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今朝ジョギング帰りに交差点で登校する小学生に遭遇。信号待ちの間、水筒の水をゴクゴク飲んでいました。分かる。暑くてのど乾くよね。でもいまそれだけ飲んでしまって水筒の水、足りるかな。と心配している私ですが、私自身もジョギングの途中で運動公園に備えられている水飲み場で水を飲みました。帰宅してからもすぐに冷蔵庫に冷やしているさんぴん茶を飲みました。その後ずっと屋内にいますが、もう何度、水を飲んだことか。2~3リットル入りのさんぴん茶、一日でなくなり毎日ティーバッグで作るのが日課になっています。さんぴん茶(奈良では麦茶)以外にも食事の時にお茶やコーヒーを飲みます。アルコールも飲みます。1日にすると3~4リットルか、それ以上飲んでいるかもしれません。とりわけさんぴん茶(麦茶)はしょっちゅう飲んでいます。「こんなに何度も水を飲んで大丈夫かな。もしかして水中毒になっているのじゃないだろうか」と心配になったのが今月はじめごろ。ところが奈良にしばらくいる間、朝夕涼しい季節になったとたん水を飲みたい気持ちが大幅に減りました。麦茶を作って冷蔵庫に入れておいても2日、3日となくなりません。沖縄にいるときのことを考えると、不思議なくらい。それで気づきました「あのとき水をがぶ飲みしていたのは本当に体が求めていたんだ」。飲まなくなって初めて分かりました。そして先週、沖縄に移動してくるとこちらは真夏が続いています。またまた1日で作り置きのさんぴん茶がなくなる生活が復活です。でももうさんぴん茶をがぶ飲みしてもオッケー。欲求に素直に従って大丈夫。あーのど乾いた。
2025年09月30日
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「介護未満の父に起きたこと」(ジェーン・スー、新潮新書)を読みました。ひとり暮らしの80代の父を5年間見守ってきた、エッセイストのジェーン・スーさんの記録です。去年と今年、あいついで100歳前後の父と母を見送った私には読んでいて思い当たること、思い出すことが多くありました。著者と同じように私の両親もまた、4~5年前の「介護未満」を経て相次いで「要介護者」となり、「介護終了」の道筋をたどりました(著者の父親は健在です、念のため)。ひるがえって父親の立場に私が立つことも想像させられました。私も独身で独居の男性です。いずれこうなるでしょう。著者の父親は30年近く前に妻を亡くしその後独りで暮らしています、つねに「ガールフレンド」が身の回りの世話をしてくれていたようで、自分では家事のできない典型的な「昭和のおやじ」になってしまいました。そのため、離れて住んでいる一人娘の著者は要介護状態になる前に彼が一人前に掃除、洗濯、調理などができるよう、基本をたたき込むことにしました(ちなみに私にはそんなガールフレンドがいないので自分で家事をやらざるをえませんでした)。意外だったのは彼がそれらの家事を結構こなせるようになったことです。私の父は死ぬまで一切できなかったですからね。しかし、父親が一人前の「主夫」になるにはちと年を取りすぎています。著者はできることが日々減っていく父親の老齢化に抗いながら、何とか一人で暮らせるようにしつけていきます。それと並行して公的補助の道も同時に探っていきました。私も、姉とともに地域包括支援センターに赴きケアマネージャーや施設の職員と今後の相談をしたことが思い出されます。私の両親は要支援→要介護→施設入居と順調な?プロセスを経て、去年と今年相次いで亡くなりました。著者の父親の様子をみていると、その日が徐々に近づいているようなまだ先のような、よくわからないところがあります。でも高齢者は何かをきっかけに急に衰えることもあります。私の母の場合はベッドから落ちて骨折したことでその後ほぼ寝たきりになりました。父は100歳を越えてから施設に入居という環境の変化が老衰の引き金になったように思います。2年前までは二人で暮らせていたのでそれがいいと思っていたのですが、後から考えるともう少し早めに二人を施設に入れればよかったかなと思います。そんな経験をもとに、著者の父親の場合も頭が明晰なうちに施設に入居するのがいいのではと他人事ながら思いました。
2025年09月29日
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愛知県豊明市で「スマホ使用は1日2時間まで」とする条例が可決成立し、10月から施行されることになりました。私はこのニュースで初めて豊明市の存在を知りましたが、そういう人は多かったのではないでしょうか。読み方も「とよあけし」なのか「とよあきし」なのか、それとも「ほうめいし」なのか。このニュースをテレビで見ていて「とよあけし」だと知りましたが、それだけでも市が条例を制定したメリットはあったかもしれません。この条例には疑問が噴出しています。罰則がなく実効性が疑われる、自治体の条例で決める問題ではない、などです。この条例制定に関して私が最も疑問に感じるのはそういったことではなく、「スマホの使用」とは何かをきちんと定義していないことです。豊明市のウェブサイトからたどってこの条例の全文を読んでみました。用語などを細かく定義しつつ、子どもの健やかな成長と健全な社会を実現するために「スマートフォンの適正使用」を実現することが目的だとしているようです。そして、その実現のためには使用時間の制限が最も有効、としているように私には読めました。果たしてそうでしょうか。私はスマホの使用を適正に行うには量より質の問題ではないかと考えています。そもそもこの条例ではスマホの使用について、ゲームやSNS、メッセージングアプリ、動画閲覧らを主に念頭に置いているように見えます。たしかにそれらを過剰に行うことは問題でしょう。でもスマホにはそれ以外にも多くの機能があります。新聞やニュースサイト閲覧、読書、写真や動画撮影、各種チケット購入・・・上げだすときりがありません。スマホを保険証として使用する、運転免許証として使用する、自治体窓口が発行する各種証明書等の発行手続きをスマホを通じて行ったりネットバンキングもスマホで行ったりするのがこれからはごく当たり前になっていきます。スマホの可能性は広がるばかりです。逆に言うとこの条例で「目の敵」にしているスマホの使用形態はスマホの持つ機能のごく一部ではないかと思います。私は日本国民の1%もパソコンを保有していない、インターネットもない時代からパソコンを使用してきました。そのころはワープロ機能を使うにしても表計算機能を使うにしてもデータベース機能や作画機能、通信機能を使うにしても常に「パソコンをやっている」と言われてきました。そう言われるたびに心の中で「パソコンをやっているのではなく、パソコンを使って○○をやっているんだけどな」と思いつつパソコンの持つ広い可能性を知らない世間を啓蒙する必要性を感じていました。豊明市の条例にも同じ匂いを感じます。スマホの可能性がこれだけ広がっているいま、「スマートフォンの適正使用」とひとくくりにする違和感がぬぐえません。
