄り駅まで所要時間10数分。駅を降り、リュックを背負って汗びっしょりになりながら20分弱歩いて、11時過ぎに我が家に着きました。駅から自宅まで重いリュックを背負って歩くなど、3ヶ月前には考えられませんでした。これが当たり前にできるのはすべて脊柱管狭窄症の手術がうまくいったから。手術前は脚の痛みのため数分しか続けて歩くことができず、しょっちゅう休みながら歩いていました。移動時には重い荷物を持つことができず、旅行用カートを引いて歩くのがせいぜい。駅の近くに駐車場を借り、移動の際にはほとんど歩かなくてもいいようにしていました。駅や商業施設の階段はほぼ無理だったので、エスカレーターやエレベーターのお世話に。でも今は徒歩で何の問題ありません。ゆいレールの駅はたいてい高い位置に建てられてあり、最寄りの駅も長い階段の上にあります。昇り降りともこれまではエレベーターばかり使っていました。が、今日は全部階段で降りることができました。昨日、奈良の家の近くの自然公園でたくさん段々のある山のぼりをして大丈夫だったので、ちょっと自信がついていたのもあります。プロ野球のキャンプ観戦はあのスタンドの階段が大きなバリアーでした。でも今年は色々キャンプを回れそうです。
2025年02月02日
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子どもの成長には目を見張ります。2024年の七夕の日に生まれた孫。最初に彼女に会ったのは生まれてすぐ。退院した日に東京に住む息子の家に会いに行きました。それからはなかなか会えず、次に会ったのは私の父(彼女の曽祖父)が亡くなった葬儀のとき。1歳をすこし越えていましたが、まだ伝い歩きができる程度で言葉によるコミュニケーションもまだ。泣いたり怒ったりの感情表現が中心でした。それから3ヶ月後。今年の正月に会った彼女は別人のようでした。伝い歩きは一切おこなわずトコトコと自立歩行していました。走ってさえいました。ヨタヨタすることもなく普通に。転倒するような感じもありません。ついこの間までなにかにつかまらないと歩けなかった、不安定歩行の面影はなく、もうずっと前からやっていたように当たり前に歩いていました。そして言葉もしゃべっていました。喃語中心ですが、ちゃんと言葉とそれが指すものの関係がわかっています。犬を見ると「わんわん」と指をさします。本物の犬でもテレビ画面に映った犬でも、はたまたTシャツに描かれた架空の犬でも、どれもきちんと認識しています。ただ可愛いのは、犬だけでなく猫も今のところ彼女は「わんわん」と呼ぶところ。猫を指して「わんわん」と言うので、こちらも「ほら、猫のわんわんがいるよ」と合わせたり。その彼女を動物園に連れていきました。土地柄、もう「わんわん」だらけじゃないですか。看板を見ても本物を見ても得意げに「わんわん」と指をさすのに忙しい。虎を見ては「わんわん」、象を見ては「わんわん」。ずいぶんと大きな「わんわん」ですが、彼女には4本足で歩いているものはみんな「わんわん」らしいです。この広範な意味を持つ「わんわん」、いつまで彼女は使うのかな。次に会う予定は3月末の父の納骨式、そのときはもう使ってないんでしょうね。
2025年02月01日
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