2025年09月28日
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しばらく前に首里城正殿の素屋根(工事用建屋)の撤去が進み、正殿が見えるようになったというニュースがありました。奈良でこのニュースを見て以来、実際にこの目で見たくてうずうずしていましたが、昨日1か月余ぶりに首里城に足を運び復元なった首里城正殿の生の姿をしっかりと目に焼き付けてきました。炎上してから復元することが決まり、「見せる復興」で少しずつその姿は見ていましたが、青空の下にしっかりと建っている姿はやはり感動的です。昨日の首里城公園は午後1時半ごろにはなぜか観光客が少なくて、誰もいない守礼門は珍しいので写真を一枚撮りました。本当に人っ子ひとりいません。駐車場や売店あたりはいつもの賑わいだったのに不思議。そう思いながら歩を進め、工事中の歓会門を越え急坂の瑞泉門をくぐり、漏刻門に向かいました。門に近づくと素屋根の覆いが取り払われた首里城正殿が見えました。素屋根の中の作業は逐一見ていましたが、やはりこうしてそのままの姿を見ると心に迫るものがあります。もっと近くで見たくて、はやる気持ちで有料エリアに入り、工事足場を歩いて正殿に近づきます。工事用の塀に邪魔されながらも正殿の正面、上半分をみることができました。炎上したあと正殿全体を見渡したのは初めてです。さらに見学エリアを進んで今度は正殿を裏側から見ました。一対の龍頭棟飾もしっかりと屋根の上に乗っています。1か月前に来たときは素屋根のカバーからうっすらとしか見えなかった龍頭棟飾。今後はしっかり厄災から守ってください。東のアザナ(あがりのあざな=見晴台)から見た正殿はまだクレーンもそのままです。工事はまだまだ続くようです。首里城の正殿はこうして復元されつつありますが、正殿といっしょに焼け落ちた南殿や北殿はまだ影も形もありません。昨日も削岩機の音がする方向を見ると、これらの建物があった場所の基礎コンクリートをはがす工事をやっている最中でした。まず正殿の復元は目星がつきました。しかしその後も復元すべきものが膨大に残っています。正殿の完成が近づくと余計に完全復興の道は遠いことを実感します。生の正殿を見て満足して帰途についた2時半頃、守礼門も賑わいを取り戻していました。
2025年09月27日
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沖縄の家に戻ってきたら、郵便受けに国勢調査の封筒が入っていました。この封筒は調査員が住人のもとを訪れて直接手渡しすることになっているそうです。ただ、3回訪問して連続して留守であればそのまま郵便受けなどに投函してもいいとか。9月20日の調査開始から1週間ほど留守にしている間に、調査員さんは数十段ある階段を上って我が家に3度訪ねてくれたんでしょうか。申し訳ない。ところが国勢調査は先日、奈良でも調査員の訪問を受け、すでにそちらで済ませています。私のような2拠点生活者は実際どうすればいいのか、調査票についていた説明をじっくりと読みました。長期に旅行している人、単身赴任の人、下宿している学生、病院や介護施設などに入院している人、船員さんなどのケースごとに丁寧な説明があります。そのなかに「2か所に住所を持っている人」というのもありました。それによると「ふだん寝泊まりする日数の多い住居」のある自治体について調査にこたえるようにと書いてありました。さて、私はどっちでしょう(すでに奈良の方で回答はしてしまっていますが)。「ふだん寝泊まりする」のは奈良と沖縄、半々。昨年後半から今年の前半にかけては両親が相次いで亡くなったり、私自身が入院したりしていたので本土にいる方が多かったと思います。しかし、その後は徐々に沖縄での滞在期間が増えてきました。きちんと数えたわけではありませんが、6月以降はちょうど半々ぐらいになったかと思います。今月、9月を見てみると1日~17日沖縄、17日~25日奈良、25日以降沖縄。今日の時点で奈良9日:沖縄19日です。9月だけ考えると「ふだん寝泊まりする」のは圧倒的に沖縄ということになります。今月奈良に移動する予定もないので、奈良:沖縄は9:23となります(重複があるので30日をオーバーしています)。奈良には住民票もあるし、調査が始まる前から奈良の調査員さんが熱心に声をかけてくれたのでつい奈良でするものかと思ってしまっていました。奈良で調査に回答してしまったのは拙速でしたかね。両方回答すると日本の人口が一人増えてしまうしな。プチ悩み中。
2025年09月26日
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本日、奈良から沖縄に移動。沖縄は8日ぶりですが・・・暑い。夏です。奈良はじめ本土の大半では先週末に空気が入れ替わり、夏の空気が秋の空気に追い出されて涼しくなりました。それ以来寝室はもちろん、リビングのエアコンも出番がほとんどなくなり、窓を開けて風を通せば十分しのげるようになりました。秋を実感している奈良の最高気温は28~29度。一方沖縄は今日も本島地方で32~33度です。それほど大きくは変わらない・・・ように思いますが、この4~5度がグンと違いました。経験者は語る。朝、関空から飛行機に乗って那覇に着いたのが午前10時前。空港ビルを出てゆいレールに向かう渡り廊下が沖縄で触れる最初の外気。飛行機の中が冷えていたのもあって、生暖かい空気が気持ちよく感じました。「これなら暑さも大したことないかもしれない」とそのときは思いました。そして、ゆいレールに乗ると車内も冷房が入っていて快適です。問題は最寄り駅を降りてからでした。我が家は駅から徒歩17~8分。日傘を差して蔭を選んで歩いているとそれほど暑くない感じでした、最初のうちは。しかし、道半ばを過ぎたころまず後頭部から、そのうち顔からも頭からも玉の汗が流れ出し、結局顔中汗だらけになりました。顔だけではありません。汗かきというのもあってか、背中、お腹、両手、両足がまんべんなく汗に濡れ、家に着いたときは全身シャワー状態でした。やっぱり同じか。沖縄はまだまだ夏でしたね。帰宅しすぐエアコンをフル稼働させ、ようやく少し落ち着きました。2時間後も室温は30度越えのまま。
2025年09月25日
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このところ体重が順調に落ち、その状態をキープできています。その理由を考えました。食生活は以前と変わりません。毎朝1時間弱おこなうジョギングも変わりません。なのになぜ順調な体重の推移なのでしょう。そこで思い当たったのが去年受けた脊柱管狭窄症の手術の後リハビリの先生から勧められた運動。入院中も行っていた、いわゆる体幹を鍛える運動です。手術を受けた患部を守り再発を防ぐには体幹を強くする必要があるということで始めましたが、思わぬ副作用(副効果)がありました。この図は最終形態になります。私のリハビリは椅子に腰掛けたところから始めます。最初に膝にボールをはさみ片足を前に伸ばして20秒、もう一方の足と交代して20秒。次にボールを離して片方のもも上げ20秒、もう一方のももも20秒。次にヨガマットに移動して上向きに寝転びます。もう一度ボールを膝に挟んで腰上げで20秒、次に頭を持ち上げオヘソを見て20秒。ボールを離し、体を横向きにして片足上げ20秒、反対の足20秒。次に横向きのまま足を曲げて上げ20秒、もう一方も20秒。ここからが本格的な体幹を鍛える運動になります。全部の手と足、つまり四肢をマットにつけてプランクの状態を20秒。その後、両膝をつき片手を上げて20秒、もう一方の手と交代して20秒。次に両手をつき片足を上げて20秒、もう一方を上げて20秒。その後、上の図のような片手と片足を同時に上げて20秒、反対の組み合わせの手と足を上げて20秒。たったこれだけです。それでも最初は頂いた解説図を見てやっていましたが、毎日のことなので体が覚えてしまいました。あっけないほどすぐに終わる、合計5分あまりの運動ですが実際にやってみると腹筋にじわじわ効いてくるのが分かります。腹筋が圧迫され続けると、その結果運動の最中からどんどん便意を催してきます。そして終わった直後にトイレに駆け込む。これが毎日です。その後はスッキリしたお腹の状態でジョギングにでかけられます。退院して10ヶ月、「快食、快眠、快便」を続けてきたことが体重の順調な推移につながっているのだと思います。
2025年09月24日
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「言語学者も知らない謎な日本語:研究者の父、大学生の娘に若者言葉を学ぶ」(石黒圭、石黒愛共著、教育評論社)を読みました。国立国語研究所の教授が大学生である実際の長女に若者言葉を教えてもらうという設定の本です。長女の下には次女、三女がいてこの三人の女性の会話に「昭和な」父親が入っていって、彼らが使う若者言葉を説明してもらうという構成になっています。これはもう期待しかない、と思って読み始めましたが、期待は見事にはずれました。解説の底が浅すぎて「なるほど」と思わせてくれるものがありません。各語の説明はググればすぐに見つかる程度のもの。また何も知らない昭和な父親が娘たちの会話に聞き耳を立て、聞き慣れない若者言葉が出てくると「例文をあげてくれ」と会話を遮り、それに対して長女がテキパキと答える、というシチュエーションもご都合主義過ぎて違和感が満載。パパがアイスを食べただの三女がうさぎオタクだのと、一応小芝居は挟むのですが、それがまたイタい。著者より年長の私でも半分くらい知っている「若者言葉」をことごとく知らないことになっている父親も嘘くさい。さらに、その何も知らなかったはずの父親がスキットの後で、今度は言語学者として「したり顔」で用語の解説をするのが、なんというか、あり得ない。どの面下げていま解説しているの?ついさっきまで知らなかったはずでは?とツッコミたくなってしまいます。長女の愛さんが「あとがき」の中でこう書いています。「若い『自分たち』が妙齢の『大人たち』の使っている若者言葉を聞くと、どこかぎこちなく、聞いていていたたまれなくなります。」それはそのとおりなのですが、本書では若者は若者言葉を当たり前に使い、昭和生まれの年長者はそういった言葉を全然知らないというパターンが固定化されすぎています。たしかに無理して若者言葉を使う年長者を見ると「若作り感」がにじみ出ていてイタいなぁと思うこともありますが、中には普通に使いこなしている年長者もいます。本書は言葉の説明に重点を置きすぎた結果「言葉の正しい使用者である若者が何も知らない年長者に教える」ことにワンパターン化し、全体として不自然なものになったのでしょう。父と娘の会話などと変な脚色はせず、用語辞典にとどめておけばよかったかもしれませんね。
2025年09月23日
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「ゲゲゲの女房の『長寿力』~等身大の自分でいい。100歳まで元気に!!」(武良布枝、辰巳出版)を読みました。漫画家水木しげるの妻、武良布枝さんがご自分の生涯を振り返って長寿の秘訣を著した本。武良さんのことはNHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」とその底本である同著者の「ゲゲゲの女房 人生は……終わりよければすべてよし!!」(実業之日本社)で興味を持ち、娘水木悦子さんの著書などにも描かれる「お母ちゃん」像で興味を増幅され、書店で本書を見たときにはすぐに買ってしまいました。前著は夫婦の半生記に焦点が当てられていましたが、本書ははつらつと生きてきた著者自身の「長寿力」がテーマです。彼女の長寿力、第1章で強調されているのはコミュ力。商家で生まれ幼い頃からたくさんの人と接する中で育ち、彼女のコミュニケーション能力は自然と鍛えられてきました。多様な人とつきあうことが当たり前だった彼女は知らない人にでも自然な笑顔で話しかけることができ、つきあいは広くなっていったそうです。第2章の新しいことに臆せず挑戦するチャレンジ力や第3章の食事や運動、趣味の広さなども、その大もとはこのコミュ力が基礎になっているみたいです。随所に出てくる夫や子どもたちとのエピソード、たくさんの写真、挿絵も楽しく、水木ファミリーファンにはお勧めです。
2025年09月22日
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本日国勢調査員の訪問があり、調査票を受け取りました。前回に引き続き、早速ネットで回答終了。要した時間5分。この調査員さん、8月にも一度拙宅を訪問してくれ、9月のこの時期に私がちゃんといるかどうかを確かめに来てくれました。「お宅はよくご不在なので確認しに来ました。9月20日から国勢調査なのですが、その頃はおうちにいらっしゃいますか」と。奈良と沖縄の2拠点生活をしていると、こういうことでも気を使わせてしまい誠に申し訳ない限りです。私のようにすぐに雲隠れ(笑)してしまう人だと調査票に回答がなくても催促することもできず心配になるのでしょう。国勢調査は大事な国の調査ですし、回収の取りこぼしがないようにするのは当然ですが、現実は未回収率が増えるばかりだとか。最初からネットで依頼してネットで回答するとかの方法は検討されていないのでしょうか。いつまでもこうして人手に頼っている限り未回収率は増えることはあっても減らすことは難しそうです。それと私のように月の半分、別の場所で暮らしている人は本当に一箇所のデータだけでいいのでしょうか。現在は住民票を奈良に置いているので一応「奈良の住民」として回答しましたが、沖縄で生活している私の存在は統計的にない者になっている?選択肢を見てみると、現在の国勢調査では国民は皆どこか1箇所に定住していることを前提に作られているように思います。複数の土地で均等に生活している場合、その実態を反映できるような項目は作れないものでしょうか。キャンピングカーのノマド生活をしている人や段ボール生活者はどうなんでしょう。もしかして国民に含まれてない?
2025年09月21日
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今朝も5時に起床。外はまだ暗く、目を凝らしてよく見ると道路が濡れています。「今日はジョギングは無理かな」と思いもうひと寝入りすることにしました。いわゆる二度寝です。窓を開けて網戸にして寝ていると爽やかな風がはいってきてすっと眠りに落ち、次に起きたらなんと!8時半。めっちゃ寝ました。スマートウォッチのアプリが言うには「昨夜の睡眠時間は10時間10分」だと。ロングスリーパーの私ですがそれでも10時間台は稀。子どもみたいです。しかも8時半には雨も上がりすっきり晴天になっていたので結局ジョギングに行きました。今日は目先を変えて平城宮跡。1300年前の都は草むしており生い茂る葦の密林をかき分けかき分け走ってきました、というのは言葉のあや。ちゃんと散策コースがアスファルト整備されています。そこを走ってきました。背景には若草山も見え、ときどき近鉄電車が走るのも見えます。見えるだけではなく、踏切でジョギングを中断させられたりもします。昨日から秋の空気が入ってきたからだけではないでしょうが、くさむらにはその名前に合わせるかのようにちゃんと彼岸花が咲いていて、アスファルトではバッタが飛び回って、ジョギングする私を先導してくれました。飛び回っているといえば真っ赤に染まった赤とんぼもたくさんいて、虫網をもった子どもたちに追いかけられていました。遅く起きたうえに平城宮跡で秋の気分に浸ってしまい、今日は一日がとても短くなってしまいました。
2025年09月20日
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今朝は急にやってきた秋の気配にびっくり。兆候は昨夜からあり、久しぶりに窓を開けてエアコンをかけずに寝られました。沖縄ではもうずっと24時間エアコンかけっぱなしでしたし、奈良に移動したおとといも昨日も一日中エアコンをつけていました。エアコンなしで過ごすのはいつ以来でしょう。これを書いている現在(間もなく正午)も窓を開け放し、エアコンをかけず扇風機だけで過ごしています。朝5時に起床したとき外はまだ真っ暗でした。冬はライトをつけて走りますが、まだ不慣れなので夜明けを待ちました。5時半、だいぶん明るくなってきたのでそろそろいいかな、と外に出て身震いブルブル。夏の間ずっと半袖半パンでジョギングをしていたのでいつもの通りその格好をしましたが・・・寒い。久しぶりに「寒さ」の感覚を思い出しました。今朝の奈良の気温は21度。沖縄では下がっても最低気温が27度だったので、この差は大きかったようです。帰宅したあとのTシャツの濡れ具合も今日はレベル2~3の間ぐらいでした。汗は正直。少し暑くなってきましたが、もうしばらくエアコンなしで窓から吹き込む風だけで過ごせそうです。
2025年09月19日
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以前、最高気温35度以上の日を「猛暑日」というのに対して40度以上の日は何と呼ぶかを考察したことがあります。そのときは「酷暑日」が適当かなと書き、検索しています。すると気象庁では以前、35度以上の日を「猛暑日」と呼んだり「酷暑日」と呼んだりしていたことが分かりました。その後「猛暑日」が正式採用されて「酷暑日」は廃れたのだとか。その後、現在までに気象庁には最高気温が40度以上の日を表す言葉はありません。私がそう書いたのと前後して日本気象協会が「酷暑日」という言葉を採用していたというニュースがありました。でも、実際の天気予報などでこの言葉を聞いたことは記憶にありません。すると気象庁が40度以上の日をなんと呼ぶか、正式に検討を開始したというニュースが耳に入りました。民間では名前をつけていたけれどあまり普及していなかった。なのに気象庁までが公式に名前を検討し始めたということは、40度以上の日が当たり前になってきたということですね。3年前にも私はこのブログで新しい名前をいろいろと考えています。激暑日。烈暑日。厳暑日。危暑日。警暑日。どれもしっくりきません。その理由はこれらが新造語だからです。「猛暑」や「酷暑」という言葉はもともと存在している言葉なので受け入れやすいのでしょう。それでは、ということで「炎暑日」というのを考えてみました。これなら「酷暑」よりもさらに暑そうに聞こえませんか。ただ、別の考えもあります。40度以上が当たり前になったとき、さらに45度以上の日のために「炎暑日」をとって置く必要はないだろうか?ただしその頃にはもう25度を夏日などと呼ばなくなっているかもしれません。夏日は30度以上となり、35度が真夏日、40度が猛暑日、45度が酷暑日・・・で、50度以上の日が炎暑日。考えていてこわくなってきました。地球温暖化、早くなんとかしないと。ま、その頃に私は存在していないでしょうが、子どもや孫の世代のためにもね。
2025年09月18日
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「派遣添乗員ヘトヘト日記」(梅村達、三五館シンシャ)を読みました。三五館シンシャから出ている日記シリーズはこれまで数多く読みましたが、今回の読後感が一番でした。日記シリーズは今回の「ヘトヘト」のようにタイトルに「うろうろ」や「ぐだぐだ」「のこのこ」など否定的なオノマトペを入れるのが通例で、実際「大変だ」と思わせる職業が多いのですが、添乗員は大変さのなかにもやりがいがありそうに感じられました。全体に文章がうまいと思っていたら筆者はライターを生業としていることもあったようで、素人ではありませんでした。他の日記シリーズではやたら脚注が多く、本文に取り込めそうなものまでだらだらと注に入れている場合もあって、本文と脚注を行ったり来たりするのが大変なものが多く見られます。しかし本書の脚注は必要にして十分な簡潔なものとなっていて、本文の流れを妨げません。その意味でも読書がスムーズにはかどる好著でした。文章力だけではなく本書には人生を積極的に楽しもうという筆者の人間力というか、ポジティブさが表れています。他の日記シリーズによく出てくる顧客や利用者らに対する不平、不満、また上司やカスタマーによるハラスメントが本書ではあまり出てきません。添乗員として困った客のことや、ともに働くドライバーや旅行会社職員の否定的な話も出てきますが、それと同じかそれ以上に客や同僚の心に残る感動話がたくさん出てきます。著者はものごとをマイナスにばかり捉えずいい面を見ようとするので、それがさわやかな読後感を与えてくれるのでしょう。
2025年09月17日
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久しぶりに瀬長島にある「龍神の湯」に行ってきました。私はこの温泉から那覇空港の飛行機の発着を見るのが好き。日替わりで男女の浴室が交代し昨日は男性が南側だったので、滑走路は半分しか見えませんでした。それでも「立ち湯」から見ていると、何機かの発着が楽しめました。瀬長島はいまウミカジテラスが大人気ですが、私はホテルやテラスができる前からよく島に来て、飛行機の発着を見ていました。その頃ここは知る人ぞ知る穴場のようなところで、いまのような賑わいになるとは夢にも思っていませんでした。昨日は敬老の日。それと関係があるのかないのか、お風呂にはかぼちゃが多数浮かべられていてちょっと楽しい驚きがありました。かぼちゃというと冬至とかハロウィーンとかを思い浮かべますが、敬老の日にかぼちゃ湯ですか。見た目はインパクトがありますがバラのお風呂やゆず湯とは違っていい匂いがする訳ではありません。浮かべられたかぼちゃをたたいたり重ねたりして遊んでいる人(いい大人)もいましたが、できることはそれくらい。それに敬老の日ではありましたが、客は若者から中年がほとんどで高齢者はあまりいませんでした。昨年値上げした入湯料も関係しているのでしょうか。私も久しぶりだったので値上げを知らず、驚きました。大人が2000円、子どもが1000円。たしかにサウナを含めてたくさんのお風呂があり眺めもいいけれど、ちょっと高くなっちゃったなぁ。施設的には劣るけど、ジスタス浦添の「浦添の湯」は800円、奈良の「音(ね)の花温泉」は千円。つい比べちゃいます。
2025年09月16日
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まだまだ真夏の沖縄、近くのビーチへ行ってきました。3連休中で道は空いており家から10分で到着、30分ほど遊泳。奈良ではそう頻繁に泳ぎに行けませんが、沖縄では300円(シャワー100円、駐車200円)の安い娯楽です。3連休とあってビーチは大賑わい、ザっと見渡したところ数百人は来ていました。ただそのほとんどは浜辺で甲羅干しをしています。海に入っている人は100人ほどで、そのうちでも足のつかない沖合に出ている人はせいぜい5~6人。なのでいくらでもプカプカ浮かんでいられる私は、ほぼ誰もいない沖合で一人悠々と浮かんだり泳いだりできました。大多数の人にとってビーチとは泳ぐところではなくて波打ち際で水と戯れるところ、あとはゆっくり甲羅干しをするところのようです。全体の4分の1ほどいた外国人らしき人たちもほぼ全員が甲羅干し組。中にアフリカ系とおぼしき「これ以上は灼けそうもない」ほど肌の黒い人がいて、やはり彼女も甲羅干しをしています。昔バラエティ番組でオスマン・サンコンさんを使って実験していたのを思い出しました。テーマは「黒人は甲羅干しをしても肌は灼けないのか?」みたいな感じでした。サンコンさんの肌にパッチを貼って日焼けサロンで光を浴びてもらったところ、ちゃんとパッチの部分は少し色が薄くなっていて、そのほかの部分は日焼けしたのだということが分かりました。ビーチにいた女性も、少しでもより黒くなりたくて来ていたのでしょうか。「効果」はほとんど分からないと思いますが。あれだけ黒くてもまだ甲羅干しに来ているのには、健康作りとか娯楽とか多分別の目的があるのでしょうね。
2025年09月15日
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外国出身のかつての「教え子」で、今は日本語教師をしている人からLINE。彼女からはときどき難しい質問がきます。今回の質問には2枚の写真が添付されていました。左の文章をまず読みます。その後右の a~d を読んで、左の文章と矛盾していないものを一つ選ぶということですが、どれが正しいのか迷っているというのです。写真には若干切れている部分もありますが、内容は分かります。でも結構いりくんだ問題で日本語を母語とする者にとっても迷うような文章です。こんな問題は日本語学習者には難しいでしょう。現に教える側である彼女も迷っているようです。ちょっとひっかけ問題のようでもあります。じっくり読んで答えを導き出すのにしばらく時間がかかりましたが、次のように返事をしました。答えはbです。aはモンゴルに「だけ」とは書いてなく、cは伝統的なのは文字、dは「素敵な」を表すのは「サイハン」。この回答に彼女からは「すっきりしました。ありがとうございます」と返信がありました。しかしすっきりしないのは私。実はこのLINEを受け取ったのが今まさに出庫しようとしている駐車場だったのですが、じっくり考えていたために1時間無料の駐車場で1時間を5分ほどオーバーして100円とられてしまったのです。おーまいがっ!
2025年09月14日
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ティッシュの箱には裏にマグネットを取り付けて冷蔵庫などに張り付けられるものがあります。たとえばこれ。真ん中の色がついた部分を切り抜いてそこに専用のマグネットバーを差し込めば冷蔵庫ドアなどに貼り付く仕組みです。しかしティッシュボックス自体には専用マグネットバーがついていなくて、別にそれを買わなければなりません。金額はそれほどしないのですが(数百円程度)これがなかなかスーパーやホームセンターで売ってないんです。ネットで注文すれば簡単に入手できますが、送料が本体より高くなり千円ほどになったりします。もったいながりの私は、代わりになるものはないかと百均に行き使えそうなものを探し、平たい棒状の磁石を買ってきました(2本で百円)。もちろん専用品ではないので無理やり突っ込んでみてもティッシュボックスの裏の切れ目にスパッと入りません。入ってもティッシュを引き抜こうとすると本体ごと外れたりします。そこで考えました。磁石をガムテープでボックスに張り付けてしまおう。目論見は大成功。しっかりと冷蔵庫に貼り付くようになりました。ただ、ごらんのとおりガムテープをぐるぐる巻きにしたので近くで見ると見苦しい仕上がりです。ま、誰も来ないし見られることもないので別に構わないのですが、そのうち訪問客もあるでしょうから、このボックスのティッシュを使い切ったら、次は透明テープにしましょう。なお、流し台の横にある間仕切りにもティッシュボックスを貼り付けたかったのですが、こちらは磁石がつかないので輪ゴムで留めました。必要な時にすぐに取れる場所にティッシュがあるって便利。
2025年09月13日
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私は奈良でも沖縄でも食事は原則ひとり。でも時々会食に誘ってもらいます(別の言い方をすればタカられています)。昨夜はほぼ1年ぶりに会う、親子3人連れの一家との会食でした。連れている子どもとは昨年7月の新生児以来の顔合わせです。やっと1歳2か月なのに、元気で歩き回りなんでも食べ、「これ食べる人」というと手を上げて意思を表します。東京に住む孫より1年ほど小さいはずなのに彼女と同じくらいのことができる元気な男の子。体も2歳児なみの身長、体重。誰に似たんでしょう。お父さんは小柄なので大柄のお母さんに似たかな。お昼過ぎに内地の家を出て電車と飛行機を乗り継ぎ6時間かけて沖縄に帰ってきました(お母さんが沖縄の人)。なのに全然疲れも見せず、笑顔いっぱい。ご飯も離乳食やおっぱいではなくうどんや揚げ物をペロリと食べ、「とんとんとんとんヒゲじいさん」を披露したりカプセルトイのカプセルを投げたりの大活躍。これ、ホントに1歳2か月児?足取りもしっかりしていて、帰りには(血のつながりのない)じいじの手を引いて歩いてくれました。さすが私の名前を一文字取り入れて命名された子ども。そうなんです。彼と私の名前は一文字が共通しています。昨夜はその一家とほぼ1年ぶりの再会。彼らが本土に移住し昨日は奥さんの里帰りだったのですが、里に帰る前にまず私に会ってくれました。小さな子を連れた長旅は大変だったでしょうが、張本人の子どもが超元気で愛想もよかったので安心しました。今年は5月の連休中には東京に住む孫が一家で、8月の終わりには京都に住む孫が自分たち二人で、そして昨日は孫じゃないけど孫みたいな子が来沖してくれました。たくさんの「孫」に囲まれて幸せです。でもできたら今回のように親も一緒に来てくれるのを希望します。
2025年09月12日
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「日本人のおなまえっ!1」(「日本人のおなまえっ!」制作班、集英社インターナショナル)を読みました。NHK-Gでやっていたこの番組が好きで毎週見ていたので、古本屋で見つけたときにすぐに購入。鈴木さんは熊野三山が発祥だとか、さいとうさんの漢字にはなぜこんなにたくさん種類があるのかとか、長谷川さんはなぜ「はせがわ」と読むのか、などなど名字にまつわる情報が満載です。読み進めていくうちに番組を見た当時のことも思い出されてきました。ただ、あまりにも番組通りの内容なのでデジャブ感が強くて読み進めているうちに新鮮な気持ちが薄れてきました。一つ一つの話題は興味深いものです。私も必ずしも毎週見ていなかったのか覚えてないこともあって、新鮮な気持ちで面白く読めたところもありますが、たいていは「ああ、そうだった」という感想が多くなりました。さらに番組が始まったのが2017年で、本書の発行も同年となっており、たった8年前のことですが話題がやや古くさい感じがします。クマムシの「あったかいんだから~」とかAKBの「神セブン」とか、時事ネタがかえって古くささをかもし出しています。番組はそれから5年ほど続きましたが、当初の日本人の名字から話題を広げていき、地名やモノの名前なども扱うようになっていって私としてはだんだんと興味が薄れていきました。本書はこの番組の始まりのころの、スタッフたちの渾身の力が込められたもので学術的にも娯楽としてもすぐれた構成になっていて興味が尽きません。ただ内容は記憶に残っているものも多くて、どうしてもシリーズの続き(2冊)を読みたいほどではありませんでした。
2025年09月11日
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それは台所の窓の外に乾燥機(洗濯機用)を設置したときにはじまりました。設置した場所は洗濯物を干すための通路スペースで、半分屋外みたいなところなので電源がありません。そこで台所からコードを引っ張ることにしました。台所の電源は天井に近い収納棚のところにあり、そこからコードを引っ張りだして収納棚の底面をはわせ、強力粘着テープを使って棚の底面にくっつけました。よし、これで完成。と思ったのですが、強力と思っていたテープが3カ月持たず。はがれてしまいコードがべローンと落ちてきました。あらまあ。下の方には扇風機や洗剤のスプレーなどもあって、もっと落ちてきたらいろいろと邪魔になって面倒なことになりそう。何より見苦しいことこの上なし。そこで考えました。粘着テープ以外の方法でコードを棚の底面に固定して、このスペースをもっとうまく使う方法はないだろうか。高さ83㎝×幅34㎝×奥行17㎝の空間です。ここに棚を置こうか。ピッタリ合うのがなければ作ろうか。しかし、ここはあまりにも狭い空間。そこに合うような既製品はありません。だからといって作るのも簡単ではありません。ホームセンターに行っていろいろなものを物色し、いろいろと考えました。そこで見つけたのがつっぱり棒。つっぱり棒を収納棚の底面とこのちょっとしたスペースの間に固定し、コードを挟み込んでしまうのがよさそう。ホームセンターで見つけたつっぱり棒は1,380円。待てよ。その目的だけなら百均にあるんじゃないか。早速百均にゴー。ありました。税込み110円。しかも同等のものがもう1本、家にありました。その2本を使ってコードを固定。もともと構想をねっていた新しい棚にはならなかったけれど、だらーんと下がったコードはなくなり、ちゃんと当初の目的に合致した役に立つものになりました。あれこれ考えたけど結局220円で問題解決。これで快適なキッチンライフが送れます(おおげさ)。
2025年09月10日
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沖縄で開催中のU-18野球ワールドカップ。近くでやっているし、ちょっと気になるので見に行ってきました。試合会場は沖縄セルラースタジアム那覇と糸満市西崎球場。日本チーム侍ジャパンはオープニングラウンドをすべて那覇で戦っていますが、私が行ってきたのは西崎球場。こちらは無料で誰でも出入り自由です。昨日は第2試合のドイツ対パナマの試合を見ました。それまでの成績はドイツは2勝1敗、パナマは3連敗中。ドイツはオーストラリアに勝っています。判官びいきでパナマの奮闘を期待しました。しかし、昨日は意外な展開に。私が球場に入った時はパナマが圧倒し、すでに大差がついていました。これまでいい感じの戦いを続けてきたドイツですが、昨日の試合はパナマに滅多打ちにされイージーミスも続出。それでもドイツの応援団はペットボトルを両手に打ち鳴らし、ガラガラの観客席の一角だけが盛り上がっていました。応援団の年齢構成からすると選手の家族、親兄弟が中心でしょうか。そろいのユニフォームに身を包んでいました。しかし、あえなく5回コールドの14-0で試合は終了。それでも最後まで陽気でにぎやかなドイツチーム応援団でした。終了後には日本の高校野球の試合終了時に行われる整列と礼ではなく、バレーボールの試合に見られるような両チームの選手が歩きながらハイタッチで健闘をたたえ合う姿が見られました。昨日の試合だけを見るとどうしてドイツがオーストラリアに勝てたのか不思議。高校生はプレーの振れ幅が大きい?
2025年09月09日
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いつも9時ー5時生活の私。出勤時間ではなく睡眠時間の話です。が、昨夜(今朝)だけは午前3時に起床し月食を観察。庭に出て、西の空を見上げると・・・見えました。お隣のマンションのはるか上に光る、いや光らない赤い月。はー、珍しいものを見せてもらった。せっかくだから写真に残したいとスマートフォンを持ち出して撮ってみましたが、これでは何を写したのかよく分かりません。でも一応、これが月食の瞬間の月、と言っておきます。満月のはずの月が食によって暗くなっているので、昨夜は星がよく見えました。市街地なので普段は月があってもなくてもあまり見えないのですが、昨夜は結構な数の星がまたたいていました。東の空をみると、冬の星座オリオンがくっきりと見えました。勝手に「冬の」星座などと呼んでいますが、この時間だと夏でも見えるんですね。オリオンは沖縄ではビールの名前ですけど、なぜ冬の星座がビールの名前になったのかな、なんて思ったりして。こちらも一応写真に撮りましたが、さすがに月のようにいかず漆黒の闇が写っているだけでした。おかげで今朝は寝坊。
2025年09月08日
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昨日は、今年たくさん実をつけてくれたマンゴーの剪定。一番左の写真は昨年11月ごろのもの。9月に剪定してしばらくは緑の葉っぱが生き生きとし、栄養を蓄える時期。左から2番目の写真にあるのは今年の4月。このころになると赤い枝と若葉がたくさん伸びてきます。マンゴーちゃんの実がなる準備期間です。一度、施肥をしてお水をたっぷり与えます。沖縄はよく雨が降るので、あとは水やり作業なし。3番目の写真は今年5月ごろのもの。百個以上の実がつき、袋をかけるロープを渡し、袋を掛ける作業に追われました。そしてすべての実が終わったので昨日剪定をしました。実がなっていた枝を切り落とし、二階から渡していたロープをはずして残っていた袋を取り除きました。雑草を刈り取って風通しと日当たりがよくなりました。最後にお礼肥えをあげてたっぷり水やり。今年大小あわせて100個前後の実を提供してくれたマンゴーちゃんはしばらく養生です。来年もたくさん美味しい実がなって、多くの人に分けてあげられますように。
2025年09月07日
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「お父ちゃんと私:父・水木しげるとのゲゲゲな日常」(水木悦子著、株式会社やのまん)を読みました。先日、水木しげるの奥様が書いた著書「ゲゲゲの女房」を読んで以来、水木さんづいています。「ゲゲゲの女房」を読んだ時も思いましたが、この家族は本当に仲が良く、みんなが「お父ちゃん」を敬い、愛していることがよく分かります。娘、水木悦子さんの書くお父ちゃんに関するエッセイにも愛情と尊敬がにじみ出ていました。本書の最後にある、水木しげるを師と尊敬する京極夏彦の寄稿によると、悦子さんはいつも飾らない「普通の」人だそう。著者本人は文章を書くのが苦手などと言っていますが、お父ちゃんとの当たり前の日常をまったく気負いなく、見たまま感じたまま飾りをつけずに書いている印象のとても楽しい文章でした。姉の宿題の絵を父親が取り上げてしまい、父親の手で描いた結果校長室に貼りだされた話とか、著者の読書感想文の宿題を母親がゴーストライターになって書いたとか、少しも悪びれずに書いているところが著者の素直な性格の表れでしょう。水木家の普段の様子がよく伝わり、父水木しげるの本物のかわいさを知ったことで彼をますます好きになりました。水木しげるの作品は鬼太郎はもとより、戦記物、またエッセイなどもよく読んでいますが、家族の書いた文章を読んでいると、彼の個性が作品にいかんなく発揮できたのはこうした家族に囲まれていたのが大きいと納得します。「ゲゲゲの女房」も「お父ちゃんと私」も実は古本屋で見つけた本です。書店にはこうした古い本があまりないので古本屋巡りもいいですね。値段も安いし。検索すると水木さんの奥さんや娘さんのエッセイはまだまだあるようで、古本屋巡りの楽しみがまた増えました。
2025年09月06日
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「その手があったか!我ながらよく考えたものだ」と自画自賛する、レターパックの転送話を聞いてください。話は8月29日(金)にさかのぼります。この日、奈良のディーラーで車検を受けました。2時間ほどで車検は滞りなく終わり、業者が「窓に仮車検証を貼っておきました。正式の車検証とシールはレターパックで送ります」と言うので何も考えず「はい分かりました」と返事をしました。が、私は忘れていました。3日後の9月1日(月)に沖縄に向け飛び立つ予定だったです。そして奈良のポストに不在票が入っているのを見つけたのが、出発するため家を出た9月1日朝8時。レターパックは前日の8月31日(日)の午後6時半に配達しに来たようですが、そのころ私は友人との会食中で留守をしており、帰宅後もポストをチェックしていませんでした(していたところで、すでに郵便局は閉まっている時間でしたが)。そのため、沖縄に出発する寸前に初めて不在票が入っていることに気がついたのです。郵便局は9時にならないと開きません。そのころ私はすでに空港に向かっています。このまま沖縄に行くと車検証は受け取れません。不在票を受け取った場合、普通はいくつかの選択肢があります。(1)再配達を頼む(2)こちらから郵便局に取りに行く(3)配達先を近くの特定郵便局などに変更し、そこに取りに行くしかし郵便局が開く前に家を出発する私にとっては(1)は無理(2)も無理。(3)にしても、郵便局で取り置きしておいてくれる期間は1週間程度。私は半月ほどは沖縄に滞在しているので、レターパックは確実に差出人に送り返されてしまいます。送り返される先のディーラーに事情を言って、もう一度私が帰寧後に送ってもらうしかないか、と思ったそのとき。ひらめきました。(3)の応用です。「近くの特定郵便局」を拡大解釈して変更先を沖縄の近くの郵便局にすることです。早速日本郵便のサイトでその申し込みをしましたが、実際に受け取るまでは半信半疑。普通「近くの郵便局」と言えば自宅近くの郵便局のことでしょう。まさか奈良の宛先になっているレターパックを沖縄で受け取るなんて、そんなことする人、いるかな。郵便局も「前例がありません」と断るのではないかな、と心配していました。が・・・昨日、近くの郵便局(沖縄県)で「転送を頼んだレターパック、届いていますか」と尋ねると、ちゃんと来ていました!宛名が奈良の住所になっているレターパックを、奈良の住所が書かれている運転免許証を見せて受け取りましたが、局員さんは変な顔もせずに普通に渡してくれました。日本郵便さんにはなんだか無駄な労力を使わせたような気もします。でもこの方法が私には一番でした。これで奈良に帰ったらすぐに車に乗れます。半径5キロ圏内(自宅、ディーラー、郵便局)で済むはずだったレターパックが海を越えた大移動になったというお話です。
2025年09月05日
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昨日はガーデニングにいそしみました。と言っても畑を耕したり種を植えたりではありません。沖縄の我が家のガーデニングは野菜よりも果樹関係が中心なのでガーデニングと言っても林業みたいな作業が多くなります。8月下旬に沖縄を離れるときには元気に葉っぱを繁らせ、たくさん実をつけていた玄関わきのパパイヤが、2週間ぶりに帰ってみると暑さのせいかあるいは風が強かったのか、葉を落としてすっかり丸坊主になってしまっていたのです。そこでこうなればもう新たに実をつけることもないだろうと、伐り倒してしまうことにしました。幹の高さが3mを越え、太さが直径20㎝超のパパイヤ。2週間前には葉も繁りいくつも実をつけていたのがすっかり丸裸。そこで昨日はパパイヤの「木」の倒伐作業を。これが杉や檜の倒伐となると大ごとなのですが、パパイヤは木ではなく巨大な「草」、竹のように幹の真ん中は空洞なので片手のこぎりでも切ることができます。とはいえ、竹でも3mのものを倒すのは大変ですから、これも倒れる方向に注意しながら倒しました。倒してみると根元にはなぜかカタツムリが多数(上の右の写真)。切り倒したパパイヤの木はゴミとして処理しやすいように4~50㎝ごとに切り分けました。この作業も杉などだと数倍は大変なのですが、パパイヤは竹を輪切りにするほどの力で切り分けられるので、たいした労力ではありません。こうして切り分けられたパパイヤは我が家の「剪定ごみ捨て場」に片付けられました。実はこのパパイヤ、ごみ捨て場に捨てた種から育ったもの。一生ゴミ暮らしでしたがたくさんの実をつけてくれました。
2025年09月04日
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同年代の人と昔話をしていて、電卓に話題が及びました。子どもの頃は計算する道具と言えばそろばんや計算尺ぐらいで、ほとんどは筆算で計算をしていました。電卓が普及してきたのは半世紀ほど前、大学生の頃だったでしょうか。四則演算程度しかできなくても相当高価でした。それでも大学の授業で、たしか統計学の授業だったと思いますが、桁数の多い計算を筆算でするのが大変になり、大枚をはたいて計算機(電卓)を買った覚えがあります。大学生で初めて買った電卓は小型の弁当箱ぐらいの大きさがあり、キーはパソコンのテンキー並みの大きさでした。その後軽薄短小化が進んでカードサイズになりましたが、田舎で煙草屋さんをやっていた義母は小さな電卓のキーは押しにくいので弁当箱サイズの電卓を常に脇に置いて、そちらばかり使っていました。たまに義実家に帰ったおりなど、お店番の手伝いをしても弁当箱電卓は義母専用で、私はカードサイズ電卓を使っていました。カードサイズが一般的になったころ海外赴任していた同僚が「外国人への日本土産に電卓が最適」と教えてくれました。その頃、短期ハワイセミナーというものがあり私が学生たちを引率することになりました。そこで引率者として彼らが宿泊するホームステイ先を見てまわったおり、電卓をホストファミリーへのお土産にしました。出発前に家電店で20個ほど電卓を買い、ハワイで配りました。ホストファミリーはみな笑顔で受け取ってくれましたが、本当に喜んでいたのか「二束三文の無駄なものを持ってきて」と思っていたかは分かりません。今なら「そんな百円ショップで買えるようなものを持ってきて」と思われるのは確実です。と書きながら疑問がわきました。今でも電卓は百円ショップに売っていますか。私は計算するときもう長い間、スマホのアプリとして入れている電卓しか使ったことがありません。クレジットカード以外にもマイナカードだ鉄道系カードだと、ただでさえカードが増えるなかでわざわざもう一枚カードを増やしたくありません。できるだけアプリで済ませられるものはスマホに取り込んでしまいたいのが人情。かくして電卓は半世紀でその使命を終え…あ、スマホ持ち込み禁止の試験とかだと今でも電卓が活躍しているのかな?
2025年09月03日
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本日は久しぶりの沖縄でのジョギング。ですが、いつも通り朝5時に目を覚ますとまだ暗い。さすが最西端の県です。それでもう一寝入り。と、二度寝をしたのが運の尽きで、次に目が覚めたのは7時過ぎ。10時間睡眠になってしまいました。それでもベッドの中でグダグダしていてようやく意を決して起き上がり、室内でできる運動をした後、運動公園に出かけたのはもう8時近くでした。ラジオ体操軍団はもちろん、ウォーキングやランニングをしている人もあまりいません。この時間帯に走るのは暑いですからね。でも孫たちが来たり奈良にいたりでここに来たのは2週間ぶりなのでいい気持ち。奈良では川沿いの土手を「400歩ジョギング+300歩ウォーキング」の組み合わせを5セット往き、そこから引き返して5セット帰ります。沖縄でも700歩のジョギングとウォーキングの10セットは同じですが、運動公園の850mトラックをぐるぐるまわります。奈良の道は運動用ではなく石ころもあって気をつけて走らないといけませんが、沖縄のトラックはタータンが張ってあって走りやすいので同じ10セット7千歩でも出る距離が違います。奈良ではトータルで5㎞台前半のことが多いのですが、沖縄のトラックでは今日、同じ10セットで6㎞近く走れました。ジョギングに関係があるのかないのか、このところ体重が減り気味です。今年の4月に77㎏台だった体重が徐々に減って、ここ10日ばかりは73㎏台を上下するようになり、1週間前には一日だけ72㎏台になりました。その後はまた73㎏台に戻っていて、そのうえ一昨日、昨日とジョギングを怠けたので少しリバウンドしているだろうと思って体重に乗ったのですが、昨日もなぜかまた72㎏台に。食欲もあるのになぜ?体はいたって健康だし不思議でたまりません。野村克也さんの座右の銘「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」にちなむとヤセに不思議のヤセありかな。
2025年09月02日
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今日は移動日。朝8時に奈良の家を出て、先ほど沖縄の家に着きました。暑い。普段は車での移動ばかりなので真夏日であろうが猛暑日であろうが涼しい生活をしている私。今日のような奈良と沖縄の間の移動時だけはどうしても歩く距離が多くなります。奈良のバス停までの徒歩、そして沖縄の、ゆいレールから自宅までの徒歩。といっても奈良の徒歩は5分、沖縄の徒歩は20分なんですが、普段あるいていないとこれが大変でした。沖縄の気温は奈良の38℃に比べるとまだマシな33℃なので楽かなと思いきや、殺人的太陽光線を過小評価していました。奈良より5度ほど低いし日影を選んで歩いていれば楽々…と最初は思っていたのですが、10分も歩いているとどんどん汗が噴き出してきて止まらなくなります。汗だくになるのは毎朝のジョギングで慣れているはずなのに何か汗のかき方が違います。ジョギングのときは走るにつれて徐々に汗が出て最後にはシャツがぐしょぬれになるのですが、真夏の太陽の下を歩いている時はある一定の距離を過ぎるといきなりドバっと汗が出てきます。 さっき家に入りましたが汗は止まりません。急いでエアコンを全開にし扇風機も回して、ようやく一息つきました。ジョギングの汗は気持ちのいい汗ですが、太陽の下を歩いてかく汗は不快感のあるイヤな汗。何がちがうのでしょう。ジョギングはやりたくてやっているから?駅から歩くのだって、早く家に着きたい気持ちで楽しく歩いているつもりです。イヤイヤ歩いているわけではないんですけどねえ。あ、ジョギングは朝は5~6時台だけど今日の帰宅は午後3時台。やっぱりその辺の違いかな、なんだか当たり前の結論になりました。日なたで長時間待つのが必須と評判の万博もジャングリアも、根性のない私はパスです。
2025年09月01日
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